立派な門扉が眼前に聳え立つ。
歴史を感じさせる純和風の佇まい。
昔はそんな事は思いもしなかったが罪悪感のせいか一種の威圧感を感じる。
心持ち一つでこうまで感じ方が違う。
想い一つでこうまで世界は色を変える。
……カッコつけているが、ただビビッているだけだ。
うん! やっぱり今日は止めよう!
「人の家の前で百面相して帰るつもりか?」
「……師範。ご無沙汰しております」
「ああ。サッサと入れバ鹿弟子」
「……はい」
いつの間にか後ろを取られ師範に招き入れられた。
彼岸花が咲く庭園を超え道場へ向かって歩く。
小さい頃はこの庭園を通る時はワクワクしていたんだけどなぁ……
フフ……足が震えるぜ!
もう高齢だが貫禄ある高潔な雰囲気で年を感じさせない。
体は小柄ながら圧を感じさせ実際よりも大きく感じる。
その人が道場の神棚の前に正座をしてお茶を啜っている。
師範がお茶を啜る音だけが道場に響き渡る。
……気まずい……気まず過ぎる!
なんて言えばいいんだよ……!
あれだけ良くしてくれたのに勝手に傷ついて勝手に失望して背を向けて逃げた。
ごめんなさい? 夢を果たしました? お元気そうで何よりです?
どの口が言う。
俺がした事は俺を受け入れてくれた師範に後ろ足で砂をかけたも同然。
本当なら合わす顔も無いのに黒沼さんに言われたからといっておめおめと来てしまった。
やっぱり帰ろう。
これ以上師範に無駄な時間を使わせる訳にはいかない。
「すまなかったな」
「……え?」
「ワシの言葉がお前を傷つけた。もっと言い方があったろうに慕ってくれるお前に甘えてキツイ物言いになってしまった。本当に申し訳ない」
師範が俺に向かい頭を下げた。
……? 何で師範が俺に謝ってんの?
師範を裏切ったのは俺なのに。
「頭を上げてください! 謝るべきは俺です!」
「いいや、お前の大人びた雰囲気で見誤ったが本来お前はまだ子供だった。いい年した大人が子供に対して、行う事ではない」
「そんな事ありません! 俺がガキだったから師範の御言葉の真意が分からなくて拗ねて癇癪を起しただけです!」
師範は顔を上げジッと俺の目を見る。
そうだ、そもそもからして俺の動機自体が合気道の精神に喧嘩を売っていたんだ。
それを受け入れてくれただけでも恩があるのに助言までしてくれたのに……
「お前は本当に自分に対して厳しすぎる」
「……性分ですので」
「そうやってなんでも自分のせいにして傷つく者もいる事を忘れるな。時にはしっかりと相手に行いを見つめさせる事も大事だ。それが良きにしろ悪きにしろな」
「……返す言葉も御座いません」
「また説教臭くなってしまったな。すまない」
「いえ、金言有難く」
本当に凄い人だ。
こんな若造の俺にもしっかり謝って自らの否を認める。
拗ねて裏切ったクソガキの俺にまた温かく叱ってくれる。
本当に……本当に大きな人だ。
「黒沼に聞いた。本懐を遂げたそうだな」
「はい」
「合気の者としては言う事はない。ただワシ個人として言おう。おめでとう」
「……ありがとうございます」
声が震えた。
目の前の師範の顔が涙で歪む。
また一つ俺の心の中で傷が癒えた気がした。
「終わった後に気づきました。力ではないという事が」
「ああ」
「終わった後に分かりました。師範の言っている意味が」
「そうか」
「終わった後に思い出しました。俺の最初の願いを」
「なによりだ」
いつも俺は後悔ばかりだ。
後悔なき人生などないだろう。
だがそれでも俺には後悔が多すぎる。
「遅くなりました。貴方のおかげで俺は大願を成就できました。本当にありがとうございます」
「ワシの方こそありがとう。お前を弟子に出来た事を誇りに思う」
それでも俺の人生は恵まれている。
師範もまた気が付かなかった救いの欠片だ。
いつもいつも俺は気が付くのが遅い。
「黒沼さんにお礼を言わなきゃいけませんね。あの人と会わなければこうしてまた師範とお話出来ていませんでした」
「そうか。ワシからも礼を言っておこう。彼奴もトレーナー業が忙しいだろうに」
「……黒沼さんはトレーナーなのですか?」
嘘やん? 絶対年頃のウマ娘が泣く風貌じゃん。
え? マジで?
