メジロ家の愛のターフのバ場事情   作:ボブソン888

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Rain

 あたし、メジロライアンは昔から赤面症ですぐに顔が赤くなった。

 特にお兄さんといると紅潮した顔が収まらなかった。

 恥ずかしかったけど貴方はそれを可愛いと言ってくれた。

 他の人にはある程度慣れ、赤面しなくて済むようになったのに貴方にだけは赤面してしまう。

 それが堪らなく恥ずかしかったけど貴方は“なら俺だけ特別だね”と温かく微笑んでくれた。

 あんなに治したい癖だったのにあたしはそれでいいか、と受け入れた。

 だって本当に貴方はあたしにとっての特別だったから。

 

 貴方は太陽の様な人。

 太陽(貴方)の周りをクルリクルリと惑星(あたし達)が回ってる。

 そして皆に等しく優しく暖かく照らしてくれるのだ。

 きっとその(優しさ)があたしは顔を赤くしてくれている。

 だからあたしの心の中にも()が宿った。

 

 お兄さんが体を鍛え始めてあたしは近くに居たくてメジロ家のトレーニングジムに着いて行った。

 本当は興味はなかったけれど、貴方と一緒に居たくて嘘をついた。

 貴方は重そうなバーベルを肩に担いでゆっくりとスクワットをする。

 あたしもその後に真似して同じバーベルを担いでゆっくりとスクワットをする。

 貴方はベンチに寝そべりゆっくりとベンチプレスをする。

 あたしもその後に真似して同じバーベルでゆっくりとベンチプレスをする。

 貴方はバーベルをゆっくりと持ち上げデッドリフトをする。

 あたしもその後に真似して同じバーベルでゆっくりとデッドリフトをする。

 

 お兄さんと同じ事が出来て嬉しかった。

 貴方に近づけた様な気がして。

 あたしはきっとキラキラとした笑顔をして貴方に出来た事を報告した。

 貴方は温かな微笑であたしを褒めて撫でてくれた。

 汗をかいていたから、ちょっぴり恥ずかしかったけれど、貴方の手の魔力に逆らえなかった。

 

 筋トレに興味があると嘘をついたあたしにメニューや注意点を書き込んだリストを作ってくれた。

 全く色気のないモノなのにあたしはお兄さんとの絆に感じて大事に抱え込んだ。

 

 貴方がジムに行く度にあたしも着いて行った。

 だって一緒に居たいから。

 貴方がトレーニングする度にあたしもトレーニングをした。

 だって貴方に褒められたいから。

 貴方が終わるまでトレーニングに付き合った。

 だって貴方の撫でてくれる手に魅了され心奪われていたから。

 いつしかお兄さんがいなくてもトレーニングをするようになった。

 だって貴方にあたしが成長した姿を見せたかったから。

 

 それはあの酷暑の駆けっこまで続いた。

 メジロ家のウマ娘の誰もが倒れているターフにあたしも横たわったのに貴方は走り続けていた。

 貴方はやっぱり太陽の様な人だった。

 優しく温かな太陽だと思っていたけれど……本当の貴方は残酷なまで熱く燃え盛る灼熱の太陽。

 いや、きっとどちらも本当の貴方だ。

 残酷に燃え盛らせたのは……幼く残酷なあたし達だ。

 貴方が走るその顔は何処か泣いているようだった。

 あたしの意識が途絶えるまで貴方の泣いているような顔から眼を離せなかった。

 

 そして(あたしの心)太陽(お兄さん)を失って雨が降り出した。

 

 

 それまでの人生でお兄さんがいなくなる事なんて考えもしなかった。

 きっとずっとあたし達と一緒にいてくれると思っていた。

 それが傲慢な考えだったと、その時まで考えもしていなかった。

 貴方が居なくなったその時からあたしの心の中にシトシトと雨が降り始めていた。

 激しくでは決してない。

 シトシトと降り続ける雨は豪雨よりも質が悪い。

 豪雨なら心という器をすぐに満たして壊れてしまえたのに、逃げ場のない喪失感という雨に晒され続けるのだから。

 貴方という春の麗らかな太陽の如き温かさを失って、絶え間なく降り続ける止まない雨に病みながら……

 唯々あたしは貴方が褒めてくれた筋トレを頑なに続けた。

 そこがあたしと貴方を繋ぐ絆だと思ったから。

 あたしの心の支えとするために筋肉という鎧を纏って弱く脆くて柔らかい心を守ろうとしていた。

 

 

「凄い頑張ってるね! でもオーバーワーク気味だからそろそろ切り上げよ?」

「あ、トレーナーさん……、わかりました。今日はあと3セット終えたら上がります」

「うん、わかってないね。現状でもうオーバーワーク気味なんだからこのセットで終わりです」

「……でもあたしにできるのはこのくらいですから……」

「毎年この時期になるとこんな感じね……」

「すみません……」

「どうせ詳しくは話してくれないんでしょ?」

「……すみません」

「怒ってるわけじゃないのよ。貴女に傷ついてほしくないの。それはわかってくれる?」

「それはもちろん! ……トレーナーさんに心配かけちゃってごめんなさい」

「いいのよ。それが仕事みたいなもんだし。でもねライアン、あたしは貴女の力になりたいって思っている事だけは覚えておいて」

「はい! ありがとうございます!」

「ライアンはレース成績もいいし、直近のレースも無いからしっかり休みましょう」

「……分かりました」

「じゃぁ今日はおしまいね」

「やっぱりあと一セッ「いいわね?」……はい」

 

 筋トレはいい。

 あたしにはそれが必要だ。

 だってやっている時は思考しなくてすむから……

 シャワーで汗を流していると後悔が滲み出る。

 シャワーの音が雨の音に聞こえる。

 雨音があたしを苛む。

 

「本当にあたしはダメだなぁ……。トレーナーさんにも迷惑かけて何やってるんだろう……ハハハ」

 

 貴方に謝ろうと思っても恐怖に震え行動に移せない。

 お婆様に止められなくてもきっとあたしは貴方に謝る事は出来なかった。

 だって決定的な拒絶が怖いから。

 だからあたしはそんな臆病者のあたしが堪らなく嫌いだ。

 

 ただ許されるのならば優しい太陽の様な貴方の笑顔をもう一度だけ見たい。




小雨が降っていますが、バ場は稍重の発表です。
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