漆黒のウマ娘と孤児院のお兄様(トレーナー) 作:ライスのお兄様(自称)
FGOやらウマ娘やらも忙しくなってきて最近は原神も始めたせいでおかしくなりそうです。
なんか長くなりましたが、本編どうぞ。あ、あと誤字報告いつも助かってます!
歓迎会からしばらく経ったある日。ライスの成長のためのいい案が浮かんだので、内密に進めているといつの間にか数ヶ月も時間が経っていた。
そして今日。その案を実行する日がやってきた。やはりここでライスがいかに成長のきっかけをつかめるかがかなり重要になってくるということは何となく予感していたからか、柄でもなく緊張しながらコースへと足を踏み入れた。
「ライス、ちょっと待ってくれ」
「……ライス、なにか悪いことしちゃった?」
そうしてトレーニング前のストレッチを行っていたライスを呼び止める。ストレッチ中は集中させるためにも俺から話しかけることがなかったからか、ライスは背筋をびくっと伸ばして恐る恐るこちらを振り向いた。自分がなにかしてしまったのではと不安な面影を見せていたが、そんなことは無いので即座に否定する。
「いやいや、ライスは何もしてないぞ……おほん。今日から数日間、ライスには合同練習をしてもらうことにした」
「ふぇ……? 合同練習?」
こちらを向いて首を傾げるライス。今の今まで合同練習というものは桐生院さんのミークとの併走練習ならあったが、今回は彼女らには連絡を入れていない。
とにもかくにも、説明するにしてもまずは向こう側がやってきてからの方がいいだろう。
「おはようございます。黒沼トレーナー」
「あぁ」
そうしてやってきたのは黒沼トレーナー。今日も変わらず真っ白のジャージとズボンを身にまとい、ジャージの中に服は着ておらず、鍛えられた肉体が見えている。最近この人との関わりがよくあるような気もしなくはないが、彼が今育成しているウマ娘の目標や距離適性的にも、ライバルを先に知っておいて損はないだろう。
そういえば黒沼トレーナーとライスは初対面になるだろうし、そこんところどうなのかと思っていたのだが……まぁ、予想通りといえばそうだった。
「ひぅ……」
「っと、すいません」
「いや、気にするな」
小さく悲鳴を上げたライスは体を縮こませて俺の後ろに隠れた。黒沼トレーナーの外見はおよそカタギのものではないから怖がられるのも無理ないとは思うし、彼自身もそういったハプニングには慣れているからか特に大きな反応はなかった。
傍から見ればコース内でおどおどしてトレーナーの後ろに隠れているウマ娘とサングラスをかけこちらを
「えっと……この人と、トレーニングするの?」
「うんにゃ、違うぞ。ライスは今日から黒沼トレーナーのウマ娘と合同トレーニングを行う予定だ」
錯乱したのかライス。いくら黒沼トレーナーでも走りにおいてウマ娘に勝てるとは思えない……と思う。何で言い切れないのかは分からないが、この人なら虎を素手で倒せそうな気がした。なんかそんなインスピレーションがビビッと察知した。
ライスは黒沼トレーナーと並走して追いつかれる光景をイメージしたのかどうかは定かではないが、僅かに体を震わせて俺の服の袖をつかんだ。
「っと、彼女の姿が見えないんですけど……」
「……もう、来る。待っていろ」
そういえばと、黒沼トレーナーの隣を見てもそこにいるはずの彼の担当ウマ娘の姿が見られなかった。彼女の性格上、遅刻というのはあり得ないだろうが、そろそろ時間が来るので訪ねてはみたのだが、どうやらもうすぐ来るらしい。
「時刻を確認……予定到着時刻を0.4秒オーバー。申し訳ありません、マスター」
「──っ!? びっくりしたぁ……」
「構わん」
「ぶ、ぶるびょんしゃん!?」
気が付けば俺の後ろに黒沼トレーナーの担当ウマ娘であるミホノブルボンが居たようで、俺の後ろを通り過ぎて黒沼トレーナーに抑揚のない声音でそう告げていた。ライスも同様に驚いているらしく、尋常じゃない嚙み方をしていた。
「はうぅ……」
「おぅ……大丈夫かライス」
「う、うん……らいじょうぶ」
