わたしは怖い。戦うのも、苛まれるのも、沈むのも・・・仲間を傷つけるのも・・・だから、逃げてしまおうと思ったんです。
「砲撃開始!ついて来て!」
村雨姉さん、お元気ですか?わたしがこの艦隊に配属されてから1ヶ月が過ぎました。最初はギクシャクしていたこの艦隊も、深雪さんの事件の後はだいぶ落ち着いてきました。
「深雪ちゃん!機関もっと緩めて、振動増で砲撃当たらないよ!」
こちらが不安になるぐらい頼りなかったヘイウッド教官は、どういうわけかメンテナンスの後から人が変わったように指導が上手くなりました。砲撃も外しませんし、機動も何だか合わせやすくなりました。
「Верный!僕が囮になる。油断して近づいて来たところで浦風と十字砲火を!」
「了解!任せて」
「砲雷撃戦、開始じゃ!」
リチャード教官も、ちょっと怖いところもあるんですが、頼りになります。でも頭の中ではヘイウッド教官の事ばかり考えていて、過保護過ぎな所が大井さんに似てます。実は猫好きで、訓練中でも、魚雷の代わりに積んでいるコンテナの中に猫を入れていたりと、意外と可愛いところもあるんです。Верныйさんとは仲がいいみたいです。浦風さんを目の敵にしてる節がありますが。
司令官さんも、あまり関わる事はないのですが、姉さん好みのいい人です。ただ、教官達と仲がよくないように思えます。何かあったのでしょうか?・・・何であれ、ここの暮らしは楽しいです。前線で頑張っている姉さんには申し訳ないですが、ここなら安全で、もう怖い思いも・・・
「おどりゃぁ!」
「春雨ちゃん!雷撃来てるよ!回避!回避!」
「って、うわぁゎ」
いってて、被弾しちゃいました。損傷を確認します。脚は・・・大丈夫ですね。訓練でも心臓に悪いです。あ、お薬はちゃんと飲んでますよ。ここだと、あまり使わなくていいので、気が楽です。
「春雨の仇だ!深雪スペシャル!」
「深雪、君に格闘戦を教えたのは僕だよ」
「うわぁ!」
いつか姉さんとまた戦える日を思って、強くなるために頑張ってます。もう、怖い思いはしたくないので・・・
「撃ち負けちゃった・・・やっぱりВерныйちゃん強いよ!」
「不死鳥の名は伊達ではないよ。まだまだ本調子じゃないけど」
結局演習はリチャード教官チームが勝ちました。リチャード教官もВерныйさんも、相当な実力者なので、2人が組むといつも勝利をかっさらってしまいます。
「この1ヶ月で、みんな見違えるように強くなったね」
ヘイウッド教官は私と配膳をしながら言いました。今日の夕食はクリームシチューです。
「それ、一番変わった教官が言うことか?」
浦風さんの指摘に、皆さん大笑いです。
「ははは、なぁ教官。これだけ訓練もしたんだし、そろそろ前線にいかねぇか?」
深雪さんがそう言った直後、がっしゃーん!と大きい音がしました。
「そろそろ前線に行かなねぇか?」
深雪が言った言葉をエディが理解するよりも先に、春雨が持っていたお盆ごとグラスを取り落とした。
「あ!?すぐに片付けないと・・・」
自分がグラスを落としたのだと気付いた春雨は割れたガラスを拾おうとしたが、慌てて指を切ってしまった。
「春雨ちゃん、大丈夫!?」
エディは手当てをしようと小刻みに震える春雨の手をとるが、春雨はエディの手を振り払ってしまった。
「大丈夫です・・・一人でできます」
血の気のうせた顔で春雨はそう言うと、救急箱を取りに部屋を出て行ってしまった。
「大丈夫かな・・・?」
部屋に残されたエディ達はとりあえず割れたガラスを片付ける。
「ねぇ深雪、さっき言ってた話だけど」
リッチが深雪に訊くと、深雪はもう一度話し始めた。
「もう1ヶ月訓練詰めで実力もついてきたと思うし、そろそろ実戦に出てもいい頃かなぁって」
確かにここ1月の訓練の成果で操艦や砲術といった基礎的な艦娘の能力はかなり向上した。特にエディが妖精の力を借りるようになったこの1週間は、的確な指導の下、56駆逐隊の技量はさらに磨きが掛けられた。
「確かに、一番の懸念事項であった僕ら海外艦の装備上の未熟さも改善されたし、我々は深雪を除いてほぼ全員が実戦経験もあります。司令官、もしその気があるのなら、我々を戦場に戻すことも検討していただけないでしょうか?」
リッチが提案した。エディとリッチにとってこれは実力云々よりも重要な意味を持つ。司令官が出撃を許可しないなら、それはリッチ(とエディ)のことを元スパイとして信用していないということになる。逆ならば当然、エディ達に少なからぬ利用価値を見出しているということだ。最悪使い捨ての可能性もあるが、閉塞した状況を打開するには実績を作らなくてはならない。この質問は自分達の信頼を図る意味があるのだ。
「わたしも、もっと実績を上げて、部隊を大々的に知らせるほうがいいと思う!」
エディもハミルトンに強く迫る。しかしハミルトンの反応は芳しくなかった。
「君達の言い分は十分に解る。でも、もっと時機を見てからでも・・・」
「わたし達の実力に不満があるの?」
「いや、違う。他にやるべきことがあると思うんだ」
