漆黒のウマ娘と孤児院のお兄様(トレーナー)   作:ライスのお兄様(自称)

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続けて投稿。取り敢えず貯めているものを出してから反応を見てみたい。
書いてて思ったが、ちょっと話の進行がびみょーかも?
まぁ、そこら辺も含めて感想にぶち込んでくれれば幸いです。

ちなみに、主人公の名前は【神木潤】くんです。あんまり出る機会はないと思いますけど。

前置きだけ話してもあれなんで、本編ドゾー


後編 担当ウマ娘と担当トレーナー

 さて、なんやかんやあって俺がトレセン学園の門をくぐったあの日から、既に二週間が経過していた。

 この二週間の間、俺が何をしていたのかというと、ここの地理を学ぶのと同時に、色んなウマ娘たちと関わったりしていたのだ。触れ合うことも目的のひとつだが、一番はやはりスカウトだった。

 今は本校舎から少し離れた副校舎、つまりは部活とかに使われる教室の一部屋を借りて黙々と作業をしていた。トレーナー室でも良いんだが、何と言うかあそこにはトレーナーがいっぱいいてこちらとしてはやりにくく感じたのでずこずこと逃げてきたわけだ。

 

「……んー、どうしたものか」

 

 孤児院の子達のことを考えるとすぐにでもスカウトをしてレースに出したいところではあるのだが、そんな半端な覚悟で担当を持つのは、何と言うか、嫌だった。自分の見知った人を助けるために、一人のウマ娘の夢を壊すなんてことは俺にはできないから。だからこそ、今は少ない金をやりくりして孤児院の寄付に当てている。

 

「母には、自分の金は自分で使え、って言われたんだけどな」

 

 言い忘れていたのだが、うちの家は孤児院を経営しており、少しというかかなりの財政難にある。そんな中でも両親は、俺の好きな道を選ばせてくれた。その事には正直返しきれない恩を感じている。

 

「でも、借りた恩は返さないと、だな。……うっし、もう少し頑張るか!」

 

 そうして見つめる画面の中には、数人のウマ娘たちのパーソナルデータが映っている。これから行われる模擬レース、その面々が揃っていた。その中でやはり目に付くのは……

 

「ライスシャワー、か」

 

 初日のあの日に一瞬だけ会話をした、あのウマ娘。その表情と挙動からは気弱そうという印象を受けたが、気になるのはあの眼。ほかのウマ娘達には無かった色をしていた。

 こんな理由で目をつけるのもなんかアレなのだが、気になったのだから仕方がない。彼女の瞳にはこちらを飲み込まんばかりの闇と、それを支えるかのように灯る光が入り交じっているような印象を抱いた。

 

「……疲れてんのかね。俺は」

 

 確かにトレセンに来る前も孤児院の方でも手伝いをしていたから、ここ一ヶ月はまともに寝れてない。しかし、正直そんなのはいつも通りなんで単純に俺の頭がおかしくなったのかもしれない。

 

「ま、それも明日になりゃわかることか」

 

 楽しみ八割疲労度二割と言った具合で、一旦画面から目を離す。兎にも角にも、明日になれば色々わかることもあるだろう。

 

 ということで、仕事はここまでにして。放課後になるから色々回ってくるかね。

 

「何ならここからが一番疲れるんだけども」

 

 まぁ、ヤンチャな子もいれば中々特徴的な子もいるのがこのトレセン学園で、そんな子達と暮らしていくトレーナーという職業は大変だなと、思いましたね。いやほんとに個性的よ、バクシンしまくる子とか、ちょっとアレな薬を飲ませようとしてくる子とか。

 

「……頑張ろ」

 

 その後は色々片付けを終えて、副校舎を出る。外に出るや否や爆発音が聞こえたり、トレーナーの悲鳴が聞こえた気がするが、きっと気のせいだろう。

 

 

 

 

 

 ──────────

 

 

 

 

 

 模擬レース。それはいまだにトレーナーのいないウマ娘達がトレーナーを探すために、そして自分の力を試すためにも行われる学園内で行われる小さなレースだ。入学式や新トレーナーの手続きとかでバタバタしていたが、ようやく今日俺はこうして模擬レースを生で見ることができる。

 

「えっと、トレーナーがいないウマ娘のレースは……っと」

 

 ここトレセン学園では、全てのウマ娘が等しく活躍する権利を持っており、この模擬レースもその一環の一つだ。元々腕試し程度だったものをスカウトしやすく、されやすいように環境整備やらをしたのがこの模擬レースの始まりだとされている。

