「貴女は付いて来なくて良かったのですよ? ゴールドシップさん」
「冷てぇ事言うなよぉ、マックイーン。同じチームメンバーだろ?」
「休みの日に悪いな、付き合って貰って」
「お気になさらず、お兄様。一緒に居れるだけで嬉しいのですから」
トレーナーさんへの挨拶とは分かっています。けれど、少しデートの気分でしたのに……
私は今トレセン学園に来ています。
私は、直近でのレースでお兄様に捧ぐ為の勝利を収めました。
今までで一番の会心の走りをする事が出来ました。
誰かの為に走るのも、素晴らしい事ですわね。それが愛しい人の為なら尚更に……
今日は休養日でしたがお兄様が、可能なら付き合って欲しいとお願いされました。
お兄様に頼られて、否とは言えません。むしろ嬉しいくらいですわ。
トレーナーさんに今までの事も併せて、お礼をする為に付き添いをしています。
お兄様の持っている箱から、
今は減量の為、節制中……ぐぬぬ……自分の太りやすい体質が恨めしいですわ……
「そういえば、お世話になってるトレーナーさんは、なんて名前なんだ?」
「あ、お伝えしていませんでしたね。沖野トレーナーです」
「……待っててくれ、少し電話する。……お休み中にすみません、師範。お聞きしたい事が……」
お兄様は名前を聞くと、眉を顰め、私達から少し離れた所で何処かに電話をしました。
“師範”と仰っているのが聞こえたので、道場主の方だとは思いますが……なぜ急に?
電話が終わると、微妙そうな顔になっておられました。
「ゴールドシップ……ちょっとこっちに来い」
「あぁ? なんだよ……」
「そ……沖野……に、マッ……は脚…………たのか?」
「あ? あー……、……加入の……無断で…………」
「へぇ……」
ゴールドシップさんを呼ぶと、二人でコソコソと内緒話をしている。
ウマ娘の耳をもってしても、聞き取れませんでした。
あの……仲間外れにされるのは寂しいのですが……
「さぁマックイーン、トレーナ室へ案内してくれ」
「……えぇ、かしこまりました」
二人が戻ってくると、お兄様はニッコリと笑っていた。
……あ、これは威嚇の笑顔ですわ。
私に対してではありませんが、急に不機嫌になられましたね……
どうしたのでしょうか……
トレーナー室の扉をノックする。
気の抜けた返事が返ってきたので、扉を開けるとトレーナーさんがパソコンに向かっていた。
こちらに気が付くと、いつも咥えている飴の棒を捨て、こちらにやってくる。
「マックイーンからお話は伺っています。担当トレーナーをしている沖野と申します」
「マックイーンの従兄の目白と申します。お噂はかねがね……」
「んん? 目白? 何処かで聞いたことがあるな……あぁ! 浅間道場で有名な!」
「ええ……貴方の兄弟子にあたります。師範から貴方の事は伺っています……色々と」
お兄様は、トレーナーさんと握手をしながら話している。先程の笑顔はそのままで……
あ、これはトレーナーさんに対して怒ってますね。
……何か関わり合いがあったのでしょうか?
「マックイーン、ゴールドシップ」
「かしこまりましたわ。お兄様」
「あいよ、任せな」
お兄様が、私達の名前を呼ぶ。何となく、することを察する。
私は机などを片付け、ゴールドシップがどこからともなく、マットを取り出し床に敷く。
準備万端ですわ、お兄様。その箱は私がお預かりしますわ! 万難を排して守ります!
「ん? お前等、何やってんだ?」
「マックイーンがお世話になったようで……」
「あ、いえいえ、俺はただトレーナーとして当たり前のことをしただけですよ」
「いえ、そちらではなく……俺の大事な可愛いマックイーンの脚を撫で回した方だクソがぁ……」
お兄様は、にこやかな笑顔を一変させ、般若の様な表情になった。
このような顔も出来たのですね……あの日とはまた違う表情に少し恐ろしさを感じてしまう。
それでも私の為に怒ってくれている。私を大事に思ってくれている。それが嬉しい。
恐怖と嬉しさ、そして愛おしさがまぜこぜになって、背筋と尾骶骨辺りがゾクゾクする。
「え? 急に怖い!」
「受け身を取れ、弟弟子」
「……は? え? うわ! あ゛あ゛あ゛ぁ゛あ゛ぁ゛ぁ゛あ゛あ゛! 」
お兄様は小手返しの要領でトレーナーさんをマットの上に投げる。
その動きは、演舞の様に美しく雅さすら感じさせる。
トレーナーさんも、一瞬でスイッチが入って受け身を合わせてダメージを減らしましたわね。
そして、トレーナーさんをロメロ・スペシャルで極めている! 私の技よりも完成度が高い!
