メジロ家の愛のターフのバ場事情   作:ボブソン888

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為すべき事を為せ

 俺は今、浅間師範の道場で滝の様な汗を流している。

 黒沼さんも丁度、時間が空いたとの事で道場に顔を出していたので、演舞に付き合って貰った。

 一通りして軽く流そうと思っていたが、気が付けば汗が噴き出る程やっていた。

 ……何で黒沼さんすぐにスパルタになるん? 

 俺、軽く流しますって言ったよね? 何なの言語が違うの? 

 黒沼さんの中で、軽く流すは死力を尽くすなの? 

 

 だから他の人達は、黒沼さんと組みたがらなかったのか……

 おい、そこの君達……拝んで感謝しなくていいから、俺と代われ。

 え? ヤダ? まぁそうなるよね……

 まぁそのおかげもあって、無駄な思考をせずに済んだのだが。

 

「どうした? 今日はキレがない。悩み事か?」

 

 ヤカンに入った麦茶を飲み、汗を拭きながら休憩していると師範に声を掛けられた。

 自分では無心でやっていたつもりだが、師範からすれば集中していなかったみたいだ。

 ……本当に敵わないなぁ。

 黒沼さんも近くで休憩をしていたのでこちらに視線を向けてくる。

 ……二人とも、教え導く事を生業にしている人達だから相談してみるか。

 

「そうか……しばし待て。少し早いが今日の指導は、ここまでとしよう。師範代、挨拶を頼む」

「はい。神前に礼。……先生に礼。……お互いに礼」

「「「「「「ありがとうございました!」」」」」」

 

 俺が相談があると言うと、師範は指導を切り上げて挨拶が終わると先に母屋へ向かった。

 習っていた人達と掃除をした後、未成年の子達が保護者の方々と帰るのを見送り道場を閉めた。

 その後、黒沼さんと一緒に母屋へ向かうと師範はお茶を入れて待っていた。

 

「まぁ座れ。お前が持ってきてくれた、芋羊羹を食べよう」

「ご相伴に与ります。……旨い」

「頂きます。あ、本当だ。お茶が美味しい」

「言っただろう、いい茶葉を仕入れた。……邪道かと思いきや、紅芋羊羹もなかなか美味いな」

 

 10畳程の和室に案内されると、お茶と俺のお土産の芋羊羹と紅芋羊羹を出してくれる。

 

 シンプルな芋羊羹はサツマイモの柔らかい味が実に美味い。

 口あたりの良く、甘さも抑え目で、素朴な風味と素材本来の美味しさ。

 なんだかホッとする味わい。

 

 少し冒険をして買ってきた紅芋羊羹も、また美味い。

 どちらかというと煉羊羹に近いが、紅芋の風味が口に広がる。

 疲れている今には丁度いい、上品でくどくない甘さ。

 

 

 しばらく三人でまったりと、芋羊羹とお茶に舌鼓をうった。

 師範と黒沼さんは、話を急かすでもなく俺が話すのを待ってくれている。

 何を言えばいいのか、どこから話せばいいのか迷った。

 

 結局、俺は自身の半生と後悔を訥々と懺悔する様に語った。

 彼女達にしたことを思うと、慚愧に堪えない。

 師範達は俺の話が終わるまで、静かに聞いてくれていた。

 

「人生、結局誰だって後悔ばかりだ。俺の指導で怪我をしたウマ娘も多い……後悔は散々してきた。だがお前はまだやり直せる」

 

 黒沼さんは嚙みしめる様に、絞り出す様に語った。

 それは己を悔いる様に、俺を羨む様に聞こえた。

 

「為すべき事を為せ。お前ならそれが出来る筈だ」

 

 師範は俺の目を見詰め冷厳に語る。

 ただ俺がそれを為せると確信を持っているのか、薄く笑っている様に見えた。

 

「……ありがとう……ございます」

 

 俺はやり直していいんだろうか? 

 俺が為す事とは、何なのだろうか? 

 思考が頭の中を、グルグルと堂々巡りを繰り返していた。

 ゴールドシップと出会ったあの日とは、また違う答えを求めて……

 

 

 

 

 

 

 思い悩む日々がしばらく続いたが、嬉しい知らせが届いた。

 ようやく豊さんが納得する人参が完成し、量産体制が整った。

 甘さはもちろんの事、旨味であるグルタミン酸も豊富。

 生でも十分すぎる程に美味いが、火を入れる事によりさらに味が濃く甘くなる。

 人参嫌いな豊さんが生で食べて、美味いと言える程の出来。

 苦節十数年という豊さんと瞳さんの苦労が偲ばれる。

 

 余程、嬉しかったのか田所宅で関係者が一堂に会する大宴会が開かれる運びになった。

 田所一家、未完成時に卸していた飲食店、里中社長と千葉副社長、そして俺。

 豊さんの涙ながらの音頭に、万雷の拍手を誰もが贈った。

 

