メジロ家の愛のターフのバ場事情   作:ボブソン888

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Morning Lemontea ―a cup with love―

 アタシは毎朝、貴方に恋をする。

 朝に起きて貴方の事を想う。心が温かくなるような感覚が好きだ。

 いつもよりも心が弾むのは、今日がデートの日だからかな? 

 自分の部屋の中で精一杯のオシャレをする。お兄ちゃんに可愛いと思って欲しいから。

 姿見で全身を写して、変な所がないかをチェックする。

 うん、これなら、お兄ちゃんも褒めてくれるかな? 想像して頬が緩んでしまう。

 待ち合わせ時間までもう少しあるけど、そろそろ行こうかな。

 

「Wow! So cute! ドーベルおめかしして、今日はBoyfriendとDateですか?」

「あ、タイキ……うん、デートしてくるよ。あと今日は外泊するから」

 

 同室のタイキが朝食から戻ってくると、アタシの恰好を見て褒めてくれる。

 ……あ。デートの事で浮かれ過ぎて、余計な事言っちゃったかも。

 

「わかりました! 楽しんできてくださいネ! ……What!? 

「……あー、もう時間がないやー。じゃ、いってくるね」

「Wait! ドーベル! どういう事なんですか!? Please Wait!  Wait! 

 

 ……帰った時に絶対に色々と聞かれる。

 メジロ家に泊った事にしよう。実際、メジロ家に泊まるのだから。

 ただ、お兄ちゃんと一緒にだけど……

 休み明けにメジロ家から直接、登校する為に制服などを入れた鞄を掴み部屋を出る。

 タイキが後ろで何か言っているけど、聞こえないフリをして寮を飛び出す。

 逃げ出すために駆け出した脚は、お兄ちゃんに会えるのが嬉しくて、いつもよりも軽かった。

 

 

 

 待ち合わせ場所の駅に着くと、もうお兄ちゃんは待っていた。

 毎回、早く着くのに……いつもお兄ちゃんは先に待ってる。

 たまには、待つ楽しみを経験させて欲しいんだけど……

 前にそれを言うとお兄ちゃんは、悪戯っぽく笑ってウインクするだけだった。

 キザな仕草なのに、不思議と不快感はなく、お兄ちゃんに似合っていた。

 

「おはよう、今日の恰好も可愛いな。天使かと思ったよ」

「おはよう……お兄ちゃんのバ鹿。ほら! 行こ!」

 

 いつもコレだ。アタシに会う度にいつも可愛いと言ってくれる。

 ……余計な修飾語もついていて恥ずかしいけど。

 アタシが自分なんて可愛くない言おうものなら、お兄ちゃんが事細かにアタシを褒める。

 いつもの感覚で自分を卑下して言ったら、公衆の面前でひどい目にあった。

 今思い出しただけでも、顔が赤くなる。

 それ以来、お兄ちゃんの前では、絶対に言わない様にしている。

 今度は何を言われるか分かったものではない。

 

 お兄ちゃんの手を握ると、お兄ちゃんは鞄をアタシから奪い、ギュッと握り返してくれる。

 気恥ずかしさと嬉しさが、アタシの心を擽り、胸が弾む。

 手を握ってくれる。それだけで、胸が弾むアタシってチョロいのかな? 

 

「さて、今日は何処に行くんだ?」

「……ありがと。今日は画材屋さんに付き合ってくれる?」

「勿論だよ。俺の可愛い天使様」

 

 ……本当に質が悪い。恥ずかしいけど……それ以上にやっぱり嬉しい。

 昔も勿論優しかったけど、こんなに甘い言葉を言いう人だったっけ? 

 何だか箍が外れてない? ……まぁ嫌じゃないけど。

 

 電車に揺られて目的駅に着き目的地のお気に入りの画材屋さんまで歩く。

 お兄ちゃんはアタシと歩く時に、いつも歩調を合わせてくれる。

 それが大事にしてくれている事が伝わって、堪らなく嬉しい。

 いつもよりもゆっくりと時間を掛けて歩く。繋いだ手を離すのが惜しくて……

 ただ、そこまで離れていない場所の画材屋さんだからすぐに着いてしまう。

 ……もう少し手を繋いでいたかったなぁ。

 店内に入るとお兄ちゃんは珍しそうにキョロキョロと辺りを見回している。

 その仕草が、なんだか子供っぽくて可愛い。

 

