漆黒のウマ娘と孤児院のお兄様(トレーナー)   作:ライスのお兄様(自称)

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叫べシャウト!、!!、!!

……失礼しました。友人が勝手に端末取って書いてました。なんか意味不すぎて面白いので残しときます。これで黒歴史にでもなってくれればいいんですけどね。

ついにメイクデビューとかが始まります。よければ見ててってくださいな。

よければ感想どうぞ。


三話 花開く、ウマ娘

待ちに待ったメイクデビュー、当日。ライスの出走するレースは芝2000mの中距離だ。先程バ場……つまりターフの状態が発表され、晴れの影響もあり良バ場とのことだった。

 

「ライス。大丈夫か?」

「……」

 

 しかし、等のライスはトレセンを出る前からこの調子だ。

 極度に緊張していたとしても、今までは何らかの返答はしてきていたのだが、今日は完全に沈黙している。集中している、と言うよりは集中できない状態ではないだろうか。

 

「ライス!」

「……ひゃい! と、トレーナーさん?」

「大丈夫か? ……様子、少し変だぞ」

「ご、ごめんなさい……少し緊張しちゃって……うん、私、頑張るからね」

 

 見るからに無理しているような作り笑いを見て、胸が痛くなるのを感じる。彼女なりに心配して欲しくないと思っているのだろうが、その笑顔を見てもその不安が無くなることはなく、寧ろ強くなる一方だった。

 

「……そろそろ、地下バ道に行かないといけない時間だな。……ライス、本当に大丈夫か? 無理なら出なくても」

「ダメっ!」

「……ライス?」

「……なんでもないよ、トレーナーさんが頑張ってくれてるんだから……ライスも、頑張らなくちゃ、だもんね」

 

 構わない、と言おうとしたのだが、ライスの声にかき消された。今までに見た事のない表情で固まっている。そしてうわ言のようにブツブツと喋りながら、部屋を出ていった。地下バ道はウマ娘たちやレース上の関係者しか立ち入れない。つまり俺はここを通れず、ここで見送ればレースが終わるその時までライスとは会えなくなる。

 

「ライス!」

「……なに?」

「頑張れよ! 俺は君だけを応援してるから!」

「……っ。うん、ありがとう、トレーナーさん」

 

 こちらを向いて、ライスが浮かべた笑顔は、先程と同じく、無理して作った笑みだった。

 

 

 

 

 

 俺自身、落ち着いていないのが自分でもわかっている。今日のライスの様子は今日であった時から明らかにおかしかった。昨日までは何事もなく、なんならレースに出ることを楽しみ、とは言わずともそれなりに緊張しつつも気迫を滾らせていたはずだった。

 何かしらのことが起きたのかもしれない。だがそれを解決するほどの時間もなかった。なので精一杯のエールを送ったつもりだったのだが、今にして考えると余計に緊張を煽ってしまったのではないかと、不安になる。

 

そうしてそわそわしながら、レース開始を待っていると、係の方が肩を揺らしながらこちらへと向かってきていた。焦ったように口を開き……その言葉を理解するのに、数瞬かかった。

 

「──え、ライスが見つからない?」

「そ、そうなんです。時間になってもパドック前で待機する様子がなくて、係員が待合室に見に行ったら……どこにも、いませんでした」

「……ちょっと待ってください。少し、考えますので」

 

 唐突すぎてちょっと考えがまとまらない。つまり、ライスが消えたってことか? メイクデビューの本番前に。怒り、とかよりは心配が先に出た。メイクデビューが重大であることに変わりはないが、それよりもライスの安否が心配だ。

 

「地下バ道からは外に出ていないんですか?」

「……ないとは言いきれません。関係者が多く出入りする出入口は見張っていても数人見逃してしまいますから……しかも相手は小柄なライスシャワーさんですので……」

「そう、ですか」

 

 なら、ライスは一体どこに行ったんだ。レース場の外ってことは、トレセン学園に戻っている? だとすれば生徒の誰かが気づくはずだし、レース場から学園までは距離が空いている。

 ここは新潟レース場だ。東京までは車で三時間ほどかかるのだ。それほどの距離を、走って帰るなんて思ってないし、そう思いたくない。

 

「……っ?」

「どうぞ、私に構わずに出てください。もしかしたら何かしあるかもしれませんし」

「……すいません。ちょっと失礼します」

 

