皆さんのおかげです。本当にありがとうございます!
俺はたづなさんを差し飲みに誘った。
相談があると誘った俺は、たづなさんのおすすめの“ビックソング”と言うbarに誘われた。
なんでも中央の有名トレーナーも使うbarだとか。
流石は高給取りと言われるトレーナーも使うbar。
バーテンダーさんも、若いのにカクテルを作る手つきはスムーズで淀みはない。
「お待たせしました。マティーニとマンハッタンです」
「ありがとうございます。じゃ乾杯という事で」
「はい、乾杯です」
俺はマティーニ、たづなさんがマンハッタンのグラスを傾ける。
レモンピールのスッキリとした香り。
ヴェルモットの爽やかで甘い味わいの後に、キリっとしたジンの酒精。
オリーブを食すと、油分が口の中のアルコールを和らる。
食した後は、残りのマティーニの鋭い味わいを堪能する。
「それにしても珍しいですね。貴方から誘うなんて」
「あー、まぁそうですね。いつもはたづなさんか荒谷が音頭を取りますからね」
俺が誘う事も有るが、たづなさんが誘う事が一番多い。
まぁ、それ程ストレスが溜まるのだろう。
特にたづなさんは―何度も飲み会をする中で、俺の事情やたづなさんの仕事についても、教え合った―中央トレセン学園の理事長秘書している。
たづなさんは仕事が、とても楽しくて好きだとよく言っていた。
だが、いくら好きな事を仕事としていても人は、働き続ける事は出来ない。
たまに精神力だけで動き続ける人がいるが、それは命の前借をしているだけだ。
だからこそ、しっかりとした休みとリフレッシュ出来る場は必要不可欠。
たづなさんが俺との飲みでリフレッシュ出来ているなら何よりだ。
荒谷はただの酒好きなだけだが。
「今日は俺が誘ったから奢りますよ」
「ふふ、ええ分かりました。ご馳走になります」
たづなさんは口に手を当てて上品に笑った。
本当に絵になる人だなぁ。
同じものを頼み俺たちはしばらく静かにグラスを傾けていた。
「あの……マックイーンはどうですか?」
「……職業上で知りえた情報はお伝え出来ません」
「そう……ですよね」
漸く決心が付きたづなさんに聞いてみたが彼女ははピシャリと言った。
そりゃそうだ。
当たり前の事が、すっぽりと抜け落ちてた。
特に国内トップの中央のトレセン学園なんだから、そこら辺はキッチリしているだろう。
それも俺がしている事は、たづなさんとの友情を利用して情報を聞き出そうとしている。
本当に最低だな俺って。
「……本当にすみませんでした。たづなさんに甘えてしまっていました」
「いえいえ、大丈夫ですよ。心配だから……ですもんね?」
「その資格も無いような男ですけど、それでも心配しています」
仮にたづなさんから聞けたとして、俺の出来ることは無い。
せいぜいが、祈る事ぐらいだろう。
それすらも、きっとマックイーンからしたら不愉快だろうに。
結局は自己満足。
「……貴方はまったく。あー酔っちゃったなぁ」
「……はぁ? なに可愛い子ぶってるんですか? いつもザルの癖に」
たづなさんが、俺ににっこり笑いかけてくる。
ヒェ……これ威嚇の笑顔だ……
相変わらずの素敵な笑顔だが眼光が鋭い。
だが、もう付き合いも長いから慣れたし……。
ビビッてねぇしッ! 全然ビビッて無いからァ!
「今日はお酒に弱い日なんです。だから独り言も出ちゃうんです」
「たづなさん……」
「メジロマックイーンさんはチームメンバーやトレーナーさん、なによりもライバルのトウカイテイオーさんのおかげで前に進んでいます」
「……」
「トウカイテイオーさんの有マ記念で吹っ切れたようです」
「……はい」
「それに治療も順調だとか」
「……そうですか」
「以上! 独り言でした」
ホッと息が漏れ、肩から力が抜ける。知らずの内に気を張っていた。
マックイーンは立ち直ったようだ。
本当に彼女を支えてくれた人々に頭が下がる。
特にトウカイテイオーというウマ娘に感謝しかない。
そこに俺がいる事なんて、出来ない事は分かっている。
それでも、寂しさを感じてしまう。
そんなもの感じる資格など俺には無いのに。
「ありがとうございます」
「私は独り言を言っていただけです」
「たづなさんって、やっぱりいい女ですよね」
「ふふ、ありがとうございます」
本当に素敵な大人の女性だ。
……出会ってすぐに関節極められたのは忘れないけど。
知り合えた事に本当に感謝している。
……関節極めたのは絶対に忘れないけど。
「何か困った事があれば言って下さい。何かあれば、俺にたづなさんを助けさせて下さい」
「……貴方はまったく。そういう所ですよ?」
「……?」
どういう所だ?
……聞きようによっては口説いてる……のか?