 

「あれ、神木トレーナー?」

「桐生院さん。こんにちわ、貴女もスカウトを?」

 

 そうして模擬レースが始まるのを観客席から待っていると、声をかけられたのでそちらを向く。そこには初日に知り合った桐生院さんの姿があった。俺のその質問に首を横に振って。

 

「いえ、もう担当の子は決まったんです」

「えっ、そうなんですか」

 

 やはり名門家ということもあり、引く手数多ということなのだろうか。単純に考えても、有名な家の人間の方が信頼度は高いだろう。それは一種の証明書に近い効果を持っているのだろう。そういう肩書きと言うだけで好感度というのは上がりやすいものだしな。

 

「はい! うちの子は凄いんですよ! 全距離でダートも行けるんです! 走りを見た瞬間からビビット来てはいましたけど、まさかこれほどの才能を持っているとは思いませんでした!」

「そ、それは良かったですね」

 

 かなり興奮しているのか早口でまくし立てるように情報が頭のキャパを奪う。トレーナーの多くは自分の初めての育成ウマに愛着を持ち、親バカならぬトレーナーバカのような症状が出ると言われているのだが、あながち間違いではないのかもしれない。

 

「じゃあ、どうしてここへ? もう一人の担当を探しに来たとかですか?」

「特に白い毛並みが……っと、いえいえ。流石にそこまでの余裕は無いですよ。それに二人も受け持つほどの器量もないですし」

 

 確かに言われてみればそうだ。担当を持つといことはそのウマ娘の全てを受け持つということでもある。走ることが好きなウマ娘にとって、走りとは自分の存在価値にも匹敵する。だからトレセンがあるし、URAというウマ娘を支える機関もある。

 

「単純に、敵情視察ですね。どのトレーナーがどの子をスカウトするのかとか、その子はどんな走りをするのかとか」

「……っ」

 

 確かに、ここへは多くのトレーナーとウマ娘が相対している。言い換えれば生まれるライバルの観察にはもってこいということだ。

 桐生院さんの目の色が僅かに変わっていた。それは未知への恐怖、恐らくはここから生まれるであろう自分達を倒しうるだろうライバルへと向けられているのだろう。その中にはもちろん俺もいるのだろう。

「でも、無理やりスカウトを止めさせるとかそんなことをするつもりはありません! 来るなら堂々と、真正面からうちの子が倒しますので!」

「なるほど……ではその時が来れば、お手柔らかにお願いしますね」

 

 少しの間、睨み合うような状況が続いていたが、お互いに特に干渉し合う訳でもないし、なんか真面目な空気が合わなかったのか桐生院さんは少し笑みを浮かべた後、口を開いた。

 

「えっと、何かあったらいつでも来てくださいね。同期のよしみ……というのは少し親しみすぎだとは思いますですけど」

「いえ、こちらこそありがたいです。その時が来れば、色々お願いしますね」

 

 と、そうこうして話していると模擬レースの準備が完了したとの合図が送られたので、二人揃って今から六人のウマ娘達が集まるターフへと視線を送る。

 続々とウマ娘達がターフへと集まっていく中、異質な光景を目の当たりにした。

 

「一人足りない……?」

 

 桐生院さんなその違和感の答えを告げた。もちろん、人が1人いないのですぐに気づくことではあるのだが、それにしても変だった。その疑問に答えるように、アナウンスがレース場に響いた。

 

『今回、六枠六番で出走予定だったライスシャワーさんは、体調不良のため、不参加となります。ご了承くださいませ』

 

「体調不良……?」

「神木トレーナー? どうかなさいましたか?」

「あぁいえ、なんでもないです」

 

 つい、口に出してしまい桐生院さんに余計な気を使わせてしまった事に謝罪しながら、言いしれないこの違和感の根源を探す。

 とは言っても、タイミングがタイミングだったので、理由はすぐに分かった。ライスシャワーだ、彼女が体調不良ということに違和感を感じたのだろう。何と言うか、彼女がそう簡単に体調を崩すような性格ではない気がしたのだ。ただの感だが、そう思ってしまえば。もうレースに集中することが出来なかった。

 

 

 

 

 

 ──────────

 

 

 

 

 

 結局その後はレース後にスカウトをしに行かずに、気が付けば自室にいて、意識が再び戻った頃にはもう既に部屋の中は暗くなっていた。今は何時だろうと腕時計を見ると時刻は既に七時を周り、多分カフェテリアが盛り上がる時間帯だろう。今頃食堂のおばちゃん達が慌ただしくウマ娘たちの夕食を作りまくっているのではないだろうか。

 

 ウマ娘の生態として、食べる量がヒトと比べてかなり多いというものがある。成人男性の数倍を悠々と食べるウマ娘たちは、そのエネルギーを走ることで消費しているのだろう。とにかくよく食うのだ、ご飯数十杯食べる地方から来た芦毛のウマ娘のせいで、トレセン学園の食費の量は爆増したのだという。おかしすぎね?

