クロト・フォウ・コーラサワーは今やライトノベル社会で常識とも言える転生者である。
前世のクロトはオタク趣味があること以外は平凡な会社員であったが、若くして亡くなりこの乙女ゲームの世界に転生したのである。
ちなみにクロトは前世でも男で、乙女ゲームをやるような趣味はない。それなのに何故乙女ゲームの知識を持っているのかというと、その理由は彼の前世の知り合いの兄妹にある。
この乙女ゲームは実力のある有名なシナリオライターにイラストレーター、声優といった豪華な製作陣を揃え、キャラクターのグラフィックやシナリオの全てが高い評価を受けていた。
しかし乙女ゲームの製作会社は元々、主にロボットゲームや戦争系のゲームを作っていた会社で、乙女ゲームも剣と魔法のファンタジー世界なのにロボットや空を飛ぶ戦艦が登場して、冒険パートやロボットや戦艦と戦う戦略パートがあったのだ。しかも戦略パートは味方と敵の戦力バランスが完全に崩壊している鬼のような難易度。
味方を充分に鍛え、入念に準備を整え、おまけに攻略本を片手に挑んでも圧倒的な力を持つ敵に蹂躙される鬼畜のような戦略パートに、知り合いの妹は乙女ゲームを断念。そしてその妹は、詳しくは知らないが弱みを握った自分の兄である知り合いに乙女ゲームの攻略を押し付け、何故かクロトもそれに巻き込まれたのだった。
クロトは乙女ゲームには興味は無かったがロボット系ゲームのファンだったので、戦略パートのみという約束で知り合いの乙女ゲームの攻略の手伝いを協力した。
知り合いが恋愛パートと冒険パートをしている時にクロトはスマホのソーシャルゲームをして、クロトが戦略パートをしている時に知り合いは休憩をするという役割分担でクロトと知り合いは乙女ゲームをプレイしたのだが、攻略を困難を極めた。主に戦略パートで。
徹夜で乙女ゲームを進めても、戦略パートでチートと言っても過言ではない敵に何回もゲームオーバーにされていい加減我慢の限界がきたクロトは、二千円程支払って乙女ゲームの課金アイテムである強力な戦艦とロボットを購入。それからは課金アイテムの戦艦とロボットを使ったゴリ押しで敵を倒し、彼と知り合いはついに乙女ゲームを攻略したのだった。
乙女ゲームを攻略したことで思わずハイテンションとなったクロトと知り合いは「何か旨いものでも食べに行くか」と言って家を出たのだが、徹夜で乙女ゲームをプレイしていた疲れのせいで二人揃って家の前の階段を転落してそれが原因で死亡したのだ。
クロトが前世の記憶を取り戻したのは一年前、十三歳の誕生日。その日に彼は父親……だと思っていたコーラサワー家当主から「実はお前は本当の子供ではない」と重大な事実を告げられた。
話によると父親は十三年前、事故で遭難している時に偶然未発見の島に辿りつき、その島には古代文明の遺跡があったそうだ。父親は遺跡を調べている時に壊れかけのカプセルを見つけ、カプセルには赤ん坊だったクロトが入っていたらしい。
作り話かと思うくらいとんでもない父親の話にクロトは強いショックを受けて、その影響で前世の記憶を取り戻したのである。
父親だと思っていた人が実の父親じゃなく、しかも古代の遺跡で発見された正体不明の子供。まるで何処かの物語の主人公みたいな設定だが、クロトの記憶ではあの乙女ゲームにそんな設定のキャラクターはいなかったはずである。
自分の正体が気になったクロトは、父親が俺を見つけたという島を探すことにした。父親もあれから何度もその島を探しても結局見つからなかったらしいが、それでも彼は諦められず、島があるはずの場所を父親に聞いてそこに向かって一人船を出したのだった。
「……それにしても前世の記憶を思い出すと、一気に奇妙に見えてくるな」
船の甲板に立ったクロトが一人呟いて周囲を見渡すと、そこは海の上ではなく空の上で、彼が乗っている船も空に浮かんでいた。
この乙女ゲームの世界は空に無数の島や大陸が浮かんでいる世界という設定で、ここまで来る途中で俺は空に浮かぶ大小の島と、その上にある森や泉、人々が暮らす街を見た。前世の記憶を取り戻す前はその光景を「普通」だと思っていたクロトだが、今では「異常」としか思えなかった。
