運命とは複雑に絡み合った糸のようなものである。もつれ、引き合い、解れ、途絶える。互いに影響を与えながら、雑多に寄せ合い、その結果現れた模様が歴史となる。人は幸運を願いながら自らの糸を手繰り寄せ、その仕合わせに時に喜び、時に絶望する。全ては自らが蒔き、そして思わぬところで実を刈り取る。人は、過去から逃れられないのだ。まして、昔年に生を持つ艦娘は向き合わなければならない厄介なしがらみを多く抱え込んでいる。
「・・・・・・『親愛なる同士へ』か・・・はぁ」
私は手元にある手紙見て溜息をつく。私に突付けられた運命。向き合わなければならない過去と、失いたくない私の居場所。私は、前に進めないでいる。
その日、私達は船団護衛の任務についていた。いつも通りの単調な哨戒作業。ただ、この日に限って機関部の調子がおかしくなった。
「無理せず雷と交代するといいわ。司令官、それでいい?」
《あぁ、いまから雷を起こしに行く・・・月が見えんな。真っ暗だが、大丈夫か?》
「と、当然よ!一人前のレディなんだもの」
《ははっ、なるべく早く起こしてくるから、迷子になるなよ》
司令官が通信を切る。私は雷が合流するのを待っていたが、暁は先程の司令官の言葉が癪に障ったのか「早く行きなさい」と催促してきた。これ以上居ても暁の機嫌を損ねるだけだ。そう考えた私は、早々に切り上げて船団へ戻った。
甘かった。そう言ってしまえばそれまでのことである。次の瞬間、暁は潜水艦の奇襲を受けて大破した。爆発音を聞いて振り返ると、血まみれの暁と、至近距離で浮上しているカ級が見えた。体が頭より先に動いてカ級に発砲、そこから何をしたかよく覚えていない。
次に目を覚ました時、私は暁のベッドの隣で寝ていた。幸い暁は衝撃で気絶しただけで傷は浅く、命に別状はなかった。司令官から聞いた話では、砲声を聞きつけて雷が駆けつけた時、私は激昂して既に事切れて原型をとどめていなかったカ級の顔を殴り続けていたらしい。
「らしくもないわね」
ベッドの上の暁が心配して言う。少し前の自分ならそうだっただろう。だが、なぜそんな事をしたか、私にはわかっていた。
「思い・・・出したんだ。昔のことを・・・」
どれだけ強く握りしめても、大切なモノは手のひらからこぼれ落ちてしまう。少し目を離した、その隙に・・・
「まさか・・・」
「記憶が戻ったんだ。戦争の終わりも、2つ目の名前も・・・私の最期も」
戦いの果てに全てを失い、祖国に売られた抜け殻の人生。冷たく凍りついた記憶が、私の心を満たしていた。
「そう・・・」
涙を流す私を暁は優しくなで、彼女も涙を湛えながら言った。
「おめでとう」
艦娘は死から蘇った存在である。一度喪われた艦娘の記憶は、死の想起によって完成される。ただし、艦と素体との精神統合が不完全な場合や、改装などで大きく様変わりした艦などは、記憶の一部が制限されることがある。私も、そんな一人であった。
「ごめん、電が沈んだ後のことはよく覚えてないんだ」
「そうなのですか。戦争が終わった後の世界、電は知りたかったんですが」
「期待に添えなくてすまない」
「いいのよ。ちょっと知りたかっただけだったから、私達が欲しかった平和な海の事・・・」
姉妹の中では唯一自分の最期を思い出せなかった私。元々適正が高くはなかったので、そのせいかと思っていた。それでも、彼女達は私を軽蔑しなかった。孤児で家族を知らなかった私は、艦娘となって初めて家族を知り、その温もりを守りたい一心で努力して、『不死鳥』の2つ名を得るまでになった。
「おめでとう。司令官に伝えないとね」
今日、艦娘響は完成した。暁が司令官を呼ぶと、雷達を引き連れて司令官が現れる。暁へのお見舞いの果物を切りながら、司令官が尋ねてきた。
「響、思い出したばかりで混乱しているとは思うが、辛くない範囲でいいから響のこと、説明してくれないか」
「Да・・・私の名前はВерный。賠償艦としてソ連に・・・」
「待ってくれ響、その言葉、一体どうしたんだ?」
司令官が慌てて止める。私ははっと口を抑えた。以前から咄嗟の受け答えにロシア語が出ることがままあった。自分がロシアに何か関係があることは気づいていたが、違和感なくついさっき思い出したВерныйの名を名乗っている。まるで、人格が上書きされたかのように。
「済まない。今のはロシアに行った時につけられた名前。信頼できるって意味なんだ」
「そうか、いい名前だな。名前については司令部に連絡しておく。だが、名前は変わっても、響は響だろ。これからもよろしくな」
司令官は優しく微笑んだ。そう言ってもらえて、少しだけ気分がましになった。
その後、鎮守府の同僚たちまで口々に「おめでとう」と言った。心からの祝福であったが、私にとってそれはちっとも嬉しくなかった。
「Верныйか、不死鳥といいかっこいい名前ね。私も2つ目の名前、欲しいな」
皆、私の新しい名前を好奇の目で持て囃す。その名前を聞くたびに、私の心は締め付けられた。この名前を飾るのは勝利と栄誉ではなく、守りたかったものを何一つ守れなかった敗者の絶望と失意の記憶なのだから。
だが、過去への絶望は始まりにすぎない。因果の糸はこのとき既に私の今を侵食し始めていた。