翌朝、基地に何か変化があったかといえば何も無く、艦娘達はいつも通り訓練に励み、ハミルトンは遠征によって少しだけ増えた事務をこなしていた。
「遠征まで1週間しかないから、今日からは特に気合を入れて、訓練も仕上げにかかるよ!」
「「おー!」」
遠征が決まって勢いづいたエディは、いつもよりも訓練量を増やしてみることにした。
「よし!止め!」
「ぜぇ、ぜぇ・・・教官。流石にこれはきついぜ」
深雪が不満を洩らす。少々やりすぎなこともあって、皆へばってしまった。
「移動は全部海路を通るから、体力もつけないといけないからね」
流石に体の鍛え方が違うエディとリッチは疲れる様子もない。
「だからって、このままじゃ出発する前にまいってまうけえ、もうちょっと加減して欲しい」
「えー!私はもっとできると思うんだけどなぁ。春雨ちゃんも大丈夫みたいだし」
エディは春雨を指して言った。春雨は息も上がっていない。
「はい!遠征のことを思うと、元気が沸いてくるんです!」
春雨はとても快活な様子で言った。人間としての体力不足から走り込みではいつも遅れがちな春雨が、今日に限ってエディと並んで走ったのだ。
「昨日は疲れとったみたいだけど、本当に大丈夫なん?」
浦風が心配して言う。相部屋である浦風も昨日の挙動不審には気付いていた。今朝になってハミルトンからも気遣うように言伝を受けていたのだ。
「ほら、春雨ちゃんもこういってるよ!もう一セット!」
「はい!がんばりま・・・」
春雨はそのまま倒れてしまった。以前リッチが倒れたときのように頭から蒸気を上らせている。
「あーあ。いわんこっちゃない。さ、医務室に運ぶけん。教官も肩貸して」
「うぅ、まだ走り足りないのに」
エディの言葉を聴いて、浦風はあきれ返った。この場で一番浮かれているのは一番冷静であるべき教官だ。先が思いやられると嘆息しつつも、エディと協力して春雨を運んだ。
「しかたないさ。でも、基礎体力強化は今からでも間に合うから、これから毎日やっていくと覚悟するように!」
「ひぃい」
エディを尻目にリッチは残った特型2人に更に訓練を与えたのだった。
「春雨?大丈夫か」
医務室で浦風は春雨の看病をしていた(エディは司令官に叱られている)。
「うっ・・・はい。まだ体に慣れてないのに、無茶をしすぎちゃいました。でも大丈夫ですよ。次は海上演習ですよね。早く海に・・・」
「演習は中止じゃ」
「え?でも私はもう大丈夫・・・」
「どこが大丈夫じゃ!」
春雨は頭に熱さまシート、体中に湿布を張っている。誰がどう見ても大丈夫ではない。
「無茶しとるのはわかっとんねん。嫌じゃったらウチに言いな。教官もちょっと浮かれすぎじゃけぇ、ウチからも・・・」
「え?何言ってるんです?私は、私のしたいようにしてるだけですよ。浦風さんが口添えする必要なんてありません」
春雨は笑みを浮かべて言う。その笑みに、浦風は何故だか戦慄を覚えた。
「あ、そうか。なら、ええわ・・・まぁ、ほどほどに、な」
「じゃあ、次の授業に行きましょう。次は何です?」
「次は、座学授業じゃ」
「そうですか・・・退屈ですね」
春雨はそういうと、ベッドから起き上がって部屋から出て行ってしまった。
エディは司令室から出ると、教室に戻る。浮かれていた事を人に言われるまで気づかなかったことに、少し落ち込んでしまった。
「僕も気付かなかったんだ。半分は僕の責任さ。次につなげよう」
リッチも察してフォローする。授業を始めようとした時、春雨が入って来た。
「春雨ちゃん!?もう大丈夫なの?」
「はい!」
春雨は全く問題ないように言う。むしろ元気になったという感じだ。
「そう。あんまり無理しないでね」
とりあえずは安心だろう。エディはひとまず心配を心の端に置いておいて、授業に入ることにした。
「なぁ教官。今日は何をやるんだ?」
「今日は艦娘の栄養学について学びます」
「重油でも飲むのかい?」
Верныйが冗談めかして言う。艦娘に対してありがちな誤解に、彼女達が日常的に重油を飲んだり鋼材を食べたりしているというものがある。確かに艦娘は艤装を長期間装着していると次第に艦と感覚が一体となり、ある程度そういったものに耐性がつくことが実験で証明されている。
「流石にそれは軍規で禁止されてるよ」
耐性があるといっても毒は毒だ。かつては食料を持たせずに長期任務を行うために利用されていたが、艤装の補助効果で体を無理やり動かしている状態であるため、素体への負荷が大きく、重篤な疾患や後遺症が残るケースが相次ぎ、禁止されるようになった。
「とりあえずやることは普通の栄養学と変わらない。授業は出発までの6回。時間がないので基本的な概要と、すぐ使えるサバイバル知識にも言及する。担当は姉さんだ」
「それじゃあ、今日は軍事糧食史をやってくね!」
こうして、遠征に向けた最後の追い込みが始まった。訓練には1段階踏み込んだカリキュラムが加えられた。
リ「艤装分解から組み立て、装着まで1時間で行え。部品の一つ一つを覚えるんだ!」
春「えっと、これがタービンでこれが動力パイプで・・・あれ、右に曲がるようにしているのに・・・うわぁ!?」ドンガラガッシャン!
