喝采の中で咲く   作:蒼月柊

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02. 私の夢

 ダービーと叫びながら走るウマ娘を見た次の日、ムーンアプローズは初めてのトレーニング授業を受ける。

 

 まだ仲のよい友人グループが作り切れていない中、クラスメイトたちはそれぞれのペースでグラウンドに集合していた。昨日のウマ娘もいたが、ムーンアプローズが話しかける間もなく、グラウンドへ走っていった。

 

 最初のトレーニング授業は、教官の自己紹介と授業の目的、好きな距離でのタイム測定を行うようだった。

 

 どうやらトレーニングやレースの座学の授業のほかに、トレーナーが着くまではこの教官が放課後のトレーニングを見てくれるらしい。といっても、内容は基礎体力の向上がメインで、ずっと見守ってくれるわけではない。

 

 ただ、ムーンアプローズは基礎となった父親の尽力に想いを馳せているのか、表情が緩んでいた。

 

「それではタイム測定を行います」

 

「二四〇〇メートル走ってもいいですか?」

 

 教官は発言したウマ娘に視線を向けた。ムーンアプローズも声の主を見る。

 

「君は……ウイニングチケットさん」

 

「ウイニングチケットです! ダービーウマ娘を目指しています!」

 

 芝色の耳飾りをつけた昨日のウマ娘であるウイニングチケットは、一点の曇りもない笑顔で宣言した。

 

 教官は少し引き気味だったが、許可を出す。

 

「他に走りたい人は?」

 

「はい」

 

「私もお願いします」

 

 周りと比べても小柄なウマ娘とメガネをかけたウマ娘が手を挙げる。

 

「ナリタタイシンさんとビワハヤヒデさん。他はいますか?」

 

 ムーンアプローズも手を挙げようとするが、やめる。父親とのトレーニングで何度も走った距離だが、あの三人に勝とうとすれば放課後のトレーニングに支障が出てしまうだろう。

 

 それだけ三人にはムーンアプローズが目をそらすことができない熱情があった。

 

 けっきょくどうにか三人が息絶え絶えながらも走り切った様子を見ながら、ムーンアプローズは一二〇〇メートルを走る準備を整える。

 

 母親はトレーナーがいなかった頃、一人でスパートの距離を伸ばそうと長い距離を全力で走っていた。その話を思い出して、ムーンアプローズは今日のタイム測定を放課後のトレーニングに支障が出ない程度に全力で走ることに決めた。

 

 念入りにウォーミングアップを行い、一緒に走るウマ娘たちと雑談を交わして、スタートラインに立つ。

 

 教官の掛け声とピストルの合図で、ムーンアプローズは二番手から距離を離していく。もう後ろから音が聞こえないほどの距離が開いた時、心臓と肺が弾けてしまいそうな苦しみに表情が歪みそうになるのを笑顔でどうにかこらえながら、ムーンアプローズは一分七秒を走り切った。

 

 今にも足を止めてしまいたくなるが、どうにか減速して止まる頃には息も整える。

 

「どうですか?」

 

 その言葉に、教官はようやく口を開いた。

 

「……間違いなく、今までで一番速いタイムです」

 

 その言葉に、ムーンアプローズは内心ガッツポーズをしていたが、笑顔のまま「よかったです」とだけ言い、元の列に戻った。

 

 声をかけてくるクラスメイトたちにできる限り丁寧に応えていると、ウイニングチケットが大声をあげながら近寄ってくる。

 

「すごいね! 君!」

 

「ありがとう」

 

「一二〇〇メートルを全力で駆け抜けるなんて、どんなトレーニングをしたの?」

 

「お父さんがトレーナーだったから、小学生の時から少しずつ伸ばしてきただけだよ」

 

「そんな小さい頃から頑張ってきたんだね!」

 

「失礼。君のお父さんはどなたを担当していたんだ?」

 

 今にも泣きそうなウイニングチケットの横から、今度はビワハヤヒデが話しかけてくる。

 

「私のお母さん。ライスシャワーだよ」

 

「……ライスシャワー先輩か」

 

 何かを感じ取ったのか、その想いを刻みこむようにビワハヤヒデは反芻した。

 

「確か、ダービーだとミホノブルボン先輩の二着だったよね。あのレースも熱かったなあ」

 

「ミホノブルボン先輩といえば、確か先輩のお父さんもトレーナーだったな。まさか、ライバルの子が似た境遇になるとはミホノブルボン先輩も予想しなかったに違いない」

 

 静かに笑うビワハヤヒデを見上げる形となったムーンアプローズは笑顔でうなずく。

 

「ねえねえ、君もダービーに挑戦するの?」

 

 割って入ったウイニングチケットは目を輝かせていた。目を奪われた相手に認知されているという状況に、ムーンアプローズは胸を躍らせる。それでも、首を横に振った。

 

