アムロ大尉、ガンダムに乗る。   作:しんしー

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第20話 血まみれの巨神と月の女王

 

 ベッドの中で目が覚めた。

 起床しなくてはならない時間ではない。

 二、三度寝返りを打ってみたが、一度目覚めてしまった意識は本能が求める眠りに戻ることを許さなかった。

 眠くないわけではないのだ。だが、このジュピトリス級超大型輸送艦『メイフラワ』が木星オリュンポスコロニーを出立して約一年、ずっと続いている胸騒ぎがこのところひどく強くなってきている。あきらめてベッドを抜け出しシャワーを浴びたアムロは、新品の青い縞柄パンツで気分を切り替え士官食堂へ赴いた。

 

 アムロがいる此処は、全長2キロメートルを超す木星往還輸送艦『メイフラワ』の士官用区画である。

 宇宙世紀0092、秘密裏に木星圏を訪れたアムロ・レイは特命を受けた任務を完了し、地球圏へと戻る長い旅の途中だった。今は…火星と木星の間にある小惑星帯の軌道あたりであろうか。

 士官食堂には、アムロの部下の齢若い女性士官シマ・八丈と大柄な青年士官、通称・鉄面皮の姿があった。

 今回の特務をアムロとともに受命した、連邦きってのニュータイプである。鉄面皮はその大きな体躯を丸めて心配げにシマ・八丈に寄り添っていた。

 

「どうしたんだ?」

 

 アムロが近寄って声をかけると、シマは両の掌で抱いていたコーヒーカップから視線を上げた。その顔色は蒼白だ。

 

「…アムロ…」

 

 シマはわずかに微笑んだ。

 

「…きついのか?」

「数日前からのようですが…どんどんひどくなっているようです。大尉は大丈夫ですか?」

 

 シマの代わりに鉄面皮が心配げに答えた。だが、彼のイケメンな風貌も決して良い顔色はしていない。おそらくは自分もそうなのだろうとアムロは思う。

 

「…やはり俺たちのニュータイプ能力が何かを予感しているな…それも、お世辞にも良いとは言えないことをだ」

 

 アムロの言葉にシマは視線をカップに戻し、鉄面皮も顔を曇らせてあたりに視線を泳がせた。

 ニュータイプが神ではないことを、こういう時にアムロ達は痛感する。

 何かが起こることはわかっても、それが何かを知ることは容易ではないのだ。結果、いたずらに不安な時を過ごすばかりになる。中途半端な予知能力など単なるストレスの種でしかない。

 アムロの持つ通信機がコールサインを鳴らした。

 通信に出たアムロは短いやり取りを手早く済ませ、シマと鉄面皮の顔を見つめて言った。

 

「…艦長からだ。至急、メイン・ブリッジに来て欲しいそうだ」

「私たちもよいのですか? アムロ大尉」

 

 鉄面皮が聞き返す。

 

「構わんよ…俺の権限で許可する」

 

 なにかはわからない。だが、来る時が来たかと覚悟を決めて、アムロはよろよろと立ち上がるシマと鉄面皮を伴い、メイン・ブリッジへと向かった。

 

   * * *

 

「…隕石群と衝突する? だと?」

 

 アムロの鸚鵡返しに、中肉中背で40代後半の艦長は沈痛な面持ちで頷いた。その顔は…絶望を通り越した無我の面持ちである。

 

「『メイフラワ』の火力では…破壊できないのか?」

「…無理だ。核ミサイルが数十発あっても破壊できる量ではない…何故こんな大きな隕石群の軌道を把握できなかったのか…」

 

 艦長はこめかみを押さえながら言葉を絞り出すように呟いた。

 超長距離を往く『メイフラワ』は、積載している燃料の問題から進路の変更や加減速をすることができない。定められた航行プランを乱すということは、目的地への帰還…地球圏へ還ることを不可能とすることと同義だ。

つまり、この『メイフラワ』は巨大な隕石群と衝突する運命から逃れようがないということである。なんと無責任な航海かと思えるが、広大な宇宙空間で隕石群と航路が重なり、しかも衝突するなどということはほぼあり得ない確率と言っていい。

 

「…衝突まであとどのくらいあるんだ?」

「16時間と少し…というところだ」

「…艦長。残りの燃料から効率的な方を選ぶとして、加速か減速を掛けよう。何もしないで衝突を待つわけにはいかない。そうだろう?」

 