キャー! お兄様! カッコいいですわぁ!
「おうワレェ……! 何してくれとんねんボケェ……シバキ倒すぞクラァ!」
「マックイーンの技より痛い! しかも弟弟子って言いながらプロレス技じゃねぇか!」
「お兄様は私にプロレス技を教えてくれた、謂わばプロレスの師匠ですわ」
私は、つい自慢げに胸を張って語ってしまう。
投げ技から締め技の鮮やかな連携……流麗で惚れ惚れする程の技量。
更には、一見乱暴に技を掛けてる様に見えて、怪我をさせてない程度に抑える配慮。
何よりも、私の為に怒ってくれている優しさ……胸キュンですわ♪
「マックちゃんって、コイツ関わると割とポンコツになるよな」
「ギブギブ! マックイーン! ゴルシぃ! 助けてくれぇ!」
「自業自得ですわ」
「トレーナーの悪癖が招いた事態だぜぇ……まぁしょうがねぇなぁ」
ゴールドシップはそういうと、どこからともなくゴングを取り出す。
先程も思いましたけれど、何処から出しているんですの?
ゴングの音が部屋に6回響き渡る。その音でお兄様はトレーナーさんにかけている技を解く。
「痛ってぇ……いきなり酷くない?」
「沖野さん、貴方は大切な人の脚を無断で撫で回されて、笑っていられますか?」
「……すみませんでした」
「触診で解る事があるのも理解しています。ですが、せめて本人に許可は取ってください」
全く、お兄様の言う通りですわ。
私だって、触診の必要性も理解していますもの、事前に教えてくれれば許可も出します。
それを情動で動いて、挙句に蹴られているのですもの、世話が無いですわ。
……そういえば、私以外でもスペシャルウィークさん達にも無断で触って蹴られていましたね。
というよりも、ウマ娘に蹴られて痛いで済むトレーナーさんの耐久力ってどうなってますの?
……バケモノじゃないですか。
「仰る通りです……配慮が欠けていました」
「若造の戯言と、聞き流されない事を感謝致します」
「いやいや、俺も無神経だった。そりゃご家族からしたら怒って当然だよな……」
「ご理解いただきありがとうございます。改めましてマックイーンがお世話になっております」
先程のやり取りとは正反対に、穏やかな会話が続く。
余所行きの対応をするお兄様は、久しぶりに見ましたわね……
パーティーなどでも見ていましたが、昔よりも男らしさが増し、堂に入っています。
いつもの優しいお兄様もいいですけれど、凛々しいお兄様の姿も素敵ですわ。
「それではこちらを……自作したスイーツで恐縮ですが、チームの皆さんでお召し上がり下さい」
「お、いいのかい? 悪いね……おーこりゃ美味そうだ!」
「日持ちはしますが、なるべく早めにご賞味下さい」
お兄様に促され、トレーナーさんに箱を渡すと、すぐに開け、中身を確認している。
ついつい、箱の中身を覗いてしまった……ってなかなか予約が出来ないローザキャロット!?
しかも、お兄様の自作スイーツだったのですか!? ック! 今は節制中……ッ!
お兄様が、私の勝利を祝って、色々食事を作ってくださった事が、仇になるとは……ッ!
なんてことですの……ッ! こんなのあんまりです!
……ゴールドシップさん、何ですの? そのドヤ顔。
貴女まさか!? ……作って貰った事があるのですね!? ズルいですわ!
「……マックイーン、お前にも節制が終わったら、作ってやるから落ち着け」
「はい! お兄様! 約束ですよ!」
「アタシが間違えてた……マックちゃんはスイーツでもポンコツになるな」
……うるさいですわ。
結局あの後、お兄様とトレーナーさんは話が弾んでいました。
特に私の怪我の時に支えてくれた事を、感謝していたみたいです。
……トレーナーさんには沢山、迷惑をかけています。まぁ迷惑もかけられていますが……
今度、二人でお酒を飲みに行く約束までされていました。打ち解けるの早すぎませんこと?
お酒ですか……お兄様は、かなりお好きなご様子。
何時か、私もお兄様とお酒を飲んでみたいです。ふふ、その時は私が介抱して差し上げますわ。
今はお兄様と二人きりで歩いています。
ゴールドシップさんは空気を読んでか、用事があると言ってどこかへ行ってしまいました。
まったく……気が利くのか、利かないのか分からない方ですね。
夜空の星は、街の明かりで見えづらい。
それでもなお、
ふと気になった。あの日の約束は私は果たせているだろうか?
