「いっ!」
佐竹は振り上げた手を掴まれ軽く捻りあげられる。痛みからとっさにエディを落とし首だけ振り返ると、そこには自分の右手を軽々と押さえている黒い詰襟の少女と、カーキ色の軍服に陸軍大佐の階級証を着けた将校が立っていた。
「な、あきつ丸!?室伏まで、陸軍の貴様らが何の用だ?」
「いえいえ、岸田閣下から珍しい客人が来られると聞いたので、挨拶しようと思ったら、なにやらドック裏が騒がしかったので」
「司令官代理ともあろうものが、客人に随分と手荒い歓迎だな。海軍じゃ他所の子を殴るのが礼儀なのか、若造?」
「黙れ!これは海軍の問題だ!貴様ら陸軍の感知するところではない!」
「そういうわけにはいかないんですね。呉鎮守府は最初から、あの子達の入港を認めない方針だった。違いますか?」
「そうだ。我々は演習の約束はしたが、補給や宿泊施設の提供については一切要請がなかった。ゆえに、連中に対して配慮する義務を持たない」
佐竹が言う。これに関しては、同じ海軍なら物資を分けてもらって当然、必要経費は後で請求してもらえばいいと高をくくっていたハミルトンの責任である。しかし、この発言にあきつ丸は口元をにやけさせた。
「では、陸軍が彼女達をどうしようと、あなた方のあずかり知らぬことですね」
「なっ!?」
「宇品陸軍運輸部は、舞鶴第56駆逐隊と随伴する船舶の宇品入港を認める。同時に、艦隊に随伴の商船は艦娘法に基づいて、速やかに船舶司令部に出頭し艤装を登録、その船籍を陸軍に置く」
室伏大佐が宣言した。艦娘法とは、艦娘及びその他妖精建造の特殊船舶の管理と管轄について定めた法律で、それに拠れば、艦娘と特殊船舶はその歴史的経緯を参酌した上で、旧所属の部署に管轄されると定められている。海軍が徴用した一部の民間船を除いて、戦中は総力戦体制の下ほとんどの民間船は陸軍の船舶司令部の管理下に入った経緯から、商船娘は必然的に陸軍の管轄なのだ。
「彼女達は我々の客人で、一隻は陸軍の管理下にあるべき商船です。陸軍が招いた客人に暴力を振ったとあれば、こちらとしても相応の対応をせざるを得ませんね」
あきつ丸の脅しを含んだ言葉に、佐竹は苦々しい顔をして、「勝手にしろ」と言って立ち去った。加賀と大浜も逃げるように退散し、ドックに残ったのはあきつ丸たち陸軍と第56駆逐隊のみであった。
「災難でしたね、大丈夫でありますか?」
「ちょっとくらくらするけど、大丈夫。それより、助けてくれてありがとうございます」
「いえいえ、あなた達の話は既に聞いています。怪我の処置もしなければならないので、我々の車で宇品に案内しましょう。リチャードさんも同乗して構いません。他の皆さんは・・・浦風さんにでも連れてってもらってください。知らないわけでもないでしょうし」
宇品
広島市南東に位置するこの地は、明治期に対岸の宇品島にかかる広大な土地の埋め立てが行われた。宇品島を壁とし、船舶秘匿にも優れたこの良港は、日清戦争の勃発によって兵站拠点として注目された。常設の兵站管理局である陸軍運輸部が設立され、陸軍が上陸作戦研究に熱心だったこともあり、陸軍の船舶軍備の中心的な役割を果たした。
「はい、これで大丈夫、だと思います・・・で、では、橘はこれで!」
エディ達に妙に遠慮気味な病院船娘に処置をしてもらい、エディは医務室を出ると、あきつ丸が待っていた。
「橘丸はどうでありましたか?面白かったでしょう」
「うぅんと、なんであんなに怯えてたのかな・・・って思った」
「まぁ、昔いろいろあったんですね。あぁ、別に沈められたわけじゃないですよ。むしろ生きのこってしかも外国に売られなかったらのですから、羨ましいくらいであります・・・」
あきつ丸は半分冗談、半分本気といった感じで言った。どうにも特殊な事情がありそうだが、今はそれどころではない。
「その状態で会うのは気が引けると思いますが、我々がここまでするのはあなた達にそれだけの価値を見出しているからであります。くれぐれも失礼のないようにお願いします」
