「判るか、此処に誘い込んだ訳を!」
「ニュータイプでも体を使うことは、普通の人と同じだと思ったからだろ」
「そう、体を使う技はニュータイプといえども訓練をしなければ」
「そんな理屈…」
アムロとシャアは、宇宙要塞ア・バオア・クー内部の一室で戦っていた。
互いに手持ちの火器の弾丸も尽き、サーベルを振るう肉弾戦である。二人が生身で戦うなど、これはもはや戦争ではなかった。
「なぜアルテイシアを戦いに巻き込んだのだ! アルテイシアは戦いをする妹ではなかった!」
「貴様が言うか、それを!」
「貴様がガンダムに乗らなければ、木馬はとうに沈んでこんなことにはならなかったのだ!」
「だからそれじゃあ、セイラさんも死んでいるだろうがっ」
アムロはア・バオア・クーの宙域でシャアのジオングと遭遇し、前生同様の激しい宇宙戦を繰り広げた。要塞内で互いの機体が大破してからもずっとこうしてシャアと話し続け、戦い続けている。
「人は流れに乗ればいい! 私は君を殺す!」
「だから、ちょっと待てシャア!」
アムロとてセイラを失ったことに衝撃はある。
宇宙世紀0079の自分にタイムスリップし、ホワイトベースの仲間たちを守ると誓って戦い続け、しかし作ってしまった状況がこれなのだ。慙愧の念と悔恨がある。だが、兵士として長く戦い続けてきたアムロは、今が悲しむ時ではないことを十分に理解していた。今すべきことは、シャアとわかりあうことなのだ。今のシャアの行動は…気持ちはわからないでもないが突き詰めれば自業自得であり、もはや駄々っ子の八つ当たりである。シャアは明らかに冷静さを失っていた。
「やめてください大佐! やめなさいアムロ! 二人が戦うことなんてないのよ、戦争だからって、二人が戦うこと!」
シャアとアムロの戦いの場に辿り着いたララァが叫んだ。
シャアとともにジオングに乗り込んでいたのだが、ガンダムと相打ちになったジオングの頭部から脱出した際にシャアとはぐれてしまったのだ。今のシャアは、ララァを探すことも忘れるほどに自分を見失っている。そしてシャアは十分な勝機を確信してこの場にアムロを招き寄せていたにも拘わらず、アムロに押されている自分に焦り、歯噛みしていた。
「ちぃぃっ!」
シャアは壁を蹴り、剣先をアムロに見据えて跳んだ。
アムロも迎え撃つ。
実際のところはアムロも焦っていた。
実の妹を自らの手で殺めてしまった衝撃が、シャアの持つニュータイプ能力をよりいっそう開花させていたのだ。剣での戦いになる前の銃撃戦で、アムロは前生では受けなかった数発の被弾により傷ついている。ほとんどは掠り傷だが、ノーマルスーツの中にはいくつもの血だまりの感触がある。
「うぉおおおーッ!」
「あああっ!」
雄叫びとともにぶつかり合ったシャアとアムロが、ララァには差し違えたかのように見えた。
シャアの剣はアムロの右肩を貫き、アムロのそれはシャアの眉間を打っていた。
中空で重なった二人は、時が止まったかのように動かない。
「…今、アルテイシアが言った。ニュータイプは戦いの道具ではないそうだ」
「だからっ、最初からそう言ってるだろうがっ」
再びアムロは突っ込んだ。全ての仮面を外したこの男は、意外に天然なのかもしれない。
薄い空気が爆風となってララァを襲った。
ララァは乱暴に吹き飛ばされた。シャアがすかさず後を追い、アムロもその後を追う。三人は、どうにか安全そうな通路の壁に身を寄せた。
「大佐!」
「大丈夫か、ララァ」
その優しい声音にララァは、シャアがいつものシャアに戻ったことを感じた。
「大佐こそ。…額の傷は」
「ヘルメットがなければ即死だった。…すまなかったな、ララァ」
「いえ…」
「…赤毛でくせ毛の少年はどうした?」
「アムロ・レイだよ、シャア!」
アムロは傷の痛みに耐えながらシャアに突っ込んだ。この男、アムロの天然パーマに気づくなどニュータイプ能力を変なところに覚醒させている。
「ふむ。その元気なら大丈夫そうだな」
「おかげさまでな…」
「アルテイシアのおかげで私のするべきことがわかった。…私の同志となってくれるか、アムロ君」
「貴様が人を不幸にしない限りはな…」
「私はそんなに情けない男か、ララァ?」
「ふふっ、どうでしょう。でも、大佐にはいつでも私がついていますから」
「助かる、ララァ」
何をイチャイチャしているんだこの二人は…と思いながら、アムロは折れて腕に刺さったままの剣を抜き、ノーマルスーツのあちこちにテープを貼り付け応急処置を終わらせた。
立ち上がり、シャアを見る。
「シャア。どうするんだ、これから」
「ザビ家打倒なぞもうついでのことだが…やはり許せぬとわかった。その決着はつける」
「大佐、キシリア閣下は此処を離れるようです」