「おー、めっちゃデカい店だな。そういえば、今日は何を買うつもりなんだ?」

「つけペン用のインクが切れちゃって……あと、ペン先と用紙も買う予定」

「了解。……ちょっと俺も買い物してもいいか?」

「うん。ならすぐに商品持ってくるから、一緒に周ろ」

「ゆっくり選んでもいいんだぞ?」

「あはは、買うモノは決まってるからそんなに掛からないよ」

 

 お兄ちゃんが気遣ってくれるけど、お兄ちゃんの買いたい物も気になる。

 行きつけの店だから、商品の場所も把握しているからアタシの目的の物はすぐに揃った。

 お兄ちゃんの持っている買い物カゴに商品を入れる。

 

 

「沢山持たせてゴメンね。アタシが買い物カゴ持つよ」

「いや、別に重くも無いから大丈夫だ」

「もーお兄ちゃんはすぐそうやって……いつでも持つから言ってよ?」

「心配してくれてありがとな」

「別に……普通だし」

 

 アタシは気恥ずかしさで、ぶっきらぼうに答えてしまった。

 でも、お兄ちゃんは気にせず笑ってアタシの頭をガシガシと撫でてくれる。

 セットした髪が崩れるからやめて欲しい。怒ったふりをして後ろを向く。

 クラフトのコーナーに行きたいとお兄ちゃんが言うので、振り向かないで案内する。

 振り向かないのは、決して顔が熱くなっているからじゃない。

 お兄ちゃんはクラフトコーナーで、少し悩みながら商品をカゴに入れていく。

 石粉粘土にアクリル絵具とニス、革紐とカラー麻紐と木製フープ。

 ……? 何を作るつもりなんだろう? 

 

「ねぇお兄ちゃん。何を作ろうとしてるの?」

「……お前等はさ、俺が勘当されてる時に寝付きが悪かったんだろ? 詫びって訳じゃねぇけど、フクロウの置物とドリームキャッチャーでも作ろうかと思ってな」

「そっか……ありがと」

 

 また心が温かくなる。愛おしさがこみ上げてくる。

 今日もまた、貴方への恋が愛に変わる。

 本当に勘弁してほしい。どれ程アタシの心をときめかせるつもりなんだろう。

 顔に手を当ててニヤケる顔を直そうとするけど、顔が元に戻らない。

 

「なぁ、なんでさっきからちょくちょく後ろ向いてんだ? ドーベルの可愛い顔が見えないぞ?」

「なんでもないから……早く会計済ませてご飯に行こ」

「……? 分かった。会計してくるからちょっと待ってろ」

 

 ニヤケた顔を見られない様に後ろを向いていたら、お兄ちゃんはサッサとレジに向かいアタシの分まで会計してしまった。

 慌てて代金を払おうとしても、お兄ちゃんは頑なに受け取ってくれない。

 買い物に付き合って貰ったのに……アタシだってレースの賞金でそこそこ稼いでるのに……

 

 画材屋さんから、また少し歩き目的の店に着く。

 着いたのは隠れ家的なオシャレな焼肉店。

 昼は定食を出しているらしくて、凄い美味しいと教えて貰った。

 暖簾を潜ると店員さんの、威勢のいい声がアタシ達を迎える。

 

「いらっしゃいませ!」

「すみません。予約したメジロです」

「お待ちしてました! こちらへどうぞ!」

 

 案内された席に着くと、おしぼりとお冷を渡される。

 注文はもう予約の時にしているので喉を潤して待つ。

 予約していた席以外は満席だった。期待感が高まる。

 

「おぉ、なんだか雰囲気の良い店だな」

「ここはエアグルーヴ先輩が、教えてくれたお店なんだ」

「へぇ、エアグルーヴがね。いい店知ってんだな、あいつ」

「……ねぇ、先輩とどういう関係なの?」

 

 エアグルーヴ先輩の事を、随分と親しげに呼ぶんだね……お兄ちゃん。

 そういえば、あの再会した時にも一緒に居たね……

 自分の心から、嫉妬の炎が這うを感じる。これはどっちに対しての嫉妬なんだろう。

 尊敬している先輩と、親しげなお兄ちゃんに対してか。

 それとも愛しているお兄ちゃんと、親しげな先輩に対してか……

 

「エアグルーヴ? 別にただの知り合いだぞ? 強いて言えば取引先?」

「と、取引先?」

 

 え? 取引先? どういう事?

