第23話 麗しのアルテイシア
“また失敗したか…”
アムロは失意の底にいた。
シャアを導き宇宙世紀をニュータイプの時代にするための戦いに、アムロはまた敗れたのだ。
もう何度死んだことだろう。
“でもまあ今度は…失敗したことは何千年も前にわかっていたがな…”
アムロはついさっき息を引き取った今生を思い出し、自嘲気味に笑った。
今回死んだ場所は、地球から五光年離れたプロキシマ・ケンタウリにある人類の植民地『ダンディ・ライオン』だった。
木星からの帰還の途中、不慮の事態から人工冬眠に入ったアムロはその永い眠りから目覚め、月の女王と永い時を共にしたのち、彼女と袂を分かつこととなった。
地球へ還ることを自身の使命とする彼女と、より遠くの宇宙を目指したいと思うようになったアムロは、そうするほかはなかったのである。
アムロは”かつて地球圏を逃げ出した”開拓者たちを追って、プロキシマ・ケンタウリを目指した。
数百年の眠りの後に辿り着いた其処は、人類とは関係のない世界だった。
いくつものコロニーで生きる住民のすべてはニュータイプであり、誰もがその能力を自在に使いこなしていた。心で噓をつく者すら多く存在した。
しかし、それでも諍いは起こらない。
真の意味で、人と人が理解しあえているのだ。此処はまさに真のニュータイプの世界と言えた。ちなみにこの世界では、地球圏で最上級レベルであるアムロのニュータイプ能力でさえ、平均以下のそれでしかなかった。衝撃を受けつつ、凡人であることにある種の解放感を感じながら、アムロは新世界で生きた。
そして、天寿を全うしたアムロは、今、何処かへ向かって翔んでいた。
“しかし…俺は何度、このやり直しを繰り返せばいいんだ?”
アムロは自問する。
無限ループのように繰り返される人生。
死ぬ度に、宇宙世紀0079の9月、初陣のガンダムのコクピットへと跳ぶ。
そしてまた、一年戦争のやり直しだ。
アムロはタイムスリップ――いや、正しくはタイムリープ、と言うべきなのだろうか?――した最初のやり直しの人生と…アクシズの破片とともに燃え尽きた本当の最初の人生で一年戦争を生き延びることができたこと、それがいかに奇跡的なことであったのかを痛感していた。
死ぬ。
とにかく、死ぬ。
ガンダムの高性能と、覚醒している自身のニュータイプ能力をもってしても、死ぬ。
自分は戦場で死なない…などと思ったことはないアムロだが、これほどまでに死ぬかと驚くほどに、アムロは死を重ねていた。
戦場で敵機に撃墜されるようなことはほとんどなかった。…と、言いたいところだが、油断や焦り、苛立ち、蓄積された精神的な疲れ…そう言ったことが原因となって死んだことも、幾度かあった。
言い訳にならないことはアムロ自身が百も承知だ。だが、致し方なし、と言えないことはないだろう。
なにせアムロは、地球の命運がかかった極限状況である5thルナの攻防からアクシズでの死闘を経てそのまま過去の自分にタイムリープし、それからは孤立した最前線での死闘と激戦の数か月を、休むことなくひたすら繰り返しているのだ。
戦い、死ねばすぐにまた、一年戦争の始まりへループさせられる。
アムロの体感では、極限まで緊張を強いられた精神状態での孤独な生活を何年間続けているのかわからない…という状況だったのである。
精神に異常をきたさなかったアムロのメンタルの強さと使命感は、鋼を通り越し、ガンダリウム合金すら凌いでいる…と言えるだろう。
迂闊と言える死以外にも、とにかく意外な形でそれは訪れた。
例えば、ブライトが倒れミライが指揮を執った戦いがあった。その戦いでは、ホワイトベースの左エンジンにジオン軍が地上に設置していたメガ粒子砲の直撃を喰らい、クルー全員とともに爆死した。
ガンダムで自分の戦闘をしながら、戦況を把握し全体に指示を出すことも十分に難しいことだった。だがそれ以上に、アムロが指示した危機回避のための行動を素人ばかりのホワイトベースのクルーに求めることは、あまりにハードルが高いと言えた。例えば、アムロが左舷に弾幕を張れと指示しても、指示された側が機銃の撃ち方がわからなければどうしようもないのだ。
ニュータイプの直感や先読み能力があっても、一個人の能力を超える何かが起これば、それは運命として迎え入れるほかはなかった。
攻める戦いと違い、守りの戦いは想像以上に難易度が高かった…とも言えるだろう。
繰り返される運命の輪から逃れるために、連邦軍に助けを求めることも試してみた。
だが、誰もが認める歴戦の勇士であるアムロ・レイ大尉が言うならまだしも、たかだか15歳の子供の発案を取りあうほどに地球連邦軍という組織は融通が利くところではなかった。地球規模の超巨大組織はその体のとおり、柔軟な即応ができる組織とはお世辞にも言えなかったのである。
組織が硬直していることは確かだったが、必ずしもそうとは言い切れない部分もあった。
様々な立場の人々の思惑の違い、である。
組織が動くことの難しさ…とも言えるだろう。
例えばレビル将軍は、ジャブローに辿り着くまでのアムロとガンダムの戦果が尋常ではないことは認めていたが、それ以上の過度な期待をすることはなかった。
