皆さんのお言葉で勇気が持てました。自分も続けられる限りこの小説を続けたいと思います。これからも『ありあけ』の旅路をよろしくお願いします。
「おや?おやじさん、今日は外に出ても大丈夫なんですか?」
上海での滞在中、『わかさ』の停泊している埠頭で資材の積み替えを見ていると、車に乗ったおやじさんが出てきた。
「あぁ、知り合いがここに住んでいるから、久しぶりに会おうかと思ってね」
船住まいで謎の多い彼の知り合いか・・・気になるところだ。
「興味があるのかね、君も仕事柄世話になるかもしれない人物だ・・・そうだ、君が代わりに行ってくれないか。なに、私の紹介だと言えば、通してくれるさ」
「え、古い知り合いなんでしょう?」
「何、知り合いと入っても親しいわけじゃない。今日は頼んでいたものを取りに行くだけだったしな、むしろ君が行ったほうが彼も喜ぶだろう」
親父さんは住所の書かれたメモと封筒を私に渡すと、船の中へ戻って行った。
「カーナビは・・・ついてるな。おやじさんには世話になってるし、行ってみるか」
面倒ごとを押し付けられたが、仕事のためにもなると言っていたし、行って損はないだろう。ついでにおやじさんの話も聞きたい。
私は車に乗ると、カーナビに従って街へ出る。深海棲艦によって衰退したアジア圏において東京、シンガポールと並ぶ巨大港湾都市だけあって、中心地はガラスの眩しいビル街だ。ビルや商店は一宮グループのロゴがあちこちに見られ、その影響力の強さがわかる。中心地を抜けて、ナビは猥雑な裏通りへと私を導く。怪しい商品を売る店や、昼間からいかがわしい声が聞こえる建物の横を通り、無秩序に張り巡らされたスラムの街路を抜けて、雑居ビルの一つについた。
「ここか?」
私は念入りに車の鍵をかけると、あたりをうろつくマフィア風の男や痩せた子供などの視線を受けながら建物に入った。2階の事務所に、その男がいるらしい。
「すいません。誰かいませんか?」
小汚い扉を開き、これまた雑に物が積まれた事務所を見回す。机の裏で、グラビア雑誌を頭に載せて寝ている男がいた。年は30も後半、髭が印象的な痩身の男は、こちらに気づくと、眠そうな目をこっちに向ける。
「何の用だ?この事務所は昼間は営業時間外だぞ。用があるならで直してこい」
「ピーター・ビーグルから紹介を受けました。ここにドミニク・ズボフという方はおられませんか?」
ピーター・ビーグル。その名前を聞いた途端、安眠を妨害されていた彼の目つきが変わる。
「ほう・・・あいつがか?おいラリー!何でもいいから飲みもん取ってくれ。客の分もだ!」
ズボフは私に椅子を指して座らせると、ラリーと言われた男が出したスコッチを空ける。
「俺がドミニク・ズボフだ。商売は・・・まぁ、何でも屋だ。あんたは?」
「アレン・C・ハミルトンです。本業はジャーナリストですが、訳あって今は提督です」
「ほぉ、んで何が欲しい?武器か?情報か?それとも仕事か?手数料さえ払えば何だって揃えるぜ」
「いいえ、取り敢えずはこれを。おやじさんから渡すようにと」
私は封筒を渡す。ズボフが空けると、札束と手紙が入っていた。
「ほぅ、なるほど。それなら確か・・・」
ズボフは積まれている書類の束から何枚か紙を取り出してコピーして手渡してきた。中身はロシア語や中国語の新聞や帳簿などだ。
「さっき陸軍の奴等も同じもんをよこせって言ってきてな。はした金だったから突っ返してやったが・・・。これで料金分だ。手数料はこれぐらいにして、あとは『お前が』取っておけ。今後も頼むぜ」
ズボフは札束からいくらかを引くと残りを私のポケットに入れようとした。
「う、受け取れませんよ賄賂なんて!」
「へっ、生真面目だな。今時珍しい・・・まぁ気に入った。せっかくだから見てけよ」
ズボフは贈賄をあきらめると、立ち上がって私を事務所の奥へと案内する。雑居ビルの裏へと通じる避難はしごがあり、裏は大きな倉庫でトラックが一台止まっていた。
「ラリー、荷台を見せてやれ」
「いいのか?」
「やつが寄越したってことはそういうことだろう。さ、お勉強の時間だ坊ちゃん。こいつは何だ?」
ズボフは荷台を見せて言う。中には乱雑に詰まれた銃器があった。
「旧正式ライフルですね。ずいぶんと使い込まれてる」
「そうだ、インドネシアから輸入した中古のM16だ。福州の武装勢力に運ぶ」
「運ぶって、武器を売るんですか?」
「何でも屋って言ったろ。金さえ払えば銃も兵隊も売るぜ。あんただってそうだろ?」
目の前の男に自分は死の商人兼傭兵だと白状されて、私はぞっとする。おやじさんはどうしてこんな闇の世界の住民と知り合いなのだろうか。
「ここまでは普通の話だ。さて次、これは何だ?」
「これは・・・日本の89式?」
「奉天の工場で製造されたコピーモデルで、5号式歩兵銃ってやつだ。平壌と北京にきのこ雲が立って以来、日本陸軍は復興支援と称して釜山から奉天を結ぶ鉛の列車を敷いて北満権益を握ってる。あんたらの使う資源もそこからもってきてるんだぜ。陸軍は資源地帯を共産党残党やロシア超国家主義者から守るため、非軍備国家だった奉天の復興政府に技術支援をして軍閥化させた。それが奉天軍閥だ。この積荷も奉天と同盟してる反共ゲリラに届けろとのことだ。次はこれだ」
「ASEAN諸国の標準型ライフルですね」
