司令官の仕事は艦隊の指揮と運営にある。それは空軍オタクのジャーナリストから突然鎮守府司令になった私も例外ではない。幸い優秀な部下に恵まれているので、艦隊指揮は彼女達に一任しているが、運営に関しては自分で行っている。内地の司令官なんて執務室に座って1日中秘書艦をもふもふしていればいいのでしょう?などと思っている方も多いと思うが、現実はそんなに甘くない。たとえば、洋上射撃訓練一つとっても、事前に基地司令、防空管理局、海上保安庁、港湾管理局、その他諸々のお役所への申請書類を事前に提出して、海域使用の許可を取らねばならないし、終わったら終わったで、消耗品や修理代などを試算して、必要物資を発注、会計処理して大本営に報告しなければならない。
さらに、鎮守府も舞鶴基地に併設される一つの施設であり、舞鶴市街の一角なので、日常的に基地内部や近隣住民との付き合いも必要とされる。着任2日目には狭川大佐に引っ張られて基地内部であいさつ回りをした。こうした人付き合いは大事で、仕事上の事だけではなく、例えばどこの店が軍と懇意で大安売りが何時かといった情報も手に入るのだ。ここら辺はジャーナリスト時代の経験が生きた。
このように私も初日から割と忙しい毎日を送ってきたわけで、艦隊創設からただ単に徒食を貪っていたのではないということは理解してくれたと思う。正直なところ、非常に疲れる。日本の鎮守府では側近の艦娘に秘書をさせる慣習があるらしいが、生憎エディ達は1日中艦隊の指導をしているので、事務仕事までさせる余裕はない。
「あまり無理して体調崩してもダメだから、体力的に辛かったら事務所から事務員さんを連れて行っても良いよ」
狭川大佐もそういってくれたが、どうも間が悪いのか、事務員の人たちも忙しそうだったので、ほとんど一人で執務をしなければならなかった。浦風も手伝うといったが、ただでさえ相談に乗ってもらっているのに、仕事までさせるわけにはいかない。最初は前任者のマニュアルや浦風の指導も受けながら悪戦苦闘する毎日だった。仕事が辛いのは当然だが、何よりもエディ達に信頼されていないことの精神的な負担が大きかった。それでも、浦風に励ましてもらって仕事は驚異的に(自分でも不思議に思えるぐらいに、まるで毎日やっていたかのようにだ)覚えていった。
「司令官もだいぶ様になってきたな。まだ2週間なのに、何年もやってきたみたいじゃ」
「最初は「自分は民間人だ」なんて言ってたけど、その割には頑張ってるね。実際、才能あるんじゃないのかな?」
最近では浦風や狭川大佐もそういってくれるようになった。基地内でも、若くて生真面目なアメリカ人指揮官として評判も上々である。深雪の事件もあったが、おかげでエディも心を開くようになってくれたのだが・・・
「なぁ司令官、うちの魚雷発射管の補充まだなん?」
「司令官、私も魚雷欲しいよ!水雷訓練ができないじゃない!」
深雪の事件でエディが浦風の魚雷発射管を借りたが、エディはそれを紛失したらしく、被害者の浦風や、かねてから魚雷を欲しがっていたエディとリッチは魚雷発射管を強く要求した。ついには夕食中に深雪が、
「Верныйから聞いたんだけど、エディの艤装を勝手に改装したらしいな。あたしの誤解の原因もそれだったし、少しは配慮しても・・・」
と言いいだした。エディとリッチは秘密をあっさりばらされて驚いた様子だったが、これを好機と思ったのか、一気に追求してきた。
「そうだよ司令官!わたし達の主砲も勝手に付け替えて、魚雷も撤去して、それにあの箱は何なの!」
「え、エディ達が何も言いださなかったから、こっちも手のつけようがなかったんだ。何せこちらも具体的にどこが換装されたか把握してなくて・・・」
エディ達の艤装が何か改造されていることは知っていても、具体的に何が換装されたかはまったく知らなかった。自分は軍艦に関してはずぶの素人だから、理解できるはずもない。
「司令官ともあろう者が、艦娘の艤装の仕様変更を把握してないなんて信じられません。僕としても、何かわからない艤装に命を預けたくはありません」
「そうだよ!しらばっくれても無駄なんだからね!」
どうやら艤装の仕様変更は私だけでなくエディ達にも知らされていなかったらしい。しかもエディ達は私が命令して仕様変更を行ったと思い込んでいる。問題は思った以上に複雑らしい。
「司令官が僕達に首輪をつけたくなる理由はお察ししますが、先日の件でそれが不可能ということは明らかです。深雪ではありませんが、僕も戦場に復帰したい意思はありますし、僚艦にも共に戦場で戦うために訓練を施してきました。それなのに司令官は僕達を信用せずに、内地に閉じ込めておきたいと?」