「そろそろ父さんが言っていた場所だな」
クロトが聞いた話によると十三年前にコーラサワー家の当主が彼を見つけた島はこの辺りに浮かんでいるらしい。しかしこの辺りに来ると必ずコンパス等の計測器具が急に駄目になり、大嵐に襲われるそうだ。
「嵐か……。嵐どころか雨雲一つ無いのに起こるの……かっ!?」
辺りをもう一度見渡して呟いた瞬間、それまで穏やかであった天候が急に荒れ始め、見ればコンパスの針も高速で回転していた。
「マズい……! このままだと船が保たない! ここは一旦引い……て……!?」
予想以上に強い嵐にクロトは一度この場を離れようとしたのだが、目の前を見ればいつの間にか竜巻が生じてこちらへ向かって来ており、彼が乗る船は逃げる事も叶わず竜巻に飲み込まれてしまった。
(せっかく転生できたと思ったのに、俺の第二の人生ここで終わりかよ。こんな事だったら……ん?)
「ねぇ、ちょっと待って。この人……」「この脳波ってもしかして……?」「どうする? 隊長の所へ連れて行ったほうがいいんじゃない?」
竜巻に飲み込まれて意識を失う直前にクロトは、背中に翼を生やした全く同じ顔をした女性達の姿を見た。
(……アレ? あの顔ってどこかで見たような気が……?)
「……………知らない天井だ」
次に気がついた時、クロトは見知らぬ部屋のベッドの上にいて、とりあえず前世で見たアニメのセリフを呟いてみた。
「あら? 気がついたみたいね?」
突然横から女性の声が聞こえてきてクロトがそちらを見ると、そこには鮮やかな紅い髪をツインテールにして軍服を着崩した小柄な女性が彼に嬉しそうな笑みを向けており、彼女の姿を見た瞬間にクロトの能力に前世の記憶が浮かび上がる。
「……!? き、君は『滅亡のメイ』!?」
「ふぅん。私のことを知っているみたいね?」
思わず口に出たクロトの言葉に、紅い髪の女性は腕を組んでどこか嬉しそうな声で答える。その態度は彼の言葉が正しいと言っているようなものであった。
滅亡のメイ。
それはクロトが前世で遊んでいたスマホのソーシャルゲーム「ラストオリジン」に登場するキャラクターで、前世で彼は彼女を好んで使用していた。
(ど、どうなっているんだ!? ここはあの乙女ゲームの世界じゃなかったのか? 何でラストオリジンのメイが俺の目の前にいるんだ!?)
前世で自分が好きだったゲームのキャラクターと出会えたのは嬉しいが、混乱しているクロトには素直に喜ぶ余裕などない。彼がしばらく頭を抱えていると、そんなクロトを見ていたメイが口を開く。
「突然のことで混乱しているようね。まあ、仕方がないわね。詳しい話を教えてあげるから聞きなさい」
メイの言葉にクロトが彼女に視線を向けると、メイは一つ頷いてから話し始める。
「まず最初にここは貴方が産まれた施設がある浮島。そして貴方は今この世界大勢いる『新人類』とは別の人類。その最後の生き残りなのよ」
「……………はい?」
メイから聞かされた言葉にクロトは数秒呆けた後にそう呟くことしか出来なかった。しかし彼女は彼の様子を伺うことなく言葉を続ける。
「この世界にはその昔、高度に発展した文明があったの。でもある日、『魔法』という圧倒的な能力を持った新人類が現れて、人類はその人類に敗北したの。新人類に敗れた人類はその多くは宇宙へと逃げていったけど、一部で種を残す為に産まれたばかりの子供をコールドスリープする計画が上がったわ。そしてその子供が……」
「俺ってことか?」
「そういうこと。何だ。とぼけた顔なのに頭の回転は速いじゃない?」
メイの説明の途中でクロトが聞くと彼女は気を悪くするどころか楽しそうに頷き、彼の言葉を肯定する。だがクロトは今の会話でもう一度頭を抱えた。
(いやいや? どういうことだよコレ? 確かにラストオリジンの主人公は人類の最後の生き残りって設定だったけどその主人公が俺で、しかもこの世界のほとんどが俺とは別の新人類ってなんだよそれ?)
