選抜レースに来なかったライスシャワーは、その日の夜、切り株のそばで大泣きをしていた……。耳や尻尾にはまるでハリがなく、その目は痛ましいほどに充血している。
どうにも彼女のことを放っておくことができなかった僕は、少しでも彼女の苦しみを和らげられないものかと近づいたのだけれど……。
「ぐすっ……うぅ。あの、ごめんなさい……それ以上こっちに来ないで……?」
そこそこしっかりと拒絶されていた。
「ど、どうして……?」
「だって……ライスのそばにいたら、また不幸にしちゃう。また迷惑かけちゃうよ……ライスがだめな子のせいで……。」
そういうと、ライスシャワーは、初めて会った日のように、項垂れながらことの顛末を語った。
「ライスも、ダメじゃないライスになりたかったけど……頑張ろうって、レース出ようって思ったけど、結局……!」
涙を流すライスシャワーに、先日見た姿が重なる。
詳しいことはまだ知らないが、変わろうとする意思を持っていたことも、そのためにトレーニングを重ねていたのも知っている。
だめな自分を自覚しながらも、それでも懸命に進もうともがいていたその姿を、僕は知っている……。
「うぅ……ぐすっ。やっぱり……やっぱり、ライスなんか……」
自分自身を保っていることすらままならず、今にも押しつぶされてしまいそうなその姿は、僕が誰よりも近くで見てきたものに似ていた。僕が潰してしまった夢の残滓、あるいは、僕自身かもしれないその姿を幻視した。
言わせてはいけない。これ以上、彼女に自己を否定するような言葉を吐き出させてはいけない。こんなところで、その頑張りを否定させてはいけない。
彼女を、このまま放っておくわけにはいかない……!!
「ライスシャワー、君をスカウトさせて欲しい!」
彼女の言葉をかき消すかのように叫んだ。
突然の申し出に、ライスシャワーは、ぽかんとした表情を浮かべている。
「スカウト、って……あなたが、ライスのトレーナーさんに……?」
衝動的に言い放ったその言葉に、少しだけ、胸にちくりとした痛みが走ったが、今更引くわけにはいかない。
「君もそれを望んでくれるならね。」
「あわわ……ら、ライスは……その、とってもとっても嬉しいけど、でも……」
そういうと、また彼女は俯く。何かに怯えるように、言葉を紡ぐ。
「ライス……ほんとにだめな子だよ……? いっぱい迷惑かけるし、まともにレースにも出られないのに……。」
それでも、怯えた彼女の目には、何か願いのようなものが宿っているような気がした。
「それでも、いいの……?」
ああ、だからこそ、応えたくなるんだ。だからこそ、支えたくなるんだ。そんな彼女だからこそ、夢を託してみたいと思うのだ。
それはある種、直感にも似たものだった。
「いいんだ。それでも僕は、支えたい。君だから、支えたいんだ。」
「……っ!」
ライスシャワーは、少しの間、呼吸を忘れてしまったみたいに固まると、噛み締めるように呟いた。
「すごい……。お兄さまみたい……」
「『お兄さま』?」
突然出てきた仰々しいその名前に思わず聞き返してしまった。あまりにその呼び名は僕のイメージからはかけ離れていた。
「ひゃっ! ご、ごめんなさい、なんでもないの……!」
訝しげな様子の僕にライスシャワーはワタワタと手を振りながら否定する。
そこまでわかりやすく隠されると流石に気になってくるが、せっかく隠しているのだ。わざわざ掘り起こす必要はないだろう。
「えと、あの、それじゃあ……よ、よろしくね、トレーナーさん。ライス、がんばるね……!!」
ライスシャワーはぎこちないながらも精一杯の笑顔を見せてくれたのだった。
選抜レースを行っているわけではないから、まだ正式に彼女のトレーナーというわけではない。
けれど、たしかにこの日、涙に濡れた夜から、僕とライスシャワーの挑戦が始まったのだ。