 飲食店の人からの完成した人参を使った料理や、社長が自ら作ったキャロットケーキ。

 そして俺がこの日の為に作ったローザキャロット。

 どの料理やケーキも実に美味しく、俺のタルトも皆、美味しいと言ってくれた。

 俺は賑やかで楽しい宴会を大いに楽しみ、はしゃいだ。

 不安や悩みを掻き消す様に……

 

 

 大盛況の宴も終わり、昔からの豊さんの友人である社長と、お目付け役の副社長と俺以外は千鳥足で三々五々と帰っていった。

 俺は少し酔いながら、瞳さんと片付けを行っていた。

 豊さん達はまだビールを飲みながら笑い合い、隆君は眠たそうにテレビを見ていた。

 

 片付けも一段落して瞳さんと一緒に輪に加わり笑いながら酒を飲む。

 しばらく話していると会話が途切れ、皆が少し間黙り込む。

 

「赦されない事をした人間が、自分を赦していいと思いますか?」

 

 祭りの後症候群とでも言えばいいのだろうか? 

 寂しさの様な虚しさの様な、そんな心持ちが俺の口からポロと祝いの場とは不釣り合い事を聞いてしまった。

 皆、一様に俺を視線を向ける。

 

「赦されない事? 俺から秋希を盗む事だろ! それ以外は基本どうでもいい!」

 

 社長、アンタまだ言ってんのかよ。秋希さんもう結婚したじゃん。幸せそうだったじゃん。

 いい加減諦めてどうぞ。でもいつも通りで安心する。

 きっと俺の悩みなんて関係ない人からしたら、くだらない自己陶酔なのだろう……

 

「バ鹿は放っておこう。これは俺の持論だが行動するのはいつだって自分だ。その結果はどうであろうと受け入れるべきだ」

 

 副社長は社長を軽く叩くと真剣な表情でそう言った。その通りだ。自らの行いには責任が伴う。

 だからこそ、彼女達と会わない事が責任だと思っていた。

 だがそれが、正しいのか最近分からなくなっている。

 

「貴方は幸せになっていいのよ? 自分を赦してあげなさい」

 

 瞳さんはいつだって、俺の幸せを願ってくれている。

 隆くんと同じ様に思ってくれている。それが嬉しい。

 でも今が不幸せみたいな言い方止めてもらえます? 幸せですからね? 

 

「お前はごちゃごちゃ考えすぎ。そんなに気になるならとっとと行動しろよ」

 

 豊さんはとにかく動けと言う。豊さんはその行動力でついに夢を叶えた。

 羨ましく思う。葛藤や悩みが有るだろうに、それでも前を向いて進んで往く、その心が。

 本当に尊敬出来る人だ。

 

兄ちゃん(あんちゃん)。悪い事したら、ごめんなさいだよ?」

 

 隆くんは俺を諭す様に教えてくれた。

 ハッとする。

 俺は彼女達に一度でも謝っただろうか? いや謝っていない。

 きっと心の何処かで彼女達に拒絶されるのが……怖かったんだ。

 それを彼女達の為だと嘯いて、俺は彼女達から逃げていたんだ。

 ああ、なんて無様なんだ……

 

「そうだな……すっかり忘れてたよ。気づかせてくれて、本当にありがとう隆くん。いや、隆!やっぱり君は俺の自慢の弟分だ!」

 

 ガシガシと乱暴に頭を撫でると、隆は照れくさそうに笑った。

 謝ったって赦さないかもしれない。

 でもだからって、謝らなくていい理由にはならない。

 そんな簡単な事を忘れていた。

 

 

 彼女達を傷つけた事を謝りに、メジロ家に行こう。

 例え、それを受け入れられずとも構わない。

 例え、それで赦されなかったとしても構わない。

 例え、彼女達に罵倒され蔑まれたとしても構わない。

 報いは……受けるべきだろう。

 だが俺が謝る事で彼女達が僅かながらでも、心が軽くなるならば……

 きっとそれが、俺が為すべき事なのだろう。

 

 情けなく、意気地なしな俺だけれど、せめて俺は、俺の恩人達に胸を張れる様に為りたい。

 我が心と行動に一点の曇りなし。

 なんて、とても言えたもんじゃぁ無いが……それでも俺の心に光が差した。

 

 

 今は曇天なれども、晴れ間にて光差し込み視界良好異常なし。

 

 




■■新聞 8 全国版

調子↗
前走では勝ちはしたがその後、気持ちが切れてしまった。
かなり長期間、間隔を開けてリフレッシュし、調整も順調。
本質的に良バ場の方が、得意なタイプだと思う。
仕切り直しの一戦を是非、物にして欲しい。
➡【▲】 心身充実。数年ぶりの勝負の舞台へ


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