アタシ、メジロドーベルは真夜中に机に向かって自作の少女漫画を作っていた。
カリカリと音を立てGペンでペン入れをする。
皆が寝静まるのを待ってコッソリ書いている少女漫画。
それを書いているのを知っているのはアタシとお兄ちゃんだけ。
そもそも書き始めたのは貴方がきっかけだった。
貴方がメジロ家に泊まりに来た時にこっそり持ってきた漫画。
それを見つけたアタシは貴方と同じことをしたくて読ませてほしいとせがんだ。
少し驚いたような顔をしてそれでもニッコリ笑って貸してくれた。
面白くてつい夢中で読んでしまった。
それでもアタシは不満だった。
大好きな貴方が夢中になっているから。
もっとアタシを見て欲しい。
それならアタシが書けばいいんだ!
そんな事を思いついたアタシは貴方が次に来てくれた時に自作の漫画を見せた。
今にして思えばストーリーも滅茶苦茶で絵も下手な漫画とは名ばかりなものだった。
それでも幼いアタシが書いた漫画を見た貴方はたくさん褒めてくれた。
上手だね。面白い。才能があるよ。
認められて嬉しかった。
他の子にも見せようと貴方は言ってくれたけれど、それは恥ずかしかったからアタシは秘密にして欲しいとお願いした。
なら二人だけの秘密だねとウインクをしてくれた。
二人だけの秘密。
アタシの心はときめいた。
貴方は参考用に少女漫画としっかりとした漫画用品を買ってアタシにプレゼントしてくれた。
それがアタシの漫画の方向性を決めた。
それから貴方との秘密の関係が始まった。
貴方が来るとコッソリ書いた漫画を読んでもらって感想を聞かせてもらった。
感想を受けて絵を修正したりストーリーを練り直したり、イラストの勉強をした。
貴方はその度に上手くなってると褒めてくれた。
そんな秘密の関係が何年も続いた。
「ふぅ、今日はこのくらいにしようかな」
書いていた少女漫画を引き出しの奥にしまい込みベッドに倒れこむ。
同室のタイキシャトルはもうすっかり寝入り、”もう食べられまセーン”と寝言を言っている。
現実にいう人がいるとはと驚くとともに、あまりにベタな寝言にクスリと笑ってしまう
アタシは寝ようと思ってもなかなか寝入る事が出来なかった。
夏の暑さだけが原因ではない。
この時期になると鮮明に思い出してしまう。
あの猛暑日の事を……アタシたちの関係が壊れたあの日を……
暑いはずなのに体が震える。
あの日の貴方の死に物狂いの表情が怖かった。
あの燃え盛る炎のような視線が恐ろしかった。
何よりもアタシを見ていないような瞳に、体が……そして心が震えあがった。
今でも夢に見る、あの日のことを……
貴方のいつもの日向のような温かさとは違う、敵意にも殺気にも似た灼熱の感情を。
それが怖くて忘れてしまいたいと何度も思った。
あの日がすべて幻想であれば良かった。
思い出の中で夏の木漏れ日のようなホッとできる貴方で居て欲しかった。
でも本当の貴方は木星の様な人。
その姿は大きく雄大で優し気なのに、心の中で吹き荒ぶ暴風と灼熱の魂を持った恐ろしい人。
それでもすべてを黒く燃やし尽くすような貴方の
それ以来アタシは男の人が苦手だ。
貴方の恐ろしい姿が脳裏にチラつくから。
だからアタシは男の人に威嚇するようにつっけんどんな態度を取ってしまう。
お婆様から貴方がメジロ家を出たと聞いた時に少しだけ……ほんのちょっぴりだけホッとした。
貴方のあの恐ろしい姿を見なくて済むから。
それ以上に心にぽっかりと空いた喪失感があったけれど、それでもホッとした。
ホッとしてしまったんだ……
あんなに良くしてくれたお兄ちゃんが出て行ったのに!
あんなに褒めてくれたお兄ちゃんが出て行ったのに!
あんなに大好きだったお兄ちゃんがアタシ達のせいで出て行ってしまったのに!
自分が許せなかった!
自分が怖いからと、貴方が魂を燃やして勝ち取った気高き偉業を忘れたいなんて恥知らずな事を思ってしまった!
こんな小心者の誇りなき自分が堪らなく大嫌いだ!
だからアタシは貴方に謝罪する資格を失った。
だからアタシは貴方に贖罪する資格を失った。
だからアタシは貴方に縋りつく資格を失った。
恐ろしくも情熱的で、無様で美しく、憎たらしい程愛おしい。
そんな貴方の姿がアタシの心に焼き付いている。
きっと貴方はメジロ家を出てたくさんの思い出を作っているだろう。
いつかメジロ家での日常よりも多くの思い出を……
いつの日にか貴方に恋人が出来て、ただの妹分のアタシの事なんか忘れてしまう程に強く想い合うこともあるだろう。
本当は貴方が溜まらなく欲しい。
貴方の体と触れ合いたい。
貴方の心と通じ合いたい。
きっとそれは天頂の幸福だろう。
こんな恥知らずのアタシが貴方の恋人なんて夢物語だから、アタシは書いている少女漫画に想いを託す。
自分の妄想の中でしか貴方に愛を伝えられない小心者のアタシが本当に嫌いだ。
アタシが書いた漫画の中の誇りある主人公の様に勇気を出せなかったアタシが本当に嫌になる。
なによりも追い詰めたアタシが漫画の中とはいえ貴方と浅ましく結ばれるなんて吐き気がする。
それでも……それでも貴方の事が好きなんです。
だから、ごめんなさいお兄ちゃん……
あの日のことを忘れたがった小心者で恥知らずアタシがいうのは凄い我儘なのだけれど、それでもアタシを忘れないでください。
せめて貴方の広くて大きな心の片隅にいさせてください。
ターフの状態は稍重の発表です。