「そう、このバルブが 一本やられているわけだから」
「ああ、それで出力に8パーセントの影響が出るんですね」
宇宙世紀0079、9月下旬。
ジオンに追われながら北米大陸を彷徨うホワイトベースのブリッジに、生き延びたい少年たちが集っていた。少年たちはそれぞれに計器やコンピューターにかじりつき、試行錯誤を繰り返している。
「マーカー、出力12パーセント減で計算してみてください」
「了解。…無理ですね、衛星軌道には到底乗れません」
操舵手のミライとオペレーターのマーカーの会話を聞きながら、アムロはオムルに声をかける。
「そっちの回路と接続できるんだろう?」
「ああ」
「カタパルトの強度は?」
「ああ、そりゃあ大丈夫だ。中央カタパルトはもともとガンペリー用だ、コアファイターなら持つよ」
「よかった…」
「そんな。我々は軍人です。民間人を守る義務があります」
リード中尉と話し込んでいたブライトが唐突に声を荒げた。
リード中尉とは、ルナツーより随伴していたサラミスの大気圏突入カプセルから移乗してきた連邦軍の士官だ。肝の小さそうなこの中尉は、ブライトの剣幕に押されながら反論する。
「だ、だからこそだよ。百人以上いる避難民をホワイトベースから降ろせばだな、我々は衛星軌道に戻って態勢を」
「此処はジオンが占領している所なんですよ。子供や老人達を…」
「避難民を、降ろすの?」
フラウ・ボゥが、そばにいたカイ・シデンに尋ねた。
「いや、ブライトさんはいつまでも逃げるつもりよ」
「そんな事は言っていない!」
ブライトの怒声が今度はカイに飛ぶ。
「へえ、悪かったかい? でもよ、食料はどうするんだい? 戦闘できない人達が百人もいるんだぜ」
「カイ…!」
カイの言い分は正論ではある。だが、ブライトにはそれを飲み込むことはできない。
「今の少年の言う通りじゃないか、え?」
ブライトは、カイの尻馬に乗るリード中尉に対してさらに込み上げてきた怒りをどうにか噛み潰した。頃合いかと見たアムロはブライトに声をかけ、オムルと検討していたある計画を口にする。
「ホワイトベースのエネルギーを利用してコアファイターを発進させる?」
「ああ。弾道軌道に乗れば目的地には確実に着ける筈だ」
「確かに可能性は十分ね。さっき計算してみたんでしょ?」
傍らで聞いていたミライがアムロに問いかけた。
「ああ。中央カタパルトにメインエンジンのスチームバルブを繋げさえすれば、やれる…筈、です」
「しかし…」
「いつまでも敵と根比べを続けてても始まらねえでしょう。アムロの提案をやってみたら?」
カイの意見に、逡巡しているブライトは頭を捻る。
「カタパルトを手直しできるかどうかの問題がある。それに、やれたとしても発射する時のショックに誰が耐えられるか」
「言い出したのは俺…僕です。失敗しても犠牲者は一人ですむはずです」
「アムロ…」
「おうおう、言ってくれるねえ」
茶化すカイは無視して、アムロはブライトに言葉を続けた。
「失敗すると決まった訳じゃないでしょう! ブライトさん、カタパルトの手直しをお願いします」
「よし! よろしいですね? リード中尉」
ブライトは決断し、キャプテンシートに座るリード中尉に了解を求めた。リード中尉に異論があろうはずはない。
「認める。なによりもまず参謀本部に連絡を取ることだからな」
「了解です」
アムロはリード中尉に敬礼を返した。
中央カタパルトの手直しの間に、アムロは軽い食事を済ませた。カタパルトにセットされたコアファイターのコクピットにアムロは身体を預ける。通信機越しにミライの声が聞こえてくる。
『カウントダウンに入ります。いいわね? アムロ。…5、4、3、2、1、0』
コアファイターを打ち出すには明らかに大きすぎるカタパルトが、轟音と突風を生んだ。
「うわあっ! …うっ…う…」
身体の全面の空気が突然、想像を超える巨大で固い壁となってアムロの意識を押し潰した。
――――――◇ー◇ー◇――――――
……
…
両脚を投げ出して草原に座るガンダムを、10名ばかりの男たちが眺めていた。
