「
養成所の事務局。
少年──遊士のデュエルディスクと端末を有線接続、データベースからID照会後、
「藤堂遊士──なるほど、それがオレの名前か。
「それは知りました。むしろ何で他人事みたいに仰るんですか……」
はぁ、と今日だけで片手を超える回数のため息をつく天音。
このため息は遊士の無頓着な態度、兄の玄人による強引な手引き、そして午後の講義を欠席してしまった罪悪感から齎されたものだ。
(どうしてこうなってしまったのでしょうか……)
内心でもため息をつきながら、天音は頭を抱える。
ほんの数十分前までは敗北のショックで項垂れていた玄人は、遊士の『そういえば、オレは誰なんだろうか』発言で驚愕。
ただ事ではないと察した玄人はすぐに遊士と天音の手を引き駆ける。
通常ならば警察なり病院なり役所に行くハズだが、何を思ったか玄人が真っ先に向かった場所は養成所の事務局。
『こっちで調べた方が早い』と実に決闘者らしい思考回路だ。
だがそのお陰と言って良いかはわからないが、照会したデータベースから無事に少年のプロフィールを得られた。
名前が藤堂遊士であること。
年齢は天音と同じ17歳であること。
住所は養成所からそう遠くない場所にあり、所在地に方書もないので一軒家であること。
あくまでもデュエルディスクに登録されたIDから照会されたものなのでその程度しかわからないが、むしろこれだけわかれば充分とも言えるだろう。
登録情報の画面をプリントアウトし、それを2人に見せながら玄人は朗らかな笑みを浮かべる。
「とりあえず連絡先があるから自宅に連絡してみようか。もし出なかったらその時はボクがバイクで送ってあげるよ」
「それは助かる──だが良いのだろうか? 見ず知らずのオレにここまでしてくれて」
「構わないよ。ボクとしては君が天音を狙うケダモノでないことはデュエルを通してわかったし、事情が事情だ。さっきのデュエルでボクに勝った報酬だと思えば良いよ」
「なるほど……ありがとう天崎玄人さん。感謝する」
ペコリと頭を下げる遊士に対し、玄人は笑顔で応えた。
そのまま流れるように事務局の電話を(無断で)使い、遊士の自宅へと電話をかけ──
『おかけになった電話番号は、現在使われておりません』
──受話器から聞こえてくるメッセージに、浮かべていた笑みが消える。
「ちょっとじゃないぐらい厄介ごとかな? 少し待っててね」
先ほどまでの2枚目な優男の顔から一変、玄人は真剣な眼差しでディスプレイに向かう。
リアルタイムで地図情報を検索できるサイトにアクセスし、そこに遊士の住所を入力。
衛星からその場所がリアルタイムに映し出される。
よくある住宅地の一角であり、周囲には多くの住宅が並び──
「……そうきたかー」
──入力された住所は完全な更地。
そこにあったであろう住宅は影も形もなく、映っているのは平坦な砂利と砕石のみ。
ここで玄人は妹の天音と似たため息をつき、その端正な顔が歪む。
「ごめんね天音。ちょっと古賀先生に会議は遅れますって伝えておいて」
「えっ」
「さぁ藤堂君。今からボクと
「ん? わからないがわかった」
天音に一言伝えるなり、玄人は遊士の手を引き外へ。
残された天音は兄の(いつもの)突拍子な行動に目を丸くし、気付いたら男2人が目の前から姿を消していた。
周囲の職員らは『あぁ、また天崎(兄)』がやらかしてるんだな、と昔を懐かしむように、ぼっちにされた天音に同情するように暖かい視線を送り──
「天崎。天崎を見なかった──コホン、すまない。兄の天崎玄人を見なかったか?」
──それと同時に、たった今事務局を訪れた初老の男性、古賀に声をかけられる。
『あぁ……』と今度は内心で幾度目かのため息を吐きつつ、天音はゆっくりと体の向きを古賀の方へ向け、兄に似た朗らかな笑みを形成。
「古賀先生、兄より伝言です。『会議は遅れます』と……」
「む、何か緊急の用件でも入ったか? それとも同期のメカドラコンビの厄介事に巻き込まれたか?」
「端的に申し上げれば迷子を送っています」
「……そうか」
