Special Weekを貴方と   作:烏丸百九

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―土曜日―

「LOVE&TURF、駆けてゆく……景色が色づく」

 

 私の歌で、キャシィは目を覚ました。

 

「……また、眠ってたんだ」

 

 ベッドの上で、キャシィが身を起こす。昨日まで付けられていた無数のチューブは、当人の希望で取り外されていた。

 

「不思議……なんだよね。あんまり体がいずくないの」

「うん。お医者様も言ってたよ。呼吸や心拍は安定してるから、点滴だけでも大丈夫だろうって」

 

 あれから二週間。キャシィとその娘は、辛くもあの火事を逃げ延びた。

 でも、病院の機能回復を待たずに、陣痛が始まった。火災の原因は漏電で、手術室も使用不可能だった。自然分娩を強いられた彼女は、出産のショックに耐え抜いたものの、内臓をズタズタにされてしまった。

 複数回の手術が行われたが、出来たのは延命措置だけ。キャシィの元に残ったのは、壊れた体と、僅かな余命。病院からの慰謝料。そして、奇跡的に無事だった赤ん坊。

 赤ちゃんの体重はもう4200グラム。今、私の腕の中にいる。元々大きな体で生まれた、健康体すぎるほどの健康体。授乳出来ない母親の代わりに、私がミルクを与えて、すくすくと育っていた。

 

「分かったの? 名前」

 

 眠そうな瞳をした、キャシィに尋ねる。

 彼女たち―ウマ娘の名前は、違う世界から魂とともに『降りてくる』と言われる。名前を知ることが出来るのは、赤ん坊当人と母親だけだ。

 『降りてくる』タイミングは出産直後がほとんどだが、その仕組み上、母親が急死した場合、当人が言葉を発するまで、名前が分からなくなってしまうことが稀にあるそうだ。そして、キャシィはあまりの苦痛からか、『降りてきた』記憶を喪失してしまっていた。

 

「……うん。今朝、思い出した」

「本当!? すごいわ、キャシィ。今、言える?」

「……”特別な日々”(スペシャルウィーク)

 

 特別な日々(スペシャルウィーク)。思わず天を仰いだ。なんて美しく、そして皮肉な名前だろう。母と数週間しか共に生きられなかった子に、こんな名前を与えるなんて!

 心の中で神とやらにファックサインを上げながら、私は努めて優しく話しかけた。

 

「スペシャルウィーク。スペちゃんか。最高に可愛い名前だね。私から主治医に報告しておくから」

「名前の通り、特別なの。きっと、その子は。産んだとき、そう感じた」

「ええ、特別だよ。どんな生まれの子だって」

「違うの、聞いて。……っつ」

「駄目、もう寝なさい。何も心配しなくていい」

「お願い。抱かせて」

 

 黒い瞳の中に星。たとえその美しい頬が、骸骨のように痩せ細っていても、瞳の輝きだけは、昔のキャシィと変わらなかった。

 スペシャルウィークは眠っている。重たい子供を落とさないよう、細心の注意を払って、彼女の折れそうな腕に渡した。

 

「可愛い……」

 

 目を細めるキャシィ。娘の顔は、哀しいほどにキャシィに似ていた。誰よりも、何よりも愛しいだろう。共に過ごせる時間が限られているなら、尚更だ。

 独り言のように、キャシィは呟いた。

 

「お願いがあるの」

「何?」

「私は……地方から、いつか中央に行きたかった。トレセン学園の生徒として、日本一のウマ娘になりたかった。素敵な人と結婚したかった。良い母親になりたかった」

 

 まるで遺言のように、キャシィは言う。胸の奥に、汚濁した黒い手を突っ込まれて、ギリギリと捻られるような感覚を覚えた。でも、顔には出さない。キャシィの痛みに比べれば、私の痛みなど高が知れているから。

 

「何もかも叶わなかったけれど……こんなの、親の我が儘だってわかってる。わかってるけど、この子には、私の夢を叶えて欲しい。幸せになって欲しい」

 

 キャシィが、私に向けて腕を伸ばす。眠る赤子を、再び私は受け取った。

 

「お願い。この子を、立派なウマ娘に育てて。ティナ、貴方が」

 

 白妙の頬に、一筋の涙が流れていた。

 元より、頼まれなくてもそのつもりだ。この子は、誰よりも立派なウマ娘に育て上げてみせる。私が、この手で。

 

「わかった。きっと出来るよ。この子は、他の誰でもない、あんたの娘なんだから」

「ありがとう、ティナ。私、貴方に出会えて良かった。愛してる」

 

 言われたかった言葉。ずっとずっと、心の底で私が望んでいた言葉。

 たぶん、彼女にとっては、そういう意味じゃなかったけど。

 

「私もだよ、キャシィ。貴方を愛してる」

 

 腕の中の赤子ごと、彼女の細い肩を抱きしめる。

 ああ、もっと早くこうしていたら。

 彼女の暖かさが、捻られた私の胸を解きほぐして、優しく撫ぜてくれた気がした。

 

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