 

「……少し夜風に当たってくるか」

 

 多分眠っていたのだろう。重い頭を働かせて、時間をかなり消費してしまったのだが、こうなればもうあとは夕飯を食べて寝るしかないのだが。

 

「眠気が全くない。ふしぎだなー」

 

 多分気付かぬうちに眠っていたのだろう。だからか全く眠気はなかった。頭が重いのも寝起きだからだろうと結論づけた。洗面台の水道で顔を洗った後、少し外に出てみることにした。

 

 

 

 

 

 夜のトレセン学園は、全くと言っていいほど人がいなかった。当たり前だが、トレーナーの姿もウマ娘の姿もない。この時間に帰るのは恐らく生徒会長とか、自主練を多くしているウマ娘ぐらいではなかろうか。生徒会長の仕事が多すぎるのは最早トレセン学園内では有名な話で、トレーナーの仕事量と並ぶほどの量らしい。

 

「この時間はまだ涼しいな」

 

 トレーナー寮を出て、何となく放課後にいたレース場へと足が向かっていた。街灯が薄く夜道を照らす中、俺は一人で舗装された道を歩いていた。

 夜のトレセン学園は、普段の様子と全く異なっていた。人がいないので声一つ聞こえず、まるで世界に一人取り残されたかのような孤独感も感じた。

 

「……足音、か?」

 

 レース場へと足を踏み込んだ時、足音が俺の鼓膜を打った。ささっと言う音がするので舗装されたコンクリート上ではないだろう。しかしここには擦れるような障害物はない……あ。

 

「走ってるってことは、ターフか」

 

 今この時間帯にターフで走っているウマ娘がいるということに、興味を覚えていたのか足は自ずとターフの方へと向かっていた。

 

「……!」

 

 そこで目にした光景は、思っているよりもハードな現実だった。思わず目を見張る。

 確かに、彼女の性格的には気に病んでいて、それを忘れたくて、夢中になれるほどのものが欲しかったのだろう。目の前にいる彼女にとっては、それが走るということだっただけで。

 

「はっ……はっ……! 頑張れ、ライス……がんばれ……!」

 

 ……そこに居たのは、今日の模擬レースに出走予定だったライスシャワー。あの時に見た青いバラとレースが施された黒いミニハットを被り、はや元の色が何色だったのか分からないほど汚れている体操服を身にまとい、肩で息をするほど疲弊していて。それでも足を止めることなく長距離用のコースを走っていた。

 

「やめ……」

 

 るんだ、と口にしようとして、止まった。彼女の表情が見えたからだ。その表情は今にも泣きそうで、崩れそうな程に弱っていた。普通に考えれば止めた方がいい。トレーナーとしても、人としても。

 

「……でも、あの瞳は」

 

 変わっていない。変わっていないのだ。あの日見た瞳の色は、まだ諦めていなかった。諦めてなるものかと、輝いていた。

 確かに止めた方がいい。でも、彼女を止めるほどの資格は、俺にはなかった。ここにいるべきでは無いかとも思ったが、何かあってはいけないと、俺は彼女の様子を見届けることにした。

 

 

 

 

 

 ──────────

 

 

 

 

 

「……嘘だろ」

「はっ……はっ……! まだ、まだぁ!」

 

 ありえない光景だった。見ていられない光景だった。通常ではありえない。異常な光景だった。

 目の前では、俺が来た頃と同じ速度で走るライスシャワーの姿が。しかし、それはありえないのだ。あってはならないのだ。

 

「もう……一時間だぞ、俺が来てから」

 

 一時間の間、俺はここを一歩も動かずに、彼女の様子だけを視線にとらえていた。ライスシャワーだけを見て、その以上さをはっきりと認識した。

 俺が来た頃には既に体操服は汚れていることから、彼女は何回か倒れているのだろう。つまりは少なくても一時間という訳だ。その間スピードを適度に保って走り続けることができるだろうか。

 

「……ダメだ。もう止めないと、彼女の脚が壊れてしまう」

 

