駆逐艦「ありあけ」出撃します!   作:創生路ハイローラー

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省くぜ省くぜ~!


第67話 深雪の事件の時

 内地へ帰還し、貨物列車にのせられて舞鶴へ向かう。舞鶴・・・私の戦争が終わった場所。私と同じく、ラーゲリに送られた者たちが夢見た帰還の地。私は還ることはなかったが・・・ロシア人たちが私を引き取りに来るまで、私はここに新設された教務部隊に厄介になる。ロシアへ向かう前に、調子を取り戻しておけということか・・・

 貨物車からトラックの荷台に乗り換えると、艤装と一緒に基地まで輸送される。運転手は助手席を勧めたが、荷台のほうが落ち着くのだ。鎮守府に到着すると、荷台を降りて艤装の積み下ろしを手伝う。トラックの音に気づいて司令棟から人が出てきた。

 白人であったので、もう迎えが来たかと思ったが、すぐにそれは見当違いだと解った。海軍の制服を着ていたし、何より顔がロシア人ではなかった。どちらかと言えば、アメリカ人だ。私が敵として相対していた頃のイメージに似て、その相貌は鋭く冷たいものであったが、逆に態度はひどく謙虚で拍子抜けした。後ろには4人の少女。2人は全く知らない顔だ。黒髪の少女が私の顔を見て警戒心を露わにした。

「ひび・・・Верныйだ。信頼できると言う意味の名なんだ」

 名前の意味を言ったのは逆効果だろう。案の定黒髪の少女が尋ねる。

「君はロシア人なのか?」

 彼女は私のことをコミュニストか何かと勘違いしているらしい。まぁ、帽子にсерп и молот(鎌と槌)がデカデカと描かれているから誤解しないほうがおかしいが。

「Нет.(いいえ)。出身は日本。賠償艦としてソビエトに。どうしてわかったの?」

「CIAにいた頃に・・・いや、なんでもない」

 CIA?ソビエトに居た頃基地で処刑されたスパイの所属にそんな機関があった記憶がある。ジョークのつもりか、いや、目が笑っていない。

「ふふ、お互い数奇者だね。仲良くしよう」

 私達は腹の中を隠しながらも、握手を交わした。

 

 

 

 着任日は浦風が遅刻寸前で乱入した以外に特に変わった事もなく終わった。部隊には深雪や春雨といった知った顔がいたが、何より驚いたのがあの黒髪と雷に似た茶色い短髪の少女が例のアメリカ人姉妹だったことだ。アメリカ人姉妹の片方は興味を、もう片方は疑心を持って私に詰め寄って来た。

 この部隊を見ていると、第6駆逐隊を解散した後、臨時部隊を転々とした頃の記憶が甦る。艦級も原隊も違う混成部隊が、こうして狭い部屋に身を寄せ合う。感傷に浸っていたのを読まれたのか、深雪に「感じが変わった」と言われてしまった。

「しかし、この編成に何の意味があるんだろうか?」

 対立する3陣営の艦娘が一つの教育を、それもアメリカ人の指導を受けるなど前代未聞だ。それに深雪を除けば、少なくとも日本側は本来指導を受けるまでもない面々のはず。

「まぁ、私の気にすることじゃないか」

 単にアメリカ人がそれだけ優秀なのかもしれない。少なくとも先日の帝都決戦には参加している筈なので、無能ではないだろうと私は楽観していた。

 しかし、その期待は大いに裏切られることとなった。次の日の演習で、教官2人に私を入れた艦隊はものの見事に大敗した。

「Верныйちゃんのせいじゃないよ。ごめんね、情けないことして」

 試合後、エドワーズは半泣きになりながらしきりに謝ってきた。試合前から、彼女の挙動は既におかしかった。艤装に魚雷がない事を指摘すると慌てて言い繕っていたし、演習前もギリギリまで試験航行をしてしきりに艤装を確認していた。

「教官、君はもしかして?」

 私は一つの仮説に至ったが、それを問う前にリチャードが割り込んできた。エディは彼女にすがりつくように大泣きし始め、私を警戒しているリチャードに聞くわけにも行かず、そのまま帰還することとなった。

 妙に歯切れの悪い講評を聞き、深雪を待って風呂にはいる。深雪は終始無言のままだった。風呂からあがると外に春雨が立っていた。

「あ、響さん。深雪さん。上がったんですね」

「うん、後一人ぐらいは入れたのに」

「いいえ。私は・・・その」

 春雨は目線をそらした。私は深雪に部屋に戻るように促す。

「別の機会に一緒に入ろう。ゆっくりしていって」

「はい、ありがとうございます」

 おそらく怪我で前線から離れたのだろう。女性である艦娘は傷跡が残ることを気にする者も多い。階段をあがると、司令室から浦風の声が聞こえた。

(なんだろう?まぁ、私には関係ないか?)