「そうだそうだ、話が違うぞ司令官!」
リッチに煽られて深雪も立ち上がって抗議した。
「3人とも、落ち着きいな。司令官にも事情があるのに、そないいわんでもえぇやろ」
浦風が止めに入ったが、浦風に嫉妬しているらしいエディとリッチには逆効果だ。
「浦風ちゃんはいつも司令官の肩持って!司令官の秘書艦は私なのに!魚雷が必要なのは浦風ちゃんも同じでしょう」
「あんなぁ、そもそも魚雷を紛失した誰かさんが言えたことやないじゃろ!」
「2人とも落ち着いて・・・」
収集不可能になりかかったところで、一人事件を静観していたВерныйが立ち上がった。
「とにかく、早急に必要なのは教官の紛失した浦風の魚雷。教官も自分用の魚雷発射管が欲しいから手に入れたい。できれば主砲の砲身も換装したいってことだね。私も最近タービンの調子が変だから、メーカーに頼んで部品を調達して、一斉メンテナンスをするのはどうだろう」
「私も、そろそろ主砲の換装時期に入ってるので、Верныйさんに賛成です」
Верныйの提案に春雨も賛同した。
「メンテってことは、丸1日艤装も動かせないね」
「なぁ教官、その日は休暇にするのはどうだ?教官も司令官も毎日大変そうだし」
深雪が提案した。確かにここ1月私も含めて働きっぱなしだ。
「わたしは賛成!リッチは?」
「僕も、たまには羽を伸ばすのも悪くないね。たしか今週の土曜日は海域使用許可が取れなかったから、その日にしよう。その前に必要な部品をまとめて司令官に発注してもらう。それでいいかな?」
「そういって引き受けてみたのはいいものの、魚雷発射管がどこで生産してるかわからないんだよな・・・」
私は何も金をケチったり職務上の怠慢があって魚雷を補給していないわけではない。ここ数日基地の資料を読み漁って解ったが、艦娘の組織は極端に他の軍の組織と独立している。書類上は軍を通じて予算や弾薬の補給を行っているが、艦娘の建造から兵装の製造、操作、整備にいたるまで妖精という一種の独立勢力の技術に依存し、そのほとんどは人類に公開されていない。彼らの全容は軍も把握しきれておらず、建造こそ1本化されてはいるが、不透明な製造体制の下で各鎮守府が妖精たちと個別に契約して武器の発注、開発を行っている有様なのである。私の場合パソコンから通信で発注を行っているが、そのメーカーの資本や所在については一切の謎。直接会うこともないので、交渉もできない。
「それでよく軍隊として機能しているな・・・そういえば発注してた弾薬は毎日どこから補充されてたんだろう?」
エディの特訓などで毎日結構な量の弾薬を消費していたはずだが、欠かさず補給は行われていた。しかし、トラックがやってきて弾薬箱を受け取っていたわけでもなく、ましてやこちらから取りに行った覚えもない。にもかかわらず音もなく翌日には弾薬庫の中に補充される弾薬箱・・・
「試してみる価値は、ありそうだな」
「司令官、どうしてここに!?お布団まで敷いて」
その夜、弾薬庫に入ってきたエディは、私の存在に築いて驚いて声を上げた。
「いや、ちょっと気になることがあって。エディ達はどうしてここに?」
「弾薬の集計がてら、いつもここで報告書を書いているんです。ここだと静なかので」
だから深雪の事件のときもここに居たのか。
「司令官、こんな埃まみれのところで寝たら肺を悪くしますよ。さぁ、執務室に戻ってください」
リッチは如何にも不快ですといった感じで私を追い出そうとした。
「ちょっと待って、君達も気になるだろう?音もなく補充される弾薬のこと」
私は事情を説明した。鍵を閉めているにもかかわらず、不思議と補充される弾薬のことだ。
「うーん、てっきり司令官が受け取ってるのだと思ってたけど・・・」
もし妖精がこちらの気付かない時間帯・・・たとえば夜中にこっそり補給に来ているなら、そこに待ち伏せれば接触のチャンスがあるはずだ。
「妖精さんが直接補充しに来ているのかわからないから、実際やってみないとわからないけど・・・」
謎の超技術を持つ妖精のことだ、直接触れなくても、物を動かしたりできるかもしれない。しかしリッチは何か思い当たる節があるようだった。
「いや、その可能性は高い」
「え?」
「僕も少し気になっていたんだ。ここの棚の弾薬箱、古い順に左詰にしてるんだけど、一度間違えてひとつ新しい箱を開封したことがあったんだ。すぐに気付いて元の場所に戻したんだけど、次の日見てみたら、その箱が一番左に置かれていた。司令官がやったのじゃないとすると、補充に来た妖精さんが整理したんじゃないのかな・・・」
