メジロ家の愛のターフのバ場事情   作:ボブソン888

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ギムレットには早すぎる。ジンライムには丁度いい。

 あの後、収拾がつかなくなった。

 そんな中、爺さんは暢気にどこかに電話し、彼女達に何かを耳打ちすると大人しくなった。

 俺に外出の準備をするように言いつけ、爺さんはガレージに向かった。

 シャワーを浴びて着たままの作業着を脱ぎ、爺やが用意してくれた服に着替えた。

 準備といっても荷物はそう多くない。

 スマートフォンとマックイーン達に貰った少し早い誕生日プレゼントの、時計と財布、中折れ帽、香水、それとトレンチコートを身に着けてガレージに向かった。

 爺さんは黄緑色のクラッシックカーに乗りながら待っていた。

 

「おぉ、おせぇぞ。早く乗れ」

「女性の買い物に比べれば早いだろうが」

「違いねぇやw」

 

 爺さんはカラカラと笑ってエンジンに火を入れた。

 エンジン音は思ったよりも静かだ。

 

「それにしても珍しいな。爺さんが自分で運転するなんて。しかもこんな古い車に」

「お前、古い車って……ミジェッ〇だよ。いい車だろ? 高いがな。主に維持費が」

「車に興味ねぇっての。それにしてもジジイの道楽だな」

 

 そういえば荒谷もこの前、ワルキュー〇というバイクを買って俺に自慢してきた。

 まぁ高い物だから自慢したいのだろう。

 うーん、でもあんまり興味ねぇんだよなぁ……

 カッコいいとは思うが、どうしても移動手段の一つとして見てしまう。

 

「うるせぇ。この車には思い入れがあるんだよ。婆さんとのデートによく使ったもんだ」

「相変わらずの愛妻家なこって」

「そりゃおめぇ、あんないい女は他にはいないからな」

 

 爺さんがニカっと笑う。仲がいいのは構わない。

 だが毎度、惚気を聞かされる身にもなって欲しい。

 苦笑いしか出来ない。

 

「それで? 今日は何処へ行くんだよ?」

「大人の男が集まったなら酒飲むに決まってんだろ」

 

 そういうと車は都心に向かって走り出した。

 車運転してるのに? と思ったがまぁ迎えを寄こすのかと納得した。

 

 

 

 

 連れてこられたのは、都心のホテルのBarだった。軽快なジャズをBGMに俺たちを迎える。

 あたりを見まわすが、俺たち以外の客はいなかった。

 不思議に思っていると、初老のバーテンダーさんが声をかけてきた。

 

「お待ちしておりました。本日は貸切とさせて頂いております。心行くまでお寛ぎください」

「いやぁ、いきなり無理言っちまって悪かったな」

「いえいえ、目白家の大旦那様からの願い事ですから構いませんよ。どうぞお掛け下さい」

「ああ。支配人にも礼を言わんとな。あとで呼んでくれ」

 

 口振りを聞くに常連なのだろう。

 屋敷だと口の悪い、いつも何かしら弄っている爺さんなんだが……

 こういう所を見ると、やはり目白家の当主としての威厳を感じる。

 ……違和感が半端ないが。

 貸切という事なので、コートと帽子を脱ぎ隣の席に置きカウンターに座る。

 

「かしこまりました。そちらの方が?」

「ん? ああ、こいつが今代だよ」

 

 今代? どういう意味だ? 

 メジロ家は兎も角、目白家には関わるつもりはないのだが……

 会長兼相談役の孫だからといって、基本的に目白家の方はノータッチだし……

 それに、てっきり財閥を継ぐのは、一族以外の人だと思っていた。

 今のメジロ家の親戚は全員レース関連の方に行ってるし。……メッチャ偏ってるなウチって。

 

「左様ですか。初めまして若様。しがないバーテンダーですが以後お見知りおきを」

「よろしくお願いします。……今代ってなんだよジジイ」

「後で説明してやる。まずは酒だ。マスター、俺はスプリン〇バンクの25年をトワイスアップで。水を別でくれ。あとナッツを……お前は?」

 

 しがないバーテンダーにしては気品があり過ぎなんですけど……

 それはそうと、“今代”の意味を聞いてみたが、はぐらかされてしまった。

 爺さんはウィスキーとツマミのナッツを頼むと俺に振ってきた。

 

