駆逐艦「ありあけ」出撃します!   作:創生路ハイローラー

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主導権を握っている側だけが攻撃する権利をもつ。

 ―チェスの指南


第29話 主導権

 春雨視点

 

「じゃあ、射撃訓練を始めるよ!リッチ、説明よろしく」

「砲撃は高度な物理学と長年の勘が作り出す芸術。特に荒れ狂う波の影響を受ける艦砲射撃は、より正確な照準が求められるのです・・・」

 あの衝撃的な発表の後、演習場の射撃スペースに到着すると、リチャード教官が射撃の基本的な説明を始めました。

「正確な射撃を行うためにはまず彼我の距離・速度・方位を把握が必要であり・・・・・・レーダーがあれば、それらの面倒な手順を省いて砲撃が可能になります」

 駆逐艦の撃ち合う距離で電探なんか使うものなのでしょうか?確かに夜間に明かりをつけなくても物が探せるのは便利ですが。

「それじゃあ、教官さん、お手本見せて」

 浦風はニヨニヨしながら2人をあおりました。演習に勝ったとはいえ少し失礼な気がします。深雪さんに至っては完全に話を聞いていないように思えました。とはいえ私も教官に疑念が無いわけではありません。

「まずはレーダーか光学測儀計で距離を確認するよ。実は皆さんが立っているところ、ここはターゲットから丁度200mの距離なんです」

 後で自分が撃った時に測定しましたが、教官の言ったと通りでした。装備がいいのは本当らしいです。でも、ならなぜ演習のとき・・・

「Fire!」

 教官の撃った砲弾は的の上を通り過ぎました。そうです、演習の時もそうだったんですが、教官が撃った弾は、まるで最初から当てる気がないかのように頭上を通り越していくんです。

「・・・な、波の影響もあから、初弾からあたることはほとんど無いよ!」

 教官は射角を修正してもう一回撃つ。今度はターゲットの前に落ちました。

「挟叉したね。後はこれを修正すれば・・・あ、あれ?」

 また外します。その後も次々砲撃しましたが、結局25発消費して、やっと命中しました。リチャード教官も21発消費しました。

「・・・ぜぇ、ぜぇ。じゃあ、次はみんなで砲撃して」

 ヘイウッド教官はぼろぼろになりながらみんなに指示しました。

「はい。じゃあ私から・・・命中しました!」

 私は5発で命中させることができました。当然です、教官さんが距離を知らせてくれたから、それに合わせて撃てばいいんです。私はこの時無意識のうちに電探の恩恵を受けていたのです。浦風さんに至っては3発で命中させました。

「2人ともすごいね」

「これぐらいお手の物です」

「教官さんが距離測ってくれたおかげじゃ」

「じゃあ、次は私だね」

 Верныйさんも砲撃しますが、なかなか当たらず14発の消費です。響さんってここに来る前は結構射撃上手で通ってたはずなんですが、海外に行くと射撃の腕が下がるとか、そういうものなのでしょうか?

「・・・やっぱり武装が体に合わないな」

 Верныйは小さく呟きました。やはり海外艦には海外艦の事情があるのかもしれません。

「仕方ないか」

「Верныйちゃん、一緒に頑張ろう!」

 仲間ができてうれしいのでしょうか、ヘイウッド教官はВерныйさんの首に抱きつきました。一瞬ですがリチャード教官の目つきがすごく怖くなって、私はすぐ目をそらしちゃいましたが。

「次は深雪だよ」

 最後に残った深雪さんは舌打ちをして射撃位置に付きました。昨日の演習の後、実は彼女は泣いていたんです。私や浦風さんが慰めても、妹のВерныйさんが理由を聞いても、ベッドから出てこなかったほどに。それがどうしてこうなってしまったんでしょうか?