「……? 何を言っておる。お前にあれやこれやと教え込んでいたのは、ほぼ中央でトレーナーを生業にしている者達だぞ?」
「……え?」
……なるほど。
だから走り方に詳しかったのか。
そりゃ筋トレやら応急処置やら色々知ってるわ。
だから何故か歌や踊りも仕込まれたのか……
というよりも、ウマ娘に勝ちたいって言う身の程知らずのガキによく色々教えてくれたな!
「気が付いておらんかったのか……」
「恥ずかしながら……」
「そうか……」
あ、師範が呆れてる。
マジで恥ずかしい……穴があったら入りたい!
「あー……トレーナーが多い理由は分かるか?」
俺が恥ずかしがっているのを察して師範が話題を変えてくれる。
サンキュー師範!
「ウマ娘を変質者から守る為ですか?」
「それもある。だが多くはウマ娘が思春期で暴走した場合に制圧出来る可能性が残るように学ぶ事を推奨されている」
「あーなるほど」
実際、力じゃ勝てないから無理矢理って事も出来るもんな。
まぁウマ娘と特に深い関わり合いがない今の俺には関係ない話だが。
ゴールドシップ?
アイツは……まぁうん。
思春期とかじゃなく、いつも暴走気味だったわ。
「ふむ……お前、既に為したな?」
「ええ、夢を果たした日の夜に少し……」
「そうか。力ではなかっただろう?」
「はい。最低限の力で十分なのですね。終わってから気付く我が身の不明を恥じるばかりです」
「謙遜はよい、そこに至る者はそう多くない。しかしそうか……」
「……? どうかされましたか?」
師範は何処か遠くを見るように視線を外す。
何かを噛みしめるように。
「いや、お前の才能に嫉妬しただけだ。ワシがそこに至ったのは30半ばだった」
「俺が師範に勝るなど……恐れ多い」
「やはりお前は才がある。流石は私の愛弟子だ」
「俺にはもったいない御言葉です」
「ふん、抜かせ。顔がニヤついておるぞ?」
そりゃ師範にそんな事言われたら嬉しいし? ニヤつきもしますわ。
「まぁ頑丈さと観の目はお前以上の異才がいたがな」
「上げて落とさないで頂きたい。その方もトレーナーですか?」
「あぁ、さわりだけ学んでもう辞めているがな。ウマ娘のトモを撫で回す変態であったが」
「……自殺志願者ですか?」
「ウマ娘の後ろ蹴りを顔面に受けて痛いで済む頑丈さだ」
「バケモノじゃねぇか」
思わず敬語が忘れてしまった。
師範に対して失礼過ぎるだろ俺。
口調しっかり!
「大変失礼いたしました」
「いや、いい。本人はトモを見て撫でれば体重や体調、才能までも分かると言っていたが」
「やっぱりバケモノじゃねぇか」
撫でれば分かるってお前! なんだその変態!
何なの中央トレセン学園! どんな魔境だよ!
妹分達は大丈夫なの!? 心配する資格無いけどめっちゃ心配!
ごめんね妹分達!目の前には現れないから安心して!でも心配はさせてね!
その後、師範と色々話をした。
心のつっかえが取れ師範とまた昔の様に話せるのが楽しく遅くなってしまった。
「また来い。待っている」
「ええ、また来ます。今度は師範の好きな芋羊羹をお土産に」
「ああ、いい茶葉を用意して待っている」
あんなに威圧感を感じた門扉が俺を受け入れてくれている様に感じた。
我ながら現金だとは思う。
だが心の持ちようでこうまで変わるのが少し面白かった。
彼岸花が風に揺れた。
まるで俺に“またね”と手を振っているかのように。
それがなんだか堪らなく嬉しかった。
なんちゃってファンタジー合気道です。