エディは運輸部を統括している田尻少将の部屋に通された。部屋には第5師団の井上中将もいて、エディと挨拶を交わす。責任者同士の公式な会見ではなく、特筆すべき話があったわけではないので省略するが、第5師団の乗った船団が佐世保を通って上海へ演習に行くので、佐世保まで随伴護衛して欲しいと頼まれた。
「我々も独自に商船娘に武装を施してはいるが、我々単独での航海は無理がある。前の大戦の様に、戦場に着く前に兵士達を溺れ死なせないためにも、君達の協力が不可欠だ」
井上中将が言う。彼は元々運輸部の部長で、船舶司令部の創設者である。今回の航海では室伏大佐が陸軍船団の責任者で、護衛の依頼のため呉に来たところ、今日入港したエディ達をたまたま見かけ、白羽の矢が立ったらしい。
「それぐらいならお安い御用です。出来れば上海までご一緒したいですが、司令官がいないので、申し訳ないです」
エディは苦笑いする。ハミルトンも陸軍直々の依頼となれば、断ることなど出来まいと思うのだが、ここに居ないのが残念な限りだ。
「それなら心配御無用。向こうで直接頼めばいい」
「え?」
「いや、なんでもない。今後とも、陸軍を贔屓にしていただきたい」
田尻中将は狡猾さがにじんだ笑顔で言う。どうやら陸軍は新興鎮守府であるエディ達を囲い込みたいらしい。陸軍がこちらを利用するつもりなら、望むところだとエディも笑って答えた。
「はい、よろこんで!」
エディは3人と握手を交わす。他の鎮守府なら陸軍の走狗になりたくないというプライドがあるが、まだまだ弱小であるエディ達にはこれほどいいビジネスパートナーはない。エディは心強い仲間を手に入れた気分になった。
「あぁ、そういえば、呉との演習は、やるつもりか?」
室伏大佐が興味津々といった顔で聞いてきた。利用する前にエディ達の実力が見たいのだろう。勿論エディの答えはYESだ。
「えぇ、わたし達は必ず勝ちます」
「そうか。あきつ丸、彼女を仲間達のところに案内してやれ。何か必要なものがあれば惜しみなく貸し与えろ」
「了解しました」
エディはあきつ丸に案内されてリッチたちのもとへ向かう。基地は出港間近だけあって、徴用された民間船や陸軍の揚陸艦が港を埋め、兵士の乗船や物資の積み込みで大忙しだ。
「あそこの漁船みたいなの、機関砲と対戦車ミサイルを積んでる・・・あっちの客船は戦車を乗っけてるし、随分と重武装だね」
エディが言う。集積された船舶は、皆それぞれに自衛兵装や船団航海用の信号装置の増設などの改造が施されていた。
「自分の身を守れるのは、結局は自分だけでありますから。かといって大砲を据えつけると軍艦扱いになってしまうので、ああやって甲板に括りつけて誤魔化しているわけであります。おや?あそこにいますね」
あきつ丸が指差す先には、陸軍の艦娘と話している56駆逐隊の姿があった。
「あぁ、姉さん。傷は大丈夫?」
「うん。それより、何やってるの?」
エディが聞く。するとリッチは、荷物の入ったコンテナを開いた。中には歩兵用のヘルメットやサーマル、携帯SAMなどが入っていた。
「辰福丸が登録に行ってる間、荷物の搬入を手伝ってたんだ。今は休憩がてら、現代戦の装備を説明していたところさ」
強力であるほど高価で巨大になる現代兵器は、深海棲艦と相性が悪い。単体で深海棲艦に対抗できる艦娘からは軽視されやすく、日本の艦娘は特にその傾向が強い(というより鎮守府という組織が他軍との協調性に欠ける)というのがエディの認識である。しかし、第二次世界大戦より百年の技術蓄積のある現代兵器は、使い方次第で強力な武器となる。
「この携帯SAM、3本に纏められてて人間じゃ使えそうにないけど・・・」
「これはあたし達のだからね。纏めて何発も撃てるように改造してあるの。これのほうが高射砲より当てやすいから好みなのよね。あ、あたし、防空基幹船を担当してる佐倉丸。よろしくね」
陸軍の船舶娘が挨拶する。
「佐倉、それ高いんですから、あまりバカスカ撃っちゃだめでありますよ」
「え~、だって便利なんだもん」