「急いだほうがいいな。アムロ君、君はどうする」
「俺のことはいい。ザビ家を討ち滅ぼして、そのあとはどうするつもりだ、シャア」
「そうだな…しばらく地球圏を離れて考えてみるのも悪くないか? な、ララァ」
「大佐がそうなさりたいなら」
ララァは微笑みながら答えた。アムロは強くシャアを見つめながら言葉を紡ぐ。
「だが、忘れるなシャア。貴様はスペースノイドの意思を背負って生きなければいけない男だ。それをしない…あるいは間違った手を使うというなら、俺はお前を討つ」
「正直荷が重い話だが、考えておこう、アムロ君。…いくぞ、ララァ」
「はい、大佐。」
アムロはア・バオア・クーの奥へと消えていくシャアと、一度だけ足を止めて振り返り微笑んだララァを見送った。
心の底からため息をつく。
これでシャアがアクシズ落としなどという暴挙を成さない、とは限らない。だが、今の自分にできることはやった。もしもシャアが再び愚行を犯すなら、もう一度…先ほどシャアに言ったとおり、今度こそ自分が奴を止めるだけだ。
「さて、ガンダム…コアファイターはどっちだ?」
自動操縦に切り替えてガンダムを降りる際、アムロはビーコンを作動させてきた。
要塞内という至近距離でもミノフスキー粒子の電波障害は影響していたが、か細いながらもビーコンはどうにかアムロをガンダムに導いた。
大破して横たわるガンダムの上半身を排除し、機首を展開したコアファイターのコクピットに身体を納める。
ノーマルスーツの下で、あちこちの傷の痛みがアムロを襲った。だが、アムロにはまだやらなくてはならないことがある。
“しかし…今の俺にできるか、あの時と同じことが…”
アムロは自分のニュータイプ能力が15歳のころに比べて衰えていることを自覚している。そんな自分が、ホワイトベースの仲間たちに語り掛けることができるのか。
“大丈夫。あなたならできるわ、アムロ”
そんなセイラの声をアムロは聞いたような気がした。
「そうだな…やってみるよ、セイラさん」
アムロは目を閉じて、心を広げてみた。
ブリッジで命令を下すブライト、隔壁を閉じるよう指示を出すミライ、モビルスーツを捨ててなおホワイトベースを守り戦うカイとハヤト、そして艦内に隠れ必死で涙をこらえるキッカたちと、そんな三人を必死で励ましているフラウ・ボゥ。
「ああ。見える。見えるよ、セイラさん」
アムロは仲間たちに呼びかけた。退艦命令、脱出ランチの準備、撤退の指示、そして脱出ランチへ向かえというメッセージ。
“…ああ、ララァたちはどうした?”
アムロは、ザンジバルのブリッジ前に立ちふさがり、バズーカを構えるシャアの姿を見た。
伸びた火柱がザンジバルのブリッジを貫く。シャアは復讐を遂げたようだ。いや、復讐ではなく、ニュータイプが生まれ育つ世界を歪める独裁の血を絶ったのだ。
だが、シャアにとってこれはまだ始まりである。
シャアはこれから、地球の引力に魂を魅かれた者たちと長く、辛抱強く戦い続けなくてはならないのだ。
ブライトたちの乗った脱出ランチがア・バオア・クーを離れていく。
程なくして、ホワイトベースは撃沈した。
“さあ…俺も脱出だ”
アムロはコアファイターを発進させた。
コアファイターにはジオングと相打ちになった時のダメージがあり、燃料もほとんど残っていない。姿勢制御用のサブノズルを何度か吹かすことができる程度だ。
そしてアムロ自身も、仲間たちを導くためにニュータイプの力を使い果たしてしまった。
残された力を振り絞って宇宙を目指したが、今のアムロにはもう、どちらへ向かえばこの巨大な宇宙要塞から脱出できるのかわからない。
“前の時と同じだな…頼むよカツ、レツ、キッカ。もう一度俺を助けてくれ”
アムロは目を閉じて、チビたちの声が聞こえるのを待った。不安を紛らわせるために、これから先のことを考えてみる。
一年戦争は数刻の後に終わる。
仲間たちと合流できた脱出ランチは連邦軍の艦に収容され、それからは保護という名の監察処分が続く。連邦軍による長い軟禁生活の始まりだ。だが、今のアムロは大人しく前生をなぞる気はない。
“…エゥーゴを立ち上げたのは確か、ブレックスという准将だったな…。シャア…いや、地球に戻ってきた時の奴はクワトロ・バジーナと言ったな、奴より先にブレックスという男に接触してみるか? …いや、ハヤトと一緒にカラバを立ち上げるって手もある…”
しかし、エウーゴもカラバも、旗揚げして精力的に活動を開始するのはティターンズが勃興してからだ。
“あれは…何年ごろだったかな? くそ、こんなことになるならもう少しやる気を出して暮らしているんだった…”
“よし! わかったぞぉ! わかるゥ!”