「え? あーじゃあギムレットを……」

「かしこまりました。少々お待ちください」

「ギムレット? マーロウ気取りか? お前は精々テリー・レノックスの成り損ないだろ」

「うるせぇ。いいじゃねぇか。好きなんだよ」

 

 ギムレットは酒を飲めるようになって、初めて飲んだカクテルだ。

 最初はジンの酒精で美味く感じなかったのだが、アルコール慣れしてからは、堪らなく美味い。

 まぁハードボイルドへの憧れもあるが……

 

「なぁそれで今代ってなんだよ?」

「焦んなよ早漏。酒くらい飲ませろ。この童貞」

「早漏じゃねぇよ。童貞は……まぁその通りだけどよ」

「お待たせいたしました」

 

 こんな雰囲気がいいbarで下ネタやめない? お下品です事よ? 

 出されたギムレットは普通の物とは違った。

 神秘的で半透明な黄緑色の液体。

 氷がオールド・ファッションド・グラスの中でカラカラと涼やかに鳴る。

 これって……

 

「フフ、“ロンググッバイ”の話題が出ましたので、テリーこだわりのギムレットで御座います」

 

 ダ、ダンディ……ッ! 

 何処が、しがないバーテンダーなのか……

 絶対、日本一とか、下手すりゃ世界一って看板背負ってるでしょ……

 謙遜も過ぎれば傲慢になりますよ? 

 

「おう、じゃぁ乾杯」

「はいはい、乾杯、乾杯」

 

 いつものライムの爽やかでフレッシュなギムレットとは違う。

 ローズ〇ーディアルのライムジュースの甘さとジンの鋭い味わい。

 なるほど……少し甘すぎるかな? だが、美味い。

 でも、これは……

 

「どっちかというと、ジンライムですよね? ……明確に分けるの、日本だけなんですっけ?」

「左様で御座います。それに今の若様ですとギムレット(遠い人を想う)よりも、ジンライム(色褪せぬ恋)の方が似合うかと」

「ジンライムの方が? ……あぁカクテル言葉か……どういう意味なんです?」

 

 マスターにカクテル言葉を聞こうとすると、爺さんは鬱陶しそうに、こちらに視線を向けた。

 

「おい、無粋だぞ。そういうのは後で自分で調べろ」

「爺さん……まぁそうだな。すみませんマスター。では改めて頂きます」

「お気になさらず。どうぞお召し上がりください」

 

 確かに無粋だった。

 俺が謝罪すると、マスターは笑いながら許してくれた。

 テリー流のギムレットをしばらく堪能していると、爺さんが語り始めた。

 

「お前は、メジロの花婿だよ。“今代”のな。先代のワシが言うのだから間違いない」

「メジロの花婿? なんだそりゃ?」

 

 メジロ家の花婿なんて珍しくもねぇだろ? 

 どちらかというと、メジロ家は女系の一族なんだから、入り婿が当たり前だ。

 親世代で言えば、俺の親父殿以外は全員ウマ娘だし。

 俺達の世代でも、俺以外は全員ウマ娘だ。

 

「お前は、目白家の来歴を覚えてるか?」

「あーなんだっけか? 元は公家から来てるっていう眉唾な話だっけ?」

「ちゃんと家系図から分かっとるわ。まぁ簡単にいうなればメジロ家のウマ娘に滅茶苦茶好かれる目白の男って事だ。その男が一族にとって、いい風を運んでくるって寸法よ。こんなに近い年代に出るのは珍しいらしいがな」

 

 大体、公家→貴族→華族→財閥ってそんな荒唐無稽な話、信じる訳ねぇだろ。

 家系図なんて、いくらでも捏造出来るし。

 俺の胡散臭そうな顔で見ているのを気にせず、爺さんは惚気始めた。

 

「婆さんの若い頃も本当に可愛らしくてなぁ、お兄様お兄様とワシにべったりだった。あの激動の時代を駆け抜けて、夫婦になって何度も愛し合った……」

「爺と婆のイチャイチャした話なんて、吐き気がするから止めてもらえます?」

「黙れ、事細かにワシらの、めくるめく愛の日々を教えてやろうか……!」

「あ、本気で気持ちが悪い……吐きそう」

 

 やめてくれ! なんでそんな非道な事しようとするんだ! 

 想像しちまったじゃねぇか! どんな顔して婆ちゃんに会えばいい!? 

 人の心とかないんか!? 