 ポケットに入れていた携帯が短く振動した。コールでは無いのでなにかのメッセージが届いたのだろう。係の方が出るように言ってくれたので断りを入れてから確認する。

 

「ライスから……? 一体何が……っ!?」

 

 メッセージアプリに、ライスから短く文章が送られてきていた。内容を確認するや否や脇目も振らずに走り出す。どこにいるかなんて分からない、だがそんなことを考えてる余裕もなかった。

 

「神木さん!? 一体どうしたんですか!?」

「すいません! ちょっとライスを探してきます! そちらも何かあれば教えてください!」

「は、はい!」

 

 俺の鬼気迫る表情が伝わったのか、緊迫した様子で頷いてくれた。これで情報があればすぐに入ってくるだろう。とにかく急がないと、文字だけではどれほどまずい状況なのかは分からない。だがその言葉に込められた意思は何となく読み取れたような気がした。

 

「無事でいてくれよ……! 本当にっ!」

 

 ライスから届いたメッセージ。そこには短くこう書かれていた。

 

『助けて』と。

 

 

 

 

 

 ──────────

 

 

 

 

 

 いつまで、こうしているのだろうか。

 

 心も、今目の前に広がる世界も、全部が暗い。

 

「なに、やってんだろ。ライス」

 

 泣きたくなる。どうしようもない自分に。自分を信じてしまったあの人を裏切るようなことをした自分自身に。

 

 どうすればいいのかが分からない。こうして、どこかも分からない暗い場所で、縮こまって、小さくなるしかない。

 

「なんで、見つけてほしい、なんて」

 

 初めてだったのだ。自分のためにあそこまで時間を使ってくれた人は。だから、頑張りたいと思った。……思った、筈なのだ。

 

「なのに、なんでライスは……」

 

 こうして、レースから逃げてしまったのか。いや、分かっている。目をそらしているだけで、こうなってしまった理由も原因も全部全部全部、分かってるんだ。

 ライスが一瞬でも、幸せだと思ってしまったから。一瞬でも、満たされていると思ってしまったから。罰が当たったんだ。

 

 今だって、私のことを、トレーナーさんが探しているのかもしれないのに。そんなことないって思ってても、あの人なら、探してくれているんじゃないかって、期待してしまう自分が、ひどく矮小に見えた。

 

 「でも……怖いの。私が、弱虫だから。トレーナーさんを、失望させちゃうから」

 

 私が今日勝てなかったら。優しくしてくれたトレーナーさんがいなくなっちゃうと思うと、どうしても体が動かなくなった。動けなくなった。彼が悪いんじゃない、そうなったのはライスのせい。だから、

 

 

 

 ──ライスが、幸せになんて、なっちゃいけなかったんだ。

 

「うぅ……ぐすっ……」

 

 こうして、泣いてしまう自分が嫌で、それを変えるためにここに来たのに、何も変わっていない。何も変えられない。

 だから今日も失望させる。私が不幸な子だって、分かってしまうから。

 

 

 

 待ち人は、未だ現れることはない。

 

 

 

 

 

 考えろ。考えろ考えろ考えろ俺!

 

 そろそろ人が集まってきたここ新潟レース場で、人波をかき分けながら、ライスの居場所を探す。彼女の容姿は判断が付きやすい。長い黒髪に小柄な体、極めつけに頭についているウマ娘である証である大きな耳。

 ただ、見分けやすいからと言って見つけれるとは限らない。メイクデビューとはいえ、メイクデビューだからこそ、観客は多い、そもそも人が多すぎて見分けがつかない可能性すらもある。今は観客席へと向かう通路、そこを流れに逆らうようにして出ようとするのだが、人が多すぎて流れにのまれそうになる。

 

「どこ行ったんだ、ライス」

 

 俺が探し出してから既に数十分。そろそろライスを見つけてレースに出すか出さないのかの判断を下さないと、レース開催元にも迷惑が掛かってしまう。なので早く見つけなければという焦燥感と、本当にライスは無事なのかという不安が入り混じり、もうなんか良く分からなくなっている。

 

「くそ、俺がもっとライスのコンディションを把握できていればっ!」

 

 完全の俺の過失だ。担当のコンディションチェックを怠った。昨日の段階で大丈夫だろうと慢心したのは誰だ俺だよちくしょう!