突然、頭の中にキッカの声が響いた。
“…キッカか? みんなはどっちだ? …右でいいのか?”
アムロも思念でキッカに語り掛ける。
“そ。ちょい右!”
“ちょい右ぃー”
アムロはシャアにやられた傷の痛みに耐えながら、レツとキッカの声に応えて操縦桿とペダルを操作した。
“はい、そこでまっすぐ!”
“こっちだよこっち”
“大丈夫だから!”
“すぐ外なんだからぁ!”
アムロは賑やかな三人のチビたちの声に従って、コアファイターの姿勢制御ノズルを吹かし、宇宙要塞の中を移動していった。
やがて、コアファイターは広い空間に出た。あたりを見渡すと、百メートルほど先に星々が小さく輝いている。モビルスーツの発進ゲートらしい。出撃することなく朽ちたリック・ドムとザクが中空を漂っていた。
アムロのニュータイプ能力がわずかに力を取り戻し、宇宙が見える反対側…ア・バオア・クーの深部に当たる方角でもうすぐ何かが起こることを感じ取った。コアファイターの機首を宇宙に向ける。カツ、レツ、キッカの声がアムロの頭の中に響く。
“いい、アムロ。あと、ごー”
“よん!”
“さん!”
“にぃ!”
“いち!”
“ぜろぉ!”
アムロは身をすくめて衝撃に備えた。
同時に背後で大きな爆発が起こり、その衝撃を受けてコアファイターは乱暴に加速される。発進ゲートの内壁に衝突を繰り返しながら、コアファイターは宇宙へと飛び出した。宇宙へ戻った開放感が、アムロのニュータイプ能力を呼び起こす。
「あっちか…!」
アムロは残り少ない燃料でコアファイターを方向転換させ、宇宙を流れていった。
やがて、仲間たちの気配を感じ取れるようになる。
小さな発光信号がアムロを呼んでいた。
ちっぽけな脱出ランチに、アムロを待つ仲間たちの姿が見えた。
二度目の景色にも拘らず、アムロの目には涙が溢れ出していた。
自分を待っていてくれる暖かい光の主たちを見つめ、そしてアムロは自分の旅はまだ終わっていないことを思い出す。アムロは、シャアやララァとともに、ホワイトベースの仲間たち…いや、すべての人間が幸せに生きていける新しい未来を創り出さなくてはならないのだ。
そしてアムロは、その未来に大切な仲間の一人がいないことを思い出した。
「ごめんよ…俺にはまだやらなきゃいけないことがあるんだ。こんなに嬉しいことはない…わかってくれるよね? セイラさんには、いつでも会いに行けるから」
アムロはコアファイターのコクピットを蹴った。
ゆっくりと宇宙を流れながら、ホワイトベースの仲間たちのもとへと近づいていく。
……
…
永井一郎「この日、宇宙世紀0080。この戦いの後、地球連邦政府とジオン共和国の間に終戦協定が結ば
アムロの視界が、ぐるりと廻った。
――――――◇ー◇ー◇――――――
「なに?!」
気が付くと、アムロは狭いコクピットにいた。
アムロは眼前にあるものが照準器だとも気づかぬまま乱暴に押しのけ、前後左右を見渡した。
正面と左右には平たいモニターが配置され、正面モニターの上には通信用の小さなサブモニターが設置されている。
汗ばんだ手が握りしめているのは、アームレイカーではなく昔懐かし…くもない操縦桿だ。
操縦桿?
そしてアムロは、自分が素手で操縦桿を握りしめていることにようやく気がついた。
自身の手首は、デニムのジャンパーの袖口に包まれている。
「! なんだ、此処は!」
アムロは思わず叫んだ。
見回したモニターには、緑が多くあつらえられた丘陵地の景観があった。
直感的に、アムロは此処がコロニーの中だと理解した。それも造られて間もない…新造のスペースコロニーだ。
正面のモニターに、マシンガンを構えゆっくりと歩いてくる緑色のモビルスーツが見えた。
ネオ・ジオンのモビルスーツ…ギラ・ドーガにしては妙にのっぺりとして野暮ったく、そのフォルムは全体的に丸みを帯びている。
「…ザク、だ?」
アムロは自身の置かれている状況を本能的に理解した。
確信を得るために、膝元に視線を落とす。そこには…あれがあった。
地球連邦軍Ⅴ作戦の極秘マニュアル。
「――ガンダムのコクピットか? 此処は!」
此処は…今は、宇宙世紀0079の9月。サイド7。2機のザクと戦った、アムロ・レイ初陣の時だ。