明らかに大丈夫じゃなさそうなのだが、本人が本当に大丈夫というのでまぁ良しとしよう。とにもかくにも、これで合同トレーニングを行うメンバーが全員揃った。全員揃い、今回の練習の立案者である俺が仕切ることになっている。
「よし、じゃあ早速トレーニングを開始したいんだが、この合同練習は三日間のかなり短い期間となってる。だから、この合同練習の目標は基礎能力向上には着目しない」
「じゃ、じゃあ何を目的にトレーニング……するの?」
ライスが手を上げ、俺に質問してくる。噛んだおかげかは定かではないが、どうやら落ち着いたようだ。確かにライスの質問ももっともだ。何を目的にしなければならないのか、トレーナーはその先に何を見出そうとしているのか、それが分からないとウマ娘たちからすれば成長しているのかが分かりにくい。
「そう、ライスに足りない力。それは追い抜く力だ」
「追い抜く力……それって、最後の、末脚のこと?」
「あぁ、そういう事だな」
メイクデビュー……ではなく未勝利戦の後も何戦か模擬レースに出走したのだが、その際に気になったのがライスのスピードの乗り方だった。最終直線に入り、最後追い抜こうとする際のスピードのノリが悪い。それまでの先頭を追いかける力は高く、その分最終直線においてのスピードの伸び具合が目に入った。
末脚が悪い訳では無いはずだ。ライスのポテンシャルならもっと早くなるはず、だが最後に追い抜き、前に出た時に唐突に加速力が下がったように見えた。
「あぁ、そんで今回はブルボンを呼んできた」
「……神木トレーナーの提案に私が了承し、今日の予定を入れました」
「お、お兄様が、ブルボンさんを……?」
その言葉に悪意というものは無いというのは分かっているのだが、言葉だけ聞くとなんか俺がコミュ障でブルボンさんに話しかけられたんだ……! とかいう意味に聞こえる俺はきっと疲れてるんだろう。
「最初は断られると思ってたんだけどな。ブルボンの方もライスに言いたいことがあったらしいからな」
「言いたいことって……?」
「さぁ? 俺も詳しくは聞いてないな」
「はい。この情報は最高機密に値するトップシークレットです」
真顔でそんなことを言ってのけるブルボン。現にそのトップシークレットの情報は俺にも明かされておらず、彼女がライスに何かを伝えたいとしているということだけが俺のもとに伝わっている。
「今日は黒沼トレーナーが指導の下、並走トレーニングを主にやっていこうと考えている。ブルボンの脚質は逃げ、ライスはその中でブルボンに追いついて、追い抜くのを意識してみてくれ」
「追い抜く……うんっ、ライス、頑張るね……!」
「オーダー、了承しました。ミホノブルボン、始動します。マスター、命令をお願いします」
ライスは相変わらずいつもよりも緊張気味ではあるが、走るうちに平常に戻るだろう。ブルボンは平常運転らしく、黒沼トレーナーの命令を待っていた。
今回の合同練習、実は目的がもう一つ存在している。それはウマ娘たちはあまり関係なく、どちらかというとトレーナーである俺にある。
圧倒的に先輩である黒沼トレーナーの育成方針は確かに厳しいものだ。それは今までに他の先輩方からも聞いている。だが、彼の担当ウマ娘が今までレースを除いて大きな怪我を負ったという話は聞いたことがない。沖野トレーナーが言うには、黒沼トレーナーは限界を引き出させるのが上手いのだという。限界を超え、体が壊れないギリギリのキャパシティを上手く調節して成長を促しているというらしい。
無論、俺がこんなピーキーな育成が出来るとは到底思わないが、それでも何か俺自身がトレーナーとして成長できるきっかけをつかみたいというのが合同練習のもう一つの目標、いわゆる裏目標とか、サブ目標に値するものになっている。
「ストレッチはもう終わっているな? ……ならターフを三周、五割程度でいい、それが終わった後、併走を始める」
「了解しました。マスター」
「は、はいぃ!」
落ち着いていたライスも、黒沼トレーナーが話しかけてくると途端にあわあわしだした。黒沼トレーナーの視線に驚いたのだろう。
