朝焼けの出発
「本当に行ってしまうの?」
「ええ、決めたことですから」
鮮やかな朝焼けが差し込む書斎に二つの影。
帽子を被った苦虫を嚙み潰したような表情の老婆とまだ幼さが残るどこか晴れやかな表情の少年が向かい合っていた。
「せめて彼女たちに挨拶をしたら?」
「いえ……あの子達も、俺なんかと会いたくないでしょう」
老婆は引き止めたいのだろう、声が少し責めるように聞こえる。
その声に臆することなくきっぱりと断る。しかしそう言う少年はどこか寂し気だった。
「そんなことありませんよ」
「……」
またも強い口調。しかしその声には絶対の自信があった。決して嫌いになんてなっていない。そう断定するような言葉。
だが少年はまっすぐに老婆の目を見つめ、ゆっくりと首を振る。
「はぁ……わかりました。貴方を勘当します。これ以降、当家に戻るまではメジロを名乗ることを禁じます。母方の姓を名乗りなさい」
「わかりました」
老婆は少年の決意の固さに説得は無理だろうと察した。いや元々分かっていたのかもしれない。
しかし、はいそうですかと簡単に送り出すにはいかない。
メジロ家を背負ってきた女傑。内心の苦しみを見せず当主としての厳格さを感じさせる声色。
「いつでも戻ってらっしゃい。貴方を拒む門はありません」
「ありがとうございます。しかし彼女たちが許さないでしょう」
それでも最後は表情を柔らげ少年に言い聞かせる。貴方を拒否しているわけではないと伝えたかった。
それを受け少年も柔らかく微笑む。その表情はやはり少し自嘲的だった。
「それではおさらばです。お婆様」
「しばしの別れと信じていますよ」
しばらく沈黙が続いたが、少年がそういうと深く一礼をし部屋を出ようと振り返る。
そんな少年の背に老婆は自らに言い聞かせるように言葉を投げかける。
「じゃあね、ばあちゃん。愛してるよ」
「ええ、私も愛していますよ」
それを聞くと少年は曇りのない笑顔をして振り向かず扉を閉めた。
少年がその豪邸から出る足取りは軽やかだった。
「……はぁ、あの子たちになんて説明すればいいの? ……胃が痛い」
「おぉ! 婆さん! 今日もいい野菜が取れたぞ! ……大丈夫か?」
少年が出て行った扉を見つめキリキリと痛む胃を押さえ溜息を一つ。
そんな部屋に土で汚れた作業着を身に纏う矍鑠とした老人が入ってくる。
「あなた……あの子が出て行ってしまったわ……決意は固いみたい」
「ふーん。まぁ大丈夫だろ。あいつが望むと望まざるに拘わらず、いつか必ず戻ってくる」
疲れたように言う老婆。
しかし老人は特に気負うでもなく絶対の自信を持って言い放つ。
「……何故そこまで言い切れるのですか? それに心配もして無いようですけれど」
「アイツが
老人はニヤリと笑った。その笑顔は悪童の様であった。
「そう……先代の貴方が言うならそうなのでしょうね……」
老婆は少し安心したようにポツリと呟いた。
聞いていたのは伴侶たる老人だけだった。
老人が窓を見ると、先ほどまでの晴れ間が嘘のように、今にも雨が降り出しそうな暗く重い雲が広がっていた。
文才が欲しい…