「舞鶴?あぁ、例の時代遅れ?」
寝過ごして聞き忘れた対戦相手の名前を私から聞いて、北上さんはそう呟いた。当然の反応だろう。5年前に閉鎖された鎮守府が、それもアメリカ人が部隊を仕切っている艦娘向けの教務部隊が急に演習を申し込んできたのだ。同じ教務部隊として、そして何よりアメリカ人の部隊と聞いて興味を抱いたが、肝心の2隻は雷装していないと聞いて拍子抜けした。相手は日本の水雷戦隊を理解しているのだろうか?
「6駆の不死鳥がいるのが気になりますが、型も装備もバラバラで、恐らく再編であぶれた寄せ集め部隊だと思われます」
「しかも提督が付いてないって話よ。ほんと、舐められたものね。それで呉に勝つつもりなんて。こんな任務にあたし達を出す中佐も中佐だけど」
不知火と霞も、北上さんと同じような認識らしく、脅威に感じていない様子だ。ブリーフィングの佐竹中佐も似たような感じだった。新米提督の教官として、慢心するなと言っている手前、一応「木曽からは優秀な戦士と聞いてるわ」と釘を刺しておく。
「うーん、確かにそういってたけど。だったらあんな片田舎で遊ばせておくはずないだろうし、お世辞で言ったんじゃないの?」
日米親善を進める横須賀が他の反対を押し切って受け入れたアメリカ艦。噂によると着任初日に7駆の問題児に喧嘩を売られて勝利し、乱入した島風とも互角にやりあった程の腕利きと聞いているが、そんな逸材なら前線に出すなり、広告塔にするなりして手元においておきたいはずだ。まして、帝都襲撃やアメリカとの正式な軍事条約が締結されたばかりなのだ。彼女らを利用する手立てはいくらでもある。
「それに司令官の話じゃ、不死鳥ともども、演習ではろくに砲撃も当てられなかったって聞いてるわ。それで脱走者まで出たって話だし、同じ教務部隊として恥ずかしいわね」
霞が軽蔑するように言った。呉が送った『内通者』によれば、舞鶴での彼女達の行動は、横須賀での評価とは打って変わってひどいものである。不死鳥と組んで圧倒的優位で演習をしておきながら惨敗したそうだ。無能なのは教官だけでなく、アメリカからやって来た司令官も素人同然だったようで、碌に艦隊指揮も出来ないそうだ。どうにも部隊の体を成していない。それでよく他の鎮守府に演習を挑もうなんて考えたものである。
(横須賀も手を焼いて左遷したのかしら?でも、それだけで鎮守府一つ預けるのもお金がかかりすぎる。木曽の話が嘘だって線もあるけど・・・何か引っかかるわね)
私が違和感を拭えないまま敵の評価を決めかねていると、通信が入った。佐竹からだ。
《皆、聞こえるか?》
「はい提督、聞こえてるわ。瓜生大尉の調子はどう?」
今回指揮を執る、瓜生大尉のことを尋ねる。私達呉教務部隊が指導している提督候補生の一人で佐竹中佐が特に気に入っている男だ。
《瓜生君は隣に控えてるよ、通信を変わろう》
《あ、はい。準備できてます。自分、頑張りますんでハイ》
「もっとしゃきっとしなさい、卒業かかってるんでしょ?このクズ!」
はっきりしない受け答えに霞が喝を入れた。マイクの向こうで悲鳴が上がる。教務部隊は新米提督に艦娘という特殊な兵器の扱い方を教える。練習艦だったこともある私に、提督であっても容赦ない霞と不知火の扱きと、面倒見がいい佐竹中佐と北上さんのフォローで、ひよっこ達を艦娘に寄り添い、決して轟沈させない一人前の海の男に育て上げるのだ。こうして生まれた呉の提督は高い技量と愛国心を持ち、ここ3年間轟沈者を出してこなかった。
《ははは、瓜生君もこれが終われば立派な提督として旅立つんだ。これからは威厳を持って艦娘に接しなければならんぞ・・・さて、内容は話したとおりだ、アメリカ人共が無謀にも夜戦を挑んできた。だが敵は弱小で疲弊している。もとより数で押すことしか能のない連中だ。提督も伴わない相手など、恐れることは無い。瓜生君の指揮の腕があれば、容易く撃破できるだろう》
《はい!勝って教官に恩を返します!》
瓜生の健気な受け答えに、皆頬が緩む。養成所では散々扱いてきたが、手塩にかけて育てた生徒が立派になるのが、嬉しいのだ。
「了解、提督に勝利を、身の程知らずな『鶏付き』に、呉式の教練を施してやります」
不知火が言った。アメリカ人達は鶏のエンブレムを艤装に塗っているらしい。勇ましいことだが、見た目で強くなれるのなら訓練はいらない。戦場では厳しい訓練と経験に裏付けられた技術のみが戦いを左右する。『伝統と力の呉鎮守府』はその頂点であり、それを作り上げる教務部隊は戦艦群にも劣らぬ精鋭である。まして夜戦においては、他国のどの海軍にも遅れはとらないだろう。
《そろそろ訓練海域です。交戦に備えてください》
「だってさ。大井っち、始めるよ」
「はい、北上さん!重雷装艦、大井!水雷戦隊、行きます!」
敵の強さは戦いで見れば一目瞭然だ。軽く捻りつぶしてやる。私、大井は迷いを飲み込んで、訓練海域に突入した。
30分後
「・・・やだ、どうなってるのよ・・・どうしてこんな事に・・・」
私は呆然と立ち尽くしていた。部隊は自分を残して全滅。半刻前の自信と余裕に満ちた思いは消え、ただ恐怖と絶望が心を蝕む。敵はこちらの追撃をあざ笑うかのように、四方から雷撃を食らわせてきた。前から撃たれたと思えば、今度は背後から魚雷が襲い掛かり、右から来たと思えば、同時に左からも魚雷が交差し、追撃もままならないまま、1隻、また1隻と脱落していった。
「出て来なさいよ、卑怯者!隠れてないで戦いなさい!」
こんな理不尽な戦いは、自分が沈んだ時以来だ。私は半狂乱になって叫んで探射燈を振り回す。それらは本来なら雷撃を受けた時点で使うべきだっただろう。夜目を利かせた奇襲と統制雷撃にこだわって判断が遅れたのは、瓜生の経験不足と、自分の過信からだ。相手はそれを逆手にとって、こちらの視界の外から雷撃を行ったのだ。
思考を整理しているうちに冷静さが戻り、同時に敵の攻撃が止んでいた。弾切れか?だったら、こっちから反撃してやるまで出だ。1人でも多く道ずれにして・・・
「・・・チェックメイト」
「!?」
背後の気配に気付いて振り返ったときには、何門もの砲口が私に向けられていた。