そんな天音の諦観したような笑みを向けられ、古賀は職員と同じく同情するような眼差しを向ける。
ふざけた理由であれば叱責の1つでも飛ばすハズが、存外まともな理由にむしろ反応に困惑。
「何時に戻るかわかるか?」
「わかりません」
「……そうか」
ふぅ、と一息ついて古賀は天井を見上げる。
研究生時代から玄人の周囲を振り回したり、振り回される行動と言動は相変わらずだと懐古。
良く言えば変わらぬ人柄。
悪く言えば成長してない。
「戻ってきたら私のところまで来るように伝えておいてくれ」
「……はい。いつも兄がご迷惑をおかけしています」
「構わん。いつものことだ」
やや項垂れた古賀はそれだけ言うと踵を返し、くたびれた足取りで歩を進める。
天音は心の中で『本当に申し訳ありません』と謝罪し、その哀愁漂う背中をただ見送ることしかできなかった。
(天崎兄は全く変わらんな……)
自室に戻った古賀は、はぁとため息をつきながらコーヒーを1口飲み、PCのモニターを興味なさ気に見やる。
そこには昨晩の警報で作動した監視カメラの映像──と言っても、養成所の
警報が発せられてから前後30秒の映像が自動的に記録されているが、映像にはフェンスに
一応、今日の講義では山野の害獣かもしれないと研究生には伝えたが、この不鮮明な映像を見る限りでは落石による警報装置の作動だろうと古賀は判断した。
決闘者専門の養成所という都合上、万が一の事故に備えて近隣に被害が出ないよう郊外に建てられることが多い。
そのため、山野の麓にある養成所では山中からの落石など日常茶飯事の出来事であり、特段古賀は気にも止めなかった。
また記録映像をいつまでも残していても無駄に容量を食らうだけだろうと、いつもと同じように映像を削除。
報告書にも単に『落石による警報装置の作動』とだけ書き、とりあえず急ぎになりそうな案件を片付ける。
(それにしても……天崎兄も遅れるならもう少しマシな嘘をつけばいいものを。大方街中でファンにでも見つかってファンサービスでもしていたのだろう)
簡単な書類仕事を終え、再び古賀はコーヒーを口へ。
今日の会議──と言っても2人だけなので実質的には打ち合わせだが、そこまで角ばった形式のものではない。
養成所の行事である、『冬季プロ決闘者交流戦』の選出者の選定だけだ。
基本的に
スケジュールにはまだ余裕があるので選出に数日から数週間程度は遅れても問題ないのだが、それをドタキャンされるとさしもの古賀と言えど眉間の皺が増える。
はぁ、とため息をついて三度コーヒーを口に含む。
だが逆に考えれば午後のスケジュールが空いたということだ。
ここ最近は講師としての仕事はもちろん、所属企業の会合やらプロ決闘者のイベント管理等、多忙を極めていた。
(少しぐらい休憩を取っても問題あるまい)
僅かばかりの憩いのひと時を堪能すべく、古賀はカップに残っていたコーヒーを全て口に含み──
「古賀先生ェ!! ご相談がありますッ!!」
「う゛おっほぁっ!?」
──突然の訪問者で盛大に
「せ、先生ーっ!! 大丈夫ですか!? 何かあったんですか!?」
「おえ゛っ、かふ──貴様だっ! たわけぇっ! せめてノックぐらいはしろっ!」
「あっ、すいません」
驚愕か加齢か、おそらくは両方の理由で咳き込みながらも古賀は玄人を一喝。
当の玄人はというと恩師を案じたのに何故怒られるのかとキョトン顔。
これだから天然トラブルメイカーは、と古賀は内心で苛立ちを加速させる。
「ん゛んっ──で、何の用だ天崎兄? 少し前に天崎妹から遅れるとだけは聞いていたが」
「遅れた件については申し訳ありません。それで用件なんですが、この子についてです」
玄人は後ろに待機させていた白髪の少年──遊士の肩を押して古賀の前へ。
「…………」
「…………」
沈黙。
片や講師である古賀は突然見知らぬ少年を眼前に出されても訝しげに見るしかない。
片や状況も目の前の人物も何もわからない遊士もただじーっと古賀を見据えるだけ。
「……天崎兄。この子が何だと言うのだ? 見たところ養成所の研究生ではないようだが」