彼らの背後にはワッパと呼ばれる何機ものホバーバイクが駐機されている。男たちは、代わる代わる、のんびりと、双眼鏡をのぞき込んでいた。
「ん?パイロットらしい奴が爆弾をはずすらしいですぜ」
「常識的に考えたってもう爆発するってのはわかるはずだ。それをはずそうってのか」
「あと10分しかないんだぞ、本気でやるつもりかよ」
ジオンの兵士たちのそんな会話を知る由もなく、アムロはガンダムに取り付けられた爆弾をまた一つ取り外すことに成功した。
「――ふう…」
高所作業車の架台を移動させながら、アムロはバケットに収めた爆弾を見つめた。
“今これが爆発したらガンダムは勿論、俺だって…”
チッチッチッ、かちり。
「え?」
――――――◇ー◇ー◇――――――
……
…
『アムロ、目を覚まして、アムロ』
アムロの意識は混濁から抜け出そうとしていた。
『アムロ、アムロ、応答して、アムロ』
セイラの冷静な、しかし悲壮な呼び声がアムロの意識を現実へ引き上げる。
「お、俺は…」
『気がついて? アムロ』
「セイラ、さん…」
どうやら、また自分は弾道軌道への射出の急加速で気を失ったらしい。
『アムロ、気をつけて。近くに敵の追撃機がいるはずよ』
「ああっ…!」
アムロは瞬時に状況を理解した。コアファイターの教育型コンピューターが、コムサイの接近を知らせる。
『落ち着いて、落ち着いてアムロ』
『アムロ、断じて撃ち落されてはならん。いいか、相手をよく見るんだ』
セイラの声に被さってブライトの怒声がアムロの鼓膜を打つ。
“――言われなくたって!”
前回のこのシチュエーションの時には、コアファイターが射出されたと思った次の瞬間には初陣のガンダムのコクピットへタイムスリップしていた。気を失っている間に追撃してきた敵機に撃墜されたのだろう。
コアファイター射出のGに今度はこらえてみせる…と決意していたのだが、今のアムロは肉体的には何処にでもいるごく普通のティーンエイジャーだ。覚悟だけでどうにかなる問題ではなかった。
“ええい、同じヘマを二度もやらかすとは…!”
アムロは操縦桿を握り直して、シャアのコムサイを照準器に捉えた。
「相手はたかが大気圏突入カプセルだ。戦闘機じゃないんだ…!」
コアファイターの放ったミサイルはコムサイを直撃した。しかし、コムサイは被弾させられてなお悠々と降下していく。そして、入れ替わるようにドップ戦闘機の編隊が上昇してきた。
「ブライト、六機対一機じゃ勝負にならん。引き返すぞ」
『アムロ? 冷静にね。地上すれすれに戻っていらっしゃい』
「了解、セイラさん、リュウにガンペリーでガンダムのパーツを持ってくるように伝えてくれ。空中換装をやる」
『空中換装? 話には聞いているけど…無理よ、いきなり実戦でなんて』
「訓練なら前生で何度もやっている。大丈夫だ、急がせてくれ」
『前世…なんなの? …わかったわ、メカマンに急がせるわ』
アムロはコアファイターの機首を回して、ホワイトベースへの帰途に就いた。
ドップ戦闘機隊の追撃をかわしながら、アムロのコアファイターはホワイトベースを目視できる距離にまで帰投した。長方形の巨大な箱を抱えたローター式の輸送機・ガンペリーは、中央デッキから発進したばかりのようだ。戦闘濃度に散布されているミノフスキー粒子の影響で雑音だらけの通信から、アムロに呼びかけるリュウの声が聞こえてきた。
『アムロ、ガンダムパーツを投下できる高度まで上昇する。付いてきてくれ』
「了解」
コアファイターはガンペリーを後方下から追尾する。十分な高度に達したところでガンペリーのコンテナが割れて、アムロの目からも懸架されているガンダムのパーツが見えた。
「いくぞ…リュウ! ドッキングサーチャー同調」
『レーザーサーチャー同調、5、4、3、2、1、ガンダムBパーツ投下』
「コアチェンジ、ドッキングゴー!」
アムロの掛け声とともに、コアファイターは機首と翼を折りたたんだブロック状の形態に変形し上昇した。何故か下方から上昇してきたBパーツが、コアブロックと合体する。
