ホワイトベースはヨーロッパを横断し、アイルランドの地球連邦軍ベルファスト基地に辿り着いた。
応急的な修理を受け、大西洋を渡り今度こそ南米のジャブローを目指すことになる。
此処からジャブローまでの旅で、アムロには気になることがあった。
カイ・シデンである。
今にして思えばだが、この時からカイは少し変わった。
皮肉屋で一言多い性格はそのままだったが、戦争に向き合う姿勢が何か変わったようなのだ。
一年戦争ののち、カイはジャーナリストになった。
その礎はこの時にできたようにアムロには感じられている。
何があったのかは、アムロは知らない。大西洋上での戦闘から帰ってくると、ガンペリーで出撃していたらしいカイが泣き崩れていたのだ。
ミハルがいなくなった…らしい。
居合わせた誰にも何のことかわからなかった。だが、アムロには、別にニュータイプでなくても推測することは容易だった。戦闘前、アムロが一瞬見かけた当時の自分と同年代の少女…その娘がカイとともにガンペリーで出撃し、死んだのだ。
その時のブライトの問いに、アムロは密航者だと答えた。
だが、多分それは違うだろう。
伝え聞いたその少し前のカイの行動から察するに、その少女はおそらくジオンのスパイだったのだ。
さて、どうしたものか。
アムロが考えあぐねている間にホワイトベースはベルファスト基地を出港し、アムロはカイの自室の前で、その少女を見かけることとなった。
「…誰です?」
「野暮なこと聞くんじゃねえの!」
「――恋人、ですか?」
「ヘッ、そんなところかね。南米で降ろすからさ、みんなには内緒だぜ」
「…ええ、僕は何も見ていませんから」
一度は立ち去りかけたものの、しかし思い直したアムロはカイを強引に引き寄せた。
「なんだよアムロ…口止めに何か欲しいってのか?」
「いいですかカイさん。僕は何も見てません。そのかわり、絶対に彼女を部屋から出さないでください。でないと、一生後悔することになりますよ」
「な、なんだ、アムロ…オーバーだな」
「彼女、死にますよ」
アムロはカイに顔を近づけ、低い声で小さく言った。
「ああ?」
「いいから僕の言うことを聞いてください。…人の善意を無視すると一生苦しむぞ、カイ」
アムロの怒気すら孕んだ物言いに、カイは唾を呑んだ。
「わ、わかったよアムロ…その代わりアムロ、お前も絶対に黙っててくれよ。じゃあな」
アムロは自室に引っ込むカイを不安気に見送った。
他にできることはもうない。
* * *
アムロが戦闘から帰還した時、泣き崩れるカイの姿はなかった。
何がどうなったのかわからない。
しばらくして、破損したガンダムの修理をしていたアムロは、カイが密航者を匿っていたことをブライトに告げたと聞いた。
ミハルというその少女はカイと一緒にガンペリーで出撃し、ジオンのモビルスーツと戦ったという。
ブライトは事情聴取の末、その少女をベルファストでの戦闘中にホワイトベースへ逃げ込んだが下艦しそびれた避難民として扱うこととした。
地元の漁業組合に依頼し、ベルファストへ送り返す算段をつけたという。
カイは、ミハルというその少女の正体だけは、頑として明かさなかったのだろう。
そのカイは、密航者を匿ったとしてジャブローに着くまで独房入りとなった。アムロは他のクルーの目を盗み、カイのいる独房を訪ねた。
「すまねえな、アムロ。黙っててもらったのに結局こんなことになっちまってよ」
「どうしてブライトさんに話したんです?」
「ミハルは俺と出撃した時にもう少しで死ぬところだったんだ。これ以上危険な目にあわせるわけにいかねえだろ。あいつには帰りを待ってる小さいきょうだいが二人もいるんだ」
「…カイも、一緒に行かなくていいのか?」
「へへっ、馬鹿言うなよアムロ。…でもな。」
「…?」
「…いや、なんでもねえ。もう帰れよ。いつまでもこんなところにいると誰かに見つかるぜ。それとも仲良く隣の独房にでも入るかい」
カイはそう言い捨てると、硬い寝台に身を投げ出して目を閉じた。アムロも扉を離れ、自室へと向かった。
歩きながらアムロは考える。
この一件で、カイはアムロの知るカイ・シデンとは違う人間になるのかもしれない。
だが、例えそうだとしても、一人の少女とそのきょうだいが三人で生きていけるのなら、これでいいのではないかとアムロは思った。