「けっ、下手糞共が・・・」

 一言教官への悪態をついて撃った砲撃は7発目で的を射抜きました。ブーメランですね。

「じゃあ次は動く的にするよ、わたしが引っ張るからみんなよーく狙ってね」

 この後の予測射撃演習は私が教官を誤射してしまったのを皮切りに、ヘイウッド教官をペイント弾まみれにする会になりました。教官には悪いですがちょっと楽しかったです。

 

 

「お疲れ様。今日の訓練はここまで。それじゃあ、今日は解散」

 時間になったので、今日の訓練も終わりです。

「私は先に帰る・・・」

 深雪さんは早々と帰ってしまいました。Верныйさんも帰ります。今日は特型2人が夕飯の当番です。やはり深雪さんのことが気になるのでしょうか、ヘイウッド教官も後を追おうとしますが、浦風さんにがっしりと肩をつかまれてしまいました。

「チョイ待ち、ビリっけつの教官さん達は特訓じゃ。Верныйは帰ってエエよ」

「そんな、不公平だよ!」

「あの子は当番。教官達はヒマじゃ」

 浦風さんはにっこり笑います。砲術では浦風さんがすっかり教官になってました。

「「い、イェス、マム!」」

 

 

 

 Верный視点

 

 夕飯の準備のため、基地に帰投した。彼女達とともにここに配属されたという司令官は、殊勝な事に執務室で無く埠頭で私達を待っていた。私は教官たちが特訓で遅くなると伝えた。司令官は夕飯の準備を手伝いたいといってくれたが、教官を待ってるのでしょう?といなして早く立ち去る。やはりこの司令官は経験不足だ。人はいいが気遣いの仕方を解っていない。

 台所に着くと夕飯の支度をする。本当は自分も特訓を受けなければと思っていたが、当番を理由に帰ることを許されたのだ。不味いものを作っては教官に悪いと思い、料理はしっかり作る。

「なぁ、響はなんとも思わないわけ?」

 下準備をしていると、深雪が話しかけてきた。

「何の話?」

「この艦隊のこと。演習で同じチームだったらわかるだろ?あんな教官に指導されて、司令官もなんか信用できないし・・・」

 彼女は教官の実力に失望しているようだ。

「教官の能力に不満があるのかい?」

「今日のも見て解っただろ、当然だ」

 確かに教官の射撃は当たらないし、魚雷も装備していない。CICなんて嘘八百だろう。教官達がああなっている理由には心当たりがある。大方自分と同じだろうから、長い目で見れば何とかなるだろうが、事情のわからない深雪たちがあせるのは当然だ。

「でも、教官はそこはプロ同士だから、苦手なところはこちらの指導を受けるって言ったよ。そのことにはもう結論は出てる」

 教官が最初からあれを想定していたとは思えないが、できることとできないことを考えれば妥当な結論だ。

「それだけじゃない、響も変わったよな。昔はあんなに射撃上手かったのに。春雨の噂も知らないわけじゃないだろ?」

「深雪、もしかして・・・」

「響も、春雨も、浦風はわからないけどきっと何かある。この艦隊自体、上の連中から見れば・・・」

 私は手で深雪の口をふさいだ。何を言いたいかは判ってるし、考えても無駄なことだからだ。

「それは他人が決めることじゃない。もしそうなら、私達は生きてすらいないよ」

「・・・とにかく、私はこの艦隊は嫌い。こんな艦隊、すぐ出てってやる」

 ガツン、と包丁を大根に突き刺したまま、深雪は部屋に戻ってしまった。

(相変わらずの料理下手だ・・・)

 私は深雪が放り出したまな板の上の雑に切られた野菜を見て苦笑した。

「彼女達が話すまで待つべきか・・・タイミングが大切だ」

 

 

 エディ視点

 

「んんっ!今日は疲れたね」

 浦風の追加練習から帰った後、夕食とお風呂に入ったエディとリッチは、2人で密かに弾薬庫に入る。艤装についた箱を開けると、勢いよく猫が飛び出してきてエディ達は猫まみれになる。

