翌朝、陸軍の宿舎で目を覚ましたエディ達は、港が騒がしいことに気付いた。連絡の士官が慌しく行き交い、船舶砲兵科の兵士達が砲の覆いを外して作動を確認していた。
「昨日で用意も終わってるのに、この騒がしさは何だ?」
出港直前とはいえ、準備は済んで兵士達も昨日の内に乗船してしまっている。何か問題でも起きたのだろうか?思案しながら食堂で朝食をとっていると、室伏大佐とあきつ丸が現れた。
「おはようございます。あきつ丸さん」
「あぁ、おはようございます。エディ殿」
あきつ丸は急いでいる様子で、士官用の朝食をテイクアウトで注文した。ちなみにエディとリッチの食事も田尻少将の計らいで士官待遇である。他は下士官用だが。
「港が随分と騒がしいけど、何かあったんですか?」
「あぁ、出港予定は特に変更は無いですよ。ただ、近海で深海棲艦が確認されましてね」
あきつ丸はエディとリッチにだけ聞こえるように耳元で言った。
「少数が警戒区域付近をうろついていました。鎮守府が動く前に空軍が始末したので特に問題は無いんですが、念には念をとのことで・・・あなた達を雇った甲斐がありましたね」
「はい、もしものときは任せてください」
「頼りにしてますよ。あと、動揺が広がるので、兵の前ではこのことは内密にお願いするであります」
あきつ丸は食堂を出て行った。
「教官、なんかあったん?」
浦風が聞いて来た。リッチは話すのを躊躇したが、エディは職務上のことを部下に隠す趣味は無いので、駆逐隊にはきちんと伝えることにした。
「近海で深海棲艦が見つかったみたい」
「それって大事じゃねぇか?」
「既に空軍が掃討したそうだ。予定に変更は無いとのこと、とはいえ僕等の仕事は変わらない。気を引き締めて仕事に臨んで欲しいとのことだ」
それを聞いて、駆逐隊のメンバーも意気が上がる。
「それって駆逐隊の面目躍如じゃねーか!頑張らないとな!」
「私も、昨日の戦いで自信がついたので!どんとこいです!」
春雨も珍しく積極的だ。
「その意気だよ。何も無いのが一番だけど、みんな頑張ろう!」
「「「おー!」」」
佐世保までの航海は、結局問題無くたどり着くことが出来た。
「なんだありゃ?・・・」
深雪が驚いて言う。佐世保湾に入った直後、大きなビルが目を引いた。
「田舎の割には随分大きな建物だね」
「日本有数の国際貿易港と聞いているから、商業ビルだろう。回りも大型商船ばかりだ」
陸軍の船団のほかに、湾内には大手国際海運商社の船舶やアジア各国の武装商船の一段などがひしめき合い、ビルのある港に入っていった。陸軍船団はビルとは反対側、湾内入り口の軍港に入港して、海軍の艦隊と合流する。
「では、我々はここに停泊するので、皆様は佐世保鎮守府へ向かってください」
「え?鎮守府は軍港の中にあるんじゃないんですか?」
「いいえ、ややこしい事にここは軍港エリアが2つに分かれてましてね、海軍と陸軍船舶司令部の泊地はここで、鎮守府の泊地はあっちです」
あきつ丸が指差したのは、例の巨大ビル、アジアの富が集積される商業ビルであった。
エディ達はビルの巨大さに息を呑む。商業ビルは天を突いて聳え立つ高層ビルと、左右に伸びた広大な低層ビルで構成されていた。低層ビル群は商業港側に長く伸び、一部が海に突き出していた。低層とは言っても、大型商船がすっぽり埋まってしまう高さと奥行きがあり、幾つもの国の商船が停泊していた。
高層ビルを挟んで中央ビルの反対側が佐世保鎮守府のある軍港である。艦娘用であるため商業区より大きくないが、通常艦船が数席停泊できるスペースがあり、いくつかの艦船が停泊していた。
「すげぇ・・・」
「こんなビルはニューヨークでも片手で足りるほどしかないよ」
「なんせ日本の海外貨物の7割を預かる一宮グループの総本山じゃけぇのう。行政も各国領事館もここに入っちょる」
「浦風ちゃん詳しいね」
「佐世保にもちぃといたことがあるけぇのう、これくらい常識じゃ。あっちが入り口じゃ、案内するけぇ」
浦風の言葉にエディ達、特に日本側の面々は驚く。横須賀や呉でも彼女はある程度顔が利いた。これまでの出来事からもわかるように、日本の鎮守府はこと派閥意識が強いのだ。にもかかわらず彼女はその鎮守府全てを渡り歩いているらしい。