 今はそんなこと考えてる余裕なんてないのに、つい色々考えてしまう。どうにかしないといけない。

 

「裏バ道やパドックの辺りはもう全部見まわった。じゃあ後は、観客席か? ……いや観客席にいたら係の人が見つけてくれる。ならやっぱり、新潟レース場のどこかにいるはずだ」

 

 だが新潟レース場もかなりの広さを誇る。階層だけでいえば五階建てだし、関係者用の部屋も含めるんなら、それよりも多くある。ただここであきらめるという選択肢はない。しかし、ノーヒントでどうにかしなければならないというのもきつい話ではある。ならどうしたら……

 

「あれ、ライスちゃんのトレーナーさんだー! やっほー!」

「……ウララ?」

 

 考えがまとまらず、また動き出そうとしたのだが、そんな元気ハツラツな声が聞こえ、ふと振り返ると、そこにいたのは桃色の髪を持つウマ娘がいた。笑顔でこちらに向けてぶんぶんと手を振っていた。

 

 ハルウララ。ライスと仲がいいらしく、何回かライスと走らせてみたことがあるのだが……まぁ、早いとは言い難い。ただ、負けても元気に笑う姿はポジティブというか、単純に走るのが大好きなのだろうと思わせた。ライスとは完全に真逆な性格なのだが、逆に相性がいいようだ。

 

「ウララ、ライスを見てないか?」

「ライスちゃん? さっき見たよー?」

「ほ、本当か!? いったいどこに行ったんだ?」

 

 ダメもとで情報を得ろうとしたのだが、まさかのビンゴ。あとで飴を渡してあげようと深く感謝しながら、どこに向かったのか尋ねた。

 

「なんかねー、すっごく真剣な顔でかんけーしゃせんよう? って書かれてたところに入っていってたよー? もしかしてかくれんぼでもしてるのかなー?」

「関係者専用……あっちの方向ってことは……っ!」

 

 まさかの情報に感謝しつつ、止まってられないと急いで走り出す。早く向かわないと、そして何があったのかを聞かないといけない。それぐらいは許してくれるだろう。

 

「ありがとうウララ! 後で飴あげるからな!」

「わーい! かくれんぼ頑張ってねー!」

 

 何か勘違いしているようだったが、それを訂正する余裕すらなかった。謝りながら人の波をかき分けて札に立ち入り禁止と書かれている場所を見つけた。

 

 場所を変えているという可能性もあるが、覚悟を決めて、俺は扉を開いた。

 

「ライス。かくれんぼは終わりだ」

「……トレーナー、さん」

 

 光の差した倉庫部屋の中に、見慣れたウマ娘が縮こまってこちらを見ていた。その表情に浮かぶのは恐怖か安堵か、それすらも分からないが、今俺はそれどころじゃなかった。ゆっくりとライスのもとへと近づいていき……頭を下げた。

 

「……無事でよかった。あとは、すまなかった」

「なんで、トレーナーさんが、謝るの?」

 

 怒られると思ったのか、一層泣きそうな表情でこちらへと視線を送り、頭を下げている俺を不思議そうに眺めているのだろう。

 過失でいえば俺が100悪い。コンディション管理というトレーナーとして基礎の基礎のことを見誤り、あまつさえたった一人の担当ウマ娘の人生に一度しか出られないトゥインクルシリーズの夢を壊そうとした。その罪は大きい、俺が彼女の不安に気付いてあげなかったことが一番の過失。

 

「俺は、君の進みたい道を示すといった。だがこのありさまだ。ライスの様子に疑問を抱かなかった。ライスの不安を助長させることをしてしまった。それは全部俺のせい。だからライスは俺を怒っていい」

「……違うの、トレーナーさん。ライスが悪いんだ、ライスが、不幸な子だから」

「不幸なんかじゃない。不幸だなんて言葉は、自分がそう思い込んでいるだけだ」

「でもっ、ライスがいると、みんなが不幸になって、私を助けてくれたトレーナーさんまで、心配かけさせて……」

 

 顔をうつ向かせ、地面に目を落としてしまった。ライスにとって、自分という存在は誰かを不幸にさせてしまうと、そうあると思ってしまっている。

 

「ライス、俺は最初に君に言った。迷惑をかけてもいいって、それでもいいからスカウトをさせてくれといった。俺は自分で見て、君しかいないと思った。だからスカウトした、だから君を選んだ。君が誰かを不幸にするというなら、それは間違いだ」