「私はクラシックレースに挑戦しないよ」

 

 その言葉に、ウイニングチケットとビワハヤヒデ、近くにいたナリタタイシンは三者三様の反応をした。

 

「え、うそ! もったいないよ!」

 

 本気で驚くウイニングチケットに苦笑していると、ナリタタイシンに胸ぐらを掴まれる。

 

「アンタ、バカにしているの」

 

「落ち着けタイシン。理由も聞かずに判断するのは早い」

 

 それでも離さないナリタタイシンにも困ったように笑ったまま、ムーンアプローズは理由を説明する。

 

「私の夢を叶えるためなんだよ。ジュニア級の一年だけじゃ足らないんだ。クラシック級まで費やしても足りるかわからない」

 

「……その夢というのは」

 

「身近な存在としての私を見てくれている人たちに私が走るレースで希望を与えること、だよ。そのためには誰もが無理だという記録を達成したいんだ。シニア中長距離六冠というまだ誰も成したことがない大記録を」

 

 その言葉をふり絞ると、ウイニングチケット、ビワハヤヒデ、ナリタタイシンは言葉を失う。その三人はムーンアプローズの笑う瞳の奥に燃える()を見た。

 

 いつの間にかナリタタイシンの手は力を失っている。ムーンアプローズはゆっくり胸ぐらからナリタタイシンの手を離し、その手を両手で包みこんだ。

 

「だから、別にバカにしているとかじゃないんだよ。クラシックレースという偉大なレースを全力で走った上で私の夢を達成できるほど、私たちのレースは甘くない。完璧なウマ娘に完璧なトレーナーが完璧な調整を施してもクラシックとシニア全勝はできないんだから、私の才能程度じゃシニア中長距離六冠を最初から目指して調整しないと達成できっこない」

 

 笑いながら言うムーンアプローズに、ビワハヤヒデが「……シニアの中長距離六冠を目指す君が、才能はないって言うのか?」と冷静にツッコんだ。

 

「そこはお父さんのおかげっていうことだよ」

 

 ナリタタイシンの手を離して、ムーンアプローズはウインクをする。そして、静かな笑みに戻し言葉を続けた。

 

「きっと想いが強い方が最後に勝つんだ。だから今のままの私がウイニングチケットのような子にダービーで勝てるとは言えないし、他のレースでも勝てるとは言えない。なら、私は私の一番の夢に向かって頑張って、夢を叶えるために無理なく必要なレースを勝つしかない。クラシックレースは間違いなく無理が必要になるから出ないってだけ、ってことで納得してもらえないかな」

 

 少し気まずそうに、ナリタタイシンはうなずく。そして、小さな声で「ごめん」と謝った。

 

「ううん。私の方が大多数じゃないしね。思わず怒るほどに想いが強いんだって、応援したくなる。もちろん、シニア級のレースで一緒に走るときは全力で私が勝ちにいくけど」

 

「シニアでも負けないし」

 

「ふむ、ということは同期最強を決めるのはシニア級で、になりそうだな」

 

 ビワハヤヒデの言葉に、ムーンアプローズは困ったように笑い、謝る。

 

「夢のためというのなら仕方がないさ。私たちの誰もが夢のために走るのだから」

 

「ありがとう」

 

「がんどーじだ!」

 

 突然のウイニングチケットの叫びに、ムーンアプローズは目を丸くする。視線の先のウイニングチケットは大粒の涙を流していた。

 

「アダジも負げないがら!」

 

 泣きながらの宣告に、ムーンアプローズは苦笑する。

 

「頑張るぞ!」

 

 腕を天に伸ばすウイニングチケットはムーンアプローズ、ビワハヤヒデ、ナリタタイシンを見回して、もう一度拳を突き上げる。

 

「ほーら、みんなも! 頑張るぞ!」

 

「おー!」

 

 ウイニングチケットの元気に押されて、ムーンアプローズは割とノリノリに、ビワハヤヒデはやれやれと仕方がなさそうに、ナリタタイシンは本当に嫌そうながらも小さく、三人は拳を天へ近づけるのだった。




ちょっとタイシンの性格を過激にしてしまったかなと、ビクビクしながら投稿します。
はい、一週間が過ぎてしまいましたね。ごめんなさい。

現実の93世代の頃だと、古馬中長距離G1は天皇賞(春)・宝塚記念・天皇賞(秋)・ジャパンカップ・有馬記念しかなかったようですが、当作品ではアプリ ウマ娘プリティーダービーの世界と同じくすでに大阪杯がG1に昇格している設定です。

というわけで、補足は以上です。
今回もお読みいただきありがとうございます。
どうか、これからもよろしくお願いいたします。
それでは。
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