メジロ家の愛のターフのバ場事情   作:ボブソン888

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Thinker

 貴女に願う、貴女へ託す、貴女を信じています。

 はい、お任せくださいお婆様。

 

 私の思いを乗せてすべてを超えていきなさい。

 はい、お任せくださいお母様。

 

 (わたくし)のその走る背に乗せているのは祈りか呪いか……

 親子三代の天皇賞制覇という、ともすれば押しつぶされるような重圧。

 それでも私は潰されなかった。

 お兄様という深海の様な暗闇の中で私を導く明星があったのだから。

 

 メジロ家のウマ娘の中で一番貴方に懐いていた自覚があります。

 お兄様が来る日は待ち遠しく二階の窓からピョンピョンと跳ねながら覗いた。

 お兄様が帰る日は帰るのが寂しくて泣きながら縋り付いて貴方を困らせた。

 

 我儘を言ってお兄様のお家へお泊りをしたこともある。

 貴方の匂いが充満した部屋が自分の部屋よりも落ち着いた。

 部屋にあるプロレスの技の本を見つけた。

 貴方を感じたくて技を教えて貰った。そうすれば貴方と触れ合えるから。

 後から知ったウマ娘に勝ちたくて買った本だと。

 私がレースの番組を見ようとテレビをつけたら、貴方はごめんねと野球の中継に変えた。

 今では私の趣味になった。

 後から知ったウマ娘が走る姿を見たくなかったと。

 3時のおやつを出してくれた。

 それは貴方が作ってくれたモンブランのタルト。

 メジロ家のパティシエには及ばない筈なのにとっても美味しかった。

 後から知った私の為に一生懸命に作り方を勉強したと。

 夕飯を貴方が作ってくれた。

 貴方が作ってくれたのはパスタもソースも自作のボロネーゼ。

 貴方のご両親が教えてくれた。昨日から私の為に作ってくれたと。

 それを言われた貴方は少し顔を赤くして美味しいか? と私に聞いた。

 私は世界一美味しいと伝えた。

 貴方はそうかとニッコリ笑って言った。

 夜同じベッドに入った。貴方は天皇賞制覇という重圧に晒されている私を見抜いて、大丈夫。

 今は忘れてお話ししようと頭を撫でてくれた。

 気が緩んだのだろう。

 私は泣いてしまった。

 幼稚園で有った事、メジロ家で有った事。

 色んな事を話した。

 

 翌日、やはりと言うべきか帰りたくないと駄々を捏ねた。

 貴方は軽く笑って今度は親戚の集まりがなくてもメジロ家に来てくれると約束してくれた。

 我ながら単純だった。

 それを聞いて貴方の周りを飛び回って喜んだ。

 帰りに車の中で私は昨日の事を宝物を見せびらかすように爺やに教えた。

 爺やもニッコリ笑ってくれた。

 

 宝石の様なキラキラと輝く日々が続いた。

 いつからか貴方が私達を駆けっこに誘った。

 駆けっこをして貴方を抜き去り、マックイーンは速いなと褒められた。

 嬉しかった。私を見てくれている。

 駆けっこをして貴方を抜き去り、マックイーンは凄いなと褒められた

 嬉しかった。私の頭を撫でてくれる。

 駆けっこをして貴方を抜き去り、マックイーンは偉いなと褒められた。

 ただただ嬉しかった。貴方に認められるのが快感だった。

 もっと褒めて欲しい。

 メジロ家の悲願などその時はすっぽりと抜け落ちていた。

 

 それが幼い私が犯した罪。

 貴方の気持ちを考えず貴方の胸の裡を知らずただただ自分勝手に無知のまま深く傷つけた。

 あの炎天下のターフが忘れられない。

 貴方は幽鬼の様な顔で私たちを駆けっこに誘った。

 いつもと違う超長距離の駆けっこ。

 私は貴方にまた褒めてもらえると思って二つ返事で了承した。

 貴方はいつもと違い、口角が裂けんばかりの笑顔を見せた。

 私はあまりの長距離の駆けっこにターフに倒れこんだ。

 初めて貴方に追い抜かれた。

 その姿は唯々美しかった。

 私のお兄様はウマ娘にも負けない自慢のお兄様だと世界中に伝えたい。

 倒れこみ、そのまま気絶するように寝てしまった。

 

 起きると貴方はもういなかった。

 私に挨拶も無しに帰ってしまった貴方に憤慨して、次に来た時はスイーツを作ってもらう事で手打ちにしようと思った。

 次はなかった。

 いつもなら来るはずの親戚の集まりにお兄様の姿はなかった。

 お婆様に聞いた。

 貴方がメジロ家を出たことを。

 理解が出来なかった。

 

 理由を知った。

 私のせいだ。

 私のせいで皆が大好きなお兄様が居なくなった。

 謝ろうと貴方の家へ行こうと思った。

 お婆様が私を諭した。

 それは貴方を侮辱することだと。

 私は自らの罪を理解して泣き喚いた。

 発狂したと言っていい程に。

 

 (惑星)の様な人だと思っていた。でも違った。

 私を導いてくれる(恒星)は苦悩して血反吐を撒き散らしながらも、その身も心も、魂さえも燃やして輝いていた。

 

 私はそんな尊い人を傷つけた。

 他の彼女たちが私を責めてくれればよかった。

 断罪されれば楽になれた。

 それでも彼女たちは私たちも同罪だからと私を責めなかった。

 私の世界が深海の様な静かな暗闇に包まれた。

 

 私を支えるのはメジロ家の悲願だけだった。

 天皇賞制覇を果たせばもしかしたら貴方に届くかもしれないから。

 ただ貴方に夢を果たした事だけを伝えたかった。

 それだけでいい。

 それだけで私は耐えられる。

 それだけで私は立ち上がれる。

 それが私の最後の(よすが)なのだから。

 胸が切なくなった……狂おしいほどに。

 

 最後に貴方にお願いがあります。

 

 貴方を深く傷つけた私に貴方に想いを伝える資格はないけれど、せめて深海の中でただ貴方をお慕いするのを許してほしい。




バ場は稍重です。
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