「わぁ!?くすぐったいよ」

「ほら、いい子だから、お食べ」

 無邪気な仔猫と戯れ心休まる一時を過ごす。

「下手に出た甲斐もあって、深雪を除いてやる気を起こすことに成功した。向こうにも教えさせる余地を作って自主性とやる気に訴えるなんて、さすが姉さんだ」

「人に教えるのは、自分も学ぶことだって、大姉ちゃんが言ってたからね。現状浦風ちゃんがあそこまで火がつくとは思ってなかった」

 浦風は純粋に状況を楽しんでいる節すらある。エディにとっては好都合だが、同時に不思議な存在であった。足元で一番大きな猫が、小さな2匹を咥えて連れて行き、先に餌を食べさせている。それは仔猫を可愛がっているのでなく、単に毒見をさせているだけなのかもしれない。安全と思えば、仔猫を押しのけて簡単に餌を奪うことができる。

「もともと世話好きなんだろうと思いたいけど・・・どちらにしろ、主導権は失わないようにしないとね。問題は・・・」

「深雪ちゃんだね。かなり期待してたみたいだから、失望させちゃった反動は大きいだろうね・・・」

 猫の1匹が仲間はずれになっている。エディは仲間に入れようとするが、すぐに離れてしまった。

「で、でも、深雪ちゃんもわたし達が本調子になれば、きっと認めてくれるよ。だから頑張らないと」

「エディの言うとおりだ。せめて魚雷さえあればもっと戦えるんだけど・・・」

「そしたら猫ちゃんはどうするの?」

「うーん。里親を探さないといけないな」

 エディ達は猫を箱に入れると、部屋に戻った。

 

 

 こうして明けても暮れても訓練の日々が始まった。訓練学校の集中特訓期間のスケジュールを元に、朝早くから体力トレーニング、午前は座学、午後は海上での訓練を行う。エディが宣言した通り、訓練では艦隊の中での第一人者がその場の教官となる一方で、教官以外も自由な発言を許され、意見や知識を交換した。

 エディは深雪に何度も話しかけたが、相手にしてもらえず、気まずい雰囲気となっていた。

 

 

 艦隊結成から2週間がたった。この日も海外組の特訓で浦風とエディ達は遅くなり、早く帰ってきた春雨が夕食を作る。特訓が終わって帰還すると、いつものようにハミルトンが艦隊の帰りを待っていた。

「ただいま、司令官さん」

「みんなお疲れさま。夕飯は今春雨が準備してるよ。浦風、特訓の調子はどうかな?」

「前よりはマシに・・・」

「司令官、報告書はこちらで取りまとめます。それを参照してください」

 リッチが口を挟む。ハミルトンが教官である自分でなく浦風に報告を求めたことに危機感を覚えているのだ。ハミルトンに報告書を出すのは自分なのだが、どうも司令官は浦風を頼る傾向にある。このままでは艦隊の主導権をとられかねないという焦りが、次第に強くなってきた。

「しっかし、3人とも動きはええのに、何で砲術はできんのかな?もしかして、最近砲身変えた?」

 エディとリッチは思わずビクッとなる。しかし浦風は3人とも砲塔が新しいのを見てそんなわけ無いか、と付け足した。

「まぁ、単純に下手なら、できるようになるまで付き合うから。その分回避とか索敵とかうちの苦手なところは教えてな」

 浦風は楽しげに笑った。焦りを感じているリッチに対して、エディは申し訳なさのほうが先行してしまう。

「浦風ちゃん、いつもごめんね。教官なのにつき合わせちゃって」

「別にいいって。教官は操舵も上手いし、戦術も電探の知識も私にとっては目からうろこじゃ。こっちの分はそれで帰してもらうから」

 浦風は世話好きそうな笑顔を見せる。

「まぁ、こうすると決めたのはエディ自身だ。君が気に病むことじゃない」

 ハミルトンが口出しをするが、これはエディにもリッチにも気に障るところであった。

「報告書をまとめておきます。20時には提出します」

 リッチはそう言うとエディをつれていつもの弾薬庫へ向かった。

「ハミルトンは僕らより浦風を頼ってる。このままじゃ不味い」

 ハミルトンに価値がないと判断されれば、自分達は捨てられる。リッチはこれ以上浦風にハミルトンの信任が傾くことに危惧を覚える。しかし、エディは信頼の観点から浦風やハミルトンに異なる感情を抱いていた。

