駆逐艦「ありあけ」出撃します!   作:創生路ハイローラー

63 / 85
第59話 変貌

 春雨の被弾に、場は騒然となった。主砲の直撃を受けて脚が砕け散った春雨は、前のめりになる形で海に倒れた。

《エディ!何が起きた!春雨がどうした!》

「司令官、敵主砲の直撃を受けて春雨がやられた!繰り返す、春雨がやられた!」

 混乱しているエディの代わりにリッチが答える。ハミルトンは大きく動揺した様子で返す。

《回収は可能か?船団は間もなく海域を離脱する》

「春雨は両足をやられています。敵も間近で回収は難しいです」

《そうか・・・わかった。だが出来る限り春雨の救助を優先してくれ。こちらも手を尽くす》

「了解!」

 通信が切れる。リッチはハミルトンの無茶な要求に舌打ちをしたが、すぐに頭を切り替えて行動を開始した。

「全員聞け!船団は海域を離脱。僕達も撤退する!Верныйは煙幕を張れ。深雪と浦風は援護を頼む」

「了解!」

 任務を与えて動揺させる隙を与えないようにすると、リッチはエディと春雨のもとに駆け寄った。春雨の脚からは血が流れでて血溜まりを作り、事態の深刻さが一目でわかった。エディは無事ではあったものの、ひどく動揺し消沈した様子だった。

「わたしのせいで・・・司令官の言うとおりにしていれば・・・うわぁあん」

「姉さん落ち着いて。僕達2人で春雨を回収して撤退するから、まずは姉さんが春雨の脚を止血して」

 リッチは春雨を指差して言う。こうしている間にも、敵は容赦なく攻撃を仕掛けてきた。リッチはエディがすぐに作業にかかる事を期待していたが、エディは春雨の倒れた血だまりを見たまま、動かない。

「姉さん!敵が来るから急いで!」

 リッチは苛立ちながら言うが、エディは不思議そうに首を傾げて言った。

「リッチ、おかしいよ!なんで・・・どうして血だまりが海にできるの?」

「え?」

 確かに、それは妙な光景だった。リッチはつい忘れていたが、血は海水に溶けるはずで、重油のように浮いて溜まったりはしない。

「艤装の生命維持装置が働いてるんじゃ・・・」

 艦娘は艤装装着時に身体の一部を艤装と同化させて身体能力を強化している。以前授業で艦娘が鉱物や石油に耐性を持つと講義したが理由はこのためだ。艦娘の素体にダメージが発生した場合、体の機能を艤装が補う。すなわち、血液の代わりに燃料を流すこともあるのだ。

「でも、それじゃあの量はありえないよ。それに、春雨ちゃんの骨や身体もなかった。あれじゃまるで最初から足には燃料しかなかったみたい・・・」

 エディは春雨の周りに漂う黒い燃料のような液体に触れようとしたその時、その液体が突然泡立ち始めた。

「!?」

「エディ、離れて!」

 リッチの声にエディは本能的に飛び退いた。直後黒い液体がエディの居たところに飛び散る。

「な、なんなの?」

 黒い液体はエディを取り逃すと、急速に春雨の体へと集まり、腕に、体に、頭に、艤装に、主砲に絡みつき、瞬く間に全身を包み込んで黒い繭を形成した。

「おい・・・なんだよ。あれ?」

「何が起こってんねん・・・」

 足止めをしていた他の面々もその光景に手が止まる。黒い繭はクチュクチュと気味の悪い水音を立てながら、春雨の全身を這いまわるように対流する。繭に包まれても大きな輪郭を残していた背中の煙突型の艤装がぐにゃりと曲がって消え、左手に持っていた主砲もグニャグニャとその形を変えていく。

「足からなにか生えてきてる!」

「あの形は・・・まさか・・・」

 消えた煙突の艤装の塊が脚へと移動して、見覚えのあるシルエットを浮かび上がらせる。繭の対流は次第に沈静化し、そして・・・

「なにか出てくる」

 黒い繭が剥がれ落ちて、その本性を表す。容姿は紛れも無い春雨であったが、髪は変色し、肌も血の気のない無機質な白に変わっていた。彼女のトレードマークであった帽子には角が生えている。

「・・・そんな。あれって・・・」

「深海・・・棲艦!?」

 

 

 

「それが・・・君達の見た全てか」

 ハミルトンはエディからの報告を聞いて、頭を抱える。命からがら帰ってきた彼女達の中に、春雨の姿はなかった。それだけでも大きな問題だというのに、彼女が深海棲艦化したと聞いて、どうしていいのかわからなくなった。

