旅はついに最終目的地である佐世保に着く。正直私はここへ行きたくなかった。巨大なビルが林立し、総裁の一宮家の権威を誇示するようにそびえ立つその建物を、私はどうにも好きになれない。認証システムを使ってシャッターから入ろうとしたが、私はともかく春雨もだめだった。何をやったのか知らないが、彼女も一宮美梅にとって価値の無い『物』らしい。
金剛と一宮瑛輝が私達を出迎える。私の元司令官と瑛輝は学生時代の友人で、民族学者だった司令官が研究で東南アジアへ行く費用を借りようとした結果、騙されて提督になったらしい。浦風も彼を知っていたのは予想外だが。
「ここ出て右に真っ直ぐ行ったら正面ロビーに出るから、右側のエレベーター一番奥に乗って最上階のボタンを押せ。IDは・・・そこの白いのがいれば通してくれるだろう」
こちらの事情は把握済みなようだ。鍵扱いされたのは気に食わないが、仕方ないだろう。
「エディ、僕も・・・」
「教官、私達だけで大丈夫だから、みんなについててくれ」
リチャードは私を気遣って着いて来ようとしたが、ここは美梅の手の内だ。深雪達が危ないかもしれないので、残ってもらうことにした。
華美な装飾に目を奪われそうになるエドワーズを引っ張って、エレベーターに乗り込む。あの女狐が果たして反応するか不安だったが、瑛輝の言葉通り、彼女はこちらを最上階へ招いた。エレベーターを移動している間、エドワーズは私に話しかける。
「ねぇ、Bерныйちゃんはリッチとよく一緒にいるけど、リッチとは気が合うの?」
やはり姉として気になるのだろう。私は「彼女のあり方は私のそれに近いから」と答えた。目の前のお姫様の笑顔を守るために、たった一人で戦う彼女のあり方。私がやりたくても出来ない生き方を。
「すまない、気を遣ってもらったのにかえって辛気臭くなってしまったね」
「いいの。わたし、嬉しかったの。リッチがわたし以外の子と仲良くなって。わたしも最近になって、あの子が独りで戦ってきたって知って、正直思い知らされたんだ。人一人の思いすら全て受け止めるのは困難なんだって。でも、それでも良いって思うの。完璧じゃないから、誰かに頼れる。わたしが受け入れられなかった思いが、図らずもBерныйちゃんとリッチを繋いでくれたなら。その積み重ねで世界は繋がってるんだって、そう思うの。こんなのは自分勝手な言い訳に聞こえるかもしれないけど、もしそう思うなら、Bерныйちゃんなりの面倒を、わたしやリッチにかけていいよ。リッチは面倒くさがると思うけど、わたしはそういうの好きだからさ」
彼女は自分のあり方を伝えてくれた。昔、司令官に愛について尋ねた時の事を思い出す。北の海に行った時で上手く答えられない司令官に雷が抱きついて間に私を入れてくれた。
『響は私と司令官で温かいでしょう?私も、響のおかげで温かいよ』
その後、暁や電も集まってみんなで温めあった。その熱は心まで温めてくれるものだった。彼女にとっての家族は、互いに支え合える存在だ。それはリチャードとは対象的なようで、お互いを補い合うものだった。
「ありがとう。緊張がほぐれたよ」
最上階に着くと、私はエドワーズを見送る。一宮美梅にはどうしても会いたくない。私はドアの前で待つことにした。
しかし、ここは一宮の総本山。エレベーターから完全武装の『警備員』があらわれる。巨大交易企業たる一宮グループが拠点防衛用に特権的に保有している私兵集団である。男達はこちらへ歩いてくると私を取り囲むように立った。
「Bерныйだな?」
「・・・・・・」
「やれ!」
警備員は一斉に私を取り押さえにかかる。私は声を上げようとしたが、ハンカチで口を抑えられてしまった。
「おとなしくしろ!」
「!?・・・んーっ」
抵抗する私に警備員の一人がスタンガンを使って来た。体が痺れて意識が遠のく。
「エレベーターへ載せろ。港まで運ぶんだ」
一人がロシア語で言うのが聞こえた。彼らは正規の警備員ではなかったのだ。力の入らない体で必死にもがくが、エレベーターに連れ込まれてしまった。
「鎮静剤を打て」
数人がエレベーターの壁に私を押さえつけて、注射を打とうとする。
「そんな・・・これまで・・・なのか」
エレベーターはどんどん下り、注射針が迫る。結局、私は家族に会うことは許されないのか・・・暁・・・リチャード・・・もう一度会いたかった。諦めが頭をよぎり私は目を閉じた。
ピンポーン
