Special Weekを貴方と   作:烏丸百九

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―水曜日―

「もう切る」

『待って! まだ柄を決めてないよ』

 

 もうかれこれ二時間ほど、こんな遣り取りを繰り返している。私にとっては無条件で楽しいはずの時間だったが、正直なところ、ここ最近は苦痛の色合いが濃くなってきた。

 

「はぁ。キャシィ、細かいことは自分で決めた方がいいと思うよ」

『冷たいなあ。何でも相談に乗るって言ったべさ』

「上手くいかなかったときは、ね。順風満帆にしか見えないんだけど? 今のところ」

『これからもそうとは限らないじゃない。服一つで愛が冷めることだってあるよ。そうじゃなくても妊娠すると体形崩らさるんだから』

 

 あんまり聞きたくなかったワードをぶっ込まれて、思わずフワッと視界がぼやける。おめでたい話のはずなのに。私にとっては悪夢的な物語だ。

 あの男と『結婚前提の付き合い』を始めてからの展開は、私の想像以上に早かった。彼女は彼に夢中になり、彼も同様なようだった。妊娠の報告があったのは、恋人関係になってわずか半年後だ。しかも、既に妊娠二ヶ月目。もう『間女』の立ち入る隙間など無かった。

 これ以上、二人のメロドラマに口を挟む余地はない。そう考えた私は開き直って、自分から地雷を踏んでいくことにした。

 

「入籍は? いい加減に済ませたら?」

『もう、何度も言ってるべさ。彼、まだトレセンの寮にいるから、新居が決まり次第、役所に提出するよ。ハンコは押してあるし』

「それ、彼に預けてあるんでしょ?」

『うん』

「一応あんたが持ってた方がいいよ。『万が一』のために、ね」

『……意地悪な時のティナ、嫌い』

 

 ブツッ、と電話を切られてしまった。やれやれ、と溜息をつき、手元のデスクにケータイを置く。大学のレポートはまだ途中だ。乱雑に擲たれた資料の山の、背表紙だけをぼんやりと眺める。

 

«ウマ娘の家族主義―『血』のタブー»

 

 随分と扇動的なタイトルだ、とゲンナリした気持ちになる。レポートに必要でなければ、わざわざ金を出して買わない類いの本。どうせ保守的な自称『ヒューマニスト』が、ウマ娘を批判的に書いた本なのだろう。読まなくても、大体想像はつく。

 

 とはいえ、彼女たち―ウマ娘の間で『血統』がタブー視されがちなのは、半ば公然の秘密ではある。メジロ家、ノーザン家、ヘイロー家。ウマ娘の『名家』もいろいろあるが、その共通点はただ一つだ。つまり、血が良いこと―走るのが速い、名バと呼ばれるウマ娘を、何代にも渡って輩出していること。金や権力を持っているものが『貴族』と呼ばれる、人間の貴族主義とは大きく異なった、彼女たちのエリート観。

 もちろん、人間であっても、例えば伝統芸能の世界を見れば、そうした『名家』は沢山あるだろう。しかし、天才的な歌舞伎役者の息子だからと言って、父の才能を継いでいるとは限らない。まるで才能が無く、悩んだ末にタレントや実業家に転身する例は枚挙に暇が無い。

 そして、そうした『落ちこぼれ』の子供は、余程の事が無い限り、わざわざ歌舞伎役者を目指したりはしないものだ。江戸の昔と違って、今は職業選択の自由があるのだから。

 だが、ウマ娘はそうではない。たとえ本人が『落ちこぼれ』でも、その娘が生まれ持った才覚によって躍進し、やがてGⅠウマ娘になったケースが多々ある。本人達は黙っているし、メディアも表立っては口にしないので、研究者以外は知らないこともあるが、世代を何代か辿った結果、名ウマ娘の子孫だと判明した例も数多く存在する。

 

 眠る準備を整えながら、キャシィのことを考える。

 やがて生まれてくる彼女の子供は、ウマ娘だろうか。それとも、人間の子供だろうか。ウマ娘ならば、母親と同じ『落ちこぼれ』だろうか。それとも―

 

 考えるのをやめ、布団の中に潜り込む。レポートの期限は迫っているが、私が考える問題ではない。これは、彼女たちウマ娘の問題なのだから。

 

 そして、悲しいかな、彼女の子供は、私の子供ではないのだ。絶対に。

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