駆逐艦「ありあけ」出撃します!   作:創生路ハイローラー

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第66話 勅使

《Верныйをロシア政府に引き渡します。今すぐВерныйの身柄をこちらに寄越しなさい。これは建造時から決まっていた外交決定です》

 司令室に呼ばれて、ビデオを見せられた私は、一宮佐世保鎮守府司令官の言葉に呆然とした。記憶が戻ってからわずか1日、一宮美梅司令官の勅使が直々に泊地に現れてこの命令が入ったビデオを手渡した。情報管理の厳しい佐世保陣営では機密性の高い作戦でこういった「勅使」が司令部命令を手渡しで持ってくる。本来は艦娘どころか他陣営の将官すら閲覧できないものだが、私に直接関わる問題として、密かに司令室に呼ばれたのだった。

「・・・一体どうして」

「響は、知っていたのか?」

「こんなの、知らないよ。私は」

 記憶に関する情報を今まで与えられたことはなかったし、ましてやそんな協定は聞いたこともなかった。私の知らないところで、勝手に決められていたことだ。

「そうか、そもそもロシアとは条約どころか国交すらないんだが・・・。しかし、勅使は今すぐにでも連れて帰るつもりらしい」

 一宮美梅個人からの命令とあれば、それは軍の決定よりも優先されるのが、半企業化した佐世保でのルールだ。従わなければ司令官の出世に関わる。

「響は・・・どうしたい?」

 この人のいい司令官は、ここに来て私の意見を求めてきた。能力主義でともすれば艦娘を消耗品扱いする傾向の強い佐世保で、家族のように艦娘と接する数少ない提督。おかげで彼はいつまでたっても小さな駆逐隊しか持たせてもらえない。

「私は・・・」

 今の私があるのは彼のおかげだ。彼の将来を私個人の感情で妨げてはいけない。だが、折角見つけた温かい居場所は失うことになる。最近来たらしいアメリカの艦娘は、祖国での軍歴を抹消されて引き渡されたそうだ。可哀想に、兵器であり親も居ない艦娘はともすれば人身売買のように他国に売られる危険性もある。艦娘の分配と称して勢力を広げた一宮家がしたように。

「俺はいつでも響の味方だ。君の意思を尊重したい、よく考えてくれ」

 彼はそう言って私を部屋に帰した。

 

 

 私は部屋に籠もってよくよく考えた。しかし答えは見つからず、ぼーっとしたまま1日が過ぎてしまった。2日目、心配した雷に誘われて射撃場に行ってみた。

「・・・当たらない」

「射撃得意だったのにね」

 Верныйとしての記憶の影響か、扱い慣れてるはずの12.7cmが上手く動かせない。

「ロシアに行って、艤装も作りなおしてもらえれば解決するんじゃないかしら?」

 私の意思とは正反対に体が、響からВерныйへと入れ替わっていく。温かい家族のぬくもりから、冷たい孤独の荒野へと・・・

 

 

 3日目、ついに一宮家がカードを切った。朝、朝食をとろうとすると、食堂の掲示板に新聞が大きく貼られていた。この新聞を書いた騒ぎ好きの重巡洋艦が鼻息を荒くする。

「一昨日から滞在している勅使の方にこっそり伺ったんです。響さん海外進出ですね!まさに革命的って感じです!」

 口の固い勅使がそう簡単に秘密を漏らすはずがない、おそらく既成事実を作るために情報を流したのだろう。事態を察した司令官がすぐに新聞を剥がした。しかし、泊地の艦娘や他の提督達に事が知られてしまった。

「水臭いじゃない、私たちにぐらい言ってくれればいいのに」

「そうなのです。離れるのは寂しいですが、今夜は盛大にお祝いしたいのです」

 妹達の好意が胸に突き刺さる。何処へ行っても視線を感じる。私は逃げるように暁のいる病室へ入った。暁はベッドの上でいつもの『レディの嗜み』であるハーブティーを飲んでいた。風味のきつい子供の舌に合わないものだが、憧れの重巡洋艦が飲んでいるのを見て無理に真似しているのだ。彼女は私を見ると、皆と同じ好奇の視線を向けた。

「響、聞いたわよ。ロシアに行くんだって」

「うん、そうなんだ」

 お茶を受け取ってぎこちなく答える。

「姉として誇らしいわ・・・ちょっと寂しいけど・・・ううん、なんでもないわ!一人前のレディだもん。響なら大丈夫だと思うけど、向こうに行っても粗相のないようにしなさい・・・」

「暁・・・」

「ん?どうしたの響?」

 私は我慢できなくなり、姉に思いをぶつけた。ハーブの香りのせいかは分からない。だが、しっかりと話せた気がした。

「私、本当はロシアには行きたくないんだ・・・ずっと、暁達と一緒にいたいんだ」

 本当はいけないことだとわかってる。皆のためにならないことぐらい。だが、暁は静かに私の話を聞いてくれた。

「・・・響がそんなつらい思いをしてたなんて・・・知らなくってごめん。私も、本当は一緒にいたいよ。響は大切な家族だから」

 暁は初めて私を見た時と同じように私を受け入れてくれた。

「でもね、響。私達はあの戦争の時、辛いことも多かったけど、楽しかったこともなかった訳じゃないと思うの。前に熊野さんが、一人前のレディはどんな場所でも余裕と優雅さを持つものだって言ってたの。疲れたり苦しいと感じると優雅じゃなくなっちゃうけど、幸せだと心に余裕が持てるものよ。そう考えると、レディの第一歩はどんな場所でも幸せを見つけられることじゃないかしら?響も雷達も私や司令官を助ける事が好きでしょう。ロシアにはあなたを必要としている艦娘もいると思うの。私たちにしたみたいに、彼女達にも響の誰かを支えたいって気持ちを注げば、それはきっと響の幸せになって帰ってくると思うよ」

 暁は私をそっと抱きしめ、彼女なりに姉として諭してくれた。少しだけ、心が軽くなった気がした。

「ありがとう、姉さん・・・決心はついたよ」

「そう・・・もうすぐパーティーの時間よ。レディとして相応しい振る舞いを見せなさい」

「うん・・・」

 

 

 別れ際、司令官は私を抱きしめると、「すまない」と言った。

「ごめんな・・・最後まで力になれなくて」

「いいんだ。司令官を裏切る訳にはいかない」

 私の今までの努力は姉妹と、そして司令官の為のものだった。結果として運命は私を絶望させるものだったが、それに抗うのは、私の・・・初めての家族になってくれた彼らを裏切ることだ。これは、自分の運命。私が独りで背負うものだ。

「響・・・あの、私」

「大丈夫だよ、暁。私は必ず帰ってくるから。この名にかけて誓う。だから、それまで家族を頼むね」

「と、当然よ!司令官も雷達も、トップランカーにするんだから!」

「期待してるよ・・・それじゃあ」

 未練で動けなくなる気がして、振り返る事はできなかった。運命の羅針盤は私を載せて回っていく。

 

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