Верный
こうしてリチャードとの協力関係が生まれたのだが、いきなり表立って行動はしなかった。下準備としてまずは自分の身を守れるようになる必要がある。幸いにして深雪が脱走の件で格闘技に興味を持ったことで、『授業に幅を持たせる』ことを名目に堂々と軍隊格闘を授業に組み込むことができた。基礎的な部分はそちらで学び、放課後は武器を組み合わせたより実戦的な暗殺術の特訓を受ける。対価としてリチャード達の部隊運営に協力した。例の弾薬庫での会合だ。
「計画はあるのか?」
「まずこの鎮守府を『真っ当に』機能させる。遠征、出撃、なんでもいい。兎に角外に出て任務をこなす。任務に成功すれば、噂を聞きつけて別の仕事が来る。私が出突っ張りになれば引き渡しもできなくなる」
前の司令官が司令部から来る無茶な要求を避けるためによくやっていた手だ。手持ちが駆逐隊だけという環境が前と大して変わらないのはある意味幸いなことである。
「ここは襲撃のない後方基地で予備艦隊もないから、遠征すれば常に全力出撃にならざるをえない。君を引き摺り出す為に佐世保がわざわざ代艦を用意する手間もかけられない。こっちは実績を作れる。よし、いい策だ」
「問題は司令官をどう説得するか・・・」
先日、深雪が出撃を提案したことがあったが、ここの司令官はかなり慎重だ。それ以降も授業を実戦向きにシフトさせるなどしてアピールはしているが、反応は芳しくない。私達がこうしている間にも、背後ではエディが「もう!司令官のわからずや!根性なし!」とぼやいていた。
「春雨はどうする?彼女も慎重みたいだが」
「彼女は怪我をしてるみたいだ。とは言え同じ佐世保だから油断できないが・・・」
春雨が本当に負傷しているという確証は何処にもない。何か妨害工作を取って来る可能性があるが、一見人畜無害な彼女を無理に尋問する訳にはいかない。
「遠征そのものは浦風も反対していないようだ。時間がないが、焦らずにやるしかない」
今はやれるだけのことをやろう。取り敢えず私は頬を膨らませたエドワーズの説得に向かった。
リチャード
その後も訓練の日々が続いた。司令官はなかなか説得に応じる様子はなかった。Верныйの焦りは日に日に募り、特訓も身が入らなくなっていた。
「うわぁ!?」
「・・・そんなんじゃスペツナズは倒せないぞ。焦ってるな」
奪いとった拳銃を返しながら言う。
「すまない、いつ迎えが来るかわからないから・・・」
「こっちもエディとの時間を割いてるんだ。浪費はしないでくれ・・・もう一回行くぞ」
「あぁ」
自分でも気が付かないうちに僕はВерныйに惹かれていた。彼女は僕が思っていた以上に魅力的な女性だ。一見寡黙に見える彼女は、一歩引いた目で物事を見る事に長け、僕にはない深い洞察や経験から興味深い話を多く聞かせてくれた。それは仕事の上でも大いに役立ったし、私生活でも一緒にいる時間が増えていった。無論、姉さんが一番だということは絶対に変わらないが・・・
「もういいだろう。今日は休もう」
「ありがとう。いつも」
その後しばらくВерныйは落ち込んでいたが、唐突に僕達の初遠征が決定することになる。その日は嬉しくて特訓は早々と済ませ、2人で紅茶をんでくつろぐことにした。
「紅茶持ってきたよ」
「ありがとう。ジャムはあるかい?」
「もちろん、すっかりこの飲み方が気に入ったみたいだね」
僕はジャムを舐めながら紅茶を啜る。紅茶は貴族じみて嫌いだったが、Верныйに勧められて飲んでみてよかった。Верныйはウォトカを入れて飲む。前もそうだったが、よくあんな酒を飲んで正気でいられるものだ。
「珈琲もいいが、紅茶も捨てたもんじゃない」
「それは良かった。さて、ようやく第一段階だが・・・」
僕らはチェスをさしながら今後の計画を立てていく。途中で司令官が冷やかしてきたが、楽しい時間を過ごせた。
Верный
その後、訓練で春雨が倒れたり、遠泳で溺れたり、いろいろなことがあった。演習の3日前には、私達の部隊章が作られた。