「あの後、すぐに戦艦が追ってきて。春雨ちゃんは戦艦と戦闘になって、わたし達は必死で逃げることしか出来なかった・・・ねぇ司令官。司令官は、こうなることがわかってたの?」

「いや、知らない。彼女は精神的に不安定で、薬を常用していると・・・」

 私は必死に弁解するが、リッチは先に口火を切った

「嘘を言うな!なぜ僕達に一言も伝えなかった!スパイなのか実験兵器なのか知らないが、こっちは死ぬところだったんだぞ」

「リッチ、落ち着いて!ブーメランだよそれ!」

 エディが私に掴みかかろうとするリッチを抑える。ブーメランってどういうことだ・・・

「うちが見た限り、あの状況はどう見ても偶然じゃ」

「そうだよ。それに、春雨ちゃんを出撃させたのは・・・わたしだから」

 エディは目を潤ませ、表情を暗くする。リッチが受け止めようとするが、エディは浦風の胸に収まり、リッチは頬を膨らませた。

「最後に許可を出したのは私だ。エディは悪く無い・・・」

 沈黙が場を包んだ。浦風がフォローに入る。

「2人共、起こってもうた事は仕方ない。今確かなんは、春雨が沈んだこと。そして、何らかの原因で春雨は深海棲艦になってしもうたっていうことじゃ」

「小娘の言う通りだ。だが、事態はそれだけでは済まされんぞ」

 堤大佐が言う。そうなのだ。春雨が深海棲艦化した直後から、事態は思わぬ展開を迎えつつあった。全方角から多数の深海棲艦がこちらへ集結しつつあるのだ。船団は包囲される形となり、佐世保や上海の援軍も間に合わない。

「原因は9部9厘その少女の深海棲艦だろう。ソナーに先程から一定の反応が発せられている」

「聞かせて!」

 エディはソナー手のマイクヘッドを取ると、その音を聞く。

「これって・・・音響兵器?どうして!?」

 エディが驚愕する。私はわからず首を傾げた。

「音響兵器ってなんだ?」

「おそらく深海棲艦の声を人工的に模したものだろう。高位の深海棲艦の付近で特定の波長が発せられることがあるという噂なら私も知っている。小娘の口ぶりだと、実用化もされているようだな?」

「はい!横須賀が収蔵している『試作型』を聞いたことがあります。なぜ彼女がそれを発しているかはわかりませんが・・・」

 リッチが答える。その時、CICにあきつ丸が入ってきた。手には偵察機が持ち帰った写真が握られていた。

「あきつ丸。なにかわかったか?」

「はい。室伏大佐」

 あきつ丸は写真を差し出した。1枚目には、激しく撃ちあう春雨と前弩級型深海棲艦。そして、2枚目には・・・

「うっ・・・これは」

 あまりのおぞましさに一同は思わず口を抑える。春雨と前弩級深海棲艦の戦いは、春雨の勝利に終わった。そして、春雨はその黒い艤装から伸びた口で、深海棲艦を捕食していたのだ。

「なんと・・・深海棲艦が深海棲艦を・・・」

「それだけではありません。これを見てください」

 3枚目では、捕食された深海棲艦が消えて、春雨だけが海に立っていた。

「装備が変わっている?」

「はい、おそらく捕食した深海棲艦の主砲と考えられます。艤装の一部も装甲が追加された箇所があります」

 黒い艤装はエディを捕食しようとしたらしい。そこから考えるに・・・

「捕食した敵艦の装備を奪って、進化しているとでも?」

「その可能性も十分ある・・・ここに深海棲艦を呼び寄せているのも、自分を強化するためかもしれんな。とはいえ、敵味方関係なしか、いや、あるいは・・・」

 黒い艤装がエディを捕食しようとしたが、深海棲艦化が完了した春雨は目の前に居たエディを狙わず、戦艦に襲いかかった。春雨の意識がまだあるのかもしれない。

「もしかしたら、まだ理性が残っている可能性もあります。説得できれば・・・」

 なんとしても春雨を取り返したい、そんな淡い希望を持って提案する。しかし、

「とはいえ、この深海棲艦を放置するわけにもいかん。我々の火力では、この包囲網を突破できない」

「しかし・・・」

「ハミルトン君。部下がこんなことになってしまった気持ちも十分にわかる。だが、この艦隊と第5師団の皆の命には替えられん。我々はこの深海棲艦を最大クラスの脅威、姫級と認定。現有火力のすべてを持って、これを撃破、あるいは鹵獲する。辛いだろうが、君達が頼りだ。よろしく頼むよ」