艦娘と違い、強力な兵装を持たない陸軍は現代兵器を使うことに躊躇いがないらしい。装備の貸し出しを許可されているエディは、何か戦力を補強できるものはないかリッチに聞いてみた。
「それで、何か使えそうなものはあった?」
「うん。なくても勝つつもりだったけど、少し勝率が上がりそうだ」
リッチは確信を持って言う。エディはそれを確認して皆に言った。
「みんな、最初に謝っとくね。わたしのせいであんなこと言われて、迷惑かけちゃってごめんなさい。わたしには、どうしても譲れない夢があって、そのために日本にやってきたの。日本と戦ったわたしを嫌う人がいることは知ってたし、わたしが傷つく覚悟もできてた。でも、今になってわたしの夢のせいでみんなを傷つけちゃって、わたしなんかが、みんなの教官なんて出来るのかな、って手当を受けながら考えてました。今夜の演習、とりあえずわたしは行くつもりです。ただし、みんなに参加は強制しません」
エディが宣言すると、みな困惑して顔を見合わせた。エディは続ける。
「わたしは艦娘として、戦いを通じて呉の子達と互いに尊敬しあえる関係になりたい。彼女達の心にある戦争を終わらせて、友達として理解しあった状態で、新しく始めなおす。でもこれは、わたしの個人的なエゴで、みんなを巻き込むわけにはいかない。だから、参加したくない人は来なくても構いません。わたしは、みんなの意見を尊重するよ」
エディは暫く俯いて脱落者を待った。しかし誰も立ち去ることはなく、決意の目でエディを見つめていた。
「教官は悪くねぇよ。教官がやらなきゃ、私が殴ってたからな。正直スカッとした」
「そうです!教官の苦しむ顔は、もう見たくありません。それに悪く言われたのは私達も同じです!仕返ししなきゃ気が収まりません」
「深雪ちゃん・・・春雨ちゃんも・・・」
「そうだ春雨!このまま舐められちゃ終われねぇ。それに、私は教官に救われたんだ。教官が誰かを助けたいなら、それを手伝わないとな!」
「はい!」
深雪と春雨はやる気満々にこぶしを上げる。Bерныйも「彼らには相応の報いを受けさせる必要がある」と静かに言う。アカ呼ばわりされたことを彼女なりに怒っているのだろう。
「教官、うち等の心は最初からから決まっとる。どんなに振り回されても、うちらは教官に着いていく。教官なら、うち等をでっかい舞台に連れてってくれる。面白いものを見せてくれる。みんな、そんな第56駆逐隊が好きじゃけぇ。それに、うちらは6人で一つじゃ」
浦風はエンブレムを指して言う。エディは目じりに熱いものがこみ上げてきた。
「僕も、姉さんの行くところには、どこまでも着いていくよ。僕は姉さんの恋人だから」
リッチはエディの頬にキスをした。陸軍の2人が顔を真っ赤にした。
「・・・え、エディ殿はいい部下、いえ、仲間を持っているようでありますな。羨ましい限りです」
あきつ丸は混乱しながらも、56駆逐隊の絆の強さに驚いて言った。それにエディは笑顔で答える。
「うん!みんな自慢の教え子達ですから!・・・みんなの思いは、ちゃんと伝わったよ。じゃあみんな、勝とう!勝って、呉の人たちと友達になろう!」
「「「おっー!」」」
陸軍船舶娘紹介
橘丸
「病院船、橘丸です。伊豆大島観光用のクルージング客船として就航した私は、観光ブームの波に乗って『東京湾の女王』と呼ばれたりしました。支那事変のときは海軍に、太平洋戦争では陸軍の病院船として動員され、南方戦線で活躍しました。まぁいろいろ・・・兎に角いろいろあって戦争も生き延びて、伊豆の観光路線に復帰して怪獣映画に出たりもしました。なんて言ったっけ・・・えっと、弩ジラ?」
佐倉丸
「あたし、佐倉丸!日本郵船ニューヨーク航路向けのS型貨物船の末っ子です!戦争前に陸軍に雇われて、防空基幹船として、6門の高射砲で船団をお空の敵から守るお仕事についたよ。神州丸さんや他の仲間とパンシャン島までまで行ったところまでは覚えてるけど、何処かから魚雷が来てみんな沈んじゃった。一体誰が撃ったんだろう?」