黒い瞳の奥に、星が映っている気がした。
「どうしたの?」
私の親友、キャシィが顔を下から覗き込んできた。ひらひらと揺れる鹿毛の前髪。毎回思っていることだけど、この娘の上目遣いは心臓に悪い。
「何でもないよ。ちょっと考え事をしていただけ」
慌てて眼を逸らして、半分氷の溶けたアイスティーを飲み込んだ。いつもの如く、本音なんて言えなかった。貴方の瞳が綺麗すぎて、ずっと眺めていたなんて事は。
「もう。今までの話聞いてた?」
「聞いてたよ。ありきたりな惚気話でしょ?」
「ちーがーうー! まだ付き合ってないしょや! 『付き合ってあげてもいいかな?』って話をしてたの!」
ズズ、とにんじんジュースの残りを飲み干して、素早く店員に追加注文を頼むキャシィ。チョコレートパフェはこれで3個目だ。彼女以外にウマ娘の友人がいなかった私は、ウマ娘は皆甘党で大食なのだと最近まで信じていた。実際のところ、人間の女よりはよく食べる娘が多いらしいが、人間同様に個人差も大きいようだ。
右手を差し出し、『もう一度見せて』のポーズを取る。ムスッとした顔で私を睨みつつ、ロックを解除するキャシィ。その所作も、子供みたいな反応も、全てが私にとっては愛おしかった。
ぺたっ、と小さな手のひらがケータイ越しに重ねられる。無言でウィンクを飛ばすと、怪訝そうな眼で見返された。仕方ないでしょう。本当は、私にとって愉快な話じゃないんだから。表示された画像に目をやる。青黒いスーツに身を固めた、ハンサムな紳士がそこにいた。
「ねえ、どー思う? 同じ白人としてひとこと」
「あのねえ、キャシィ。私はアメリカ人じゃなくてニュージーランド人なんだけど。そもそも、あんたたちウマ娘と私ら人間、イケメンの基準はそんなに変わんないんだよ。
でもまあ、いいんじゃない? 鼻は高くてスッと筋が通ってるし、体型も細マッチョって感じだよね」
「でしょ、でしょ? 次の日曜日、一緒に映画を見に行こうって誘われてるの。サスペンスなんだけど、怖いシーンとか無ければいいなあ」
そう言うキャシィの声は、誰が聞いても分かるほどに弾んでいた。まあ、気付いてはいたのだ。最初からこの娘の中で結論は出てる。最後の一押しとして、親友の私のお墨付きが欲しい。それだけ。昔っからそういうとこのある娘だから。
まじまじと画面を見つめなおす。『また』本音を言えなかったわけだが、個人的な感情を差し引いても、私はこの男が気に入らなかった。男らしくない内股もイヤだし、その割に好色そうな口元もイヤだったが、何よりも嫌悪を齎したのはその眼だった。何か、得体の知れない憤懣と、強烈な野心を湛えた深緑の光。キャシィの純真さとは対極にある、謎めいた屈折と反骨心を抱えた人物。そんな印象だった。
「ふんふんふん♪ 変わらない~♪ ときめき探して~♪」
上機嫌な鼻歌に、あえて冷や水をぶっかけてみる。
「どうせ付き合う気ならさ、最初から結婚前提にしたら?」
キャシィが、頬張っていた3個目のパフェを口から吐き出しそうになる。ゲホゲホと咽せる頭に手をやろうとすると、噛みつかんばかりの表情でこちらを睨んできた。
「け、結婚!? 付き合ってもないのに急ぎすぎじゃない!?」
「あのね、そういう意味じゃないの。『結婚前提にお付き合いしたい』って、あえてこちらから申し出て、相手の反応を見るのよ。誠実かどうか、それでわかるでしょ」
「ああ、そういう意味かぁ。もう、さっきからちょさないでよ」
今度はジト目で睨まれた。バリエーション豊かな表情は、本当に揶揄い甲斐がある。
「確かに、遊び人の可能性もあるのかなあ。北海道トレセンにいれば、私みたいなウマ娘とはたくさん出会えるわけだし……私がたまたま退学したから、目を付けられただけって可能性も……」
途端、顔から色が失せて、耳が前方へと垂れてしまった。人間と違って、ウマ娘の感情表現はいかにもストレートでわかりやすい。そんなに不安なら、お断りしてもいいんじゃないの。その一言をグッとこらえて、友人としてのアドバイスに徹する。
「逆に考えたら? 担当トレーナーでもなかった男が、わざわざ退学したあんたに交際を申し出てきたわけでしょ? 学校に居たときから惚れられてた可能性大だよ。向こうの好感度が最初から100パーセントなら、後はあんたの出方次第って訳」
「えええ? それはそれでポジティブすぎる考え方じゃないかなあ……うーん、まあいっか! 悩んでも仕方ない! 店員さん、にんじんジュースおかわり!」
「あんたねえ、代金誰が払うか忘れてない? まあいいわ、そのうち彼氏に払って貰うから。あ、店員さん、私もブラック一つで」
「だーかーら、まだ付き合えるって決まったわけじゃないべさ!」
顔を赤くする彼女に、意地悪な笑顔で応じる。
そう、私は意地の悪い女だ。もっともらしくアドバイスをしながら、内心、二人の関係が破局することを望んでいる。
遊びたいだけの男では無かったとしても、相手はアメリカからトレーナーとして海を渡ってきた若きエリート。まだまだ身を固めるつもりなんかないのかもしれない。ましてや、怪我でトレセンを退学したばかりの、落ちこぼれのウマ娘と家庭を築くつもりだとは、私には到底思えなかったのだ。
美味しそうにパフェを頬張るキャシィ。小学校で同じクラスになって以来、この娘の笑顔はずっと私の癒やしだった。母さんと大喧嘩をして家を飛び出したときも、好きでもないのに付き合った男から殴られたときも、何度この笑顔に救われることになったか分からない。
同い年の人間の子供からは、『外国の子』と見られて、距離を置かれてきた。日本語が流暢に話せるようになっても、私の金髪と青い目を見ると、大体の子は同じような反応をした。偏見無く付き合ってくれるのは、異種族であるウマ娘たちだけだった。実に皮肉なことだ。
「パフェ、コーヒーと半分ばくる?」
「どうして?」
「私はまだまだ食べられるけど、奢られてばかりも悪いかなって」
「それ、4個目を食べながら言うセリフ?」
ケラケラと笑って、もの言いたげな彼女の鹿毛をくしゃりと撫でる。柔らかい髪からは、太陽のように優しい匂いがした。
あんな男になど相応しくない。キャシィを一番愛しているのは、この私なんだから。