 予想外のワードに面喰って、頭の中が混乱している。

 

「俺が手伝いをしてる農園の作物を学園に卸しててな? その調整とかで顔を突き合わせてるだけだ。まぁ世間話するくらいの仲かな?」

「そうなんだ……良かった♪ 

「お待たせしました! 牛カツ定食です!」

「お、ありがとうございます。ドーベルなんか言ったか?」

「ふふ、なんでもない♪ 食べよ!」

「そうだな、頂きます」

 

 タイミングよく料理が来て、アタシの呟きはお兄ちゃんには聞こえなかったみたいだ。

 嫉妬の炎が収まり、心が軽くなるのを感じる。我ながら単純だ。

 でも、ヤキモキするのも不思議と楽しく感じる。

 

 出て来た定食は、牛カツと具がネギだけの味噌汁とご飯のシンプル定食だった。

 調味料はタレとワサビの2種類。まずは、そのまま食べてみる。

 ……凄く美味しい! 流石、エアグルーヴ先輩のお勧めのお店! 

 柔らかくって少し歯に力を入れただけで嚙みきれる! 

 赤みがまだ残ってるけどそれが逆に歯触りの良さに繋がってるんだ……

 血の味も臭みがなくて上品で、脂がほんのりと甘みを出している。

 

「おぉ……美味いな。これ本ワサビか。少し苦みがあるけど爽やかな辛味がいい。ワサビが肉の脂をサッパリしてくれて、鼻から抜けるワサビの香りが食欲が増す」

「お兄ちゃん! タレも美味しいよ!」

「醬油ベースか……焼肉屋のタレとしてはサッパリしすぎだが、それが逆に肉のポテンシャルを損なわせず肉の味を後押ししてるな……米が進む味だ」

 

 お味噌汁も美味しい……ホッとする味だ。これだけでもご飯が進むよ、これ。

 ネギだけのシンプルさだから、カツオ出汁とお味噌の旨味を邪魔しないでダイレクトに感じる。

 二人して美味しいと言いながら食べ進めた。

 結局、ゆっくりと味わいたかったけど、美味しさですぐに食べきってしまった。

 はしたなくなかったかな……? 今更ながら恥ずかしくなってきた。

 

「……ちょっと、お手洗いに行ってくるね」

「おぉ、行ってきな」

 

 鏡を見て、自分の姿に乱れがないかを確認する。

 食事でリップが落ちていたので塗り直し、髪のセットを手早くなおす。

 少し顔が赤いけど……まぁ許容範囲でしょ。

 

「お待たせ」

「んじゃ行くか」

 

 水を飲んでいたお兄ちゃんが、アタシが戻るのを確認すると立ち上がる。

 お兄ちゃんがスタスタと店の外に出ようとする。

 

「ちょっと待って、まだお会計が……」

「ん? もう払っといた」

「え? アタシに払わせてよ」

「オイオイ、こういう時は男を立てるもんだぜ?」

「……ごちそうさまです」

「あいよ」

 

 それは時代錯誤だよって言いたかったけど、言葉を飲み込んだ。

 こういう時のお兄ちゃんは、絶対に引かないから。

 まったく……本当に頑固なんだから。

 お兄ちゃんは、よく人の事を頑固だと言うけれど、お兄ちゃんが一番頑固だよ。

 

「この後、どうする?」

「ちょっと早いけど屋敷に戻ろう」

「いいのか? 服とか見に行ってもいいんだぞ?」

「どうせ、お兄ちゃんがお金を出すんでしょ? だから行かない」

「別にいいじゃねぇかよ。ドーベルの可愛い姿が見られるんだ、必要経費にしたって安いモンだ」

「いいの。それに元々、お昼ご飯の後は屋敷に戻る予定だったから」

「……わかったよ。今日のデートプランはドーベルに任せてるからな」

 

 アタシはちょっと嘘をついた。

 本当はお兄ちゃんの好みの服を選んでもらって、それを買おうと思っていたけど……

 これ以上、お兄ちゃんにお金を使わせたくない。

 なんだか、それじゃあアタシがお兄ちゃんを利用して、貢がせてるみたいでイヤだ。

 

「それじゃ、エスコートさせて頂いてもよろしいかな? 可愛らしい俺のお嬢様」

「ふふ、何それ……えぇ手を取って頂けますか? アタシの愛しのジェントルマン」

 