レビル将軍がホワイトベース隊に求めたのは囮部隊としてジオンの気を引くに十分な戦果であり、それは現況のホワイトベースとガンダムの活躍で十分だった。一兵士…とすら言い難い、現地徴用の少年兵の戦略的な意見具申などレビルは求めてはいなかった。レビルにはレビルの描く戦略があり、駒は駒として自分が求めるとおりに動いていれば十分だったのである。
無論、優秀な駒を使い捨てる気はない。
だから、子飼いのマチルダ中尉にホワイトベース隊への決死の補給を命じたりしている。
だが、この戦争で、連邦軍の戦力も、生産力も開発力も底をついている。ガンダムより優れた武器を開発し送り届けることなどできはしないし、そんなことをする気もなかった。超人的な少年兵に専用にカスタムした機体を開発供与してさらなる活躍を求めるより、量産型のジムの10機でも20機でも増産し配備する。それがレビルと地球連邦軍の戦略であり懐事情だ。
また、アムロは幾度ものやり直しの中で、北米大陸に降下した時、南下してジャブローを目指すようブライトやリード中尉に進言してみたこともある。
しかし、結果としてそれは叶うことはなかった。
ホワイトベースがその進路を南に向ければ、ガルマ大佐は無理をしてでも総力を挙げて阻止せんと動いた。
それは、ガンダムが一騎当千の働きをしたところでどうにかなる戦力差ではなかった。
この頃の戦いのアムロの敗北条件は、ホワイトベースの撃沈である。
ホワイトベースが撃沈されれば、帰るところをなくしたアムロとガンダムも、自動的に詰む。
そして、ガンダムが一度の戦闘で持てる武器弾薬も高が知れている。
ビームライフルの弾数は一丁につき15発程度だし、ハイパーバズーカの装弾数もたった5発だ。ビームサーベルとて無限に使えるわけではないし、いちいち接近して戦うのでは守るべきホワイトベースが手薄にならざるを得なくなる。例えドップ戦闘機をバルカン数発で撃破していってもザクやグフを相手にそうはいかないし、そもそも、ホワイトベースに積載されている補給物資自体が潤沢とは程遠い。
所詮、戦いは物量、なのだ。
そして、ジャブローの総司令部から『太平洋を渡りアジア大陸へ向かえ』と命令を受け取ってしまえば、軍人であるブライトは拒否できなかったし、しなかった。
極限状態でどうすればよいのか見当もつかない齢若いブライトは、例え無茶でもこうしろと指示を出されれば、それを寄る辺として動いてしまう。人は、そういうものだ。それは、アムロがどんなに言葉を重ねてもどうこうできることではなかった。繰り返し言うことになるが、見た目が15歳の少年の意見に左右されるほど、人や組織と言うものは縛られたものから自由には成れないのだ。
* * *
やり直す回数を重ねるにつれ、アムロは、迂闊な死や予想外の死を遂げることは格段に減っていった。
アムロは学習し、同じ過ちは繰り返さない。
一年戦争の先に辿り着けることも多くなった。
その人生の中では、齢を重ね、それなりに穏やかに幕を閉じた人生もある。
今回のように、気ままに、思うとおりに生きた人生もある。
だがそれは、シャアを宇宙世紀の希望にするという目的を果たせなかった時の…言わば余生の過ごし方、のようなものだ。
シャアと戦い、アムロがシャアを殺めてしまったこともあるし、その逆もある。
シャアが世捨て人となり、大義を持って立たなかったこともある。
そんな時のアムロは、自分が死を迎えるその時まで、ただ生きるほかなかった。
死ねばまたループしてやり直すことができるのではないかという疑念はいつも抱えていたが、だからと言って自死を選ぶことだけはアムロはしなかった。
必ずループする保証はないし、なにより、それは何かが違うのではないかとアムロは思ったのだ。
命を無駄に使ってはいけない。
アムロは、人生を、懸命に生き続け、ループを繰り返した。
そのなかで、どうしてもわからないことがあった。
『死』による過去へのタイムリープは、百歩譲って、わかる。
この繰り返される生と死のループにはなにか脱出条件があり、自分はそれを満たせていないのだろう。
そう考えれば、かろうじて心が折れないでいられる。
だが、わからないのは、なんの脈絡もなく、死にもせず強引にタイムリープするケースだ。
ア・バオア・クーである。
シャアと和解し、仲間たちを導き、自身も燃え落ちる要塞から脱出する。
ブライトやフラウ・ボゥたちと再会し互いに触れ合おうとする瞬間、突然世界がぐるりとまわり、ガンダムでの初陣の時に戻る。
何度、このパターンがあったことか。
理由がわからずやり直しを強いられるのは、特にアムロを精神的に追い詰めた。
なにか理由…原因はあるはずなのだが、それがわからない。
積み重ねた過去の経験を分析しようにも、あまりに幾度もタイムリープを繰り返すうちに、記憶も混乱を極めていた。冷凍睡眠を取っていた期間は別に勘定しても、アクシズとともに燃え尽きた最初の死は、アムロの体感で数百年も前の出来事なのだ。
何をすれば、この繰り返しから脱することができるのか?