浦風は閉まっているシャッターの前に立つと、備え付けの認証装置を慣れた手つきで操作した。しかし、装置はエラーを示す。
「うーん、やっぱりあかんか・・・」
何度か操作するが認証装置には『Access denied』と表示される。
「すいませーん!誰かいませんかー!」
エディが監視カメラに向かって手を振るが、シャッターは動かない。
「せや、春雨は佐世保所属じゃったな?」
「はい、ですが普段は正面口を使っていたので・・・これの使い方もわからないです。Bерныйさんは?」
「私も似たようなものさ。もう佐世保じゃないし、IDも消えてるだろう」
春雨たちが認証装置に触れるが、『Access denied』と表示されるだけでうんともすんとも言わない。
「急がば回れともいうし。ここは迂回して別の入り口を探そう」
「そうだね。みんな、上陸するよ」
エディが立ち去ろうとすると、今更になってシャッターが開き始めた。
《 Sorry for taking your time for authentication. 》
カメラのスピーカーから陽気なアナウンスが流れる。ご丁寧に英語でだ。どうやらセキュリティールームが手動で開けてくれたようだ。
「こっちに来て始めてのまともな英語だね」
《 Now we lift you up to the dock. Welcome to Sasebo navy base! 》
「なぁ教官、なんて言ってるんだ?・・・ってうわ?!」
アナウンスが終わった直後に機械音と共に海面が浮き上がり、海水が左右へ分かれた。直後に地面に足が付いた感覚が伝わり、驚いた深雪が足を滑らせてしりもちをつく。
「いてて・・・って、床が持ち上がってる」
「リフトで上ってるんだ。ここからドックに繋がってる」
リフトが海中から上がってきてドックまでエディ達を運んだ。リフト最上階では、巫女服の艦娘と提督と思しき男が待っていた。
「エディ、僕が行こうか?」
呉のこともあってリッチは警戒したが、エディは「大丈夫」と止める。相手の方から挨拶してきた。
「Hi! I'm Kongou! Nice too meet you!」
先ほどのアナウンスと同じハイテンションの英語を、金剛と名乗った艦娘が放った。
「Nice to meet you too, Kongou.・・・日本語はちゃんと話せますので、どうぞお気遣い無く。わたしはヘイウッド・L・エドワーズ。第56駆逐隊旗艦です。今回は演習のお話お引き受けくださってありがとうございます」
「Oh・・・『先客』もですが、貴女もびっくりの流暢な日本語ネー!友好のシェイクハンドしましょう」
金剛はエディの手を掴んで文字通りのシェイクハンド(ぶん回し)をした。
「これで友達ネ~。普段英語で話せる相手がいなかったから、嬉しいデース」
「金剛さんも海外からやってきたの?」
「Yes! 英国ビッカースで建造されて、日本にやってきました!エディちゃんもfrom英吉利デスか?」
「違うよ、わたしはアメリカから来たの」
「Oh!時代も変わりましたネ!・・・」
金剛は機関砲のごとくエディと話し続ける。金剛とは『長い付き合い』の浦風はこのままだと話が進まないと気付き、同じく『長い付き合い』の提督とアイコンタクトを取り、エディに助け舟を出す。
「金剛姉さん、おひさ~」
「浦風!そういえば来てマシタね。久しぶりデース!そっちも元気にしてましたか!」
「あぁ、ウチは大丈夫じゃ・・・教官、金剛姉さんはウチに任せて挨拶し」
浦風はこっそり耳打ちする。エディは「ありがとう」というと提督らしき男性に向かう。男は壮年で無精ひげを生やし、少将の階級章の着いた軍服は着崩している。第一印象はあまり良いものとはいえなかった。
「ウチの嫁に付き合ってもらって悪かったな。俺は一宮瑛輝、ここの実務を預かってる。そちらこそ、遠路はるばる良く来てくれた。歓迎しよう。ババァが待ってる。早く挨拶に行って来てくれ」
「もー、提督ったら、お婆様のことはちゃんと司令官と呼ばなきゃダメデスよー」
金剛が注意する。この鎮守府は一族経営なのだろうか?