リ「春雨、舵が全部逆になってる・・・やり直し!エディ、ちょっと手伝って・・・」
エ「リッチ~なんかへんなのできた!」(VLSのようなもの)
リ「・・・」
リ「今日は泳いで対岸まで渡る!艤装はつけたままだ!」
浦「艤装が・・・なければ・・・泳げるのに!」
リ「浦風、その二つのバルジは飾りか?」
浦「ちょ!?どこさわっとんねん!」
エ・深「はやくいくよ~!」スイー
春「わぷっ、わぷっ」(辛うじて泳げる)
B「・・・ゴボゴボ」(かなづち)
リ「夜間の無灯火航行の仕上げだ。これは新戦術の要になる。よくついてくるように!」
深「いやな予感しかしねぇ・・・なぁ、響。押すなよ、絶対押すなよ!」
B「そのときはちゃんとサルベージするから安心して」
深「答えになってねぇ!まだ沈みたくない」ゴチン
春「あ、ごめんなさい。はぐれかけたんで、つい」
深 ゴボゴボ
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「それで、パイロット一人の救助につき、120kgのアイスクリームを・・・って、みんな寝ちゃダメー!」
あまり厳しい訓練で疲れてしまい、エディの座学講座では、ほぼ全員寝てしまうようになっていた。
「昼食後の授業なんて、基本昼寝の時間になるに決まってるさ」
私はエディをたしなめつつ、気持ちよさそうに眠る少女達にほほえましさを感じる。早朝から散々動いて、そのあとに講義であるから、誰だって眠くなる。生真面目な春雨ですら、満腹感と睡魔に負けてスヤスヤ熟睡している。
「司令官のいうのもわかるけど、やっぱりみんなに聞いてもらわないと、やる気が出ないっていうか」
エディは話が聞いてもらえないのが不満らしい。
「ここの所、遠征前にばてる勢いで訓練しているし、大目に見てやってもいいんじゃないか?」
肝心な遠征で倒れたら本末転倒だ。仕方がないがここは妥協すべきだろう。
「それもそう・・・だね!じゃあみんな、この時間は休憩してもいいよ!」
エディも納得して宣言する。辛うじてうつらうつらしていた浦風が、一気に机に突っ伏した。それを見たエディが、小声で続ける。
「・・・ただし、期末テストでは覚えておいてね」
ガタンと机が動いて一気に起き上がるみんなを見て、私は大笑いする。
「どう?眼は覚めた?」
「あぁ、すっきりした」
浦風が答える。ほかのみんなも同じ様子だ。生徒の扱いにエディもだいぶ手馴れてきた気がする。
「それじゃあ、授業再開していくけ・・・」
「あ!?」
エディが講義を再開しようとしていると深雪が突然叫んだ。
「どうしたの深雪ちゃん?」
「いや、授業とは関係ないんだがなんかすごいこと思いついた気がして・・・えーと、なんだったかな・・・」
どうやら夢の中で何か考え付いたらしい。
「へぇ、もしおいしいアイスの作り方だったらあとで教えて。じゃあ、始めていくよ!春雨ちゃん、何の話をしてたんだったっけ」
「zzzzz」
「って、またねるなー!」
エディは春雨のモチモチほっぺをつねった。
「それでさぁ、そんときの響が・・・」
「ははは、彼女にそんなところがあったのか」
「司令官も試してみるといいぜ。きっと喜ぶから」
授業が終わった後、深雪と買い出しに行くこととなった。あの事件以来、深雪は積極的に雑用を手伝ってくれる。特に買い物となると必ずついてくる。車に乗れることと、基地の外に出ることができるからだそうだ。
「それで?深雪の考えってなんだったんだ?」
私は、昼間の思いつきについて改めて聞いてみることにした。
「あ、あれのこと?寝ぼけた頭で考えたことたから、あんまりはっきりと思い出せないっていうか、上手くまとまってないんだ」
やはり夢心地に考えていたことらしい。
「それより、今通り過ぎた中華料理屋、この前の休暇で春雨が食いにいったらしいんだけど、凄く美味かったって。なぁなぁ、司令官。今度連れてってくれよ」
「へぇ、遠征の結果がよかったらみんなで行こうか」
「やったぁ!」
「こら、くっつくな」
深雪が喜んで抱きつき、車が左右に揺れる。深雪は司令官である私に対しても遠慮が無く、私にとっては娘か妹ができた気分だ。
「はは、わりぃわりぃ」
「はぁ、もうすぐつくから大人しくしてくれ」
よく懐かれている。いいことなのかもしれないが、深雪は少々フランクすぎるところがあった。深雪が原隊でうまくいかなかったのは、そもそも軍隊の気風が肌に合わなかったからかもしれない。
そうこうしている内にショッピングモールに到着する。深雪はおやつを見に行くといって製菓コーナーへ走っていった。私も食料品を見に行ったが、暫くして深雪が戻ってきた。
「深雪?お菓子は買ってやれんぞ」
「司令官!思い出した!思い出したよ!」
手には会社ロゴがデカデカと書かれた菓子があった。