 お兄ちゃんは差し出したアタシの手を取り、手の甲にキスをする。

 本当に油断するとすぐにコレだ……

 お婆様も言ってたっけ、もしかするとお爺様にイタリアの血が入ってるかもしれないって。

 冗談半分で言っていたけど、お兄ちゃんの事を思うと納得できる。

 お兄ちゃんの指がアタシの指に絡む……俗に言う、恋人繋ぎ。

 

「お兄ちゃん、荷物重くない? 爺やに迎えに来てもらう?」

「いや重くないよ。それに今はドーベルと手を繋いで歩きたい気分だ」

「……そっか、アタシもお兄ちゃんと手を繋いで歩きたい気分だった」

「なら、相思相愛だな」

「……お兄ちゃんのバ鹿」

 

 ギュッとお兄ちゃんの手を握ると、優しく握り返してくれた。

 ……やっぱり、アタシってチョロいかも。

 何を話すでもなく、屋敷までの道のりを手を握りしめてくれて、ゆっくりと歩く。

 ただそれだけで嬉しく、そして楽しかった。

 

 お兄ちゃんといると時間が極端に短くなる。

 屋敷までそこそこ距離が有った筈なのに、気が付けばもう着いてる。 

 

「おかえりなさいませ、若様、ドーベルお嬢様。言ってくださればお迎えに上がりましたのに」

「ただいま、爺や。……デートについて来ようとするのは、年寄りの冷や水が過ぎるぞ?」

「ハッハッハ、これは失礼、些か無粋でしたな。お茶をご用意します。談話室でお待ちください」

 

 屋敷に着くと、爺やが出迎えてくれた。

 爺やはお兄ちゃんの軽口に朗らかに笑う。

 談話室で待っていると、サービスワゴンにティーセットを乗せ運んできてくれた。

 ケーキスタンドにマカロンやクッキー、カヌレなどが乗っている。

 ……マックイーンが“減量中にメジロ家へは帰りたくない”と言っていたのを思い出した。

 概ね同感だ。体重が増えすぎない様にしないと……

 

「お食事はおすみのご様子だったので、スイーツをお持ちしました」

「……ありがとう、爺や」

「いえいえ、ドーベルお嬢様。この程度に礼は不要で御座います」

「給仕は俺がしよう。爺やは下がってていいぞ」

「かしこまりました」

 

 爺やが外に出たのを確認すると、お兄ちゃんが苦笑いでこちらを見ていた。

 お兄ちゃんは食べさせたがりだけど、案外減量に理解がある。

 ……その分、減量明けに、しこたま食べさせられるんだけど……

 まぁ日持ちする物ばかりだから、すぐに食べなくてもいいかな?

 お兄ちゃんが紅茶を淹れてくれて、穏やかで楽しい時間が過ぎる。

 本当に和やかな時間が好きだ。貴方の事を愛していると再確認できるから。

 この何気ない日常が堪らなく愛おしい……

 

 

 

 気が付けば日も落ち始め、夕焼けが部屋を照らしている。

 本当にお兄ちゃんと一緒に居ると時間が早く感じる。

 不意に談話室の扉からノックの音が聞こえ、お兄ちゃんが入室を促すと爺やが入ってくる。

 

「失礼いたします。ドーベルお嬢様、例の物が届きましたが……如何、致しましょうか?」

「あ、ホントに? なら持ってきてもらってもいいかな?」

「かしこまりました。少々お待ちください」

 

 爺やがアタシの荷物を持ちに部屋を出た。今日届いてくれて良かった。

 お兄ちゃんは、不思議そうな顔でアタシを見ている。

 

「……例の物? 俺は席を外した方がいいか?」

「ううん、此処にいて。お兄ちゃんに渡したい物だから」

「渡したい物?」

「お待たせしました。ドーベルお嬢様、どうぞこちらです」

「ありがとう、爺や。お兄ちゃんへのプレゼント。受け取ってくれる?」

 

 爺やが持ってきてくれた桐の箱を、お兄ちゃんに渡す。

 プレゼント……気に入るといいけど。

 

「……これは、酒か? 葦名の竜泉じゃねぇか! マジかよ!」

「お兄ちゃん、いつもありがとう。お礼だから受け取ってください」

 

