あれは、いつだったろうか。たまたま、父親に連れて行ってもらった競バ場で見た衝撃。のちに伝説のレースの一項に数えられるそれに、気づいた時には涙が溢れていた。
嗚呼、ここまで胸を熱くさせるものが、この世にはあるのかと。
嗚呼、この光をいつまでも見ていたいと。
嗚呼、この光を、いつの日か支えられる存在になりたいと。
誘蛾灯に誘われてフラフラと近づいていく虫の一匹のように、そんな夢を持つようになった。
昔から、少しだけ我慢強かった。そして、ほんの少しだけ人より運があった。
死に物狂いで勉強をした。トップスターたちの指導者足らんと、できる努力は全てやった。
古今東西の論文を、完全には理解できずとも読み漁り、ビデオテープが擦り切れるほどにレースを分析して、そして眠る。疲れが溜まってきたら競馬場へと赴き、その熱を肌で感じた。何度見ても、ウマ娘たちの疾走は胸を躍らせるものがあった。
まだ短い人生だけど、そのほとんどは、ウマ娘とともにあった。……もちろん、相手は僕のことなど知らないので片思い、いわゆるファンというやつだけど。
頑張った分、担当のウマ娘が夢を叶えられる。だから精一杯頑張って、夢をくれたウマ娘たちの背中を思いっきり支えるんだ。そんな思いに突き動かされて、ただひたすらに走り続けた。
そのおかげか、小さい頃からの夢、トレセン学園のトレーナーになることができた。
いや、正確には、出来てしまった、という方が適切かもしれない。
人より努力ができる「程度」のことは、ウマ娘漬けの人生である「程度」のことは、トレセン学園に於いては当たり前のことだった。
一位という眩く、それでいて残酷な夢に魅せられた者たちの世界では、その程度ではあまりにも生温かったのだ。
選手たちに一等光るものがいるならば、同様に素晴らしい能力を持つトレーナーもいるわけで、いわゆる一流トレーナーと呼ばれる輩は他とは違う「なにか」を持っている。
例えば、その選手の天賦の才を見抜き、選手たちのコンディションを常に高い状態に保つ。その上でチーム内でいいライバル関係を築き上げさせることで、選手が勝手に成長していく「場」を作り上げる男。
例えば、凄まじい情報量から為される的確な分析とより短いスパンでより強くなれる効率的な練習を施し、圧倒的なフィジカルとその選手の強みを最大限に活かすレース展開を繰り広げられるだけのインテリジェンスの高さを両立させ、ついには常勝集団を作り上げた女。
例えば、ウマ娘を決して壊すことなく、限界ギリギリの調整を成し遂げる男。
例えば、例えば、例えば、例えば……。
そんな連中の中で、僕はあまりにも凡百だった。
幾人もの少女たちの夢をその手で砕いた。決してその子たちの能力が劣っているとは思わない。彼女らに非はなかった。
皆一様に誰より努力をした。自分の道は間違ってなどいないと自分自身に言い聞かせ、最後まで闘志をなくすことなく頂点に手を伸ばし続けた。
皆一様に光るものがあった。誰にも負けないような、その子だけの武器が、確かにあった。
そんな子達が、涙を流しながらこのトレセン学園から去っていくのを、幾度もなく見送ってきた。
結果を残せない娘たちにいつまでも席を開けておくほど、この世界は甘くはなく、また、それでも競走バであり続けようとする娘も少なくない。そのため、そうした実力不足だったウマ娘の中には、地方へとコンバートする子も一定数存在するのだ。
「私の分まで頑張ってね。トレーナー!」
そんな言葉を残して、彼女たちは去っていった。一生に一度の自分のチャンスを叩き潰した僕を、誰一人としてなじることはなかった。それどころか、励まし、感謝を述べて去っていったのだ。……その目いっぱいに涙を溜めながら。
これは、そんな僕と少し泣き虫な彼女が駆け抜けた愛しい日々の物語。