「はぁ・・・はぁ・・こんなことがあったなんて・・・」
記憶の海を泳ぎ切り、全ての真実を知ったエディは、ついに春雨の心へとたどり着いた。
「フフ・・・ソウダ。ワタシハ彼女ノ恐怖ニ寄生シ、彼女ノ一時ノ生ノ代償トシテコノ体ヲ貰ウ事ニシタ。スベテ彼女ノ望ミ。彼女ノ願望・・・」
「そんな契約、わたしがクーリングオフしてあげるわ。春雨ちゃんを返しなさい!」
「返セト言ワレテ返スモノカ。ソレニ、彼女ハモウ手遅レダ」
駆逐棲姫が指を鳴らすと、牢に繋がれた春雨が映る。周りでは彼女の姉妹達や提督、56駆逐隊の仲間の幻影が、口々に彼女を罵っていた。
「臆病者!」
「僕達を置いて自分だけ逃げて・・・」
「まえからトロい足手まといだったっぽい」
「バケモノ」
「汚らわしいケダモノ」
「うぅ・・・やめてください・・・」
「そうやって弱者のフリして、自分は空気になってればいいんだから楽だよな?」
「違うんです・・・私は・・・」
「何が違うねん?そないなみみっちいところが嫌いなんじゃ!」
「やめて!やめさせて!」
エディは幻影へ主砲を向ける。しかし、撃っても殴っても、見えない壁に弾かれて砲弾は届かない。
「無駄ダ、彼女ハモウ完全ニ心ヲ閉ザシタ。アノ幻影ハソモソモ春雨ノ後悔ダ。ヲマエノ精神力ガ優レテイテモ、春雨ヘハ触レルコトモ近ヅク事モデキナイ」
「だからって、ここまで来て諦める訳にはいかないもん!」
エディは壁を突破しようと体当たりを続ける。
「春雨ちゃん!目を覚まして!わたし達はみんな、春雨ちゃんのこと怒ってないよ!春雨ちゃんのお姉さん達も!だから・・・一人で悩まないで!わたし達を頼って!それが、わたし達駆逐艦でしょ!」
エディは体中の力を振り絞って言う。自らのこめかみを狙い、消えようとする春雨に、思いの全てをぶつけた。すると壁は、少しずつ削れていく。
「うう・・・私は臆病者です!・・・逃げまわるだけのゴミです・・・汚らわしいバケモノです」
私なんていなくなってしまえばいい。こんな自分、世界にいちゃいけない・・・消えてしまいたい・・・。
「じゃあ、死ねばいいんじゃない?」
白露姉さんが私の主砲を渡してきました。今まで何度もしてきたように頭に向けます。
「でも、死ぬのが怖いんだよね?」
「本当に撃てるの?」
皆私を嘲笑します。好きに言ってください。もう私は空っぽなんです、このままでも空気になって消えるでしょう。ここで頭を撃っても変わらないはず。そう思うと、撃つのは簡単だと思えるんです。
「・・・さよなら」
最後の静寂。引き金に力を入れます。よかった、ちゃんと動く・・・
「・・・!・・・・・・!一・・・悩ま・で!わたし達に頼って!それが!私たち駆逐艦でしょ!」
「!?」
誰かの声が聞こえる。誰かが呼んでいる・・・でも、どこに・・・いったいどこに?