 ──今はまだ、大丈夫かもしれない。

 ただ、この走りまくる癖がずっと続いてしまえば、足が壊れるまで走ってしまうのは目に見えて理解出来る。それはダメだ。

 そう思い、ゆっくりとライスシャワーの元へ近づいていく。観客席ではなく、どちらかと言うと関係者席の辺りにいたのでターフ自体は目と鼻の先にあった。

 

「ライスシャワー、一旦ストップだ」

「はっ……はっ……? え、だ、だれ?」

 

 まるで化け物を見たかのような表情を少女にされればちょっと心にダメージが来るのだが、状況が状況だ。それも仕方ないだろう。とにかく、早めに自分の身分を告げるとしよう。

 

「俺はトレーナーだ。ここに来てまだ一ヶ月経ってない程の新米だけどな」

「トレーナー、さん? ……あ、あの時の」

「そうそう、思い出してくれたか」

 

 良かった、これで忘れられていたらそれはそれで心にくる。見た限りだと、ライスシャワーは少し息を整えながらもゆっくりと話しているので異常はあまりないと思うが、一応確認はしときたい。

 

「そうだ、いつからここで走ってたんだ?」

「いつから……? 多分、二時間ぐらい、かな?」

 

 キョトン、と可愛げに首を傾げながらそう答えるのだが。俺の心境は穏やかではなかった。いや、つまり俺が来る前にもう一時間走ってたと? だとすれば恐ろしいスタミナだ。そんなに走ってなおまだ話せる余裕があると?

 

「……」

「あの……?」

 

 ちょっと険しい表情をしていたのだろう。俺の顔を見てライスシャワーは心配そうにこちらを覗き込んでいた。それはひょっとしたら怒られるかもしれないというものだったのかもしれないが。

 

「あぁいや、何でもないさ。一応今日はここまでにしといた方がいい。さすがに走りすぎだ」

「う……ごめんなさい」

「別に謝らなくてもいい。俺が勝手に来て勝手に色々言ってるだけだし、嫌なら俺がいなくなった後にでも走ればいい」

 

 本当は良くないのだが、変に怖がられるとこちらとしても心境は良くないし、逃げ道として妥協案を出して別に本気で怒ってはいないと言外に言っておく。

 

「う、ううん。もう少ししたら止めようかなって、思ってたから」

「そっか、じゃあしっかり体をほぐしてから寝るんだぞ」

 

 首を過剰なほどブンブン振って否定の意思を示すライスシャワー。小動物感すごいな、この子。いやいや、今はそんなこと考えてる場合じゃないんだった。とにかく体を休めてからにしないと多分筋肉痛になるからな……休めても筋肉痛になりそうな気もするが。

 

「あぁ、そうだ。聞きたいことがあったんだった」

「……はぇ?」

 

 唐突にそんなことを口にしてしまったからか、ライスシャワーは少し硬直した後、少し舌足らずな声を出した。黒い髪の相まって何故か俺の脳裏には黒うさぎが首を傾げたように見えた。相手はウマ娘なんだが。

 

「今日の模擬レース、なんで出走しなかったんだ?」

「……っ!」

 

 ──俺が口に出した瞬間、ライスシャワーの表情は一変した。

 羞恥心、と言うよりも驚愕とかの色が強い表情をしていたように見える。自信なさげに顔を伏せたことを見ると、やはり言ってはならなかったことなのかもしれない。だが、今言わないと彼女はまた逃げてしまう。

 

「その事わかってて、ライスに話しかけてきたの……?」

「いや、これは完全に偶然だったよ。でも俺が君のことをマークしていたのは事実だし、今のを見てチャンスだとも思った」

「……どうして? ライスなんかマークしてもいいことなんてないよ……?」

 

 どこまでも自分を卑下する傾向にあるのは、やはり自分に自信が無いから。自分がダメな存在だと思い込んでしまっているからだ。

 孤児院にもそう言った子供は多くいた。捨てられたのは自分がお利口じゃなかったから、自分がいなかったら両親は死ななかったんだ、とか。大抵は自分の経験がその卑下を生み出す。

 

「どうして?」

「だってだって、ライスは、悪い子だから……」

 

 その原因が環境であれ自発的であれ、そう思ってしまえばあとはその沼にハマるほかない。助けれるとすれば、そういう考えのきっかけとなった当の本人からの励まし等で改善する可能性もある。

 しかし、今の今までこのままだったということは、当人は居ないということ。亡くなったか、友人関係であったがもう会えることがないか。恐らくは後者、多分人間の友達でなにか起きたから自分から距離を取った、みたいな感じだろうか。

