喝采の中で咲く   作:蒼月柊

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というわけで戻ってきました!
また、よろしくお願いいたします!


プロローグ

 桜が散る季節になった。夢を終えたウマ娘たちが学園を去り、夢を抱くウマ娘たちが学園に来る季節だった。

 

 理事長室から正門をうかがっていた駿川たづなは、一通の白封筒を秋川やよいに手渡す。

 

「以前、トレーナーを務めていた者からです」

 

 やよいは封筒を裏返して送り手を確認した。こわばっていた表情が柔らかいものに変わる。

 

「そうか、確か新入生に娘がいたな」

 

 憂いが残る表情のたづなとは対照的に、やよいは落ち着いた様子だった。

 

「本当に、お認めになるのですか?」

 

「当然だ。夢持つウマ娘たちを支える場所が我がトレセン学園なのだから。たとえ、過去に縁を切ってしまった者に関わりがあるウマ娘だろうと、それを理由に不合格にはしない」

 

 封筒から一枚の便箋を取り出す。梅が香った。

 

「それに、彼が決して不誠実というわけでもない。途中でウマ娘たちの契約を解除してしまった点は残念ではあるが、それでもできる限り誠実であろうとしていた。彼女らが夢を叶えられるように、用意できる点は用意して引き継がれている」

 

「しかし」

 

「たづなが憂慮している点は理解している。今でも、彼を敵視しているトレーナーはいるだろう。それでも、あれから二十年*1が経ったのだ。問題は起こらないと信じている」

 

 便箋に綴られた文を一読し、やよいは封筒にしまう。

 

「小説家になった彼は十六年前の作品から作風を変えた。じゃっかん理想主義に傾いたようだが、それでも未来に希望を見出したのだろう。夢へ向かっていく命を励ますようになった」

 

「その結果、多くのウマ娘やトレーナー志望者が我が学園の門を叩くようになったのは事実ですが……」

 

 深く椅子にかけ直してやよいはたづなを見つめる。

 

「彼は彼女と一緒に幸福をつかむことができたのだろうか」

 

 その問いにたづなは答えることができなかった。無言のままのたづなを見据え、やよいは続けた。

 

「彼と彼女は間違いなく、生きることが苦しくなってしまうほどに不器用だった。いや、二人だけではなく、今の世に生きる命たちは過敏に苦痛を得ているのだろう。ゆえに、夢を背負うレースに希望を見出している」

 

 やよいは言葉を切り、窓から正門の桜を眺めた。

 

「見たまえ、たづな。今年も希望にあふれた季節がやってくる。一年で最もワクワクする季節だ」

 

 花びらが風に吹かれて地面からかすかに浮き上がる。その様子を見てやよいは笑った。

 

「もはや彼らはレースのファンでしかない。ならば、彼らの娘は夢を追うただの、無垢なウマ娘であり、そんなウマ娘を我が学園が歓迎しないわけがないのだよ」

 

 やよいは小さく拳を握り、もう一度、今度は見ている花びらに想いをこめるように穏やかながらも強くつぶやく。

 

「もう誰も不幸にはしない」

 

 やよいの様子に、たづなは心配そうに目を伏せることしかできなかった。

 

     *

 

 赤朽葉色の空と黒い影の中で灯る一部屋に、二人のトレーナーが向かい合って座っていた。

 

「いよいよお前も独り立ちをしないとな」

 

 大柄な白髪混じりの男トレーナーは、何か言いたげな気弱そうな猫背の男トレーナーに苦笑する。

 

「確かに重賞で入着こそすれど勝ったことがないだろう。しかし、お前さんが俺の下についた二年間、たとえ最初の夢を叶えることができなかったとしても、お前さんと話をしたウマ娘たちはなんの後悔もせずに次の夢へ進むことができた。それこそが大事なんじゃないのか?」

 

 困ったようにモゴモゴと口を動かす猫背のトレーナーを先輩トレーナーはじっくり待つ。そして、聞こえた小さな声に耳を傾けた。

 

「そ、それでも、僕は彼女たちの夢を叶えてあげることができませんでした。そんな自分が独り立ちだなんて」

 

 先輩トレーナーは頭をかきながら、静かに息を吐いた。

 