 

「ふん……ワシの時はメジロ家を名門にした事と、財閥の立て直しだったらしい」

「らしいって爺さんがやったことだろ? なんでそんなに他人事なんだよ」

「ワシ知らんもん。仲良くなった奴らが助けてくれたんだもん。ワシ悪くないもん」

「えぇ……いい年こいたジジイがもんって……キッショ」

 

 爺さんは俺の口ぶりに睨んでくる。

 だが、俺の事も考えろやぁ……

 ジジイが可愛い子ぶった口調してんじゃねぇよ! 

 ちょっと見直せば、すぐにコレだ……もう少し威厳ってものを大事にしろよ! 

 

「貴様……まぁいい。昔に、“タフじゃなければ生きていけない”と教えたのは覚えているか?」

「耳にタコができるほどに聞かされて、忘れられる訳ないだろ」

「アレな、花婿以外なら普通のハードボイルドな名言なんだよ。花婿以外なら……」

「なんだよその含みある言い方……怖いんだけど? ……花婿ならどうなんだよ」

 

 それを座右の銘にしていた事もある。

 だが、あの茹るような酷暑の日に俺は捨てた。

 グジグジと思い悩む、俺はタフなんかじゃない。

 彼女達を傷つけた、俺は優しくなんてない。

 

「メジロの女に滅茶苦茶愛されるんだよ。それこそ全身全霊で、血の一片すら余すところなく」

「へぇー、でもアイツらは兄貴分として慕ってくれてるだけだぞ?」

「お前、そんなゲロ甘なこと考えてんの? バ鹿なの? アホなの? 自分の状況を把握しろよ」

 

 彼女達が俺を嫌っていないのは、何となく伝わった。

 ありがたい事だ。あんな事をした、俺を赦してくれるなんて。

 好かれているのだろう。だが、それはきっと親愛だ。

 冷静で的確な状況把握力だろうが。

 

「お前、マックイーンの天皇賞にかける思い、分かるか?」

「……誇り高い矜持と、メジロ家の悲願っていう、呪いじみた夢を背負わされても挫けない心、それを貫き通した努力と意思。年下で可愛らしい妹分だけど尊敬しているよ」

 

 本当に尊敬している。

 マックイーンは、まだ幼い時分から期待されてなお、潰れずに夢を果たした。

 俺だったならば、何処かで期待に圧し潰されていただろう。

 その姿を眩しく感じる。

 その在り方を美しく感じる。

 自分が恥ずかしくなる程に……

 

「最低あの数倍」

「……? 何が?」

「下手すりゃ、その十倍の想いをお前に向けている。まぁアルダンが一番ヤバそうだが」

 

 天皇賞の時のマックイーンは、テレビ越しでも感じる程の鬼気迫る走りだったぞ? 

 それが最低でも数倍? ……重くね? 

 ……ま、まっさかぁ! 俺を担いでるんだろ? 

 俺が視線を向けると、爺さんは目をスッとそむける。

 

「……は? 笑えない冗談だな……冗談だろ? 冗談だよな? ……こっちを向けジジイ‼」

「しかも、ワシの孫娘全員が、お前に懸想している……」

「ウッソだろおい!? 俺は特別なことなんてなんもしてねぇぞ‼」

「あれだけ優しくして、欲しい言葉と行動を欲しい時に的確に与えてるのに?」

「そんなの兄貴分として当たり前の事だろ。きっと年上への憧れだろ? 」

「憧れだったとして、お前が家出している間に、煮詰められて、蒸留されて、凝縮されてる」

 

 そんな事……ないよね? マックイーン達はいい子だもんね? 

 いや、待て……なんか悪寒がしてきた。

 一応、対策はしておこうかな? そんな事無いと思うけど一応ね? 

 全然、焦ってないけど、経験者に聞くのが一番だ。

 そんな事無いだろうから別に全然焦ってないけど一応聞いておこううん。

 

「ジジイ! どうやって乗り切った!? 言え! 言うんだ!!」

「乗り切るもなにも……受け入れるしかなくね?それとも嫌なのか?」

「嫌じゃねぇけど、肉体が持たねぇだろうが!」

「でもワシの時は婆さんだけだったし……なんでお前全員落としてんの? ……怖ッ」

 

 5対1だぞ!? 絶対、干からびるじゃん! 救いはないのですか!? 