「うっせぇよ。ここ出て右に真っ直ぐ行ったら正面ロビーに出るから、右側のエレベーター一番奥に乗って最上階のボタンを押せ。IDは・・・そこの白いのがいれば通してくれるだろう」
Bерныйを指差して言う。鍵扱いされたせいか、Bерныйは複雑な表情になった。
「最上階はババァの部屋しかないから、迷うことは無いだろ。じゃあ俺はめんどいんで帰るわ」
一宮はそう言うとさっさとドックを出て行ってしまった。
「あ、提督ぅー!はぁ、もう・・・めんどくさがりなんだから」
「かわらんなぁ、あの人も。教官、ウチもちょっとここに居たことがあるから、ウチと金剛姉さんでみんなを案内するけぇ。挨拶行き」
浦風はエディを促す。部下に先輩風を吹かされてエディにとっては癪であったが、実際そうなので仕方ない。浦風の言葉に従って挨拶に行くことにする。
「うん!じゃあ、Bерныйちゃん。行こう」
「エディ、僕も・・・」
リッチも付いていこうとしたが、Bерныйがそれを止めた。
「教官、私達だけで大丈夫だから、みんなについててくれ」
「・・・そうか、エディを頼む」
「あぁ、きょうだい」
「3時には屋上でティータイムネー!遅れずに戻ってきてください!」
エディは金剛と分かれるとBерныйと共に廊下を抜けて正面ロビーに出る。大理石が敷かれたロビーは大企業の本社のようだった。
「綺麗・・・」
「僕ら兵器には無用のものだ。エレベーターはこっちだよ」
Bерныйは奥にあるエレベーターに乗り込む。
「あれ?最上階のランプが付いてないよ」
「認証が少し特殊なんだ。あの老人は鎮守府の関係者か興味の対象にしか会おうとしない。僕だって不確定要員だってのに、あの男は・・・」
そう言いながらBерныйは非常電話のボタンを引き抜く。そこにはカメラが仕込まれていて、Bерныйの虹彩をスキャンする。すると、最上階のランプが点灯した。
「あ、点いた!凄いよBерныйちゃん!」
喜ぶエディに対して、Bерныйはあまり嬉しくない様子だった。司令官が苦手なのだろうと察したエディは、明るい話題を出そうと話し始めた。
「ねぇ、Bерныйちゃんはリッチとよく一緒にいるけど、リッチとは気が合うの?」
「あぁ。彼女のあり方は私のそれに近いから・・・」
「それってどういう意味で?」
「私には二度と失いたくないものがある。そのために生きて、強くなるために戦ってきた。彼女も同じだ。どんなときも、たとえ1人であっても戦い抜く。自分自身の戦いを・・・すまない、気を遣ってもらったのにかえって辛気臭くなってしまったね」
Bерныйは苦笑した。エディは「いいのっ」と返す。
「わたし、嬉しかったの。リッチがわたし以外の子と仲良くなって。わたしも最近になって、あの子が独りで戦ってきたって知って、正直思い知らされたんだ。人一人の思いすら全部受け止めるのは困難なんだって。でも、それでも良いって思うの。完璧じゃないから、誰かに頼れる。わたしが受け入れられなかった思いが、図らずもBерныйちゃんとリッチを繋いでくれたなら。その積み重ねで世界は繋がってるんだって、そう思うの。こんなのは自分勝手な言い訳に聞こえるかもしれないけど、もしそう思うなら、Bерныйちゃんなりの面倒を、わたしやリッチにかけていいよ。リッチは面倒くさがると思うけど、わたしはそういうの好きだからさ」
エディは屈託の無い笑みで言った。Bерныйは不思議と心が軽くなった。
「ありがとう。緊張がほぐれたよ」
「どういたしまして」
最上階に辿りつく。エディはBерныйと一緒に入ろうと言ったが、Bерныйは「ここに自分は不似合いだ」と固辞したため、扉の前で待ってもらう事にした。
「失礼します」
エディはノックをすると扉に手を掛ける。重厚な扉をゆっくりと開くと、上品な調度品の並ぶ部屋の正面奥に大きな机、そしてそれらに見劣りしない気品を漂わす痩身の老女が佇んでいた。
