「爆撃で基地はかなり混乱している。敵の深海棲艦は港のすぐ近くまで来ているようだ。どうやらマカロフは逃走手段を確保するためだけに基地を奪取したようだ」
おやじさんは拾った無線から分かる状況を伝えた。事前情報で例の音響兵器の波長は観測されていないことが判明していた。そうなると、マカロフは独自の手段で深海棲艦と繋がり、艦隊を引き込んで基地を生け贄にしようとしているというおやじさんの仮説が有力になる。春雨の件から、深海棲艦側が艦の材料として艦娘の身体を求めている事は明白だ。
「好都合だ、どさくさに紛れて基地に潜り込める。アルバコア、潜水艦チームは今何処にいる?」
「現在港付近に待機中。で、俺達はどいつを殺せばいい?」
アルバコアが指示を求めた。CIAの目標はマカロフの抹殺、リッチ達の目標はBерныйの保護だ。深海棲艦の攻撃が始まっているため、マカロフが既に艦娘を連れて逃走している可能性もある。ハミルトンはBерныйを見つける可能性を少しでも高めるために、戦力を分散させる決断をした。
「CIAチームは港湾周辺で敵の足止めとマカロフの捜索を頼む。基地はこちらで対処する」
「了解した。そろそろ降下しよう」
防空システムを避けるためにヘリが高度を下げる。いよいよだ本番だ。上空からは黒い煙があちこちで立ち上るのが見える。リッチはあの中のどこかにBерныйがいると思うと、銃を握る力が強くなった。港に近づくと、深海棲艦が入り口を塞いでるのが見えた。砲声が聞こえ、激しい砲撃戦が繰り広げられているのが解る。
「防波堤の上に誰かいる!」
見ると防波堤の上で誰かが深海棲艦と撃ちあっていた。ハミルトンは双眼鏡を取り出し、その様子を注意深く観察した。防波堤を盾によく持ちこたえているが不利だ。そのなか、先頭を切って戦っている少女に、ハミルトンは見覚えがあった。
「いた!Bерныйだ!」
その声に、56駆逐隊は安堵すると同時に、なぜ彼女がロシア軍として戦っているかという疑問が湧いてくる。その疑念をエディはすぐに払拭した。
「とにかく今は救出が先だよ!おやじさん、お願い!」
「任せてくれたまえ。突っ込むぞ」
おやじさんが機首を敵艦隊へ向ける。海上スレスレを飛行しながら、敵艦隊の背後へとアプローチする。
「じゃあ、幸運を」
アルバコアは飛行する機体からそのまま海に飛び込んだ。敵は港に目が向いてこちらに気づいていない。リッチはドアから身を乗り出して防波堤を狙うネ級に照準を定めた。
「攻撃!」
敵艦隊の背後から砲撃を打ち込み、そのまま頭上を通り過ぎる。振り返った敵のネ級の砲塔がえぐれた。突如の砲撃に敵艦隊は浮足立って足が止まり、Bерный達の砲撃の的になった。残りも無慈悲な潜水艦によって海に引き摺り込まれて二度と浮き上がることはなかった。
「降下するよ!深雪ちゃん、今度は落ちないでね」
「わかってるって」
ランペリング用のロープを投げ込まれリッチは真っ先に降下した。無事に降下すると、リチャードは防波堤を駆け上がってBерныйに抱きついた。
「Bерный・・・心配してた。もう逃がさない」
「姉妹・・・でも、私は・・・」
「家族の代わりにしてた上に逃げたことが後ろめたいなんて思ってるのか?」
背中から聞こえた声は深雪だった。図星だったのか目を丸くするBерныйに深雪が言った。
「血がなんだよ、記憶がどうだって言うんだよ!私達はもともと血のつながりなんてないし、船としての記憶だって、所詮植え付けられた紛い物かもしれない。でも、響と教官が一緒にいた事実は、絶対に嘘じゃないだろう?事情はわかんねぇけど、姉妹って呼び合ってたじゃないか!私も、教官も、響がいたから、今まで潰れずに頑張ってこれたんだ」
「深雪・・・でも」
「あぁもう、つべこべ言うなよ!」
深雪はBерныйを殴った。突然のことに周りは動揺する。
「ちょっ・・・深雪!」
「まだ足りないなら、私が実の姉として気が済むまでぶっ飛ばしてやる。私も響に何度もされたからな」