 いや、待て……落ち着け俺……何も一度に全員を相手にする必要ないだろ。

 1対1を5回すればいいだけだろ。そう考えれば、なんか大丈夫な気がしてきた。

 

「落としてねぇし……ただ普通に接してただけじゃん……こうはならんやろ……」

「なっとるやろがい……タフじゃなければって意味を理解したか? まぁせいぜい頑張れww」

「なにわろとんねん……ッ!」

「お前の不幸に対してだよ! 婆さん(我が女神)を困らせて、ワシの可愛い孫娘達を誘惑しおってからに!」

「俺もあんたの孫だよ! しかも誘惑なんてしてねぇ! 婆ちゃんに関してはごめんなさい!」

「黙れ下郎! 悪魔! 今代メジロの花婿!」

「うるせぇバ鹿! アホ! 先代メジロの花婿!」

 

 あれ? ……なんか、受け入れる方向で話が進んでね? 

 嫌な訳じゃ決してないけど、いや、本当は嬉しいけど……俺にその資格無いだろ。

 

「フフ、仲がよろしい様で」

「「よくねぇ!」」

 

 俺達は、じゃれ合いながら会っていなかった分を取り戻すように、酒を飲みながら話をした。

 どんな経験したか、恩人の話、親友達の話、出会った愉快な人達の話……

 こそばゆかったが、それ以上に成長した俺を見てもらうのは嬉しかった。

 

 

 

 

「さて……そろそろ、いい頃合いか」

 

 爺さんは、腕時計をチラリと見てそう言うと、ホテルのカードキーをこちらに渡してくる。

 

「あ? 今日は泊まるのか? ジジイと同じ部屋なんて嫌だぞ?」

「ワシだって嫌じゃい。安心しろワシは別の部屋を取ってある。これはお前用の部屋のキーだよ」

「別に迎えを寄こせばいいだろうに。まぁジジイの奢りだしいいか」

「あぁ奢りだから安心しろ。ルームサービスも使っていいからな。存分に楽しめよ」

「お、なんだよ。気前いいじゃん」

「まぁ孫の為だからな。俺はまだ飲んでるから、お前はこれ飲んで部屋に戻りな」

 

 爺さんは栄養ドリンクの瓶を俺に渡すと、まるで虫を追い払うかのように手を振っている。

 

「まだ飲めるんだけど……」

「若造が、カクテルは酔いやすいんだよ。泥酔する前に切り上げるのがハードボイルドだぜ?」

「まぁ忠告に従うよ。……うぇ、なんだコレ、マズゥ……」

 

 なんか生臭くて鉄臭いし、口の中ジャリジャリするんだけど?  

 よくよく見ればラベルとかねぇんだけど? 

 え? 飲んで大丈夫な物なのコレ? 

 

「どうぞ、お水です」

「あ、マスター。ありがとうございます」

「ククッ……“良薬は口に苦し”だ」

「それにしても不味過ぎるわ! ったくよぉ。まぁいいや……んじゃご馳走さん」

 

 席を立ちあがると、立ち眩みの様な酔いを感じる。

 にやにやと笑う爺さんの忠告を聞いておいて、正解だったかもしれない。

 体がぽかぽかして、頭の回りも鈍くなっている。

 

「マスターありがとうございました。また自分で来れるようになったらお願いします」

「えぇ。次は素敵な女性をエスコートされてくるのを、お待ちしております。良い夜を」

「あー……まだ先だと思いますけどね。爺さんをよろしくお願いします。マスターも良い夜を」

 

 カードキーを懐にしまいBarを後にする。

 いつもより酔っているようだ……

 頭がクラクラする……

 

 

 

「お伝えしなくてよろしかったのですか?」

「あぁ、結局自分で解決するしかねぇからな。まぁなるようになるさ。世は全て事も無しってな」

「左様で御座いますか……お次は何にしましょう」

「そうさなぁ、ホースガールズテール(ホーセズネック)なんてどうだ? レモンの皮が鎖みたいで今のアイツにはピッタリだろwマスターも飲めよ。奢るぜ」

「フフ……それではプリンセスメアリーを頂きましょう」

「ああ、不肖の孫だがありがとよ」

 

 取り留めの無い話をしている間も、老バーテンダーは素早くカクテルを作る。

 レモンの皮を、するすると螺旋状に剥く手つきは淀みない。

 あっという間に二つのカクテルが出来上がる。

 

「では、今代の花婿様の幸せを祝って」

「ああ、あのバ鹿の不幸を笑って」

「「乾杯」」

 

 アイスペールの中の氷が崩れ、涼やかに小さく響いた。

 

 

 




まもなく出走の時間です。
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