「……でも、ライスは」

 

 どこまでも、卑屈に接していくライスは、あの夜に見たものと同じものだった。

 

「ライス。俺は不幸になんてなった覚えはないし、これからもなる予定はない。少なくとも、ライスがいるうちは」

「……不幸になっちゃうよ。ライスがレースに出ちゃったら、ダメな子だって、分かっちゃうから」

「なら、分からせてやればいい」

「……え?」

 

 俺は、まっすぐにライスを見据える。今にも泣きそうで、耳も倒れてしまっている自分の担当ウマ娘のために。俺が出来ることをするだけだ。ライスがそれだけ真剣に悩んで、どれだけその悩みに苦しんでいる優しい子だと、俺は知っている。

 

「ライスが本当はすごい子だって、自分が思った以上に優しい子だって、周りにわからせてやるつもりで走ればいい。それに、まだ、諦めているわけじゃないんだろ?」

「……それ、は」

 

 俺は見た。部屋に入り、ライスを見て、俺が見とれたあの光を失っていたのなら、俺は彼女に走らせる選択肢をとらせなかった。

 だが、彼女はまだあきらめていない。まだ、走れると思っているはずなのだ。そうじゃないとあの瞳をするわけがない。

 

「別に、今日走らなくてもいい。でもいつか走って、俺に満開の笑顔を見せてくれる日が来れば、それだけで君は人を幸せにできる」

「っ…… ほんとに、ライスに出来るかな……?」

「あぁ、俺はライスに出会えて幸せだと思ってる。だって俺のスカウトに応えてくれた優しいウマ娘だ。幸せに思わないわけがない」

 

 正直、あの時ライスがスカウトを断っていたら、俺はどうなっていたんだろうか。そのままライスのことをあきらめきれないのか、別の手段を使ってほかのウマ娘を探していたのか。どちらにせよ、担当あるいはサブトレーナーでもないトレーナーを雇う価値はほぼないと言っていいから、そのまま仕事を辞めて孤児院に戻っていたのかもしれない。

 

 なら、俺はライスに救われたといえるのだ。

 

「っ、トレーナーさんは、ライスのこと、信じてくれる……? 私がちゃんと、走れるって」

「あぁ、今まで数か月、君のトレーナーをしてきたんだ。君のことは知っているつもりだし、君の走る才能についても知っている。だから、俺は信じる」

「トレーナー、さん……」

 

 その紫の瞳を潤ませて、こちらを見て泣きそうになりながら、でもその瞳にあきらめの類はなかった。

 

「もう、大丈夫そうだな」

「……うん、ありがとう。おに……トレーナーさん」

「おに……? え、鬼? 俺そんなに怖かった?」

「ふぇ……? ち、違うの。少し、嚙んじゃっただけだから」

「そ、そうか。……っと、連絡入れないと」

「……?」

 

 大丈夫そうに見えたので、まずは係の人に連絡を入れることにした。係の人は既にレースの準備が整い、もう棄権ということで観客に説明してしまったとのこと。まぁ、流石に時間をかけすぎたのかもしれないが、まだ次がある。

 

「ありがとうございました。今回はご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした……っと、レース出られないみたいだわ。ま、次の未勝利戦に出るしかないな」

「うぅ……ごめんね、トレーナーさん」

「いや、今回のことは俺がライスのことを知らなかったことにも問題があった。そこについては、すまない」

「ううん、ライスの方こそ、ごめんね……私も、頑張るから……!」

 

 えいえい、おー! と小さく手を伸ばしておーとするライスを見て、ひとまず安堵した。このまま彼女が走ることを辞めてしまえば、どうなっていたのか、正直考えたくなかった。

 

 

 

 

 

 ──────────

 

 

 

 

 

 未勝利戦は、メイクデビューが始まった後にすぐに参加をすることが出来る。毎週レースが開催され、様々な距離を取り揃えられている。参加資格は、メイクデビュー一着をとっていないウマ娘すべてだ。

 

「むむむ……なら出るのは中距離で一番近い七月二週のこのレース……ライスはあのレースで走ってないから体力も大丈夫だし、やる気もある。出るならこのレースだよな」

 

 と、ライスの体調も大丈夫だということも確認して、迎えた未勝利戦。メイクデビューに比べれば人は少ないが、この時期のクラシック級にはまだ重賞レースも始まっていないので、ある程度の人はいる。