 お兄ちゃんに贈ったのは所謂、幻の酒と言われている日本酒。葦名の杜氏が作る至高の酒。

 製造量も極端に少なく、杜氏が時間と素材を惜しみなく使って、ようやく出来る情熱の結晶。

 

「……いや何で!? 別に誕生日でもなんでもないぞ!? こんな高い酒受け取れねぇよ!」

「おやおや、若様……女性からのプレゼントを断るのは些か無粋が過ぎますな」

「あーまぁ確かにな……ありがとなドーベル。後で存分に味合わせてもらうよ」

「我儘言っていい? 今飲んで欲しいんだ」

「は? 今か?」

「うん、今。お兄ちゃんのお酒を飲んでる所を見てみたいんだ」

「えー……なんでそんな所を見たいんだよ」

「だってお兄ちゃんが酔ってる姿、見たことないんだもん」

 

 いつもと違う貴方をみたい。

 お兄ちゃんは、あまりアタシ達の前ではお酒を飲まない。

 酔っぱらってアタシ達に迷惑を掛けたくないと言っていた。

 だから、アタシ達はお兄ちゃんが酔っぱらった姿を知らない。

 あの日の夜の事は……その……別枠で……

 

「……酔っ払いなんて、そんなにいいもんじゃないぞ? まぁいいさ、実は俺もすぐにでも飲んでみたくて、うずうずしていたんだ」

「もしよろしければ、おつまみをお持ちしますが? それとも、なにか作らせましょうか?」

「ドーベルに軽食をやってくれ。俺は塩だけでいい。こんないい酒は、なるべく濁したくない。ドーベルからのプレゼントなら尚更な」

「かしこまりました」

 

 プレゼントを貰った子供の様に興奮しつつ、お兄ちゃんはニコニコ笑っている……可愛い。

 爺やが部屋を出て、しばらく待つと漆器製の盃と塩、サンドイッチを持ってきてくれた。

 爺やは手早く配膳すると、静かに一礼すると退室していった……気を遣わせちゃったかな? 

 でも、正直有難い……いくら爺やでも、お兄ちゃんとの時間を邪魔して欲しくない。

 お兄ちゃんの隣に座り直し、お酌をするとお兄ちゃんは盃に顔を近づけ香りを楽しんでる。

 

「堪らぬ匂いで誘うじゃねぇか……ぷはぁ……実に染み入る」

「お兄ちゃん、美味しい?」

 

 正直、アタシはあまりお酒の匂いは好きじゃなかった。

 でも、このお酒から感じる香りは、完熟した桃の様な甘く、それでいて爽やかな匂い。

 お兄ちゃんがゆっくりと、盃を呷ると目を閉じて、噛み締める様に呟く。

 

「ああ、果実の様に香り高く、口当たりは絹の様な滑らか、そして……いや、御託は無粋だな。ただただ美味い……本当にいい酒だ。ありがとなドーベル」

「どういたしまして♪ お兄ちゃんが喜んでくれて良かった」

 

 お兄ちゃんは、時々塩を舐めながら時間を掛けて飲む。

 盃が空になる度にお酌をする。

 ……なんだかお兄ちゃんのお嫁さんになったようで楽しい。

 酔いが回るとお兄ちゃんのテンションが、いつもより3段階ほど高くなった。

 上機嫌になってきたお兄ちゃんを見て、ふと疑問が沸き上がる。

 

「そいえば……お兄ちゃんは、なんでお酒を飲み始めたの?」

「……あー、うん。爺さんには言うなよ? 実はな爺さんに憧れたんだ」

「お爺様に?」

 

 お兄ちゃんとお爺様は、仲が悪い訳じゃ無いけど、暇さえあれば煽り合い、じゃれ合っている。

 その関係に、ちょっぴりだけ嫉妬する。

 普段なら言わないだろうけど、酔いのせいかお兄ちゃんはお爺様との思い出を饒舌に語る。

 

「ああ、爺さんが昔飲んでる時に一緒に居てな。酒を飲んでる爺さんが、なんていうか凄い絵になってて……カッコ良かったんだよ。フィリップ・マーロウみたいに見えた」

「そうなんだ……」

「それで俺も、そんな大人になりたいって思ってな。今は好きだから飲んでるだけだけどな!」

「そっか……アタシもお兄ちゃんにみたいな大人になりたいな」

 