この司令官はやはり自分を外に出しては都合が悪いらしい。そう思ったリッチは、Верныйにも加勢を求める。
「Верныйはどう考える?」
「確かに、訓練よりも実戦でしか学べないことも多い。深雪については私達がフォローするから、私は教官達に賛成だ」
ハミルトンは追い込まれて困った様子だったが、別の方便で言い返した。
「エディ、君はこの部隊を、単に強いだけの特殊部隊にしたかったのか?」
ハミルトンはエディの教育方針の視点から攻め始める。
「違う、わたしは日本とアメリカの両方のいいところをいかせる新しい艦隊を作りに来たの」
「そういう教育は十分にしたか?」
「う、それは・・・」
エディは苦い顔をする。基礎訓練で全員の実力を平均化することに必死で、そうした研究は後回しになっていたのだ。
「なら、基礎訓練だけで満足してはダメだな。私達がもし実戦をするなら戦術や考え方を実証する為にするべきだ。私はただの腕試しや功名心で軽々しく君達の命を危険にさらしたくない」
ハミルトンははっきりと言い切った。エディ達は言い返せずに黙り込む。気まずい沈黙のなか、春雨が戻ってきた。
「あの・・・戻りました」
グラスを割ったことを申し訳なく感じているのか、春雨は顔色が良くなかった。
「片付けてくださってありがとうございます。それよりも、深雪さんの・・・」
「あぁ、悪いが今はまだ機が熟してないから、暫く出撃は無い」
「そうですか・・・ありがとうございます」
春雨は安心した様子で頭を下げる。
「さ、春雨も戻ったし、早く食べよう」
「「「いただきまーす!」」」
こうしていつも通りの食卓に戻った。
「なぁ、教官も裸の付き合いしない?」
また深雪が提案した。ここのバスタブは一般家庭用の物に近く、大人1人、子供2~3人用の大きさで、時間ごとに何人か分けて入っていた。
「せやせや。えぇ体してるのに勿体無いって」
エディとの仲を改善したい浦風も誘ってきた。
「そういえば日本では大人数でお風呂に入るって聞いてたし、いいね。リッチも行こうよ!」
楽しく話す機会とあってエディは快諾した。しかしリッチは浦風を見て迷った様子だった。
「ここの風呂は狭いから僕まで入れないよ・・・」
「じゃあ教官は僕と入ろうか?それとも他人と入るのは嫌?」
それを聞いてリッチは、浦風の胸と、Верныйのとを見比べた。
「Верныйなら大丈夫かな?」
「そうかい。ウォトカも準備して2人でゆっくり語り合おう」
「春雨ちゃんはどっちに入るの?」
「・・・私は遠慮しときます」
春雨は丁寧に辞退すると、深雪は「またかよ・・・」と小さく洩らした。一方でシャワーが普通のエディはさほど気にしなかった。
「んで、結局のところどうなん?」
執務室で風呂上りの髪を乾かしながら、浦風は私に訊いてきた。
「なんのことかな?」
「とぼけても無駄じゃ。うちらを戦場に出すの、怖いん?」
やはり浦風に隠し事は通じない。正直なところ、深雪たちの要求を取り下げたのは、自分自身の決心がつかなかったからに過ぎない。
「浦風は・・・怖くないのか?」
自分は怖いのだ。私の手の及ばないところで、彼女達に何かあったとき、自分はどうすればいいのか?この戦時下に、曲りなりにも軍人だというのに。
「はぁ・・・艦娘は軍艦としては一度死んだ身じゃ。いまさら怖がることは無い」
兵器として生まれた宿命は、彼女達が一番良く知っている。
「だが、私は正規の軍人じゃない。ミスや力足らずで何かあったら、私はどうやって責任を取ればいい?」
「・・・あんなぁ、どんだけ頑張っても沈む時は沈む。駆逐艦なんてそんなもんじゃ。それはどうしようもない」
浦風は諦観の混じった言葉を出す。その言葉だけで彼女の最期がそうであったことは容易に想像できた。
「だからこそ、うちらは後悔せんよういつも必死じゃ。深雪を見たらわかるじゃろ。むしろ戦わん事を、後ろめたく感じることのほうが多いけん。司令官も、そこん所は普通の女の子と区別してほしけん」
「あぁ、すまなかった・・・」
彼女達は艦娘だ。女の子であると同時に兵器であり兵士なのだ。私とは心のありようも違う。
「なに、うちも教官も強いけん、そうそう沈まん。それでも心積りができんなら、せめて交流試合ぐらいはしてもいいと思うけぇ」
「交流試合?」
「他の鎮守府の艦娘と仲ようなれるし、教官の観察眼ならきっと大歓迎じゃ」
より実戦経験のある艦娘と戦えれば、戦術の研究にも役立つかもしれない。
「そうだな、私自身、他の提督に顔を売るいい機会だ。早速手配してみる。実戦についても、脅威度の少ない船団護衛から少しずつやってみよう」
「その意気じゃ。これでも元秘書艦じゃ、他の鎮守府にも多少顔が利くけん、渉外交渉はうちも手伝うな」
「なにから何まで、済まないな」
毎度ながら浦風には頭が上がらない。
「たいしたこと無いって。一応命令でやってることじゃきに、好きに言ってな」
「じゃあ、背中流してくれるか?」
「それとこれとは話が別じゃ」
『決シテ逃レラレナイ。アナタハワタシ、ワタシハイツモアナタト一ツ・・・逃ゲ場ナンテドコニモナイ』