Special Weekを貴方と   作:烏丸百九

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―月曜日―

 夏の日差しの元、オンボロ軽トラを走らせる。後方から、朗々とした歌声が響いてきた。

 

「あなたが作る♪ 明日♪ 感じて~♪」

「後ろでうるさいよ、スペ。あんたの声、大きいの知ってるべさ」

「でもおばさま、スペちゃんあの曲大好きなんですよ。おかあちゃんが好きだった曲なんです、って。いつもカラオケで歌うんです」

 

 そう言って、助手席のスズカは微笑んだ。半年前よりも垢抜けて、美しさに磨きがかかったように見える。女性らしさが増したためなのか、私の心境の変化なのか、あの男―父親の面影は、もう然程感じられなかった。

 それにしてもあの男、わずか半年で試験に合格したらしいのも驚きだが、娘の申し出にあっさりと許可を出したのもびっくりだ。僅かな帰省の間に、ライバルの実家に遊びに行くなんて、普通はオーケーと言わないだろう。話を聞いてても感じたが、やっぱり私と同じ親バカだな。それも、筋金入りの。

 そんなことを思っていると、軽トラの荷台から、スペがまたも大音量で呼びかけてきた。

 

「ちょっとスズカさん、今私の悪口言ってましたよね!?」

「わ、悪口なんて言ってないわ。ただおばさまに、スペちゃんがこの曲を好きだって……」

「えええ、言っちゃったんですかぁ!? もう、恥ずかしいから内緒にしてって言ったじゃないですかー!」

「後ろでそれだけ熱唱してて、今更恥ずかしいもヘチマもないべさ。半可臭いねえ」

「うう、こうなったらお返しです! おかあちゃん、スズカさんのマル秘情報! 一緒にカラオケに行くと、いっつも『ジョジョその血の運命』を熱唱するんですよ!」

「ちょ、ちょっと、スペちゃん、突然何を言ってるの!?」

 

 シートベルトを外して、スズカが身を乗り出した。顔がトマトみたいに真っ赤になっている。

 

「ジョジョって、あのマンガの? 懐かしいねえ。私が子供の頃から連載してるんだよ、アレ」

「そうだけど、最近テレビアニメになったんよ! テーマソングがアツい曲でね、スズカさんはいつもすっっっごい大声で『そぉのぉ血の運命!ジョ~~ジョ!!』って―」

「スペちゃん、いい加減にしてっ!」

 

 危ないからやめなさい、と興奮するスズカを片手で制する。『その血の運命』か。二人にバレないように、私は小さく笑った。

 

 

◇◇◇

 

 

「スズカちゃんは……寝ちゃったか」

 

 草叢で、スズカはすやすやと寝息を立てている。今年のエクリプス賞有力候補とは思えない、年相応な少女の寝顔だった。久々に散々野山を走り回ったから、疲れてしまったのだろう。

 

「さっきのバーベキューの残り、食べる?」

「ううん。明日スズカさんと一緒に食べる」

 

 そう言って、傍らに座るスペは私を振り向かず、眠るスズカを見守っている。黒い瞳の中に星。空に輝く満天の銀河と、スペの宇宙はどこかで繋がっているのかもしれない。キャシィそっくりの横顔を見ていると、柄にもなくそんなことを考えてしまう。

 この夏で、スペはトゥインクル・シリーズを引退し、帰郷した。ライバルのグラスワンダー、そして米国から正式に日本へ戻る予定のスズカとの決着は、冬のウィンター・ドリーム・トロフィーまで持ち越しとなった。お互いに、手の内を知り尽くした相手だ。おまけにドリーム・シリーズでは、未だに現役続行中のシンボリルドルフら、強豪古バ達とも対決しなければならない。

 

「良かったの? スペ。こんな長期間の休みを取って。故郷で足がナマっちゃいましたなんて言い訳、私が許さないからね」

「あはは。心配しないでよ、おかあちゃん。基礎トレはちゃんと続けるから。でも、今はおかあちゃんの側にいたいな、って」

 

 そう言って、こちらを振り向くスペ。父から離れたスズカとは対照的に、年齢が近づくにつれて、ますますキャシィの面影は濃くなっていた。私の愛した、あの顔に―バカ、何を考えてる? スペは私の娘だぞ。

 

「おかあちゃん、どうしたの? 変な顔して」

「あ? だ、誰の顔が変だって!?」

「えー、変だべさ。なんか顔赤いし」

 

 えへへっ、と悪戯っぽく笑うスペ。ああ、全く。笑い方まで母親に似てきた。

 私はそっと、スペの片手を握る。掌に、熱い血の流れを感じた。人間と変わらない、赤い血の温かさを。スペは、困惑した表情で、私を見つめ返してくる。

 

「お、おかあちゃん? どうしたの」

「スペ、ごめんな。今まで、あんたを日本一のウマ娘にしたくて、こんな田舎で、トレーニングばっかりさせてきた。走りに変な癖をつけたくなくて、他のウマ娘とも遊ばせず、都会の学校にも行かせなかった。全部、私がエゴでやったことだ。

 親バカだけど……あんたは産みのおかあちゃんに似て、顔もめんこいし、性格もいい。本当なら、トレセンなんかに行かなくても、普通のウマ娘として幸せに―」

「何言ってるのさ、おかあちゃん!?」

 

 耳元で、いきなりの大声。思わず、握っていない片手で耳を塞いでしまった。

 

「ば、バカ。人がボリューム下げて喋ってんのに」

「ご、ごめん。でも、おかあちゃん、そんなことで謝るなんておかしいよ。

 私は、日本一のウマ娘になれた。トレセン学園で、スズカさんや、色んなウマ娘の皆とお友達になれた。全部、おかあちゃんが助けてくれたから出来たことだよ。育ててくれたのが、産みのおかあちゃんでも、他のウマ娘でもない、私のおかあちゃんだったから」

「スペ……」

 

 星々から、涙の光が零れ落ちている。暖かいスペの手が、私のそれをぎゅっと握り返した。

 

「だから、そんなこと言わないで。私、おかあちゃんの娘で良かった。愛してる」

 

 そう言って、頬を染めて俯いてしまう。ああ、そうか。それを言うために、私の元に戻ってきてくれたのだ。この子は。

 私は、握られた手を解いて、両手でスペを抱きしめる。柔らかい髪からは、太陽のように優しい匂いがした。そういえば、この子がトレセンに行ってから、しばらくこうしていなかった気がするな。

 

「おかあちゃん―」

「私もだよ、スペ。貴方を愛してる」

 

 横目で、ちらりとスズカを見る。視線に気付いたか、慌てて横向きに転がった。良い子。父親に似なくて良かったわ。

 スペの体温を感じつつ、肩の上から夜を見る。星が照らしたこの道が答えだと、この子はきっと知っていたのだろう。

 

 ずっと、側にいよう。

 私たちの夢が終わっても、まだこの子の夢は続いていくのだから。

 

 

 

(終)

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