ライスシャワーをスカウトした次の日。
今日は、ライスシャワーとの初トレーニングだ。
コースで彼女のことを待っていると……
「うんしょ、うんしょ……」
やけに大きなリュックサックを引きずったライスシャワーが現れた。彼女はパンパンに膨らんだそれを『ドサッ!』とコースの脇におくと、こちらに駆け寄ってくる。
「はぁ、はぁ……ま、待たせてごめんなさい! トレーニング、よろしくお願いします……!」
すぐに息を整えると、彼女は、ペコリと頭を下げた。
うん。礼儀正しいのはいいことなんだけどね……? それより気になることがある。
「あの大荷物はいったい……?」
「あっ、えっと……いろいろ、よくないことが起きたときのために準備してきたの。転んだ時の絆創膏とか、テーピングとか……」
こちらの問いかけに、彼女は、気まずげに目をそらしながらバックについての解説を始めた。
「急な雨の時に使う傘とか、着替えとか……。帰り道で遭難しちゃった時のためのマヨネーズとか……!」
「す、すごい備えっぷりだな。」
備えあれば憂いなし、とはいうものの、ここまでくると、もはやまじないとかそういった類のもののように感じる。思わず少し呆れたような声が出た。
ライスシャワーは、そんなこちらの様子に気付いたのか、不安げな表情になってしまった。
「あぅ……は、初めてのトレーニングだから、迷惑かけないようにしようって、思ったんだけど……変だった……?」
俯き、耳は力なさげに垂れ下がる。目には、少しの涙がたまる。
ええい、そんな不安そうな目でこっちを見てこないでほしい。ここまで気の弱い子を担当するのは初めてで、こちらが、困惑してしまう。
出会った時といい、一体、彼女は何をそこまで気にしているのだろうか。
「迷惑っていうのは?」
「うん。ライスね……小さい頃からずっと、不幸なことばかり起こしちゃうの。
一緒にいる子が転んだり、靴紐切っちゃったり……ひどい時には鳥のフンを頭におっことされちゃって……。
ライスは、いつもいつもみんなに迷惑をかけちゃうダメな子なの……」
胸の前で手を組み、懺悔するかのように彼女は語る。
聞いている限りでは、ただの不幸な偶然にも思えるが……それでも気を使わずにはいられないのが、ライスシャワーという子なのだろう。
本当に、心の優しい子なんだ。
そうして話している間に、トレーニングを始める予定の時間をやや過ぎてしまったようで、彼女は、時計を見ると、ビクッと体を震わせる。
「はわ……! お、おしゃべりしすぎちゃった……! ごめんなさいごめんなさいっ!! トレーニング、お願いしますっ!!」
「そんなに怯えなくても……大丈夫、怒ってない。でもまぁ、時間だしね。切り替えていこうか。」
「はいっ! よろしくおねがいしますっ!」
※
こうして始まった初トレーニング。
まずは、彼女の今の能力を測るためにテストをいくつか行った。
一応、教官の元で一斉に測定した記録も存在するが、いささか時間が空いてしまっている。
ライスシャワーは、その間、欠かさず自主トレを続けていたという。伸び盛りのこの時期に、更新の遅いデータを使うのでは、トレーニングの効果が半減してしまう。
そんな考えの下に、テストを行ったわけだ。
真面目な気質もあり、ライスシャワーは指示した内容のテストを懸命にこなしてくれたのだが……
「はぁっ、はぁっ……! えっと……タイム、どうだった?」
「すごいよ! 想定してたよりもまだ速い!」
「ほんと……!? よ、よかった……!!」
結果は、同年代の選手と比較して、想像以上に高水準でまとまっていた。
元の記録と比べて見ても、十分な伸び率が見える。足りない点を補うという基本を忠実に守って、丁寧にトレーニングを積んできた証拠だ。
その仕上がりは見事の一言で、やはり元から専属のトレーナーがいたと言われても、驚かない自信がある。
これは、いい意味で驚かされてしまった。
「これ、自分でメニューを組んでたの?」
「う、うん。教官さんに、アドバイスをもらいながら、頑張って作ったんだ。な、なにかおかしかったかな……?」
「いや、能力の伸びも申し分ないし、すごくよくできてると思うよ。ちょっと嫉妬しちゃいそうなぐらいだ。」
「そ、そんなことないよ……! ライスなんて、まだまだで……」
おどけた様子でほめてみると、恥ずかしそうに否定した。でも尻尾がゆらゆらと揺れて嬉しそうだ。自己肯定感が、能力に対して低い気がするし、今後も、こうして褒めていくのがいいだろう。
さておき、かなり高水準でまとまっている彼女だが、欠点がないわけではない。
全ての値がまとまっているということは、ひるがえせば、彼女自身の強みが、十分に発揮されていないということだ。
ライスシャワーの現状を、ゲームで例えるのなら、全てのパラメータが、平均より上のラインでまとまっているような状態だ。それ自体は素晴らしいことなのだが、いざ相手と対峙した時、絶対の武器となる能力がなければ、この業界で生き残っていくには厳しい。
早いうちに、彼女の武器となる力を見つけなければならないが、丁寧なトレーニングによるまとまった能力は、彼女の武器を覆い隠してしまっている。
このぐらいの時期で、トレーナーなしで戦っている娘は、自分の武器をより強く認識していることが多い。むしろ、その能力で戦うことが心地よくて、その能力ばかり伸ばしてしまう娘もいるくらいだ。
そんな中、彼女は逆に、自分の弱みを無くすように努力を続けてきた。そうして作り上げてきた体は、もはや、彼女がもともと持っていた強みを生かせる体とは別物だ。故に、もう一度、自分の強みを体に思い出してもらう必要がある。
現状の高水準を保ちつつ、彼女の武器を引き出す。彼女の武器は、一緒にトレーニングをしていく中で、見つけていくことになるだろう。
今までの特化した武器が使いこなせるようにベースの能力を引き上げるトレーニングとは、全くの別の作業だ。もう一度、文献を漁り直す必要がある。
気を引き締めていこう。
「お疲れ様。今日のところは、ジョギングとストレッチをしたら、上がって大丈夫だよ。メニューは明日から渡せると思うから、頑張ろう。」
初のトレーニングということもあって、気疲れしていることだろう。
その上、テストといっても、種目数も少なくないし、全て全力でやり切れば、デビュー前のこの時期ではヘロヘロになってもおかしくない。
ということで、早めに切り上げようとしたのだが、ライスシャワーが僕のジャージの裾をつまむように引っ張ってきた。
「どうしたの?」
「あの……トレーナーさん、もう一度走ってきてもいい? ら、ライスはまだ全然元気だよ、走れるよ! 昨日、泣いてばっかりで、トレーニングができなかったから、取り戻したくて! だ、だめかな……?」
たずねてみると、そんな申し出をしてきた。上目遣いでありながらも、強い意志を感じる目だ。
驚いた。まだ、彼女のことを見誤っていたらしい。
「いや、是非やろう!」
熱意には応えたくなるのが人の性というものだ。
その後のトレーニングも、素直で、利発でもあったライスシャワーのおかげで、終始調子良く進めることができた。