 

「ライスがいると、みんなを不幸にしちゃうから」

「それは違うぞ、ライスシャワー。人を不幸にする人間なんている訳が無い」

 

 即座に否定する。人だろうがウマ娘だろうが、人を不幸にするということを人がすることはあまりない。あるとすれば自発的に、悪意を持ってするものだ。ライスシャワーにその傾向は見られないのは自分のせいだと思い詰めていることからも明らかだ。

 だが、当のライスシャワーはそうでも無いようだ。

 

「でもっ! そうなの、私がいるからみんなが不幸になるの。私がいなかったら誰も悲しまなかった」

「……」

 

 自分で、そう思ってしまえば、もう赤の他人の俺ではどうしようもなくなってしまう。俺は彼女のことを知らない。どんな過去を送ってきたのかも分からない。

 そうなれば部外者の俺の言葉は届かない。だから、自分で理解するしかない。自分がなんのために進んでいるのか。つまり、なぜ自分で皆を不幸にしてしまうと言っているライスシャワーがこのトレセン学園に来たのか、という点だ。

 

「じゃあ、ライスシャワーはどうしてトレセンに来たんだ? 何かしたいことがあるから、ここに来たんじゃないのか?」

 

 ここ、中央トレセン学園は、日本に点在しているトレセン学園の中で最もランクの高いエリートの集まりだ。ということは、ライスシャワーも努力をしてここに来たというわけだ。なら、その努力の原動力となった何かがあるはずだ。

 

 ライスシャワーは再三目を見張り、こちらを見た。未だに不安が残っている顔であるが、なにかに気づいたような面影をしていた。

 

「わたし、は……私は、みんなを幸せにする、そんなウマ娘に、なりたいんだ」

「……じゃあ、余計に体を壊すわけにはいかないな。誰かを幸せにしたいなら、まず自分が幸せにならないと。そうじゃないと人を幸せにするなんて出来ないぞ?」

 

 かつて両親に言われた言葉を、今度は俺が贈る番だった。孤児院の面々の世話のために自分の時間を削っていたことを案じて、父が俺に対してはなった言葉だった。結局、子供たちもその事には気づいていたようで、無用な心配をかけてしまった。

 

「……そう、だね」

「そうだ。それで提案なんだが、俺の担当ウマ娘になってくれないか?」

「え……? それって、どういうこと?」

「ん、言葉の通り。君をスカウトするってことだ」

「え、えぇぇぇ!?」

 

 唐突の勧誘に驚きを隠せない様子。当たり前か、いきなり過ぎたもんな。いきなり過ぎてステーキが出来ちゃうかもしれない。別に立ち食いする訳じゃないけど、ステーキは座ってちゃんと食べたいしな、うんうん。……ん? なんかおかしいな。

 

「ステーキ食べたくなってきたわ」

「ステーキ? スカウト? え、え?」

「なんでもない。……ちょっといきなり過ぎたか。俺が勝手に言ってるだから、嫌なら別に断ってもらってもいい。ただまぁ、今年のところは俺がスカウトするのはライスシャワー、君だけのつもりだけどな」

 

 その言葉に嘘はない。確かに色々なウマ娘がいて、目の前であわあわしているライスシャワーよりも素質のある子は確かにいた。でも俺は素質では計れない意志の力というのを大事にしたい。その中で、一番意思が強くて俺を引き付けたのが彼女だった。

 そして先ほどいやというほど見せつけられたライスシャワーというウマ娘の底力。この子しかいないと思わせるほどのそんな力を感じた。

 

「で、でも。ライスを担当にしたら、トレーナーさんも不幸になっちゃうよ? いっぱい転んだり、水溜まり踏んじゃったり遅刻したり……えとえと」

「それでも構わない。俺が不幸になっても、ライスシャワーが幸せでいられるならそれでいい……ってのは、変かもな」

 

 空が少しづつ暗くなってきた。元から暗いが、月明かりが消えていっているのだろう。既にターフの照明は落とされている。もう少しすれば、雨が降ってきそうだ。

 

「……でも、わたしは……」

「ライスシャワー。俺はもう決めたんだ。君しかいないって、だから今度はライスシャワーが選ぶ番だ。俺を担当トレーナーにするかしないか」

 

 そう、もう決まったのだ。俺はライスシャワーをスカウトすると。もうそれ以外の選択肢はない。あとは彼女次第。

 

