「Bерныйちゃん!何処にいるのー!」
朝になってBерныйがいないことに気づき、鎮守府は大騒ぎになった。必死に基地内を捜索するが甲斐なく、Bерныйの姿だけが忽然と消えていた。
「何処を探しても居ません・・・連れ去られてないといいんですが」
「うちらが一緒に寝とったけぇ、何かあったらすぐ解るはずじゃ・・・教官さんも元気だして。きっと見つかるって」
「あぁ、すまない。そうだったね・・・Bерный、お茶を取って・・・はっ!?」
リッチは何も考えることが出来なくなっていた。どうして彼女が、約束が違う。家族の所に帰るんじゃなかったのか?僕と一緒にいてくれるんじゃなかったのか?僕は家族じゃなかったのか?彼女の心に開いた穴に、『なぜ』という感情が逡巡する。おかげで頭がほとんど回らず、Bерный以上に心配された。
「私は防空局に連絡して不審な反応がないか聞いてくる。エディ達は捜索を続けてくれ」
「おーい!」
ドックを見に行っていた深雪が帰ってくると、その手には手紙があった。
「これ、響の字で、教官あてに」
リッチは手紙をもぎ取ってざっと読んだ。
リチャード、君が手紙を呼んでいる頃、私はロシアにいるだろう。
君の教え通りに行動しなかったのは申し訳ないと思っている。君は私を助けようと手をつくしてくれたが、そのことは私達を他人以上の存在にしてしまった。私は部隊と家族を選ぶことができなくなった。これは私達の失敗だ。君はその気ではなかったみたいだが、私は、君のことを本当の姉妹と思っていた。だから、もう目的のために君を犠牲にすることはできない。
君には感謝してもしきれない。君が私に夢を見させてくれたことで、私は強くなる事ができた。進むことも戦うこともせず、運命に流されていた私を、こんな結果でも、自分の決断で運命を決めることを教えてくれたのは君なのだから。
なんであれ、ありがとう。仮初でも私の家族になってくれて。До свидания.
追伸 思い出しているのなら、少しは会いに行って。君の家族は、エドワーズだけじゃない。
「・・・あの、馬鹿!」
読むとすぐに、リッチは走りだしていた。
「ちょっと!?リッチ、どこ行くの?待って・・・」
リッチは鉄砲玉のように鎮守府の廊下を走りぬけ、艤装を付けて海に入り、沖に浮かぶ不審な貨物船を見つけると、ステップを登って甲板へと上がった。船員達は慌ただしく作業をしていたが、マストにリチャードに似た女性の影を見つけた。
「よぉ、遅かったな。カボチャの馬車はもう出たぜ」
アルバコアが煙草を吹かしながら言う。リッチは彼女を睨んで言った。
「裏切り者・・・」
「おいおい、お前を思って決断した奴にそれはねぇだろ」
「裏切り者!」
アルバコアはリッチの怒り方が、いつものものと違うように思えた。そしてそれにかすかな見覚えがあった。
「ルーチェ、落ち着け。俺だって、お前の為を思って・・・」
「うるさい!そうやっていつもいつも・・・あのときだって、僕を・・・私を裏切ったくせに!」
「ルーチェ・・・お前」
すがりつくように涙を流し、アルバコアを殴る少女の所為は、軍人前としたリッチではなく、ただの小さな少女のものであった。
「うぅ、うわああぁああん」
「どうして、こうなっちまったんだろうな・・・」
アルバコアはリチャードを抱擁すると、摩耗した記憶の中に僅かに覚えていたやり方で、妹の頭をなでた。
朝日の中をウラジオストクに向かうヘリの中、私は終始黙っていた。ロジャーは私を何度か見たが、『リチャードの事を話して欲しい』と頼むと、昔話を始めた。
「両親に縛られるのが嫌で俺は家を飛び出して軍人になった。俺が祖国を守る使命に没頭していた頃、両親の死んだあいつらは生活に困窮することになった。姉は学校をやめて慣れない仕事に身をやつし、妹は残った僅かな財産を狙う連中の嫌がらせに耐えた。ただの少女2人が小さなアパートで兄の帰りをずっと待ってたんだ。だが、貧困は姉妹の心を蝕んでいった。ある日苦しさに耐えかねた姉は、兄の生存を疑った。ルーチェには、それが許せなかった。家を飛び出したルーチェは、戻ってこなかった。3日後に警察に保護された時、ルーチェは暴漢達に蹂躙されて瀕死の重症だった。普通ならそのまま死ぬところを、幸いにも艦娘としての適性があったから、改造手術で命だけは助かった。だが、ルーチェは帰ってこなかった・・・アイツはルーチェを守るために、適性の低い体で、記憶の摩耗と引き換えに、強力な艤装を受け入れた」
リチャードは一人で戦っていたつもりだったが、実際は一人ではなかった。人知れず家族に見守られていたのだ。思えば、彼女が異常なまでに家族に執着を持っていたのも、彼女が私を暴漢から助けたのも、彼女の中に『ルーチェ』が居たからなのかもしれない。
「俺も、あいつも、昔のことなんてほとんど覚えちゃいない。だが、これは俺達の贖罪だ。どんな手段を使っても、たとえあの頃のルーチェが二度と戻らなくても。俺達はアイツを見守り続ける。君には、申し訳ない事をした。こんな話まで聞いてもらって」
「Het.(いいえ)。貴方のことは、生涯忘れないです」
「ありがとう、俺が言えた話ではないだろうが、君にも、エドワーズ君にも感謝している。アイツの家族になってくれたことに。俺達では出来なかった幸せを、アイツに分けてくれたんだから」
彼はそう言うと不器用に笑った。私は彼に、リチャードの記憶が回復しつつあることを告げようか迷ったが、ヘリが到着する。
「間もなく着陸する」
「ありがとう、メイソン。基地には我々が派遣した艦娘がすでに到着している。仲良くしてやってくれ」
ロジャーがヘリの操縦手に礼を言うとウラジオストク基地に降り立った。深海棲艦登場以降『棺桶』となった大型潜水艦が並んだ基地は、あまり整備されている様子はなかった。
ヘリから降りると、基地司令の男が私を出迎えた。親書を認めたのも彼らしい。手紙に書かれていた格調高い文章と一致した、貴族然とした男だった。
「コルチャーク将軍。お久しぶりです」
ロジャーが挨拶した。
「あぁ、よく来てくれた。毎度みすぼらしい基地ですまないな。超国家主義者共は海軍を軽視していた。艦娘研究も反革命分子として例外ではなかった。だが、これからは生まれ変わる。CIAの『同志』には感謝している」
どうやらコルチャークは政府に不満があるらしい。だが、これから生まれ変わるということは、中央で何か変化があったのかもしれない。彼は私達を司令部に案内した。
「あの娘達も歓迎会の準備をしているはずなんだが・・・おかしいな、静か過ぎる」
コルチャークはそんな言葉をつぶやきながら、司令部のドアを開けた。
パンパン
2発の乾いた銃声。コルチャークが倒れ、ロジャーが拳銃を抜くが、銃弾がロジャーの腕を撃ち抜いた。
「ロジャー!?」
「クソが・・・そういうことかよ・・・」
司令部の中からスーツを着たオッドアイの男が現れる。男は煙を上げている拳銃で、まだ息のあったロジャーの頭を撃ってとどめを刺した。私は武装兵に拘束された。オッドアイの男がつぶやく。
「牢に繋いでおけ。計画通りだ。C нами бог(神が共に在らん事を)」