「ねぇお兄様。私は貴方を導く星になれていますか?」
「ああ、お前が居てくれるから、俺は前に進む事が出来る。ありがとな」
「よかった……」
無粋かもしれませんが、ついお兄様に聞いてしまった。
それでもお兄様は、穏やかな笑顔で私にそう言ってくれた。あぁ、本当に愛おしい。
他人の目がない夜の闇に紛れて、お兄様の腕を胸に抱き、頭をグリグリと押し付けてしまう。
歩き辛いだろうに、腕に抱き着く私を剥がすでもなく、お兄様はクスリと微笑んだ。
お兄様のお家で夕飯を頂く、何時か作ってくれた時と同じ、手作りのボロネーゼ。
貴方は“パスタは無理だった”と申し訳なさそうだったけれど、それでもとっても美味しかった。
私、知っていますのよ? 自分一人なら雑な料理しか作らない事を。
私の為に作ってくれる……本当に嬉しい。
穏やかな時間に、心が癒されるのを感じる。お兄様はどうでしょうか……?
優しい貴方は、きっと癒されると答えてくれるだろうけれど、聞くのは流石に無粋ですわね。
お兄様のお家で湯を頂き、身体が温まっている内にストレッチをする。特に左足を念入りに……
お兄様はベットに腰を掛け、私の左足を見ながら、ポツリと呟いた。
「もういいだろ……マックイーン。走るのを終わりにしても……」
「……まだです。私は……私はまだ走ります」
「マックイーン、何がお前を駆り立てるんだ……」
「お兄様の腕の中……それは間違いなく私の魂の場所です……ですが、あそこも、あの
後悔する様で、懺悔する様で、悲しんでいる様な声色。
貴方が、私の事を案じてくれている事は、分かっています。
それでも、私はまだ走れます。テイオーがそうであったように……
私は、彼女とライバルに成れた事を誇りに思う。
そして、彼女に負けたくない……何にも、誰にも……怪我にだって。
「……俺はお前に傷ついて欲しくなかった。でもそれは、俺の思い上がりだったんだな」
「貴方は優しいですね。お兄様……だからこそ、貴方の為に走りたいのです」
「もう……止めねぇよ。俺が支えてやるから、行ける所まで行ってみろ」
「……ありがとうございます」
お任せくださいお兄様。
私に願い、私に託し、私を信じてください。
貴方の想いを乗せて、すべてを超えてみせます。
私の胸に宿っているのは、願いと想い……
押しつぶされるような重圧は無く、私の優しく背を押してくれる。
何処までも行ける。貴方と言う翼があるから。
私は温かな光明の中で、お兄様を導く星でありたい。
私を支えるのはチームメンバーとメジロ家、そしてなりよりも……愛しい貴方です。
貴方に勝利と栄光を届けたいのです。
けれど、けれどね……お兄様。
それだけでは、嫌です。
それだけでは、私は耐えられません。
それだけでは、私は立ち上がれません。
私には数多の
その方々にも、勝利と栄光を届けたいのです。
私は……我儘になってしまいました。貴方は赦してくれるかしら?
胸が高鳴なった……張り裂けそうな程に。
「ねぇ、お兄様……今日は帰りたくないです」
「……何処でそんな殺し文句を覚えた? 悪い子だ……まぁいいさ。おいで、マックイーン」
「えへへ……失礼しますわ」
私はベット中でお兄様に抱きしめられる。あぁ……心が満たされる。胸がポカポカする。
安心してしまい、私はついウトウトと気持ちいい倦怠感に身を任せ、目を閉じる。
「なぁ、マックイーン……愛してる」
「私も愛しています。お兄様……貴方を」
本当にズルいお方……
抱きしめて貰えるだけでこんなにも胸が熱くなる。愛を伝えてくれるだけで胸が切なくなる。
お兄様の体温が気持ちいい。フワフワとした、微睡みの中で、思った事を口にする。
それが、しっかりと言葉に出来たか分かりませんが、お兄様が微笑んでくれた気がした。
お兄様が帰って来るまでは、悪夢は巡り、そして終わらなかった。
でも、今は優しい温かな夢を見る。悪夢は溶けていき、もう見ない。
──ねぇお兄様……私は今、とっても幸せです。だから永遠に私と共に、人生を歩んでください。私を導く明けの明星のような貴方なしでは、もう呼吸すらできないのです──
バ場は良……?です