そんなつもりは全くないから、分からんフリしとこ。
俺の恍けた顔に腹が立ったのか、たづなさんはジト目で俺の事を見ていたが、溜息をつき真剣な表情をする。
「許す事は大事ですよ。もういいじゃないですか。自分を許してあげても」
「……そうもいきませんよ。俺がした事は許されない事ですから」
「貴方は本当に頑固ですね……」
「性分ですので」
あと貴女には言われたくないんだけど?
お礼をする為に、関節極めた貴女には。
ただこれを言うと、また関節極められるので黙っている。
柔剛合わさって、メッチャ痛いねんアレ……
「彼女達はいい子達ですからね。俺なんかがいなくても周りに恵まれて支えてくれますよ」
「それは否定しませんけど、そこに貴方がいない事が彼女達を曇らせているんですけど?」
「まさか。きっと彼女達も俺の事なんか忘れていますよ」
「……女の情念を甘く見ない方がいいですよ?」
「……? それはどういう意味ですか?」
「……ご自分で考えてください」
情念? え? そこまで恨まれてるの?
まぁ、そりゃそうか……俺、吐き気を催す邪悪だもん。
自分の都合でマックイーン達を俺の納得の為に利用した。
あれだけ慕ってくれていたのに。
「これだけは覚えておいてください。自分が赦そうとしない限り、救われませんよ?」
たづなさんは暗くなった俺に微笑みながら優しく言った。
赦す事は大事か……
誰も彼もが、俺の事を気にかけてくれる。
本当に幸運な事だ。
でも……あんな事をした俺は赦されてもいいのか?
「人は赦されるのか? 哲学的な問題だね」
「思考実験か?」
「まーた、なんか悩んでんのかよお前」
たづなさんとの飲みから、しばらく経った。
今は荒谷達と“ストレイシープ”というbarのボックス席でラムコーク飲んでいる。
少し前まで、上田に紹介する為にゴールドシップもいた。
上田はゴールドシップに驚いていた。
俺が出会った時と
しかも、小・中学校時代にウマ娘を好んでいなかった俺が紹介するのだ、それは驚くだろう。
だがゴールドシップは、まだ未成年という事で帰らせた。
ブーブー文句を言っていたが成人していないのだから、しょうがない。
それに、ゴールドシップはかなり疲れていた。
本人は隠しているつもりだろうが、もう何年の付き合いだと思っているのか。
上田は俺達と飲み会をする頻度も上がり、荒谷達とも気安い関係になったもんだ。
ただそのせいで、俺の小・中学時代の黒歴史を気軽にぶち撒けるのだが……
それを荒谷にメッチャ揶揄われ、烏丸は頓珍漢な物言いで俺の黒歴史を抉ってくる。
おう、ホンマにやめーや。
こんな事を相談するとまた揶揄われるのは分かってはいる。
だが、それでもやはり相談はしてしまう。
だって……親友達だから。
「僕は人が踏み外してはいけない道理を超えなければ、人は赦されるべきだと思うよ。そうじゃなければ世界は悲しすぎるじゃないか」
上田は生来の真面目さ故の意見。
お前は本当に優しい奴だよ。
優しくて、高学歴、面も良くて、性格もいい、とか完璧超人かコイツ?
「好きなように生き、好きなように死ぬ。誰の為でもなく。それがオレの生き方だ」
烏丸は自身の人生哲学。
そんな事を言っているが、その好きなように生きる中に俺がいる事が嬉しい。
誰のためでもなく、と言うが
「喜びも悲しみも、権利も義務も、行いに対する責任も全部テメェが背負って生きろや。テメェの人生だろ?」
荒谷はケツを蹴り上げる様な厳しい言葉。
……コイツは本当に言って欲しい言葉をくれる。
きっと、心の何処かで誰かに背を押して欲しいと願っていた。
それでも、まだ踏ん切りがつかない臆病者な自分が嫌になる。
「それによ……どんな選択しようが俺はお前の親友だよ」
厳しい言葉を発した荒谷だったが、頬を掻きそう言った。
恥ずかしいのだろう、顔を横に向け頬を赤く染めながら……
「荒谷……お前が頬を染めても、キモいだけなんですけど?」
うん、やっぱりキモい。
なんだそのツンデレっぽい言動は。
ゴールドシップみたいな可愛い女の子ならいいが、顔も体も厳ついお前がすると本当にキモい。
「上等じゃワレェ!ぶっ飛ばしてやる! クヨクヨ弱虫お坊ちゃま君がよぉ! 頑張れよ親友!」
「誰がクヨクヨ弱虫だクラァ!張りぼてクソマッチョ! やってみろやぁ! ありがとよ親友!」
「Round 1 Fight!」
「えぇ! 止めないのかい!?」
ギャーギャーと騒ぎながら夜は更けていった。
なんだか心が軽くなった。
まだ踏ん切りがつかないけれども、少しだけ自分を赦せた気がした。
後でサングラスをかけた、やたらと渋い声のbarのマスターにしこたま怒られた。
清算の時まで、あと少し。