「……トレーナーさんは、私をここから救ってくれる?」

「保証はできない。トレーナーは道を示すだけの存在だしな、その道を進むのか進まないのかを決めるのは君たちウマ娘だよ。進まなくてもいいし、新しい道を見つけてもいい。トレーナーは、というか少なくても俺は、ライスシャワーの進みたい道を応援する」

 

 トレーナーというのは不憫な存在とも呼べる。自分が長く考えたメニューも、ウマ娘にとって不服ならばトレーニングしないという選択肢も生まれるからだ。そうして無駄とも呼べる時間を費やして費やして、それで理想的な、その子にあったメニューを出してようやくスタートラインだ。

 だが、それが楽しいのだと、俺は思う。別に本人に直接聞いてもいいし、一緒に作っていってもいい。ただ、自分達で切り開く新しい道というのは、言いしれないワクワク感があるだろう?

 

「本当に、私でいいの?」

「あぁ」

 

 後は彼女の返事を待つだけ。これで無理だったら先輩トレーナーの手伝い……サブトレーナーでもして何とか孤児院に送る分のお金は用意できるだろうしいけるか……って、断られる前提じゃダメだよな。

 僅かに緊迫した空気を感じる。多分こう感じているのは俺だけで、ライスシャワーの沈黙は単純に考えているだけなのだろう。この場では決められないというなら保留にしてもいいのだが……と口を開こうとしたが、先にライスシャワーが口を開いた。

 

「……いっぱい迷惑かけるかもだけど、それでもいいなら、……よろしくお願いしますっ」

「……っ! あぁ! これからよろしくな、ライスシャワー!」

 

 すっかり暗くなり、霧のような雨が降るターフの中でも、その笑顔は一際輝いて見えたのは、きっと勘違いではないだろう。

 とにかく、これで俺とライスシャワーは担当トレーナーと担当ウマ娘という立ち位置になった。ここからが、俺たちの始まりだろう、と格好つけておくが、先にやらなければならないことがある。

 

「早速だが、急いで帰るぞ! ライスシャワーの寮ってどっちだ!?」

「ふぇ!? えと、美浦寮……だよ?」

「ヒシアマ姉さんの方か! なら普通に怒られそうだ!」

 

 トレセン学園のウマ娘の寮は二つあり、そのうちの一つが美浦寮だ。寮長はヒシアマゾンで、タイマンをこよなく愛するタイマン系ウマ娘だ。もう一つが栗東寮で、寮長はフジキセキ。なんだろうか、俗に言うイケメン系のウマ娘だ。

 

 忘れてはいけない。時間は既に九時を周り、門限はとっくのとうに過ぎているということを。生徒会長などの重職持ちならまだしも、一般生徒のライスシャワーがこの時間までいないとなれば大問題になってもおかしくない。寮長のヒシアマ姉さん……ヒシアマゾンは寝ているかもしれないが、それはそれで朝に怒られる。とにかく今は早く帰って置く必要がある。

 

「とにかく走るぞ! なに、最初のトレーニングだと思えばいいさ! 怒られる時は一緒に怒られよう!」

「ひゃ、ひゃい! 早く帰らないと……!」

 

 その後無事寮に到着したが、ヒシアマゾンは起きており、こってり怒られた。俺の方からも様子を見ていたと提言したのだが、報連相がなってないとド正論を言われたので黙る他なかった。というか次の朝に理事長にも注意を受けたので、しっかり反省しております。

 

 

 

 

 

 色々あったが、担当ウマ娘を見つけたので、俺達もトゥインクルシリーズに参加することとなる。

 トゥインクルシリーズというのは、ウマ娘たちの夢であり、日本で開催されている国民的スポーツエンターテインメントだ。一着を取ったウマ娘にはレース後行われるウイニングライブでセンターを勝ち取ることが出来る。そういった面から、一部ファンからはアイドルとしての人気もあるという。

 

 まぁつまるところ、多くの人がウマ娘たちのレースを見に来て大興奮するという行事だ。そのトゥインクルシリーズの参加条件は至ってシンプルで、トレーナーは担当ウマ娘を、ウマ娘は担当トレーナーと共に参加するということだ。

 多くのトレーナーは一気に数人のウマ娘と共にトゥインクルシリーズに参加するという。いつ如何なる不運があるか分からないから、トレーナーとしては仲間がいる環境があった方がいいのだろう。

 

 トゥインクルシリーズ開幕まで、後三ヶ月。この期間でライスシャワーを一定のラインに成長させる。それが今の俺の仕事だ。最終的には、彼女の夢を叶える。

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