 

「ライス、調子はどうだ?」

「あっ、トレーナーさんっ……うん、大丈夫、だよ。まだ、怖いけど、トレーナーさんがいてくれるから。大丈夫」

「そっか、なら俺から言えるのは一つだけ。……勝ってこい、ライス!」

「はい!」

 

 メイクデビューとは違い、純粋な笑顔を俺に見せながら、パドックへと向かっていった。あの様子なら、勝てるはずだが、レースに絶対はない。踏み出しの際に飛び出る泥が目に入ることも少なくないので、油断はできない。ライスは先行で行くので、逃げる子のそれには注意しなくてはいけない。

 

「……よし、行ったか」

 

 ライスを見送り、俺も観客席へと足を運ぶ。トレーナーとはいえ、レースを観戦するのは他の観客と同じだ。そういった面でいえば、トゥインクルシリーズは選手とファンの距離が近いといえるだろう。道を歩けばウマ娘に声をかける人もいるという。

 そうこうしているうちに観客席に向かうと、そこにはトレーナーや関係者の人たちがすぐそばに来ていた。多くは今日出るウマ娘のトレーナーに、偵察に来たであろう他のトレーナーにメモを片手に持つ新聞記者らしき人物もいる。

 

「んっと、前の方で座ってればいいか」

 

 そうしてトレーナーたちが固まっているところから少し離れた場所に腰を落ち着かせる。観客席と比べ、少し前の方に陣取らせてもらえるのもトレーナーやトレセン関係者の特権と言える。

 後は待つのみ。観客が来る前にこうして席をとらせてもらっているのはうれしいことだが、逆に言えば観客たちよりも待ち時間が長く、することといえばターフの状態を見たり、コースの確認を今一度するぐらいしかない。つまりは暇なのだ。そしてほとんど人がいないから静かだ。だから、離れた場所で話している声も、よく聞こえた。

 

「今日だろ? あのウマ娘が出るの」

「あぁ、ライスシャワーだな」

「っ……?」

 

 自分の担当の名前が出れば、そりゃ気にはなる。ばれないように耳を傾けることにした。なんだか探偵の気分だ。やってることはただの盗み聞きなのだが。

 

「メイクデビューで棄権したって子だろ? それがどうしたんだよ」

 

 話しているのは二人の男性トレーナー。周りを見れば緊張や不安で落ち着かない様子のトレーナーたちとは違い見ての通り堂々としているので、多分偵察に来たトレーナー、先輩に値するだろう。一人のトレーナーが、尋ねるともう一人が語るように。

 

「それだよ。運営は棄権ってことにしているだろうけど、実はレースが嫌で逃げ出したって噂だ。現にそれらしきウマ娘を目撃したトレーナーもいたらしいし、少なくともレースに間に合わなかったってわけじゃないらしい」

「なるほど……じゃあこのレースも出ないのか?」

「いや、そうじゃないらしいが……多分すぐに一杯になるだろうな。出なかったってことは、自信がないってことだしな」

 

 自信ありげ、というか何となくかませ犬感を醸し出しながら、そう語る男性トレーナーの様子を見て、そう思うのも無理はないと思った。ただ、俺がここでキレたとしても意味がないことは分かっているので静かに黙ることにする。

 

「じゃあなんでここに来たんだろうか。まぁ、他のウマ娘のことなんてどうでもいいんだけど」

 

 じゃあなんでここ(レース場)に来たんだよ。どうでもいいならなんで態々担当しないウマ娘のレースに来たんだよと大声で言いたい気分だった。いや、まぁ別にいいんだけどね、気にしてないし、それこそどうでもいいし。

 

「っと、そろそろ一般客も来る頃合いだし、別の話にするか」

「だな。俺らの印象が悪くなったらうちの方も困るし」

 

 もう俺からの印象は最悪です。それ以降は声が聞こえることがなかったが、できればもう見たくない二人組だったとは深く思った。とにかく、後は見守るだけ。

 

 しばらくたつと観客も入ってきて、ボルテージが最高潮になろうかという頃、レースの準備が終わったことを告げるファンファーレが鳴り響いた。気が付けばウマ娘たちは既に入場しており、これからゲートに入るかといった様子。実況解説席もそろそろ始まるようだ。

 