「あれ、黒沼トレーナー、見て行かないんですか?」
「あぁ、見る必要もないからな」
「……」
ライスとブルボンが走り出したのと同時に、黒沼トレーナーは手にしていた資料に目を通し始めた。そこにあるのはレースの出バ予定表か、それとも別のウマ娘のパーソナルデータかは定かではないが、どうやらウォーミングアップを見ることはないらしい。
それは圧倒的な自信の表れのように感じ取れた。ブルボンがここで大きな問題を起こすわけがないという。
ただ、俺はまだそこまでの余裕もないのでしっかりと目で見て二人のウォーミングアップ代わりの走りを見ておくことにする。
「……ふむ」
時期的に言えばライスとブルボンが今回のトゥインクルシリーズ参戦が決まったのはほぼ同時期ともいえる。数か月の差があったとしても、それほどまでの信頼関係を結べるものなのだろうか。それはひとえにブルボンの性格も相まっていたり、軽いウォーミングアップだけだとしても、まったくの心配もなく目の届かない場所に担当ウマ娘を置いておいても大丈夫だという自信は、今の俺にはなかった。
「っと、そんなことより」
俺の成長の話はあくまでもサブであり、本命はライスがブルボンに食らいついていけるかどうかというところがある。今は自分よりもライスに集中しなくてはならないと今ブルボンと走っているであろうライスを見やると、違和感に気づいた。
「ペース配分はブルボンが前に出ているから普通に見えるが、なんかフォームがばらばらだな」
「そうだな。あの感じだと……緊張か」
「……ですよね」
俺が小さく呟いたはずの声は黒沼トレーナーにも聞こえており、しかも原因も大体予測していた。緊張によるフォームの乱れというのはよくある話で、それがライスのような性格の持ち主だとその傾向が顕著なのだという。
ブルボンと比較するとその差は歴然だった。元より、機械のような性格をしていると噂されるブルボンの走りはまさに走るサイボーグと呼べるほど精密に練られたフォームだった。
前に出てペースを作る作戦でもある逃げにおいて、距離ごとのペース配分はかなり重要になっている。ほぼ無意識のうちに取っていたラップタイムを見てみると、誤差がほとんどなく、きれいに同じ時間を同じペースで走り抜けていた。
比べてライスのフォームは、黒沼トレーナーの言っていたように緊張でがちがちに固まっているような印象を覚えた。オーダーを出したときは平然そうに見えていたのだが、どうやらまだ憧れのブルボンと一緒に走れるということに現実味を抱いてなかったのかもしれない。このままだと走ることに集中できないだろう。
軽く走っているとはいえ、その速度は三十キロを優に超える。集中できていない状態で走れば、大事故につながりかねない。
……いったん時間を置いた方がいいかもしれないな
ベテランの黒沼トレーナーたちとは違い、俺はまだまだ初心者。こういったメンタルケアは走る前に整えておくべきなのだろうが、それが出来ないということに若干の焦りを感じた。これがレース本番だったら? クラシック三冠をかけた戦いならば? そう考えると背筋が凍るのを感じた。
メイクデビューの時に嫌という程感じた自分の不甲斐なさ。それを無くすのも俺の務めなのだ。それを忘れてはいけない。
「ライス、ストップな」
「う、うん。どうしたの? お兄様」
一周を走り終えたライスを呼び止めて傍に来させる。ブルボンにはそのまま走っていてほしいという旨を伝え、ライスに向き直った。ライスも自分の不調が分かっているのか、少し耳をしおらせてこちらに近づいてきていた。
「やっぱり、緊張してるか?」
「……うん。やっぱり、分かっちゃった?」
「まぁな」
ライスはふぅっとため息を吐いて、自嘲気味に笑った。
「緊張の原因が、憧れのブルボンと走ることなら、別にいい。そのうち慣れていくだろうし、何より憧れってそういうもんだしな」
