駆逐棲姫に捕まったエディは、黒い艤装によって神経を春雨の意識へと繋がれ、そのまま恐怖や不快感、苦痛といった負の感情を含む情報の洪水を食らって気絶した。意識を失ってなお記憶の激流がエディの脳を冒す。少しでも隙を見せれば、自我をバラバラにされてしまう程の圧力に耐えながら、エディはなおもがき続けていた。
(・・・くるしい・・・でも、ここに流れてくるのは・・・春雨ちゃんの記憶・・・春雨ちゃんの意識はまだあった。春雨ちゃんがどうしてこうなったかがわかれば春雨ちゃんを乗っとってる深海棲艦から春雨ちゃんを取り戻せるかも・・・)
エディは記憶の濁流の中をかき分ける。出撃の前、春雨は怯えてハミルトンにすがっていた。なにか抜き差しならない事情があったに違いない。心がつながっている今がそれを見つけられるチャンスだ。
(待ってて春雨ちゃん・・・必ず・・・必ず助けるから)
エディは記憶の束に手を伸ばす。
《・・・令・・各・・へ、船・・棄が決定し・・・軍のヘリが今そっちに向かっている》
「ヘリが来たよ!」
「ふぅ、助かったっぽい」
「早く乗って!脱出するよ」
(夕立ちゃんだ。みんな春雨ちゃんと同じ制服だ。春雨ちゃんの姉妹かな?)
エディが見ている光景は、燃え盛る貨物船だ。頭に入ってくる情報からそれが2044年5月9日のことだとわかる。比島陥落直後、島から脱出した難民を載せていた貨物船を保護したが、運悪く敵の大艦隊と鉢合わせしてしまい船は沈没、ヘリで載せられるだけの人々を収容して、脱出しようとしていたところだった。
「いっちばーん!みんなも早く乗って!」
「よし、搭乗完了!離陸し・・・」
《うわぁ!撃たれた!墜落する》
(敵のツ級がヘリを狙ってる。これじゃ脱出できない)
「!?春雨!何をする気なの!」
「私はまだ弾薬があります!私が対空砲を始末しますから、姉さんたちは脱出してください!」
「ちょっとまって!春雨!」
春雨はヘリを飛び降りて、敵へ向かって進む。春雨に気づいた深海棲艦が春雨を狙い、その間にヘリが飛び立った。
「よかった・・・」
春雨は離脱していくヘリを見て安堵する。エディも胸をなでおろすが、直後、左足に強い痛みが走り、視点がぐらついた。
(っ!・・・足がなくなってる)
春雨の足が撃ちぬかれ、そのまま春雨は倒れる。目の前には深海棲艦の大群。万事休すだ。
「・・・あぅ、村雨姉さん・・・もう、だめです。せめて、機密は守らないと」
(春雨ちゃん!どうして頭に主砲を向けるの?だめ!)
春雨は引き金を引こうとするが、あと少しのところでチ級に武器を蹴飛ばされてしまった。春雨は仰向けにさせられ、そのまま頭を蹴られて意識が途絶えた。
(!?眩しい・・・ここは手術台?)