「ここに来て結構経ったが、私達の部隊章があるのは感慨深い・・・」
兵器としての艦娘にとって、数字や記号以外で自分たちを表すものの存在は、家族と同じぐらい重要な心の拠り所なのだ。普通は国旗にそれを感じ取るものだが、部隊単位でそのような物があると思うと、心に来るもがある。
「きょうだいもそう思わないかい?」
いつの間にかこの隊も、家族と同じ私の居場所になっていた。
「あぁ・・・そう思うな」
「・・・きょうだい、さっきからぼーとしているが、大丈夫かい?」
「あぁ・・・ちょっと、疲れてるんだ」
そう言って彼女は立ち去った。その目は少し前の私と同じものだった。
その後、あっという間に遠征が始まり、私達は大湊に向かった。私達第56駆逐隊初の対外演習だ。試合は向こうの旗艦が大したことがなかったため有利に動いたが、土壇場で相手も意地を見せた。相手の二番艦の龍田が、一瞬の隙を突いてエドワーズに突撃したのだ。
「教官、酒匂を攻撃すれば試合は終わる!早く攻撃を」
私は叫んだ。しかし、リチャードにはそれが出来なかった。頭ではわかっていたが、姉への愛がそれを許さなかったのだ。
「僕は・・・僕は!エディを守る」
しかし、運は彼女に味方しなかった。攻撃は外れ、僕が彼女を庇って大破した。試合そのものは深雪の奮闘で勝利したが、リチャードはすっかり消沈してしまった。
「駆逐艦風情が1人でできることなんて、たかが知れてるのに・・・」
龍田の強い指摘、それは私の胸にも突き刺さる。現実はそう甘くないのだ。それでも、その挑発はリチャードには薬だったらしい。
「うふふ、期待してるわ。あなたがどんな末路を迎えるか・・・同じ姉好きの妹としてね」
龍田はリチャードの耳元で囁いたが、彼女は私の事も見ていた。リチャードの秘密を知っていた事もあるが、油断ならない人だ。
「不思議な人だったね・・・」
「あぁ、まったく不愉快だ・・・それより、言いたいことがある。すまなかった」
彼女が何か意を決した目をしたことに気づく。エンブレムの時から、言葉に出さないものの距離を取られていたので、予想はついていた。
「・・・君に、隠し事をしていた。思い出したんだ。『ゆうぐれ』、それが僕の日本での名前・・・」
彼女は私に、ここ数日悩んでいたことを打ち明けた。エンブレム作成の時、春雨の何気ない言葉が、閉じ込められていたリチャードの記憶を開放する鍵になったのだ。
「すぐに言えなくてごめん。記憶を取り戻した時、僕は怖かったんだ。君が僕や姉さんのことを嫌いになるんじゃないかって。君が、祖国に忘れられた事に傷ついてたって知ってたから・・・」
彼女達が来て、祖国は再び豊かに、強くなっていった。もはや戦後ではないという程に、時代を塗り替え、西側の色に染めていく。それが彼女達『貸与艦』の役割だった。豊かさを得るにつれて、人々は戦争を忘れ、未だその悲劇に縛られ続けている私を見捨てたのだ。
「今まで、僕は僕だから記憶なんて関係ないって思ってた。でも、思い出して初めて、その責任に気付いて、怖くなって・・・君は、僕に傷を見せてくれたのに。聞かせてくれたのに」
「いいんだ・・・むしろ嬉しいよ。私をそこまで思ってくれたんだから」
私は彼女を抱きしめて言った。こんなことは親しくなければ知られたくないなんて思わないだろう。姉一筋だった彼女がここまで嫌われたくないと思えるほど、私は彼女の大切なものになっていたのだ。
「実はあの時、君の表情は私の時と同じだったから、すぐに分かったんだ。エドワーズにはもう話したのかい?」
「いや、姉さんを置いていけない。姉さんが思い出す時までは、待っていようと思う」
「その時に立ち会いたいな」
「あぁ、必ずね。約束だよ『姉妹(きょうだい)』」
気が付くと彼女は私のことを『コミュニスト』とか『ロシア人』とか呼ばなくなっていた。策略でなった『きょうだい』も、いつしか本当の『姉妹』になっていた。私が帰りたかった家族とは別の、もう一つの家族に。