先程のウマ娘を探して歩き回っていると、彼女のことはすぐに見つけることができた。広い学園といえど、行き先は彼女の発言からある程度当たりがついていた。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ。」
ナイターが煌々と照らすウッドチップコースを、ポツンとただ一人で走るウマ娘。さっきの娘だ。今しているのはテンポ走だろうか。通常よりも長い距離を六割から八割ぐらいの力で走って、フォームを確認しつつ持久力を養うトレーニングだ。今回は、根本的なスタミナをあげることと今日の調子の確認を目的としているのだろう。疾走というにはややゆったりとしたペースで、丁寧に走っているのがわかる。フォーム、リズム、息遣いに、心拍、自分の走りに意識を集中し、着実に負荷を与えつつ、コンディションを確かめるようにして走る。
すごい集中力だ。その姿は、先程のおどおどした様子からはまるで想像できないほど凛々しい。完全にアスリートのそれである。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……はぁ。」
2000Mのトラックを二周し終わったところで、徐々にペースを落としてゆき、息を吐く。やや、乱れもあったが、誤差の範囲だ。ウォーミングアップとしては申し分ないはず。しかし、その顔色は優れない。雰囲気も、走っている時のアスリートのようなものではなく、気弱な女の子の様子に戻ってしまった。
まさか故障かと身構えていると、彼女の口から意外な言葉が飛び出した。
「……うぅ。さっきの人、こんなに遅くなっちゃって、大丈夫だったかなぁ。お腹ぺこぺこになっちゃってたり……見たいテレビ終わっちゃってたりしたら、どうしよう。」
思案げな顔をしてあっちこっちに視線が泳ぐ。顔は俯きがちになり、左右の耳もバラバラに動いている。ついには眉も垂れ下がり、泣き出しそうな顔になってしまった。
「はぁ……ほんとにだめな子だなぁ、私……。」
……随分色々と背負いこんでしまう娘のようだ。どうにも、彼女は優しすぎる。そんなこと、気にする必要などあるはずがないのに。
とりあえず声をかけようとしたその時——
「……ううんっ、でも、頑張らなきゃ!」
彼女は先程の自分の言葉を振り払うように首を振ると、真っ直ぐに前を向いた。
落ち着きのなかった目線も耳も同じく前だけを見据えている。強い目だ。ウマ娘特有の何か気迫のようなものを感じさせられる目。
「次の選抜レース出るって、決めたんだもん。ちゃんと出て、ちゃんと走って、それで……」
ふと、顔が和らぐ。
「ちゃんとデビューして、いっぱい活躍して……。だめじゃないライスになるんだから……!」
握り拳もついてきた。
「うんっ……トレーニングしなくっちゃ! がんばれライス、がんばれー……!」
そのまま、握りしめた拳を掲げる。
「おーっ!」
なんだ、あの可愛い生き物……?
……じゃなくて、やはり、彼女は強い娘だ。ネガティヴになっても、すぐに前を向ける。そこにあるのは自信か、それとも強い願いか。本当のところは彼女にしかわからないけれど、どこかそんな芯を感じる。
がんばれ……か。
その後は、あまりにも必死にトレーニングをし始めてしまったので、邪魔するのが忍びなく、結局声はかけられなかった……。最後まで見て行ってもいいが、集中を切らせてはいけないし、まだ、仕事も残っている。それに、少しでも力をつけるのに時間を使わなければならない。
あれだけ頑張っている娘がいるんだ。僕も、少しは「がんば」ってみようかな。
ライスと名乗っていた彼女は、次の選抜レースに出るのだという。まだデビューしていなかったこと自体驚きだが、ともあれ、彼女の本気の走りが次のレースで見られるのならば、楽しみだ。個人的にとても応援したいと、そう思わされる娘だった。