「元、だがな。正式には上海工厰21式自動歩槍。上海工厰は先月から一宮インダストリーに改名されたがな。南京政府に納入する予定だ」
「工場から在庫整理で横流ししてもらった。この程度はよくあることだ」
何が『この程度』なのか、私にはわからない。中古品でもない新品の兵器が闇市場に流れているだけで、十分なスキャンダルだろう。しかし、ズボフは隣に置かれたもう一つの箱を開ける。
「これは・・・見たことがない」
「当然だ。上海政府でも配備が始まったばかりの新型小銃だからな。こいつはその『型落ち品』100挺。同じく送り先は南京だ」
ズボフがその一つを私に手渡す。見たところ何処にも欠陥は見当たらない。
「企業が意図的に流しているとでも?」
「そうだ、一宮グループは国内法で兵器の製造ができない。そこで、上海の兵器工場を買収して、そこから兵器を流している。最近はコソコソ隠すのもやめたらしいがな、表通りはナチスドイツもかくやってぐらい一宮一色だっただろ」
驚くべき事実だ。ジャーナリストだった頃ならすぐに写真を取って本社に送りつけただろう。一宮グループと陸軍は仮にも同じ国の機関でありながら、対立する2つの勢力を支援して紛争を悪化させているのだ。
「さて、次は本日の超特売品だ・・・目ん玉開いてよく見ろよ」
ズボフは荷台から降りると、倉庫の奥に置いてあった何かにかけられたカバーを外した。
「これは・・・M1A5・・・どうしてこれが?」
アメリカが誇る長寿戦車M1シリーズの最終生産型で、最強のMBTと呼ばれたが、深海棲艦の登場による戦場の変化で少数生産に終わったものだ。
「正確には、タービンを詰め替えた輸出型モデルだ。半月ほど前に陸軍の連中が持ってきた。なんでも、不法輸出で拿捕されたアメリカ船から押収された物らしい。ヘマしなけりゃ、今頃広州の工場で分解されてたはずだぜ」
「一体どうしてこんな・・・深海棲艦と戦争している時に・・・」
これほど多くの武器が無秩序に拡散しているといという事実に驚く。いや、無秩序などではない、政治的意図が露骨に出ている戦争ビジネスだ。協調体制に移行しつつある日米すら、水面下では権益争いを行っているのだ。
「深海棲艦との戦いは、これまでの戦争とは異次元のものだ。対人戦のシステムに沿った兵器や兵隊は皆時代遅れになる。ただ、いらないからってゴミ箱にポイ捨てするんじゃもったいねぇ。二束三文でも売って金にしたほうが良いに決まってる。その金で深海棲艦と戦う武器が買えるんだからな」
狂気の理論だ。人類を守るための新兵器を買う金が、人類を殺す古い兵器で賄われているなど・・・しかし、その証拠が目の前にある。
「深海棲艦との戦争で要らなくなった兵器は何だ?」
「それは・・・核兵器」
深海棲艦との戦争は人類全体の防衛戦である。そのために人類が住む地球を汚染するのは本末転倒であり、深海棲艦の脅威が認識されるにつれて人類の核軍縮は進展した。
「そうだ、そもそもの元凶であるNKAや紅衛兵は真っ先に核施設を確保したそうだ。2つの核以降、中国や北朝鮮が保有していた二千発の核は、一体何処に消えたんだろうなぁ?」
身の毛もよだつような話を聞かされて、私は震えが止まらなかった。
「どうして、そんな話を?」
「ビビったか?あんたがあんまりにも物知らずみたいだったからな。ついつい話したくなっちまった。あんたからは俺たちと同じ臭いがしたからな」
「俺も『片翼』も、昔は戦闘機乗りだったんだよ。訳あって軍から出て、傭兵としてここに辿り着いた。そっからの腐れ縁だ」
「おやじさんと同じ所属だったんですか?」
「いや、『片翼』はアメリカ人だ。ピーター・ビーグルは俺と同郷だ」
ズボフと同じということは、少なくともおやじさんは日本生まれではないということか?
「あんたは生真面目すぎるからな。こいつの言葉を借りるなら『理想で空を飛ぶと死ぬぞ』ってか?」
「おいズボフ・・・」
「それより、あんたの所属は何処だ?」
「舞鶴です」
「ほう・・・丁度あっちには仕事で部下をよこしてある。ガキの子守も出来ない無能だったが・・・。連絡先を書いとくから仕事が欲しけりゃメールしな。今は陸軍、佐世保、最近は米軍関連まで、選り取り見取りだぜ」
ズボフはメモに連絡先を書くと、私に渡して事務所から見送った。
『わかさ』に戻ると、おやじさんは今日のことについて楽しいそうに聞いてきた。
「どうだったかね?彼は」
「勉強にはなりましたが、ああいった人は苦手ですね」
できれば、あまり関わりたくないのが本音だ。
「・・・おやじさん。私は誰のために戦えばいいんでしょうか?私もエディも人類のために戦っているのに、ここから数十マイル離れたところでは、人間同士が争っていて・・・」
「難しい問題だ。誰かを守ることは、誰かを守らないことかも知れない。私も、正しいことをするために、一人で祖国と戦わなければならない事があった。一人で飛ぶ空は辛いものだ。今彼女がそうであるように」
「彼女?彼女って、誰です?」
「人は一人では孤独に打ち勝てない。私は勝てなかった。だが、君と君の優秀なレディはきっと彼女の力になれるはずだ」
そう言うと、おやじさんは格納庫に戻ってしまった。私は、彼女が誰かという謎が頭を回って、その日はあまり眠れなかった。