「まったく、どうして俺の後輩は面倒な考えばっかのやつなんだか。厳しいことを言うようだが、お前はそろそろ責任を負うべきだ。自信を持てとはもう言わねえが、お前はトレーナーなんだろ? なら、しっかりウマ娘たちに向き合うことができれば自ずとすべきことは見えてくる。トレーニングの内容に不安があるのなら、担当するウマ娘たちと相談しろ。今までお前がやってきたことと同じようにな」

 

 強い眼差しと一緒に送られた言葉に、猫背のトレーナーはぎこちなくうなずく。

 

「わかりました」

 

 その言葉に、先輩トレーナーは笑顔でうなずき、用意していた瓶を猫背のトレーナー側に置かれたコップに傾ける。炭酸の浮かんでくる音と一緒に黄色いものが注がれた。

 

「炭酸のオレンジジュースだ。酒が飲めないのは知っているが、せめて音だけでも一緒に楽しもうや」

 

「お、お気遣い、ありがとうございます」

 

 二人のコップはガラスがぶつかる甲高い小さな音を響かせて、それぞれの口に運ばれる。

 

 先輩トレーナーのまさにかっくらうという言葉が似合う飲みっぷりとは対象的に猫背のトレーナーはちびちびと飲んでいた。

 

 そして、瓶の中身がなくなると、先輩トレーナーは立ち上がる。

 

「これで俺は引退だが、相談にはいつでも乗るからよ。……頑張れよ」

 

 その言葉を残して、部屋から出ていく先輩トレーナーに猫背のトレーナーは頭を下げて、見送った。

 

     *

 

 どこまでも続きそうな青色の下で、一人のウマ娘は人間の男とウマ娘の二人に見送られていた。

 

「それじゃ、行ってきます!」

 

 黒い髪に朝の日射しが当たると、かすかに茶色に見える、そのウマ娘は笑顔で精一杯に手を振る。

 

 その様子を男はできる限り自然に繕った笑顔で見送る。その隣に立つウマ娘は慈愛に満ちた瞳で娘を見つめていた。

 

「頑張れ」

 

 小さな、それでも娘は十分に伝わったようで、娘は大きくうなずく。

 

「お父さんも、お母さんも、きっと笑顔になれるようなスターウマ娘になってくるよ!」

 

 その言葉を最後に、娘は二度と振り向かなかった。しかし、娘の姿が見えなくなるまで、男とそばに立つウマ娘は見送り続けた。

 

「大丈夫だろうか?」

 

「きっと大丈夫だよ」

 

 不安そうな男に、ウマ娘は優しく微笑む。

 

「あなたに似て頭もいいし、きっとみんなに愛されるようになるよ」

 

「それでも俺がしてしまったことはあの子にとって障害になりはしないだろうか」

 

 男の言葉にウマ娘は困ったように笑う。男はすぐに気づき、謝った。

 

「すまない」

 

「ううん。気にしないで」

 

 言葉をつぐんでしまった男のせいで、ウマ娘も無言になる。

 

 そして、いつ間にか男が見上げていた空は、やはりどこに空という実体があるのかわからなくなるほどに、青かった。

*1
十七年とありましたが、前作を読み直して再計算したら二十年でした。ムーンアプローズの両親の結婚五年目にムーンアプローズが生まれました。

時系列としては、

・結婚三年目の春に子どもを授かる決心

・翌年、子どもを授かっていることが判明

・さらに翌年、ムーンアプローズを出産

という感じです。作者の計算ミスで訂正することになり、申し訳ございません。




⭐︎作者のひみつ
前作『ブルーローズをそばにおく』を完結させてからも読み漁っていたウマ娘の二次創作に触発されて、勢いで書き始めた模様。ウラライスは尊いし、なんであんなに熱い物語が書けるのか、正直ちょっと嫉妬した。
作品名は流石に許可とかとっていないのでお出しできませんが、本当に面白いので察して読んでほしい。
当作品も、負けず劣らず皆さまに感動してもらえるように頑張りますね!

というわけでまた頑張りますので、何卒よろしくお願いいたします!
次回分はまだ書いていないのでいつになるかわかりませんが、書き上がり次第投稿します(一週間に一話は更新していきたい所存)

あ、今回はヤンデレはないです。
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