「ようこそ、舞鶴の隊長さん。私が佐世保鎮守府の司令、一宮グループ総裁の一宮美梅です。貴女の『素敵な』司令官もお待ちですよ。さぁ、こちらに座って」
「え?」
美梅は優艶な所作で応接ソファを指す。そこには男性が二人、一人はよく知っている若い白人士官だ。
「やぁエディ、驚いたかな?」
そこにはティーカップを片手に座っているハミルトンが居た。
「え、えぇー!?」
川内「さて、今回も長くなったけど後書きはじめるよ!」
神通「どうして本編が長いときに限って後書きを書きたがるんでしょうかね、うちの提督は」
那珂「提督の世界観設定を晒す為の小説だから仕方ないね。まぁ給料程度には働こう」
川内「それで、今回は何を話すの?」
神通「今回でいよいよ三大基幹鎮守府最後の鎮守府、佐世保鎮守府が登場したので、その説明と、前回から断片的に話している日本の鎮守府組織の話をしたいと思います。毎度説明が長くなって仕方ないので、比較編は基礎編、軍備編、外交編の3回に分けて行います」
那珂「じゃあ、今回は基礎編。行ってみよう!」
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基礎編
神通「まず佐世保の基本事項を説明します。佐世保鎮守府はわが国に3つある基幹鎮守府の1つで、司令は一宮グループ総裁の一宮美梅。その他重役も一宮一族が占めています」
川内「あのさ神通、前回もそうだったけど、読者は基幹鎮守府って何かすらわからないと思うんだ。まずはこの小説における日本の鎮守府組織を説明したほうがいいんじゃないの?」
神通「そうですね。基幹鎮守府とは鎮守府の地域管轄における中心的な役割を果たす鎮守府で、現在横須賀、呉、佐世保の3鎮守府が指定されています。管轄は↓の通りです」
横須賀鎮守府 東日本、北大西洋
呉鎮守府 西日本、南海地域
佐世保鎮守府 東・東南アジア地域
神通「艦娘はこれら基幹鎮守府の何れかに属し、各鎮守府は管轄地域の泊地に貸し出される形で配属されます」
那珂「横須賀の場合は、大湊が傘下だね。舞鶴も実質的に横須賀の管轄ってことかな?」
神通「はい、舞鎮が閉鎖されたときに日本海の管轄権が横須賀に移ったので。佐世保の場合、上海租界警備府やリンガ泊地がそれに当たります」
川内「でも管轄って結構あいまいだよね。設定上私はトラックにいるけど、あそこは共用っていうか中立だし」
神通「そうです、実際のところこの基幹鎮守府制は管轄権よりも政治的な役割が大きいのです。各鎮守府は特例的にかなりの裁量権を認められ、同じ鎮守府でもそれぞれかなり違いがあります」
那珂「佐鎮の司令官が企業グループ総裁なのもそれに関係してるの?」
神通「その通り。佐世保の場合、東南アジアが管轄地域です。よってその任務は、資源輸送の為のシーレーンの確保が主体となります。必然的に貿易商社やアジア諸国との関係も近いです。佐鎮、いえ、一宮家はそれを利用して、艦娘による交易保護を行って資金を集め、国内貿易商社を吸収して一宮グループを作り、現在の佐鎮を作り上げました。その『企業城下町』である佐世保市は、佐世保の集約政策によって輸入貨物の7割を担当する『現代の出島』と呼ばれ、『本社ビル』は最上階に司令室、その下に佐世保市市庁舎、外交館、貿易企業、そして最下層には港湾設備と税関、そしてその富を東京へ運ぶ10乗の鉄道まであります」
川内「行政が司令室の下って・・・随分象徴的ね。さながら『日本の東印度会社』って所?」
神通「はい、本物の国営貿易会社は陸軍系列で別にありますが、佐世保市を実質的に支配し、貿易を独占した『軍隊を有した企業』と言った意味では、その表現に誤りはないと思います。この国が現在まで戦争を続けながら高い生活水準を保ってきたのは、彼らの力が大きいですね。
今回はここまでにします。次回は装備及びドクトリンを解説したいと思います」
川内「エディのもとに突然現れたハミルトン。一体何が?!」
那珂「テスト期間でちょっと投稿が遅れるかもしれないけど、次回もお楽しみに!」
一同「「「またねー!」」」