思わずメイの言葉を否定したいクロトであったが、それをしなかったのは彼の中で一つ思い当たる点があったからである。
この世界の人間は力の強弱はあるが誰でも魔力を持って魔法を使えるのだが、クロトは今まで一度も魔法が使えたことがなかった。これまでは魔力がこれ以上なく低いせいだと思っていたのだが、メイの言う通り「魔力を持たない人類」だったとしたら色々と辻褄が合う。
「だけど十四年前、コールドスリープ装置に致命的な存在が生じて、貴方が入っていたカプセルは緊急避難機能により、コールドスリープ装置から排出されたの。そしてその時に何処からか流れてきた新人類が貴方を拐っていったわ……」
それまで楽しそうに説明をしていたメイが急に表情を暗くして言う。まず間違いなくその十四年にクロトを拐ったという新人類がコーラサワー家当主なのだろう。
「もちろん貴方を助けたかったわ。でも当時の私達は満足に活動できる状態じゃなくて、この十四年間を使って世界中から貴方を探して、そして奪い返す準備を整えてきたの。そしていよいよ行動しようと思った矢先に貴方は自分からこの島に帰ってきた。正直、ジニヤー達からの報告を聞いた時は耳を疑ったわ」
「ジニヤー……」
クロトはメイの話を聞いて、ここに来る直前に竜巻に襲われてた時、同じ顔をした女性達のことを思い出す。あの時に見た女性達はここにいる「滅亡のメイ」と同じく、ラストオリジンに登場するキャラクターの「Pー2000 ジニヤー」であった。
恐らくはあの竜巻はジニヤー達が起こしたもので、コーラサワー家当主が何度探してもこの島を発見されなかったのは、彼女達が隠していたからなのだろう。
「私達は人類によって創造された人造人間『バイオロイド』。そして私はこの浮島を管理する最強の機動部隊『ドゥームブリンガー』隊長の滅亡のメイ。今日から私、そしてこの浮島にいるバイオロイド達は全員貴方の指揮下に入るわ。宜しくね、『司令官』」
「し、司令官? 俺の部下になるってことか?」
「当然」
突然司令官と言われたクロトが驚きながら聞くと、メイは当たり前のことを聞くなとばかりの表情で頷く。
「そ、そうか。こちらこそ宜し……く……?」
突然の出来事の連続で驚いたが前世で遊んでいたゲームのキャラクター達が仲間になってくれたのは嬉しく感じた。だからクロトは笑顔を浮かべてメイに返事をしようとしたのだが、その時彼は一つの記憶を思い出して笑顔を強張らせた。
(あれ? そういえばドゥームブリンガーってラストオリジンでは爆撃とかを主な任務とするかなり過激な部隊じゃなかったっけ? ついでに言えばメイって必要となったら核ミサイルを発射して、一人で世界を焼き払えるヤバいくらいの火力の持ち主だったような……)
内心で冷や汗を流すクロトに、メイは花のような笑みを浮かべて話しかける。
「それで司令官はこれからどうするつもり? 最終目的は司令官と同じ人類の復活だけど……その前に邪魔な新人類を滅ぼす? 大丈夫。今の新人類は昔より魔力が退化しているから私達の敵じゃないわ。司令官さえ命じてくれたら半日くらいで全て新人類を滅ぼせるから。そう、『滅亡ってやつを見せてあげるわ』」
ゲームと同じ台詞を口にするメイを前に、クロトはいよいよ困り内心で呟く。
(ど、どうしよう……。俺の言葉一つでこの世界が滅亡の危機だなんて、一体どうしてこうなったんだ……?)