「あれは全部グーじゃなかったよ・・・でも、ありがとう。助けに来てくれて」
「へへっ、深雪様にかかればこれぐらい当然ってもんよ」
「ふふ、深雪が特型で良かった」
Bерныйに笑顔が戻る。それからリッチに改めて頭を下げた。
「心配をかけてすまなかった。こんな自分でも、もう一度君の姉妹でいさせてくれないか?」
「当然だ。一番は姉さんだけど、僕の僚艦は日本の艦では君以外に考えられない」
「君らしい言い方だ。ありがとう」
僕たちは再び姉妹の抱擁を交わす。エディはそれを見て、Bерныйに言った。
「ほら、私の言ったとおりでしょう?リッチの姉妹なら、私の妹だよ。だから、これからもよろしくね。Bерныйちゃん」
「あぁ!」
エディもまたBерныйと握手を交わす。駆逐隊の友情は取り戻された。リッチはすぐに撤退しようと司令官を呼び出す。
「司令官。Bерныйを保護した。怪我はない。回収を頼む」
《了解した。すぐに回収を・・・》
直後、重い轟音が鳴り響き、防波堤の灯台に当たって跡形もなく吹き飛ばした。港の外に目を向けると先程以上の数の敵艦隊、上空からは艦載機の轟音まで聞こえてくる。
《基地を爆撃した本体だ。連中、相当頭にきているらしいな。敵の空母を叩かないかぎり飛び立つのは困難だ》
おやじさんはそう言って機体を近くの平地に降ろした。敵は先程と同じく航空機と艦砲の援護を受けながら数のものを言わせて基地を蹂躙するつもりらしい。しかも、今回は戦艦が2隻もついている。防波堤はもはや役に立たない。事態を打開するには、敵本体を叩くしかないと考えたムルマンスクはBерныйに提案する。
「同志。ここは私達に任せて、敵本体を叩け。アルバコア、アンタならあの糞空母のケツを吹っ飛ばせるだろう?」
「あぁ、敵の気を反らせばこっちのもんだ」
「敵に一撃加えてすぐに逃げろ。なに、こっちには秘策がある・・・」
それがレズノフの言っていたことだとすぐに解ったが、Bерныйはレズノフを信用したわけではなかった。
「君達を置いてはいけない・・・策だって確実かわからないじゃないか」
「ガキを連れてったって足手まといになるだけだ。犠牲なくして、勝利は得られない!我々ロシア人は誰よりも知っている」
「その通りだ!」
背後から大声が聞こえて、全員が振り返る。すると、兵士と武器を満載したタグボートや魚雷艇が防波堤に接岸した。船内からメガホンを持ったレズノフが現れる。
「見上げた根性だな。ミスターレズノフ」
「女子供に戦場を任せるような奴は、ロシアの男ではない!我々が突破口を拓く!行くぞメイソン!」
「あぁ・・・止めても無駄なんだろうな」
兵士たちが持ち運んだ重火器を深海棲艦に放つ。レズノフは魚雷艇に乗り込んで深海棲艦に突っ込んでいった。
「なんて無茶な・・・」
「ほら、見てる暇があったらさっさと助けに行け!」
ムルマンスクがBерныйの肩を押した。リッチも続く。
「行こう!姉妹!決着を付けに!」
「あぁ、56駆逐隊!前進!」
Bерный達は敵を切り裂くように前進する。敵は防波堤からの攻撃に釘付けにされてこちらに対処できていない。通常兵器は一発一発の火力では深海棲艦に傷一つ与えられないが、統率の取れた多数の斉射には足を止めるものである。
《信念を捨てるな!我々は止まらない!我々は怯まない!自由を得るか、戦って死ぬかだ!撃て!》
レズノフの魚雷艇から魚雷が発射され、敵の水雷戦隊の旗艦と思しき軽巡に命中して爆散する。敵の陣形が一瞬崩れた。
「よし!今のうちに突破!」
レズノフと第56駆逐隊は敵の包囲を突破して、敵機動部隊本体へと接近する。護衛を攻撃にまわしていた機動部隊の防備は少なく、近接には弱い戦艦2隻と空母1隻に護衛が3隻という編成であった。
「戦艦はいい!空母を狙って!そうすれば基地への攻撃は止まる!」
「解った、姉さん。隊を分けよう。攻撃を分散しつつ、一斉射で確実に仕留める」
「うん!浦風ちゃん!付いて来て」