「はいっ! この子──藤堂遊士君はデュエルの腕は立つのですが、記憶喪失で病院・役所・警察と当たっても、役に立たなかったので養成所の方で何とかして欲しいと思って連れてきました!」
「待て。まるで意味がわからんぞ」
さながら猫が狩ってきた獲物を飼い主の前に自慢するように、自信満々の誇らしげな笑みを浮かべる玄人。
一方の古賀は顔を手で覆い、目の前のトラブルメイカーが引き起こさんとする問題に顔を歪めた。
さしもの遊士も相手が何となく困惑しているということはわかり、不安げな眼差しを玄人へ向ける。
「天崎玄人さん」
「玄人で良いよ」
「……玄人さん。オレはよく状況が理解できないのだが、この人に迷惑をかけているのではないだろうか?」
「心配ないさ! 古賀先生はボクが研究生時代に''たっちゃん''や''ふじこちゃん''が問題起こしても笑顔で対応してくれた聖人だからね! ここは遠慮なくどーんと頼るのが正解なのさ!」
「不正解だ大馬鹿者」
「痛ぁっ!?」
バチン、と額にデコピンを食らう玄人。
老齢ながらも鍛錬を欠かさない古賀の一撃は予想以上の威力を誇り、当てられた額が薄らと赤くなる。
「全く……いくら何でも素性不明の者をそう易々と養成所に編入できる訳がないだろう。少しはモノを考えて言え」
「いたた……でも古賀先生、''たっちゃん''は『特別編入試験』で入ったじゃないですか。あれなら受講費免除・研究生寮に即日入居可ですから、試しても良いと思いますよ?」
「あのドラゴン馬鹿は『例外』だ……それとも──」
瞬間、空気が凍てつく。
先まで卒業生と先生の朗らかなやりとりが一変。
半ば冗談気味で叱咤していた古賀の眼差しが日本刀のように鋭利に。
その眼光は古豪の猛者とも評する、熟練かつ洗練されたそれ。
「──その少年があの馬鹿に匹敵する『例外』だとでも言うのか?」
玄人はもちろん、対峙していない遊士でさえ無意識化で息を飲む。
それほどまでに眼前の老人──否。
老兵の発する威圧感に緊張を抱かざるを得ない。
「……ボクとしては、遊士君は充分『例外』に値する子だと思いますよ。何せボクに土を付けましたからね」
「ほう……お前が負けたか」
だが、玄人とて現役
古賀に負けず劣らずの強者と幾度も矛を交えてきた猛者だ。
研究生時代ならいざ知らず、今の玄人も充分に立派な決闘者。
例え旧知の恩師であろうと、一歩も引かずに不敵な笑みを浮かべる。
「なるほど、お前がそう言うのであれば一考の余地はあるだろう」
その玄人の笑みを感じ取ったか、はたまた気に入ったか。
どちらにせよ、古賀は内心で『立派になったなぁ……』と半ば親心のようなものを感じつつ、2人に背を向けて棚へ手を伸ばす。
棚の中には古賀の愛用のデュエルディスク──ではなく、デュエルコートが鎮座。
それを慣れた手つきで取り出し、袈裟懸けに装着すると、身体を2人の正面へ向ける。
そして今度は古賀が、玄人のような不敵な笑みを浮かべて口を開く。
「ならばデュエルだ。私とデュエルし、実力を示せば認めよう」
デュエルフィールド。
普段であれば実戦講義や、講義終了後の空き時間に研究生や講師らが集い、日々の鍛練としている場だ。
だが、今の時間帯は丁度実践講義もなく、他のクラスも全て別講義で人はいない。
この場に居るのは遊士・玄人・古賀──そして兄の玄人に呼び出されて観覧席に居る天音の4人のみ。
「あの、兄さん」
「何だい天音?」
「今の状況を説明してくれると助かるのですが」
「今から遊士君が古賀先生とデュエルして勝てば研究生になって衣食住を保障してもらえるのさ」
「……なるほど。兄さんが無茶を言ったことはわかりました」
「ふふ、よしなよ照れるじゃないか」
「褒めていません」
玄人に呆れたような半目を向けた後、天音はデュエルフィールドに立つ2人に目を向ける。
1人は藤堂遊士。
自分と同い年ながら
1人は
尊敬する養成所の主任講師であり、〈
2人は所定の位置につき、互いにデュエルディスクとデュエルコートそれぞれを起動。
先攻・後攻が決定しライフポイントが8000と表示。
その後、共にデッキから5枚ドローする。