「今日は絶好の良バ場となりました東京レース場。距離は2000m、左回りとなっています」

「一番人気はパープルドリーム。気合十分といった様子でしょうか。落ち着いた様子でゲートに入っていきます。どのような走りをするのか、期待しましょう」

「二番人気はミリオングランプリ、この子も気合充分ですね! こうレースが期待できそうです。パドックでもやる気満々といった具合でした」

「三番人気はライスシャワー。少し不安げな表情ですが、気迫充分。これは油断できませんよ」

「私一押しのウマ娘です。頑張ってほしいですね!」

 

 ゲートインが早かったのか、三番人気のライスシャワーまでがコメントをいただき、各ウマ娘がゲートインした。あとはスタートを待つのみ。

 

「……さぁ今スタートが切られました! 各ウマ娘が一斉にスタートしました!」

「六番アーバンタカオーが少し出遅れてしまいましたね、ただまだ大きな差は開いていません。おそらく追い込みでわざとスタートを遅らせたのでしょう。慌てる様子が見られません」

 

 ライスは逃げウマ娘三人から少し離れた中心集団の先頭に位置している。内をついているからそのまま落ちると囲まれて抜け出しにくくなるが、スピードに乗っているし、まだ序盤なのでほかのウマ娘も動く様子はない。

 

「さぁ少し縦長の展開となってまいりました。1000m通過。従来の東京2000mと比べると少しハイペースと言えるでしょう」

「多くの子が二回目のレースですからね、少し慣れていることもあって飛ばし気味なのかもしれません。いっぱいにならなければいいのですが」

 

 解説を聞きながら、ライスの様子を見るが、まだまだスタミナに余力を持っているようで、この様子だと最終直線前で抜け出せそうだ。

 

「おっとここでライスシャワーが仕掛けた! 最終コーナー前の少し早い段階の掛けですが、どうでしょう?」

「まだライスシャワーのデータは未知数ですからね……詳しいことは分かりませんが、かかっている様子はありません。スタミナ、あるいは最後の末脚に自信ありといった感じでしょうか」

「おっと最終コーナー曲がって最初に出てきたのはライスシャワー……おっと!? もうすでに三バ身ほどの差が開いているぞ!? 一体いつ伸びたというのだー!」

「驚きました。目を離していないつもりでしたが、自然な流れで急激に伸びてきました。このまま走り切れそうですよ」

 

「……よし、いけ、ライス」

 

 気が付けば、拳を握りしめてライスの様子を見守っていた。こうなれば、後は最後まで走り切るだけ。逃げの子たちはハイペースで走りすぎたのか、垂れ気味になって落ちてきている。それを避けるようにして差しや追い込みの子たちも迫ってくるが、差はより一層と開く一方。

 

「さぁライスシャワーが抜け出した! 漆黒のウマ娘が、ここ東京レース場で花開こうとしています!」

「圧巻の走りです、おそらく勝てるでしょう!」

 

「行けええぇぇぇ!! ライスうううぅぅっ!!」

 

 思い切り叫ぶ。このままライスに届かんばかりの応援の声を送り続ける。周りのかき消すように、叫ぶ。

 その声が聞こえたのかどうかは分からなかったが、さらにライスは加速していく。

 

「残り500m! ほとんど置き去るようにして走りますライスシャワー……200mを切ってもほかの子たちは伸びてこない! これは決まったか!」

「ライスシャワー伸びる……今ゴールイン! ライスシャワーが、見事な勝利を収めました!」

「大差ですね……おっと、タイムが出ましたね……」

「2.01.78です! これは、レコードタイムです! 見事な走りを見せましたライスシャワー! 今後の走りに期待です! これは物凄いウマ娘の誕生を我々は目撃したのかもしれません!」

 

「……」

 

 勝った。ライスが、一番にターフを駆け抜けた。

 

「よし……よし、よっしゃー!」

 

 手を挙げて、喜ぶライスを見ながら、それを実感できた。歓声とともに、俺は手を挙げて喜びをあらわにした。これでようやく一勝。長かったように見えるが、まだまだ始まったばかりだし、なんからこれからが本当のスタート。ライスシャワーのトゥインクルシリーズが始まる。

 

「いや、こっち喜んでばっかじゃ行けないな。まずはお祝いだ」

 

 喜びをかみ締めつつ、俺はライスの元へ向かうべく関係者席から飛び出した。

 

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