 井上中将の命令が下されて、船が戦闘態勢に入る。私達は複雑な心境を胸に、皆の居る控室へ戻った。

 

 

「うぉえ・・おぇえ・・・はぁ、はぁ・・・」

 胃の中の物を洗面台にぶちまけると、私は毛布を被って部屋の隅でがたがた震える。船に戻ってから、震えと吐き気が止まらない。興奮と戸惑いの中で出撃した初陣は、あまりに衝撃的な形で割った。目の前で仲間が撃破され、しかもそれがあんな恐ろしい化物に変わってしまったのだ。

「くそっ・・・どうなってるんだ・・・」

 冷えた身体を毛布で温めるが、一向に震えも鳥肌も収まらず、「なにか食べるべきだ」と響が入れてくれた紅茶やカロリービスケットもさっき戻してしまった。何の気力も起こらず、ただ壁を背に膝を抱えて丸まる。

「替えのビスケットはいるかい?」

「いらない・・・」

「そうか」

 あんなことが起きたにも関わらず響は冷静に振る舞う。司令官は青い顔をしていたが、響も浦風も、教官達も、自分ほど動揺しているようには思えなかった。それがなんだか、冷淡に感じられて、私には耐えられなかった。

「なんでそんなに平然としていられるんだよ!あんなことが起きたんだぞ!」

 私は響の胸ぐらをつかんでいた。今思えば、完全な八つ当たりだ。だが、そうせずにはいられなかった。この言い知れない恐怖に侵された状態で、自分だけがみんなに置いていかれるように感じたからだ。響は特に驚くこともなく、私の手を跳ね除けてソファーに座った。

「ここで怒ったって、状況は変わらない。感傷に浸ったって意味は無い」

「でも・・・でもよ・・・春雨があんなことになって、何も感じないのかよ!」

 つい数時間前まで一緒に飯を食い話してた仲間が、突然いなくなったのだ。

「響だって!前は6駆の妹達のこと、いつも大事にしてただろ。何に名前も変なのになって、性格も急に達観した感じになって・・・こんなんじゃ、誰も春雨のこと、愛してなかったみたいじゃ・・・!」

 パチン・・・響が私の頬を叩いた。

「私だって感じてはいるさ。駆逐隊はきょうだいだ、家族だ。けれど、戦いになれば私達はあっけなく沈んでしまう。だから、慣れてしまうんだ・・・私も、全て思い出してしまった・・・全てを・・・深雪も、慣れてくる・・・きっと、慣れてしまう」

 響は遠くを見るような目で語る。本当の戦いを経験した彼女は、自分の僚艦や乗員の死を見てきたのだ。私には超えられない圧倒的な隔たりを・・・私には響を批難する資格はないのかもしれない。でも、だからこそ私は・・・

「だけどよ、私、変わりたくないな・・・仲間が傷つくのも。それを平然としているのも・・・私は、今の私のままでいたい」

 教官は私のそんな所に期待していると言ってくれた。誰にも頼られなかった私を、見出してくれた。

「そうか・・・深雪らしいな。だけど、それはとても辛いことだ。私には耐えられなかった。でも深雪なら、きっとできると思う」

 響と肩を寄せあい毛布に包まる。人肌であたためあう毛布は不思議と体温が上がって震えも止まっていた。

「だけど深雪、春雨は決して無駄死したんじゃない。あの時春雨は、本気で教官を庇った。命は一つしかないが、誰かのためにそれを捨てることは、時には必要だ」

 早くも艦内では春雨が裏切ったという噂が広がりつつあるが、戦闘に参加していた私達はそうじゃないという意見で一致していた。春雨は教官を守ったのだ。自分の命を捨ててまで教官を救った春雨の行動は私には真似できない。同時に、その春雨の身体を乗っ取って仲間を危険にさらしている深海棲艦への怒りが湧いてきた。

「私達は艦娘。刻々と変化する戦場で勝つためには、常に前進し続けなければならない」

「あぁ、分かってる。私達のやることはただ一つ。春雨を乗取ってる深海棲艦を倒して、どんな形であっても春雨を取り返す、だろ?」

 控室には教官達が入ってきた。厳しい面持ちで私達の前に立つ。司令官は迷いが抜けてない表情で命令文を読み上げる。

「春雨改め、駆逐棲姫の討伐命令が出た。すぐに出撃し駆逐棲姫を撃破し、船団を守れ。私達の手で、春雨を取り戻すんだ」

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。