突如エレベーターが止まり、ドアが開かれた。偽警備員達が動揺する中、扉の前に現れたのは皆を基地に案内しているはずの金剛と一宮瑛輝、それにリチャード達だった
「Hey!Bерный!そんなとこに座って何やってるんデスかー?」
金剛がエレベーターの奥にいる私を見つける。偽警備員達は一瞬顔を見合わせたがすぐに金剛を止めようとした。
「あ、あの・・・我々は美梅様に」
「迷子の保護、ご苦労だった。おい、心配させやがって。さっさと行くぞ」
瑛輝は呆気にとられる偽警備員達を無視して私を引っ張りだした。偽警備員達は私を取り返そうとしたが、金剛が立ちふさがる。
「あなた達は仕事に戻るね。お祖母様にはワタシから言っておきマース」
つけたままだった艤装を展開して脅す。偽警備員達は諦めたのかエレベーターの扉を閉めた。
「姉妹・・・ふらついてるが大丈夫か?」
リチャードが私の様子を見て聞いてきた。私は深雪達に聞こえないように、声を潜めていった。
「危うく攫われそうになった。あいつらは工作員だ」
「なんだって!?」
リチャードははっと声を大きくした。
「姉さんは大丈夫なのか!?」
リチャードは僕の肩を掴んで言った。今にも走り出しそうなぐらい動揺している。
「私にもわからな・・・」
「No、ploblem!エディさんには、心強いナイスガイがついてマース!」
金剛がリチャードの肩をたたいて言った。
「Richardは安心して私とティータイムするのデース!」
その後、エドワーズと一緒に司令官が現れた。私たちを驚かせたかったと言ってはいるが、本当にそれだけのためにわざわざ来たとは思えない。先ほどの襲撃も、一宮美梅か司令官のどちらかによるものだろう。さっきは助けられたが一宮瑛輝も味方である確証はない。
「誰も信用できない・・・いつも通りだな」
「うん。それよりも、夕立と戦った感想は?」
佐世保の演習は、司令官の『秒刻み』の指揮で勝利したが、突如乱入してきた夕立に全滅させられてしまった。
「チートでも使ってるんじゃないか?どう見ても私達を負けるように仕向けただろう?」
「間違いないね。でも、彼女は現実でもあの調子さ」
「・・・すぐに再戦してやる」
なんであれ、私達は佐世保から仕事を譲り受けることに成功した。これで陸軍との関係も強められる。何故か司令官は乗り気じゃなかったが。
春雨が深海棲艦化したことは、私にも少なからず衝撃を与えた。ただ人が死ぬことは見慣れているが、昨日までの仲間が敵になる経験は私も初めてだ。深海棲艦には稀に特定の艦娘によく似た個体が現れる事があると聞いたことがあるが、艦娘になりきって潜伏していたとなれば話は別だ。昨日までの春雨は確かに私の知っている春雨そのものだった。原隊でも所属は違ったが、作戦で顔を合わせていたから、私の直感は間違っていないだろう。
私達は冷静さを保とうと必死だったが、経験の浅い深雪は食べ物も喉を通らず、吐き出してしまった。
「春雨があんなことになって、何も感じないのかよ!響だって!前は6駆の妹達のこと、いつも大事にしてただろ。何に名前も変なのになって、性格も急に達観した感じになって・・・」
彼女は私を非難し始めた。私達は必死に平静を装っているのに一人だけ感傷に浸っている彼女が許せずに私は彼女の頬を叩いてしまった。感情的になっていたのは私の方だ。深雪は私に仲間の死に慣れるのは嫌だと言った。そして、春雨を乗っ取った深海棲艦を倒すとも。駆逐棲姫討伐が命令された時には、私達の決意は固まっていた。
変異した春雨は驚異的な兵器だった。戦艦の主砲を振り回し、傷をつけても周りの敵を吸収して回復し、不完全ながら夕立の動きまで再現していた。主砲の破壊には成功したものの、エドワーズが捕らえられてしまった。その時のリチャードの動揺は凄まじいものであった。彼女から聞かされた夢と被るような光景に、助けたくても助けられず、彼女の手を握ってただ変化を見守ることしか出来なかった。
しかし、エドワーズの並外れた精神力によって、春雨に取り付いていた深海棲艦は破壊され、春雨も一命を取り留めることに成功した。エドワーズには信念に裏打ちされた超人的な力がある。そう確信させられる出来事であった。
船団は無事上海に到着した。春雨は艤装を失ったが、エドワーズから新たな記憶を得たらしく、艤装を作るため軍に残るそうだ。肝心のエドワーズの記憶は未だに戻らないようだが・・・