アムロはしばしの逡巡の後に、艦長に向けてそう言った。

 

「そうだな…。少しでも可能性がある道を選ぶべきか…だが、それでどうにかなりそうなのか、アムロ大尉?」

「わかるものか。ニュータイプは全能の神様ってわけじゃない。何もしないよりはましということだ。後のことは後で考えよう」

 

 艦長の問いかけにアムロは憮然として答えた。

 ついに意識を失ったシマを鉄面皮が医務室へ運んでいくのを見送って、アムロもメイン・ブリッジを後にした。此処にいてもアムロのできることはない。

 

“どうする…何か手はないのか?”

 

 階下へ下るエレベーターへ向かいながら、親指の爪を噛んでいることにすら気づかずアムロは必死で解決策を求めていた。

 『メイフラワ』には乗組員全員が乗り込めるだけの救命艇も装備されてはいる。しかしそれは申し訳のようなもので、いつ救助がやって来られるかもわからない宇宙の深遠で何年も…いや、何ヵ月すら生きていられるようなものではない。むしろ、加減速をかけ地球圏に帰れなくなった『メイフラワ』で漂流する方が、助かる可能性はいっそ高いかもしれない。だがそもそも、たかだか16時間ばかりの加減速で隕石群との衝突を回避できるのか?

 

 エレベーターのドアが開き、思索にふけるままアムロは中に乗り込んだ。そして、扉が閉まると同時に、アムロの意識は暗闇に包まれた。

 

“――やあ。こうして直接言葉を交わすのは初めてだったかな、アムロ・レイ君”

「――マチルダさん?!」

 

 アムロの頭の中で響いた声の主は、若干ずっこけたようだ。

 

“…残念ながら違う。私は…君たちが言うところの無限力。血まみれの巨神だよ”

 

アムロは一瞬、紺色の髪と青い瞳、細い眉に彫りの深い顔立ちをした齢若い美女の姿を見たような気がした。

 

「――無限力だと?! 」

 

むげんちから。

それこそ、アムロが往復4年以上もかけて木星を訪れ、シャアと共闘してまでその発動を退けた超常の力だ。

 

「無限力…! …まさか、この隕石群は貴様の」

“そんな誤解をされているのではないかと、やってきたのだよ。ジュドーから私の意思は聞いているだろう?”

 

 やれやれ…と言わんばかりの無限力の意志を受けて、アムロは木星で出会った齢若い…次世代のニュータイプと言える逞しい少年の顔と、その少年の別れ際の言葉を思い出した。

 

「…自分に落とす小石をシャアにするか、俺にするか考えてみる…というやつか?」

“そうだ。そして私が君に言いに来たことは、この結末は私が仕組んだものではない、ということだよ”

「…どういうことだ?」

“奇跡のような確率だが…この隕石群は本当に偶然ということだよ。そして私が言いたい一番大切なことは、このことは私が仕組んだことではないが、だからと言って私に君を助ける義理もない…ということだ”

 

 無限力の台詞にアムロは言葉を詰まらせた。

 

「…随分と身勝手な神様だな」

 

 アムロの口を衝いたのはただの負け惜しみだった。案の定、無限力が嗤うような意思を見せた。

 

“神だって? 私はそのようなものではないよ。無限の力を持っているからと言って何でもできるわけではない。できないわけでもないがね”

 

「その言い方…! この隕石群は本当に貴様が仕組んだものではないのか?」

“フフッ。いつの世も猜疑心が人を滅ぼす…”

 

 無限力の軽く、しかし冷ややかな言葉にアムロは自分の運命を悟らざるを得なかった。

 今回も、またか。

 今生では、シャアとの確執をなくすことはできなかったが、多くの仲間たちを死なせることなく一年戦争の終結を迎えることができた。

 最初の人生に一番近いやり直しができていたかもしれない。

 そしてシャアとの関係も、木星で共闘したことで、アクシズをめぐる攻防に入る前に和解することができるのではないかと一縷の希望を抱いていたのだ。

 しかし。

 今回も、志半ばで、また俺は死ぬのか。

 アムロは、歯を食いしばって、耐えた。

 無限力は、興味深げにそんなアムロを眺めている。

 

「…しかし無限力、覚えておけ」

 

 アムロは必死で、言葉を絞り出すことに努めた。

 

「…この世界での俺は此処までかもしれないがな、生きている人間の力を信じているのは俺だけじゃない」

 

“ほう? 何が言いたい?”