『アムロ…なんかノリノリだな…』
通信機からこぼれてきたリュウの独り言を、アムロは聞こえなかったことにした。いくつ前の前世かもうわからなくなってしまったが、空中換装の訓練を繰り返しているうちにリュウからタイミングを計るのに声を掛けてほしいと言われ、面白がったカイやハヤト、ジョブ・ジョン達まで交えて台詞が考えられたのだ。初めは嫌々だったアムロだが、訓練を繰り返すうちにすっかり癖になってしまった。
『続いて、Aパーツ投下ぁ』
「! 早いよリュウ、こっちはまだ準備が整ってないってのに!」
思わずアムロは叫んだ。
垂直姿勢で合体したコアブロックとガンダムBパーツが仰向けに倒れ込み、投下されたAパーツと高度を合わせ水平状態で合体して空中換装は完成する。しかし、まだガンダムの下半身は水平状態まで倒れ込んでいない。
「くっ、レーザーサーチャーの連動がまだ完全じゃないのに…!」
ガンダムのAパーツがコアブロックに接近してくる。アムロは機体操作を手動に切り替え、必死で微調整をした。
しかし。
「――うわっ!!」
コアブロックはガンダムAパーツの赤い腹部装甲に激突した。頑強なルナ・チタニウム合金が拉げ、アムロをパイロットシートにつなぎとめるシートベルトが引きちぎれそうなほどの衝撃だ。
コアブロックはガンダムのBパーツから外れて墜落を始めた。アムロは必死で機体を制御しようと手を尽くす。
「くっ…リュウの奴! …駄目だ、コアチェンジができない! キャノピーも開かないじゃないか!」
アムロの絶叫とともに、コアブロックは地球の大地へ引かれ、衝突した。
――――――◇ー◇ー◇――――――
……
…
”セ、セイラさん、た、立って、立つんだ!”
「アムロ? アムロなの? でも、ここはどこだかわからないのよ…」
宇宙要塞ア・バオア・クーという迷宮の中で、セイラはとある一方に目をとめた。
「…ここをまっすぐ?」
”そうだ、そして500メートル行ったら左へ90度曲がって…”
…
「ああっ、ホワイトベース!」
セイラの背後で爆発が起こり、セイラは広大な宇宙船ドックに放り出された。
「! セイラさん、こっちよッ」
「セイラ!」
カイとミライがセイラに気づき、カイが精いっぱい手を差し伸ばす。
「おおっと!」
「カイ!」
カイに抱き止められて、セイラが脱出ランチに取りついたことをブライトは確認した。
「よーしいいぞ、やってくれ!」
「了解!」
* * *
…アムロは、ザンジバルのブリッジ前に立ちふさがり、バズーカを構えるシャアの姿を見た。
伸びた火柱がザンジバルのブリッジを貫く。シャアは復讐を遂げたようだ。いや、復讐ではなく、ニュータイプが生まれ育つ世界を歪める独裁の血を絶ったのだ。
だが、シャアにとってこれはまだ始まりである。
シャアはこれから、地球の引力に魂を魅かれた者たちと長く、辛抱強く戦い続けなくてはならないのだ。
”…アムロ、見えていて? 今、大佐が…この宇宙の悪意を絶ったわ”
”ああ…見ていたさ、ララァ。これは全ての人たちが俺たちのようにわかりあえる未来への…その第一歩だ…こんな嬉しいことはない。わかってくれるよな? ララァとは…こうしていつでも会うことができるから”
アムロは残り少ない燃料でコアファイターを方向転換させ、宇宙を流れていった。
やがて、仲間たちの気配を感じ取れるようになる。
小さな発光信号がアムロを呼んでいた。
ちっぽけな脱出ランチに、アムロを待つ仲間たちの姿が見えた。
何度目なのかもうわからないほど見た景色にも拘らず、アムロの目には涙が溢れ出していた。
自分を待っていてくれる暖かい光の主たちを見つめ、そしてアムロは自分の旅はまだ終わっていないことを思い出す。アムロは、シャアやララァとともに、ホワイトベースの仲間たち…いや、すべての人間が幸せに生きていける新しい未来を、今度こそ創り出さなくてはならないのだ。
アムロはコアファイターのコクピットを蹴った。
ゆっくりと宇宙を流れながら、ホワイトベースの仲間たちのもとへと近づいていく。
……