なるほど、弾薬箱を見たが、普通の木箱で、特別細工がされている様子もない。直接弾薬庫に何者かが侵入して確認しない限り、そんなことはありえないだろう。
「うーん、気になるね。ねぇ、わたしも一緒に居てもいい?」
「姉さん。男と密室で夜を過ごすなんて・・・」
「じゃあリッチも一緒に残ろう」
「う、姉さんがそういうなら」
こうして3人での張り込みが始まった。エディ達が報告書と弾薬集計を書き終えると、それを入力して、発注を終わらせてから、弾薬庫に戻る。エディ達は艤装をつけたまま、艤装に飼っているという猫と戯れていた。
「艤装はつけたままなのか?」
「電探が使えるからね。夜に探し物するときに結構便利だから」
なるほど、そういうことか。
「そういえば一部の艤装も妖精が動かしてるって聞いたけど。その中にもいないのかな」
艤装は基本艦娘の意識とリンクして動くが、艦載機や火器管制、応急整備などに妖精が乗ることもあるらしい。
「確かこの箱にも、最初妖精さんが乗ってたんだよね。でも、怖がって出てっちゃって。リッチのには猫が入ってたし、司令官、本当に知らないの?」
「知らないものは解らないよ。でも、魚雷を降ろしてまでつけたんだから、きっと価値があると思うよ」
「だといいけど・・・」
生産業者に接触が取れれば、その手がかりが見つかるかもしれない。
それから少し雑談した。夜も遅くなった。住居棟が消灯したのを確認すると、予め示し合わせたとおりに、交代で見張ることとなった。
「じゃあ、わたしは先に寝るから、交代になったら起こして」
「くれぐれもこの線から先を超えないでください、冗談抜きで穴あけチーズにします。では、おやすみなさい」
エディとリッチが布団の中に入る。弾薬庫の明かりを消し、物陰に隠れて様子を伺った。
完全に密閉された弾薬庫は非常に息苦しく、光の入ってこない暗闇だ。かなり狭い場所のはずだが、何も見えないので無限に奥行きがあるように感じてしまう。そういう、本能的な不快感が辺りを包む。
(死んだらこんな感覚なんだろうか・・・)
そんな恐怖感と戦いながら、懐中電灯をつけて時折時計を確認する。最初は睡魔よりも恐怖感が先立ち、終始時計を確認していたが、慣れるに連れて睡魔が勝ってきて、自分の顔にライトを当てて眠気を覚まそうとした。
(もう3時か・・・潮時だな。そろそろ交代してもいいだろう)
そう思って動こうとした直後、弾薬庫の防火扉が軋み始めた。
(?!)
扉の軋む音が次第に強くなる。私は布団に近づくと、体にライトを当ててエディとリッチを見分け、さすってエディを起こそうと手を伸ばした。しかし、直後に腕を掴まれる。
「い゛っ、折れる」
リッチの金色の目が光っていた。左手で私の腕を握りつぶさんというほど握っている。
「静かに、言い訳は後で聞きます。司令官は何もしなくて結構です。後はお任せを」
小声でそういうと、そのままリッチは右手で艤装に手をかける。
「よし」
防火扉のノブが回りきり、ついに開き始めた。漆黒の室内に月明かりが入り始める。扉が十分に開くと、扉の裏から何か小さな影が入り始めた。続いて四角いものが入ってくる、おそらく弾薬箱だ。
「えっほ、えっほ。はやくはやく!」
「のうひんおくれたられたらきゅうりょうもらえない」
「かぞくのせいかつが」
妖精達はそんな事を言いながら、せっせと弾薬箱を担ぎいれる。私とリッチは息を潜めて、様子を伺う。妖精たちが弾薬箱を中に運び込んだことを確認すると、リッチは、艤装・・・箱の口をあけた。
にゃ~!
直後、箱から勢い良く出てきた猫達が、妖精たちのいる方向へ駆け出した。慌てふためく妖精たちは弾薬箱を捨てて逃げようとするが、もともと倉庫のネズミ捕りとして人間に飼われるようになった猫である。あっという間に一網打尽にされてしまった。
弾薬庫の電気をつけると、猫が戻ってくる。
「おりこうさん」
リッチは猫を撫でると、プルプル震えている妖精たちを容赦なくエディの箱に詰め込んだ。妖精たちは「いえにこどもがいるんです!わたしはしじされてやっただけです!」「おくれたらきゅうりょうがもらえない!」「うちのかいしゃはろうさいほしょうのないぶらっくきぎょうなんです!」などと口々に喚いていた。
なんとも惨たらしいが、目的のためだ。
「騙して悪いですが、仕事なので。暫く大人しくしてください」
良心の呵責を押し込めて、私達は阿鼻叫喚の詰まった箱のふたを閉じた。