「貴様に落とす小石は俺だけじゃないってことだ。俺の代わりはいくらだっているんだ。無限の力を持っているというなら、その力で探してみろ!」

 

 無限力は、とめどなく膨らむ好奇心を押し殺せない…そんな笑みを浮かべた。

 

 チン!と小さな到着音が鳴り、エレベーターの扉が開いた。

 アムロは現実に引き戻された。

 

   * * *

 

「…れいとうすいみんそうち…。 そんなものが本当に…?」

「あるのだよ、アムロ大尉…いや、アムロ」

 

 此処は『メイフラワ』の艦長室である。

 再び艦長に呼び出されたアムロは、隕石群との衝突までの残り時間では、『メイフラワ』がどれだけ加減速をかけても回避は不可能であることを告げられた。乗組員はすべて、脱出艇に分乗して深遠なる宇宙に飛び立つこととなった。そして、その後に告げられた艦長の言葉は、さすがのアムロをして唖然とする内容であった…というところだ。

 

 艦長曰く、この『メイフラワ』のみならず、ジュピトリス級超大型輸送艦には救命設備として極秘裏に…『冷凍睡眠装置』が用意されているそうだ。しかも、この技術は百年以上も前からすでに確立されており、ごく一部の人間だけが長寿を甘受しているらしい。さすがのアムロをしても、にわかには信じがたい話である。

 

「ただし…と言おうか当然と言おうか、これはとてつもなく高価な設備でね。これだけ巨大な本艦にも一人分の設備しか搭載されていないのだよ」

「それを…俺に使えというのか? 艦長?」

 

 艦長は今日初めて、アムロに向けて人間臭い笑みを浮かべた。

 

「アムロ。君とは往路もあわせて3年以上の付き合いがある。そして私も…こんな仕事を長くやっていれば君やシマ少尉ほどじゃないがニュータイプの能力みたいなものが身についてもくる。この艦で生き残らなくてはならないのは君だ。明日の地球圏のためにも、人の革新を待つためにも…。私のように凡庸な人間にも、そのくらいのことはわかるのだよ」

 

 端正ではあるがモブキャラのように地味な容貌の艦長は、柔らかな面持ちでアムロを見つめた。

 

「…断っても…無駄なのだろうな」

 

 しばしの沈黙の後に哀しげに呟いたアムロに、艦長は破顔した。

 

「そういうことだ。私は君を殴って気絶させてでも装置に放り込むつもりだったからな」

「それは…勘弁してくれ」

 

 苦笑いを浮かべてアムロが答える。そんなアムロに艦長は信頼を寄せた笑顔で言った。

 

「なに、冷凍睡眠に入った君が助からない可能性も、普通に救助を待つ私たちが助かる可能性もどちらもある話だ。互いに生きて帰って笑い話にするだけのことさ」

「…そうだな。艦長、乗組員に至急、退避の準備をさせよう」

 

 頷く艦長と、アムロは固い握手を交わした。

 

   * * *

 

“無限力よ…俺が何度となく過去の自分にタイムスリップしていることも貴様は知っているのだろう? こうして何度も生き返ってはいるが、結局のところ俺は必ず死ぬ…何処にでもいる人間だ。だが、だからって俺はいつ死んでもいいなんて思っちゃいない。生きるために最大の努力をしてやる。しかし…もう一度言う。それでも…俺がこの世界で死んだ時は…世界に俺の代わりなどいくらでもいる。だから貴様は、貴様に落とす小石を探し続けろ”

 

 宇宙に放たれた冷凍睡眠カプセルの中、遠くなる意識でアムロはそんなことを強く念じていた。

 アムロの意識は凍り付いていく。

 そんなアムロの心の傍らに、いつしか無限力が寄り添っていた。

 

“いいだろう…アムロ君。同じことを繰り返している限り、それを何処で終わらせても同じことだ。なら、もう少し君たちに付き合ってみるのも悪くない。…それでいいのだろう?”

 

 しかしその思惟を受け取ることなく、アムロの意識は冷徹な氷の温度の中へと落ちていった。

 ……

 …

 

 

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