俺は今、夏の海に来ている。
と言っても遊びに来ている訳ではない。
「はい! 安いよ安いよ! 今なら特製の焼きそばが安いよ!」
「……あつい」
ただでさえ暑い夏に憎たらしい程に快晴の空……そして焼きそばを作る為に熱せられた鉄板……
シャツが汗で重くなる……俺何してんだろう……
「あぁ? 文句言うんじゃねぇ! 今が稼ぎ時だぞ!」
「……何故俺がこんな事をしている?」
「それはお前が暇そうだったから!」
そう俺が海に来ているのは目の前のウマ娘に拉致られたからだ。
そして気が付けば焼きそばを作らされている……なんでや……
「それは理由にならないぞ……」
「こまけぇ事はいいんだよ!」
「マジでせめて普通に誘えよ……何で毎回頭陀袋を被せる……」
「面白れぇから!」
「俺はちっとも面白くねぇよ……ゴールドシップ……」
彼女の名前はゴールドシップ。
俺が腐っていた時に救ってくれた恩人であり、何かにつけて俺を拉致る厄介な奴だ。
現実逃避気味に俺はコイツとの出会いを思い出していた。
俺がメジロ家から勘当され高校に進学するまでの合間期間に公園のベンチでぼーっとしていた。
以前ならば走り込みをしたり、筋トレをしたり、合気道の型の確認などに充てていた。
だがあの日以来はボーっと何も考えずベンチに座っていることが増えた。
燃え尽き症候群。
分かっている。
道場の先輩達に特に俺の場合はなりやすいからと教わった事があるから。
対策ももちろん聞いている。
それをする気力がないだけで。
言いようの無い虚無感と今のままでいいのかという焦燥感が俺を責め立てる。
あの日はまだよかった。
初めての勝利に酔いしれ高揚感でどこかおかしくなっていた。
その日の夜に忍び込んできた妹分を合気でベットの上で転がした。
誓ってそこまで淫らな事はしていないが男の部屋に忍び込んだ彼女に警告はした。
そして、ばあちゃんに大見得切ってメジロ家を出た。
清々しい気分だった。
だが日に日にその気分は落ち込んでいった。
彼女たちに勝てた事は嬉しい。
それは間違いない。
それを否定するのは俺が傷つけた彼女たちを侮辱することになる。
頭では理解している。
なのに本当に彼女たちを傷つけてまでする必要があったのかと考えてしまう。
ならば勝負なんてしなければよかったのか?
否である。
きっとあれが無ければ何時か俺は自壊していた確信がある。
ならどうすれば良かったのか……分からない。
答えの無い答えを求めて、頭の中はあの日の事がグルグルと堂々巡りを繰り返していた。
「なぁアンタどうしたんだ? 酷い顔だぞ?」
そう声を掛けてきたのがゴールドシップだった。
その時の俺はどうかしていた。
初対面のウマ娘に懺悔するように自分語りをした。
「そっか……なぁこれから暇か? どうせ暇だよな。私に付き合え!」
そうゴールドシップが言うと俺の返事を聞かずに手を引っ張り山に連れていかれた。
……なんで?
次の日にまたベンチに座っているとゴールドシップがやってきて今度は海に連れていかれた。
……だからなんで?
毎日同じようにベンチに座ってゴールドシップがやってきて色々な所に連れていかれた。
……だからなんでこんなに構ってくれるんだよ。
「へへ!ちったぁマシな表情になったじゃねぇか!」
正直、何回も繰り返すゴールドシップとのお出かけは楽しかった。
止まっていた俺の歩みが再び始まったんだ。
今までに比べれば遅い歩みだが確実に……
燃え尽きた火のない灰にちょっぴり熱が戻った。
そして高校に入りバ鹿二人と知り合い、友達になり、……親友になった。
気が付けばあの日の事に後悔はあるけれど自分の中で少しずつ消化出来るようになっていた。
傷が瘡蓋になり何れは治り、傷跡が残るだけの様に、
この心もまたいつかは治り、
一人で悩んで苦しんでいたら、きっと後悔の泥の中に沈んでいただろう。
そうならなかったのは荒谷と烏丸、そして何よりもゴールドシップがいたからだ。
本当に救われたんだ。
ありがとう、本当にありがとう。それしか言葉が見つからない。
恥ずかしいから中々言えないけれど、お前たちが大好きだ。
少しずつでもこの恩は返していくよ。
お前らが困った時に俺にお前らを救わせてくれ。
だから……だから頼むよ。
「拉致るのだけは止めてくれ……‼」
「へん! やなこった!」
憎たらしい程快晴の空にいる太陽が俺を嗤った気がした。
心の余裕は大事ですね!
メジロ家は…うん…