 頑固で自罰的で自分勝手などうしようもない人。でも、明るく優しい大らかな愛の深い人。

 アタシの大好きで愛している素敵な人……そんな貴方に近づきたい。

 

「あぁ? 俺みたいな? やめとけ! やめとけ! 俺なんて、ろくな奴じゃねぇよ。ハハハ!」

「お兄ちゃんは凄い素敵な人だよ! ……お酒かぁ、いつか飲んでみたいな」

 

 いつもの余裕のある笑顔じゃなく、上機嫌な子供の様な笑顔でお兄ちゃんが陽気に笑う。

 ……可愛い。なんだか母性本能を擽られる。アタシって子供が好きなのかもしれない。

 

「ありがとよ。……その時は俺と飲んでくれよ! ハハハッ!」

「うん! 二十歳になったら一緒に飲もうね!」

「だがな、ドーベル。酒には注意点がある!」

「……注意点? なんだろう? 教えてくれる?」

「恋も酒も人を熱くし、明るくし、くつろがせる。だがな、酒を飲むようになったら気を付けろ。人類は酒の事を友だと思っているが、酒は平気で裏切ってくるからな! アーハハハハハハッ!」

 

 いつもと違う姿を見れた。本当にお酒を贈って正解だった。

 悪童の様に悪戯っぽく笑うお兄ちゃんが、とても可愛らしく見えた。

 新しい貴方の一面を見て、それがとても嬉しくて、そして愛おしさが溢れる。

 

 

 

 

 

 日が完全に沈み、夜になる頃には、お兄ちゃんはお酒を飲み干しソファーで寝てしまった。

 こんこんと寝入るお兄ちゃんを、アタシの部屋まで運びベッドに寝かせる。

 シャワーも浴びていないお兄ちゃんから、汗の匂いがする。

 本来であれば不快な香りの筈なのに……堪らなく愛おしく感じる。

 アタシがお兄ちゃんを愛しているからだろうか? 

 それがなんだか負けた様な気がして、お兄ちゃんの頬をグニグニ引っ張る。

 ふふ、面白い顔。つい興が乗って色々と悪戯をしてしまう。

 耳をつねったり、鼻を摘まんでみたり、頬を撫でてみたり、……唇に指を這わせてみたり。

 ……唇に触れた指先から、愛おしさがまた溢れる。

 どこまでアタシの愛は沸き上がるのだろうか? 今日だけで貴方への愛が溢れ出て止まらない。

 

 アタシは貴方に謝罪も、贖罪も、縋りつく資格も失ったと思っていたのに……

 貴方はそんな事、知った事じゃないとばかりに、アタシを赦し、愛してくれた。

 恐ろしくも情熱的で、無様で美しく、憎たらしい程愛おしい。

 今でも、そんな貴方の姿がアタシの心に焼き付いている。

 それでも、もう恐ろしさは不思議と感じない。

 貴方の体と触れ合い、貴方の心と通じ合ったからだろうか……?

 

「おやすみなさい、お兄ちゃん。アタシは、あなたを愛しています」

 

 アタシは毎夜、貴方に愛を捧げる。

 こんなにも胸が締め付けられるほど切ないのに、アタシの心は愛おしさで満ち満ちている。

 寝ている貴方の額に口付けをする。出来れば毎晩、貴方に口付けをして眠りにつきたい。

 おやすみなさい。大好きな貴方。貴方の目覚めが、有意なものでありますように……

 

 

 

 

 

「おはようドーベル。お前が好きなレモンティーを入れてみたんだ。飲んでくれるか?」

「おはようお兄ちゃん。覚えててくれてありがとう。頂くわ」

「今日は日差しが温かいし、風も穏やかだ。昼はピクニック気分で外でなんてどうだ?」

「……うん!」

 

 アタシは朝、貴方にまた恋に落ちる。

 ねぇ、お兄ちゃん……アタシは貴方にとって誇らしい存在になれているでしょうか? お兄ちゃんの心にアタシは焼き付いているでしょうか?

 貴方が家を出て色々な思い出を作っても、アタシ達の事を忘れないでくれてありがとう。

 アタシが想いを託した少女漫画よりも、素敵なこの日常がいつまでも続きますように。

 

 

 

 ──穏やかな風の中、夏の木漏れ日のような、ホッとできる貴方の肩で眠らせてください。貴方の心の中心に、アタシを居させてください──

 

 

 

 




ターフの状態は良……?の発表です。
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