ゲームのように言うなら、クリア条件がわからない。
最初にこのループに陥った時、アムロはホワイトベースの仲間たちの生還と、シャアをスペースノイドの希望の旗印とすることを目的に定めた。
幾度となく、この目的のためにアムロは生きた。
この目的設定が間違っているのか?
その可能性は、ある。
だが、目的が間違っているとして、では真の目的…正解と言うべき目的は何なのか?
他にすべきことが、わからない。
だが、自分の定めた目的こそが脱出の条件であるということに、確信めいた思いもある。
自分はこの目的を成就するために世界をループしているのだ…揺るぎない確信が、心の奥底にある。
…なにより、13年前の自分たち…あんな子供たちを戦争で死なせていい筈がない。
だからアムロは、これからも…もしまた、初陣のコクピットにタイムリープしたとしても、この目的のために生きる。
その覚悟は、何百年も前から、できている。
…とは言うものの、だ。
先の展望を見いだせない状況に、アムロは限界を迎えていた。
絶望に囚われまいと、アムロは視線と意識を外に向けた。
その時初めて、アムロは自分が何処かへ向かって翔んでいることに気づいた。
そう、翔んでいるのだ。
闇の中に柔らかな光が漂っているような、光の中に闇という無数の小さな星がちりばめられているような、不思議な空間だ。
その空間を、アムロは自身が光よりも早く移動していることを理解した。
見ることもできない遥か彼方の何処かを目指して、アムロは魅きつけられるかのようにただ一直線に翔んでいる。
“――待て。そもそも此処は一体…何処なんだ?”
わからない。
ただ暖かく、やわらかい空間。
無限に広がっていることだけは理解できる。
やがて、遥か彼方に小さな光点が感じ取れるようになってきた。
“――あれは…太陽、か?”
まだ数百億キロは離れているだろう、目が捉えているのではない小さな光。プロキシマ・ケンタウリ星系の恒星とは違う、懐かしさと優しさを感じさせる小さな光。
“俺は…地球に還るところなのか?”
その思いを裏付けるかのように、アムロの脳裏に地球が感じられた。魂が囚われることを嫌い旅立った星に、今、アムロは言いようのない懐かしさを覚えている。
故郷たる太陽系の外惑星軌道を抜け、火星を飛び越し、地球圏へとアムロは帰還する。
アムロは月を通り越し、地球の周りのあちこちに吹き溜まりの塵のように集まっている人類史上最大の建造物を見た。ちっぽけなスペースコロニーの群れだ。連邦軍やジオン公国の宇宙戦闘艦の艦隊を追い越し、地球の向こう側へとアムロは翔ぶ。
母なる青い星の向こう側にある、完成途上の人工の大地がこの旅の終着点だ。
“ああ…サイド7か…また初めから…なんだな…”
諦めの沼に沈みかけるアムロの感覚が、自身を呼ぶ小さな声を捉えたのはあるいは奇跡かもしれなかった。
なんだろう。
アムロは心の中で耳をそばだててみた。
“…アムロ。アムロ――”
空耳かと思うほどに小さな声が、アムロの名を呼んでいる。
“――誰だ?”
アムロは声に求められるまま、振り返ってみる。
“――セイラ…さん!”
金髪さん…セイラ・マスの姿が、そこにはあった。