 階段を上がった海向かいの談話室から夕日を眺めながら、深雪と向かい合う。

「なぁ、響はなんでこの部隊に入れられたんだ?」

「・・・・・・」

「言いたくない、か。いいよ、無理に言わなくても。私は味噌っ滓だし、他も察しがつくよ。だけど、響はどうしても理由がわからなかったからさ」

 深雪はこの部隊が前線に出せない連中を預かる部隊と考えたようだった。少なからずこの部隊に期待していたようだが、教官の失態を見てすっかり失望してしまったようだ。気の毒な話である。足枷を付けられた鳥が飛べないことを憤慨しているのと何ら変わりないのだ。だからと言って、教官を擁護したり、深雪に同情する気にはなれなかった。

 どうせ私はいなくなる。こっちはそれどころじゃない。関わっても仕方ない。自分に言い聞かせてベッドに入った。

 

 

 翌日、あれだけ大泣きしていたエドワーズはまるで昨日のことなどなかったかのように教室に現れた。彼女は演習について一言詫びると、突如教台を持ち上げて「わたし達が皆に教えるだけじゃなく、みんなと議論しながら一緒に成長する場所にします!」と宣言した。彼女はここに来て諦めていなかったのだ。

 彼女は次々と自分の理念を話し始めた。一昨日からの短い付き合いだが、彼女の本質は負けず嫌いだとわかる一方、必要な時に誰かの手を借りることを躊躇わない素直さと真摯さを持っている。

「実にアメリカ的だ・・・惹かれるな」

 彼女は夢を見せる天才だ。ずるいぐらいに甘やかさせ上手で、どういうわけか不思議と手を貸してしまいたくなる。気が付くと深雪以外を賛同させてしまっていた。

 それからは戦術はリチャード、操船は私、砲撃は浦風・・・と、それぞれの専門を教えあうようになった。名目上教官はエドワーズだが、彼女が教鞭を振るう事は殆ど無く、皆に混じって訓練を受けていた。彼女は指揮官としてよりも仲間として皆のやる気を引き出すことに巧みだった。『同じ駆逐艦』の言葉のもと、雑用や家事に至るまで率先して引受け、風呂や談話室でも私達に積極的に話しかけて、失われた信頼を取り戻していった。それに感化されたのか、はたまた司令官の口利きがあったのか、浦風も協力するようになり、鎮守府は何とか機能するようになった。

 深雪は孤立するようになった。彼女の求めるリーダー像は有無を言わさぬ圧倒的な実力で自分を作りなおしてくれる存在で、エドワーズの馴れ馴れしい態度は完全に逆効果だった。

「・・・とにかく、私はこの艦隊は嫌い。こんな艦隊、すぐ出てってやる」

 彼女は完全に心を閉ざしてしまった。深雪の判断基準が実力である以上、エドワーズや引け腰の司令官では反感を買う一方だ。第一この2人はどうやらかなり不仲らしく、連携が取れていない様子だった。

「深雪もそろそろ限界だな」

 関係は薄かったが深雪は一応同じ特型だ。妹として放ってはおけない。自分はいなくなる運命だが、深雪はまだ救うことができる。彼女は自分と違ってしがらみもない。だから、彼女には自分とは違う未来が見られるはずだ。彼女を立ち直らせること、それが舞鶴に留め置かれた私の役目なのかもしれない。

 同時に、私と似た状況にもかかわらず諦めずに運命と向き合っている彼女達への興味が、私の中に芽生え始めていた。

 

 

 私が彼女達と接触した夜、事態は劇的に展開していった。深雪が脱走したのだ。私はエドワーズと共に深雪を追う。エドワーズ達の境遇は大方予想通りだった。しかし彼女は自ら望んでここにいると言った。

「わたしはわたしに宿った特別な記憶を使って、世界をつなぐ架け橋になるために日本に来た。それはどんな状況でも変わらない。それだけは誓って言える。この艦隊はそのための特別な存在だよ」

「強いことは大事だけど、それだけじゃ戦えなくなる時が必ず来る。そんなとき、この国だけじゃない、いろんな国の艦娘と協力できる体制を作る」

 そう語る彼女の姿に、私は平和を愛する妹達を幻視した。彼女は自らの夢を改めて深雪に伝え、その覚悟を示した。その後事件は司令官の前代未聞の処分で丸く収まることとなる。

「彼女は運命を受け入れて、自分の使命にしている。彼女を支える家族が居て、誰とでも仲間になれる。私は・・・」

 彼女に引きこまれそうになっている。彼女の暖かみは雷が教えてくれたものと似ていた。舞鶴に来て一月。未だ迎えはこない。私の心は早くも居心地の良さを覚えてしまっている。

「失うだけなのに・・・どうして・・・」

 どうして人は求めてしまうのだろう。泡沫のような夢を。

 

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