「了解!任しとき!」
2手に分かれ攻撃を開始する。一方、攻撃の要であるアルバコアはその間に背後から空母ヲ級の足元に忍び寄る。
(久々の大物だ・・・味あわせてもらうぜ)
確実に仕留めるために直接海に引きずり込もうと接近するが、敵艦が先に気づいた。
「っ・・・ソナー付きかよ!魚雷発射!」
慌てて魚雷を発射して離脱する。先程まで自分がいたところに爆雷が通りすぎて炸裂した。スクリューが軋み速力がいくらか低下した。
エディ達も魚雷を発射する。魚雷は戦艦や護衛のロ級に当たり足を止めさせたが、ヲ級を仕留めることは出来なかった。アルバコアは一旦浮上して無線を開く。
「しくじった。再攻撃をかけ・・・」
アルバコアが言いかけた時、無線に何者かが入りこんだ。
《その必要はない・・・》
メイソンやレズノフではないしっかりしたイギリス英語で、随分と歳をとっている感じだった。何者か問おうかとしたが、直後にレズノフから通信が入る。
《ご苦労だった諸君、策がなった。君達のヘリを呼んである。今すぐ海域から避難しろ!急げ!》
すぐにおやじさんのヘリが現れる。エディ達は着陸を援護しつつ引き上げる。アルバコアも撤収地点に向かうが、敵の爆雷攻撃がアルバコアを襲った。爆雷はアルバコアのすぐ近くで作動し操舵が損傷、傷口から血と油が海面へと浮き上がる。無我夢中になって浮上するも、敵は既に待ち構えて砲門を向けた。
「がはっ・・・くっそぉ」
速射砲で抵抗を試みるが、敵の攻撃は防げない。
《アルバコア!何をやってる!早く逃げろ!》
《燃料がもう持たない!これ以上は無理だ!》
《うるさい!離せ!おい!そんなつまんない死に方するな!まだ文句だって山ほどあるのに!》
無線からリッチの叫び声が聞こえる。その声が聞こえて、少しだけ気分が落ち着いた。
「へへっ、潜水艦なんかに心配かけやがって。俺だってもう人の記憶なんて残っちゃいないのに・・・でも」
最期に心配してくれて、嬉しかった・・・そう言い終わるより前に、ル級が主砲を向けた。もう力が入らない。諦めかけたその時、信じられないことが起きた。エディ達が進軍を始めたのだ。
「みんな頑張って!守り切るよ!」
エディの指揮でアルバコアを守るように取り囲みエディが肩を掴んで抱き上げる。
「どうして・・・俺の代わりなんていくらでも・・・」
「代わりなんていないよ!命を粗末にしないで。だって、あなたが居なくなったら、リッチが帰る場所がなくなっちゃう。そんなのお姉ちゃんが許しません!」
「・・・アンタがアイツの姉妹で本当によかった」
アルバコアは薄れ行く意識の中、静かに笑った。無事アルバコアを回収してヘリはすぐに飛び立つ。敵艦隊の砲火が執拗に追撃するが、直後空から一条の矢が海に突き刺さり、白い何かを空中に撒き散らしたかのように見えた直後、大きな爆発が敵艦隊を包んだ。遠くヘリまで伝わるほどの蒸気の熱風が起こり、ヘリが大きく揺れる。
「きゃあ!核爆発!?」
「いや違う。あれは・・・気化爆弾。しかし、熱量が桁外れだ」
ハミルトンの観測に、おやじさんは静かに答えた。
「あれこそ祖国が発明した新型爆弾。あいかわらず、こんな物づくりをしてるんだね。彼らは・・・」
「彼ら?」
その質問におやじさんが応えることはなかった。機体の燃料がもう限界に来ていたからである。
「燃料がもう僅かだ。『わかさ』にはもう帰れまい」
「浦風にお姫様抱っこしてもらえるなら、願ったりかなったりさ」
「あー、司令官さんには泳いで帰ってもらうわ」
ハミルトンは浦風と冗談をいうがそれで燃料が増えるわけでもない。助け船を出したのは、なんとレズノフであった。
《君達のおかげで祖国を守ることが出来た。燃料が足りないならこちらに来てくれ給え。連れて帰って欲しい連中もいる。せめてもの恩返しをさせてくれ》
「・・・ご厚意に甘えさせてもらおう。一応、武器は準備しておきたまえ」
おやじさんはそれだけ忠告すると、機首をウラジオストクへと向けた。