「そのことだけど。リッチ、わたし達は司令官から距離を置きすぎた気がするの。わたし達が歩み寄らなければ、事態は打開しないよ。浦風ちゃんだって、単に教えるのが好きなだけだよ」

「それが嘘じゃない確証はない。僕だってエディに嘘をついた」

「あれはわたしの為だった・・・」

「たとえ悪意のない嘘でも、それが嘘であればそれだけで人を破滅させる力がある」

 事実そうなった結果が今の状況なのだ。エディは反論できず閉口する。

「そうだけど・・・でも、だからこそわたし達は素直に・・・」

 言いかけたところで、ドアが開いて2人は身構えた。

「入っていいかい?」

 現れたのはВерныйだった。

「Верныйちゃん。どうしてここが?」

「1週間前から2人がここにいることは知ってた。さっきの話も少し聞かせてもらった」

 それを聞くとリッチはすぐにВерныйを壁に押さえつける。

「・・・っ、安心して。私は君達と同じ、君達の仲間だ」

 Верныйは痛みに顔をゆがませるが、落ち着いた声でそういった。

「どういうことだ?」

「規格外の装備、記憶の混乱、経験に反する性能・・・その艤装、無理に改造されたか、或いは『記憶が混乱しているか』」

 Верныйの指摘は全て当てはまることであった。

「じゃあ、Верныйちゃんの射撃が当たらないのも?」

「Верныйとしての私は、13cm砲を積んでいた。だから12.7cmを積むとガタがくるんだ。たとえ元帝国海軍の船であったとしてもこうだ。君達も同じなんだろう?」

 艦娘は船の記憶によって力を得ている。ある程度デフォルメされてはいるが、艤装は艦を模したものであり、その再現率が高いほど効果は高くなる。記憶と違うパーツは装備できなくもないが、やはり不得手なものとなりやすい。

「なるほど・・・でも、わたし達艤装は記憶にないけど、普通に動くよ」

「記憶が艤装に追いついてないのか?なら記憶が戻れば扱えるようになるよ」

 Верныйは一人納得する。

「それで、僕達に何の用?境遇が近いからお友達になりたいわけでもなさそうだ」

 リッチはひとまず拘束を解くと、踏み台を示してВерныйを座らせる。

「ああ、私が言いたいのは、深雪のことだ。彼女に手を焼いているんだろう?」

「うん、まるで相手にしてもらえないし・・・深雪ちゃん、わたしが弱いから」

 エディは自分の実力のことを言われると思って悲しくなった。だがВерныйの意図は別にあるらしい。Верныйは「落ち着いて」とだけ言うと、エディとリッチを交互に見やり、言葉を選ぶ。

「問題は簡単じゃない。実際は彼女を含めた艦隊そのもの・・・」

「大変です!」

 突如乱入してきたのは春雨だった。遅れてハミルトンも入ってくる。

「君達、こんなところに。探したぞ」

「司令官、何かあったの?」

 Верныйは深雪がいないことを確認して身構える。ハミルトンは急いだせいか、或いは混乱しているのか乱れた息を整えると、静かに言った。

「深雪が脱走した」

 




人を信頼しなさい。

そうすれば人はあなたに正直になるだろう。

素晴らしい人物として接しなさい。

そうすれば素晴らしさを示してくれるだろう。

―エマーソン(米国の思想家、哲学者、作家、詩人)
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