…
永井一郎「…宇宙世紀0080、この戦いのあと、地球連邦政府とジオン共和国の間に終戦協定が結ば
アムロの視界が、ぐるりと廻った。
「え?」
――――――◇ー◇ー◇――――――
……
…
『我々は一人の英雄を失った。しかし、これは敗北を意味するのか? 否、始まりなのだ! 地球連邦に比べ我がジオンの国力は30分の1以下である。にもかかわらず、今日まで戦い抜いてこられたのはなぜか? 諸君! 我がジオン公国の戦争目的が正しいからだ!!』
戦いを終えたアムロがホワイトベースのブリッジへ戻ってくると、メインモニターでは切れ長の目をした眉なしの男が演説をぶっていた。アムロの帰還に気づいたブライトが、アムロにちらりと目をやった。
「ジオンめ、あてつけに実況放送を世界中に流している。アムロも見ておくんだな!」
「ああ」
アムロはあらためてジオン公国総帥ギレン・ザビに目を向けた。そういえば、アムロは何度も一年戦争を繰り返しているが、この男にはついぞ会ったことがない。
アムロの傍らにフラウ・ボゥがやってきてそっと寄り添った。
「アムロ、大丈夫?」
「心配かけたようだね、大丈夫だよ」
「頑張ってね…」
「ありがとう」
フラウ・ボゥとの心が和むやり取りもそこそこに、アムロの意識はギレン・ザビの演説に搦めとられていく。
『…戦いはやや落ち着いた。…だが、地球連邦軍とてこのままではあるまい。諸君の父も兄も、連邦の無思慮な抵抗の前に死んでいったのだ! この悲しみも怒りも、忘れてはならない!! それをガルマは、死をもって我々に示してくれたのだ!! 我々は今、この怒りを結集し、連邦軍に叩きつけて初めて真の勝利を得ることができる。この勝利こそ、戦死者全てへの最大の慰めとなる。国民よ立て! 悲しみを怒りに変えて、立てよ国民!! ジオンは諸君らの力を欲しているのだ!! ジーク・ジオン!!』
『ジーク・ジオン! ジーク・ジオン! ジーク・ジオン! ジーク・ジオン! ジーク・ジオン! ジーク・ジオン! ジーク・ジオン! …』
コロニーの自転さえも揺るがしたという何百万人の熱狂が、アムロの耳朶と精神を打った。それは狂信と言っていい盲目の意思の塊だ。
「これが、敵…」
「何を言うか! ザビ家の独裁をもくろむ男が何を言うのか!」
キャプテンシートで立ちあがったブライトが吠えた。
「独裁?」
思わず口を突いた言葉が、一瞬ジオン公国の意思に圧倒されたアムロを我に返らせた。
人類は一年戦争の開戦からわずか一週間で、全人口の半数を失った。
このギレン・ザビという男の傲慢が、スペースノイドの独立の意思を利用し、55億もの命を奪ったのだ。
この男の起こした戦争がアムロの運命もまた大きく変え、そして、シャアとの因縁が生まれた。
その因縁の果てに、アムロは無限のように繰り返される刻の円環でこうして足掻き続けている。
事の発端は、この男なのだ。
アムロの中に、何かにぶつけずにはいられない怒りがこみあげてきていた。
目の前には、伸びた支柱の先につけられたモニターテレビがあり、国民のシュプレヒコールをバックに満足げな笑みを湛えたギレン・ザビを映している。
「うおーーーっ!!」
アムロの右拳がモニターテレビを殴り抜いていた。
「負けんぞ…絶対に、キサマらなどに負けるものか…!!」
血の滴るこぶしを握りしめ決意を新たにするアムロを、ブライトとフラウ・ボゥは頼もし気に見守っていた。
* * *
「シ、シミュレーションで完全に覚えているつもりなのに、Gがこんなにすごいなんて…う…あああっ!!」
モニターに映ったグフが、伸ばした左手をセイラの乗るガンダムに向けた。至近距離からの、マシンガンの斉射がガンダムを襲う。
『ああーーーッ!!』
「セイラ、ガンダム、ロスト! 撃墜されました!」
「なんだと!」
* * *
「俺が…ブラウン管を殴って怪我をしたばっかりに…セイラさんが…セイラさん…セイラさん…セイラさんセイラさん…セイラさぁぁぁぁん!」
永井一郎「少年たちは悲しみに沈む間もなく、次の戦場へと向かった」