お互いに顔を見合わせ、コクリと頷いてから一拍置き──
「「デュエルッ!!」」
──同時に宣言。
「オレの先攻。モンスターをセット、リバースカードをセットしてターンエンド」
先攻は遊士。
堅実なモンスターセットとリバースカードセットのみでターンを終える。
下手に高攻撃力モンスターを棒立ちさせるだけの愚行はしないか、と古賀は冷静に判断した。
デュエルコートのランプ部分にターン移行の光が灯り、古賀はそっと手を構える。
「私のターン、ドロー。手札から2枚の魔法カードを発動し、場に置く。永続魔法≪古代の機械城≫、フィールド魔法≪歯車街≫」
排出されたドローカードを一瞥してから、古賀は慣れた手つきで手札の2枚をそれぞれ発動──否、起動させた。
古賀の場が中世欧州を彷彿とさせながらどこか機械的な印象へと変わる。
大型の歯車、煉瓦調の街並み。
その街の最奥にそびえ立つ巨大な城。
「次だ。手札からレベル6の≪古代の機械獣≫を召喚。本来ならモンスター1体のリリースを要するが、フィールド魔法≪歯車街≫の効果で私の【アンティーク・ギア】モンスターのリリースを1体分少なくすることができる。さらに永続魔法≪古代の機械城≫の効果で【アンティーク・ギア】モンスターは攻撃力300アップだ」
「先生初手から飛ばしていくなぁ」
次いで場に姿を現すのは歯車仕掛けの四足獣。
白煙を蒸気の如く吐き出す様は、さながら餌を目前にした肉食獣が如く。
流れるような古賀のプレイングに観客席の玄人は苦笑しつつも、すぐに不安げな眼差しを遊士に向ける。
「バトルだ──攻撃宣言の前に言っておくが、【アンティーク・ギア】モンスターの大半は攻撃時に相手の魔法・罠の発動を封じる効果がある。使えるのなら今の内に使うことだ」
「問題ない。まだ使い時ではない」
「結構。では≪古代の機械獣≫でセットモンスターに攻撃だ──プレシャス・ファング」
≪古代の機械獣≫は主人たる古賀の攻撃命令を以て、セットモンスターに突撃。
裏側だったカードが表側になり、白装束の男性の姿が露になる。
その守備力は1800と下級モンスターでは高めだが、≪古代の機械城≫で強化され攻撃力2300の≪古代の機械獣≫には及ばない。
あっさりと半身を機械仕掛けの牙で噛み砕かれ、一瞬にして光の粒子に変わる。
そしてその光の粒子が遊士のデッキへと伸びていき──
「戦闘によって破壊された≪教導の天啓アディン≫のモンスター効果発動。デッキから──」
「──無駄だ」
──霧散した。
「≪古代の機械獣≫が戦闘破壊したモンスターの効果は無効化される」
「──っ、魔法・罠だけでなくモンスター効果も封じてきたのか……!」
ギリ、と遊士は小さく歯軋りした。
先の魔法・罠カード封殺発言は現状なら影響はないが、モンスター効果封じは別。
本来であれば≪アディン≫の効果で一気にエースである≪教導の騎士フルルドリス≫を呼び出して攻勢に出るつもりだったが、出鼻を挫かれてしまった。
先ほどデュエルした玄人のように圧倒的物量で圧すのではなく、着実かつ堅実なプレイング。
さながら教本の如く──定石とも言うような一手。
「さて先手は私が取らせてもらったが、この程度ではまだまだだ──さぁ、示すと良い、君の実力を」
古賀はそう言って不敵な笑みを浮かべる。
その表情はいち講師や、試験官のそれではない。
純粋な──決闘者の、それ。
「言っておくが、私をあそこの
そう古賀が話す中、中空に立体画像が表示される。
およそ10年以上前のリーグ戦の順位表であり、
その中の上から8番目。
そこに表示されている顔写真と名前が、遊士と対峙している者と同じ。
「──
元
〈機械仕掛けの神〉最強の称号こそ第2位の''女帝''に譲ったが、その実力は折り紙つき。
リーグ戦にこそ参戦していないものの、現
故に、彼に勝つことが『特別編入試験』の条件。
生半可な実力では到底及ぶことができず、彼がその試験官に就任してからも合格者は──1名のみ。
第9位の''竜姫''しか成し得ていない──そう言えば、この試験難易度は想像に難くない。
次回「03:編入試験(後編)」