春雨の体は手術台に縛り付けられていた。周りには三人の人影、何かを話している。
「人・・植え付け・・了しました。こ・・・艤装の成・・術にか・・ます」
「ワ・・タ。・・・タイ・・博士ヤッテクレ」
「了解。クラ・・・コ、抑えろ」
「はっ」
「アァ、ワレワレノ新時代ノ幕開ケダ」
キィィィィイイイイイン
(まさか?いや・・・やめて・・・)
「ぁぁあぁぁああああああああああああああああああ!」
「あぁあぁあああああ!・・・はぁ、はぁ・・・」
すさまじい痛みによって、エディは記憶の外に弾き飛ばされた。慌てて自分の足を確認する。
「よかった・・・足がある」
自分の足が繋がっていることにひと安心して、エディは立ち上がる。
「これぐらいじゃ・・・負けないもん」
春雨はこの痛みを隠して一人で戦っていたのだ。自分が負ける訳にはいかない。エディは再び記憶の海に飛び込んだ。
《・・・9・・・40・・61・・22・・・》
(う・・・テレビも数字が・・・頭に入ってくる)
「こ・・・に暗・・・た数字・・・で洗・・・・で、任意・・・に深・・艦化でき・す」
「サスガダ、シュ・・ナー博士。ド・・ヴィ・・・ガ連レテキタ事ダケアル。比・・・モ彼ガ発・・タ。コレデニンゲン共ヘノ・・イ活動モ思ウママダ・・・」
直後、部屋全体が大きな揺れに包まれる。敵襲を告げるサイレンが鳴り響き、すりガラスの向こうの2人が慌てて逃げ出した。
「春雨!」
「ゆ、夕立・・・姉さん?」
「春雨!元気・・・ぽい?よかった。うわぁぁああん」
「どうしてここに?」
「あの後、沈没現場に戻って春雨が居なくって、みんな諦めてたけど、春雨は生きてるって夕立が言って飛び出して、僕もついてきて敵のいそうなところを洗ってたんだ。よかった、春雨が無事で・・・さぁ、帰ろう」
(ここで一旦は帰れたんだね・・・でも、春雨ちゃんの体には・・・)
「ふぅ、疲れた。お医者様は異常なしって言ってたけど・・・」
(足がなくなったはずだもんね)
「ううん、あれはきっと夢。悪い夢・・・みんなはもう入っちゃったし、早く済ませましょう」
(そういえば、春雨ちゃんのお風呂、初めて見るね)
春雨は体を洗うと、浴槽に足を入れる。両足の付け根まで入った直後、脚が突然溶け出した。
「きゃ!?何?何が起こって・・・いるの?」
「きっと疲れが溜まっているんです。眠ればきっと・・・」
『フフ、ハジメマシテ』
「誰?誰なの!?」
『ワタシハヲマエニ宿ッタ恐怖。ヲマエノ願望ソノモノダ』
「どういう、ことですか?」
『忘レタハズハナイ。ワタシガヲマエニ宿ッタ時、ヲマエガ願ッテイタコト』
「私は何も覚えてない!あの基地で起きたことも、何も!」
『嘘ヲツイテモ無駄ダ。ヲマエハアソコデバケモノニナッタ。両足ヲ切ラレ、体ヲ深海棲艦ニ改造サレタバケモノニナ』
春雨の脚が溶け、それが怪物の姿へ変容していく。
「そんな・・・違う・・・何も・・・」
「ヲマエノ洗脳ハ中途半端ダッタガ、オカゲデワタシハ自由ダ」
「いやぁ・・・入ってこないで!」
「ヲマエガ恐怖シ、死ヲ遠ザケヨウトスルホド、ワタシハツヨクナル。ヲマエノ心ヲ飲ミコムマデ・・・」
「助けて!誰か!あぁあああああああああ」
「・・・雨!・・・春雨!」
「・・・?!・・・はぁ、はぁ・・・村雨姉さん・・・」
「うなされてたよ。大丈夫?」
「え・・・はい!大丈夫です・・・大丈夫、です・・・から・・・」
「新部隊・・・ですか?」
「あぁ、舞鶴で新設されるそうだ。療養も兼ねて、行ってみるのはどうだ?」
「ですが提督、今は忙しいのに」
「ずっとうなされてるそうじゃないか。あんな事があったんだ。気持ちの整理がつくまで、前線から離れろ」
「はい・・・提督」
「ごめんなさい・・・前線を離れることになってしまって」
「いいのよ、前線は村雨達が守るから。餞別じゃないけど、いいものあ・げ・る」
「これは・・・お薬ですか?」
「村雨特製、元気になれるお薬!怖くなった時に飲んで。勇気が出るから」
「危ない薬じゃないですよね」
「だ~いじょ~ぶ!お薬がなくなる頃には、春雨は帰ってこれるよ・・・本当にごめんなさい。怖い思いさせて・・・」
「あれがアメリカの戦いなんか?魚雷も撃たなかったし」
「うーん、こないなこって大丈夫か・・・」
「何か調子が悪かったのかも知れませんし、きっと何か説明してくれますよ」
「けっ、何が教育だ。くっだらねぇ」
「はぁ・・・こんなことで大丈夫なんでしょうか?」
『本当ハ安心シテルクセニ。コチラハ手詰マリダガナ』
「そんなはず・・・ないです・・・」
「それは当然のことだ」
「判りました。全力を尽くします」
「それじゃあ、今日は疲れただろう。ここで解散する。みんな、お休み」
『ホラ、動揺シテル。怖イノダロウ?』
「ちがう・・・違うの・・・」
「ん?誰か入ってるのか?」
「サァ、交代ダヨ・・・おはようワタシ」