憧れっていうのは実際に会って、それだけで緊張したり、気が動転したりする。憧れはいい感情でもあるけれども、集中を乱すこともある。それなら俺にも経験はあるし、そう言う者だって割り切れる。いつしか憧れを追い越そうと思える心を持っていたら、それでいいから。
「でも、多分ライスはさ。ブルボンが絶対的な存在みたいに思ってるんじゃないか?」
「……」
「それ自体はいい。けど、それでブルボンにどうしようもないとか、絶対に勝てないって思っちゃうのはダメだ」
「でもライスは、ブルボンさんには敵いっこないから……」
ライスは視線と手を下に下げ、苦い表情を浮かべていた。ライスにとってブルボンは勝てるわけがないと思っている。だが、それではいけない。ライスが成長するにはその先に、憧れを超えるという感情を抱かせる必要がある。
そのために、まず俺はライスの頬を両手で挟み。顔ごと上に向かせた。ライスは驚いたのか耳を大きく震わせてこちらをポカンとした表情を浮かべていた。
「ブルボンは確かにすごい。緻密なペース配分に坂路を愚直に行う誠実さ。確かにライスには敵わないようなすごいウマ娘だ」
「そう、だよね……だからライスは……」
「でも」
弱音を吐きかけたライスにかぶせるように、俺は言葉を紡ぐ。俺はライスのトレーナーだ。ライスの強さも、弱さももちろん知っている。だからこそ、俺はライスをここで諦めさせるような言葉を発してはいけない。
「でも、ライスはブルボンに勝てるって信じてる。そもそも、俺はライスのトレーナーだ。自分の担当ウマ娘を信じなくて、どのウマ娘を信じるんだ」
「お兄様……」
「ライスに出来るのは、前を向いて、前を走るウマ娘を追い越すことだ。それがブルボンでも誰だろうと関係ない……だろ?」
レースという形式をしてはいるが、結局することはタイム短縮やコンディション管理、プレッシャーと、言い換えれば自分との戦い。如何に自分の記録を工夫を凝らして越えられるかということにかかっている。
まぁ、ポジション取りとか脚質とか、他者からの接触もあるが、最後は結局地力がものを言う。
ライバルや憧れを持ち、他者に意識を向けるのも確かに大事だが、ライスはレースにおける自分への関心や意識が薄いように感じる。だからこそ、自分を見て、自分の強さを知って欲しいと願う。
ライスはゆっくりと目線を上げていき、俺と目が合った。その目はまだ、諦めていなかったと思う。
「……うん、そうだね。ライスはみんなと走って、それで、一番になりたいから……」
「そうだ。勿論、ブルボンを目標にするのもいい。けどそれだけにとらわれちゃ、本当になりたい自分になれないって、俺は思ってる」
「……」
俺の言いたいことは言えたし、後はライス次第、か。結局変わるには自分の力で変わるしかない。だから俺にできることはライスを送り出すことだけ。俺はライスを後ろに向けて、そっと背を押した。
「よし、行ってこい。そんで、ブルボンを追い越してこいっ!」
「──うんっ!」
ライスは押された勢いそのままに走り出し、少しペースを落としていたブルボンに追いついた。さっきよりも肩の力が抜けて、自分のフォームをしっかりと守れているようだった。……これなら、心配はないかもな。
「……ライスは、変わろうとしている」
そのまま、なんを考えるでもなくただぼーっと、ターフを走るライスたちを眺めながら、そんなことを呟いていた。自分でも、よく分からなくなってきた。
なら俺は、変わろうとしたのか。そもそも、あの頃から、変われているのだろうか。
───いや、違うな。そんなことは、今は関係ない。
今すべきなのはライスの育成と、ライスを育成できるようになるために、俺自身が経験を積むことだ。そのための合同トレーニングだし、そのために黒沼トレーナーに力を借りたのだから。
ゆっくりとでいい。まだ時間は沢山ある。俺もライスと共に成長できれば、GIレースでも、勝つことは不可能じゃなくなる。
今はまだジュニア級。来年からは勝負であるクラシック級、つまり皐月賞などのクラシック三冠が始まる。それまでに万全を喫しておかなければならない。
それまで、立ち止まっている暇などないのだから。