「今の君は一人じゃない。私も、エディ達もいる」
「司令・・・官?」
「心を開くんだ。君の仲間が直ぐ側に来ている。君の痛みを本当に理解した彼女が。今君が消えれば、彼女の思いを無碍にする。それは、死ぬ以上につらいことじゃないのか?」
少しずつ感覚が戻ってきて、教官の姿がはっきり見えるようになりました。ボロボロになりながらも、必死に私になにか叫んでいます。いいえ、「何か」ではありません。はっきりと教官の言葉が聞こえます。
「今何をすべきか、何をすれば後悔しないか?君にはわかっているはずだ」
「はい・・・もう、迷いません!」
私は教官を隔てる壁に向けて、主砲を撃ちます。壁はガラスのように砕け散りました。光を反射しながら崩れ落ちる壁の中に、ふと、司令官の顔が写ったような気がしました。
「春雨ちゃん!」
教官は壁が崩れるなり強い力で私を抱きしめました。
「ごめんね・・・もう離さないから」
「教官・・・ごめんなさい・・・うぅ」
私は教官をしっかりと抱きしめると。手を貸してもらい立ち上がりました。動揺している駆逐棲姫をにらみます。
「バカナ!コンナコトハ・・・!」
「あなたには感謝してます。あなたのおかげで、姉さんたちにも、教官にも会うことが出来た。だけど、あなたが教官を傷つけたことは、絶対に許さない!」
「オノレ!コウナッタラ!」
駆逐棲姫は艤装を展開します。私の恐怖そのもの、知るかぎり最も強い存在を全て詰め込んだ歪な結晶に、その姿を変えていきます。
「消耗シタ小娘ニ、艤装モナイオマエガ、ワタシニ勝テル道理ナド何処ニモナイ!」
駆逐棲姫は嘲笑します。すっかり忘れていましたが艤装は全て彼女に奪われてしまっています。ですが教官は「そんなことない!」と反駁しました。
「春雨ちゃん。わたし、春雨ちゃんを探しながら、戻ってきてくれたら何をプレゼントしようかな?ってずっと考えてたんだけど、今とってもいいものを『思い出した』の!」
教官は私とおでこをくっつけあいました。
「春雨ちゃんと・・・同じ名前の、私の大切な友達の記憶・・・きっと、気に入ってくれると思うよ!」
私の体が光り出し、姿が変わります。私のものではなく、何処か教官にも似ていて、けれどやっぱり私らしいところがある、そんな艤装が形作られていきました。
「ナンダ・・・何ナンダコノ装備ハ!」
見たことのない艤装に駆逐棲姫はたじろぎます。私は主砲を迷いなく彼女に向けました。
「さよなら、私の恐怖・・・護衛艦「はるさめ」砲戦、始めます!」
放たれた砲弾は駆逐棲姫を捉え、その装甲を打ち抜きました。傷口から血ではなく、私の恐怖の記憶が溢れ出ます。それは私たちのいる空間を破壊しながら駆け巡り、降り注ぐガラスに反射しながら落ちていきます。
「ツキガ・・・月が、きれい・・・」
彼女がそうつぶやいたのを最後に、私達は空間から投げ出されました。
「エディ!エディ・・・!」
《聞こえるか?春雨!今何をすべきか、わかってるはずだ!》
ハミルトンは必死にエディと春雨に呼びかけていた。エディが取り込まれたことが信じられず、攻撃の決断を出来ずに説得を続けていたのだ。リッチも、エディを助ける方法を考えていたが、取り込まれている以上手出しができず、ただ呆然と事態を見ていることしかでなかった。
「お、おい!あれを見ろよ!」
深雪が何か気づき、駆逐棲姫を指す。駆逐棲姫の顔にヒビが入り始めたのだ。顔だけでなく、腕や体、エディを取り込んでいた黒い塊、あらゆる部位から亀裂が生じる。ヒビが全身に奔ると、まるで卵の殻が割れてひなが飛び出すように、春雨とエディが出てきた。
「エディ!」
「教官!」
「教官さん!大丈夫か?」
エディは春雨を抱えて仰向けに倒れる。皆がエディに走り寄った。
「・・・はぁ、はぁ・・・私は大丈夫。春雨ちゃんも助けたよ」
エディは少し朦朧としていたがリッチたちにサインを送る。一方春雨が出てきた艤装を見るとまだ動いていた。
「こいつ、まだ動いとるで!」
「教官!こんな兵器を残しておく訳にはいかないよ」
「あぁ、司令官!砲撃支援要請!目標は駆逐棲姫の抜け殻!Danger close!」
《了解した!すぐに飛んで来るぞ!そこを離れろ!》
リッチ達はエディと春雨を抱えて安全な場所へ退避した。10秒もしないうちに対艦ミサイルが飛んできて、駆逐棲姫を跡形もなく吹き飛ばす。
「目標撃破、作戦終了!重傷者2名、ヘリでの輸送を要請する」
春雨は足がなくなって出血している。エディが止血しているが救急搬送が必要だ。ちょうどその時、陸軍のヘリ部隊が到着した。
《こちら陸軍ヘリ部隊、病院船を連れてきた。後は任せておけ》
「もう大丈夫ですよ。後の事は橘におまかせください!」