「ようやく気がついてくれたのね、アムロ」
17歳の姿のセイラ・マスはアムロに微笑んだ。
「セイラさん…何故こんなところに…っていうか、此処はいったい何処なんだ? いや、それより…その恰好!」
セイラを認めた瞬間、アムロは目のやり場に困っていた。
無数の光の粒をまとってはいるものの、ホワイトベースに乗っていた頃の容姿のセイラ・マスは一糸まとわぬ姿だったのである。
「何を言っているの、アムロ。貴方だって裸じゃないの。それに…一度は夜を共にした仲じゃない。何を今更、恥ずかしがることがあって?」
わざとらしく頬を赤らめ、照れたふりをしながらセイラが言った。
言われて初めて、アムロは自分も全裸であることに気がついた。プレイボーイで鳴らしたアムロ大尉であるから女性に裸をさらすなど何ということもなくはないのだが、自身の身体が10代のそれで、また身体をさらしている相手が10代の姿のセイラ・マス…となれば、戸惑わないわけはない。
だが、今はそれどころではない。
アムロは、それは些末な問題として割り切ることにした。
今、気にすべきことは別にある。
「セイラ…さん。此処は一体…どこなんだ? 君は一体…何故こんなところにいる? もしかして…俺を待っていたのか?」
セイラは、今度は溢れる幸せをこぼすようににっこりと笑った。
「アムロ、落ち着いて。質問は一つずつ…。大丈夫、此処での刻は瞬きする間でも永遠…無限の時間が流れてもほんのひと時。だから慌てることはないわ…って、ねえアムロ、こういうものの言い方、ちょっと素敵に聞こえないこと? なんだか自分でうっとりしてしまうわ…。うふふふふ…。さあアムロ、私に何が聞きたくて?」
なんだかとっても不思議ちゃんなセイラに戸惑いながら、とにかくアムロは質問をぶつけてみることにした。
「…じゃあ、まず此処は一体、何処なんだ?」
「此処は生と生の間…人の命が次の生命に紡がれていくところ。…因果地平なんて言い方もされるわね。地理的には海と大地の狭間にあるらしいわ。ねぇ、おかしいわね、アムロ。海と大地の狭間って…私、ジュニアハイスクールの授業でそんなところ習った覚えがないわ。アムロ、此処がいったい何処にあるのだか、貴方にはわかって?」
わかるものか。
内心憮然としたアムロをよそに、セイラはどこまでも無邪気な笑顔でくっくっと喉を鳴らした。
「…生と生の間…。つまり、セイラ、君は…死んでいるのか?」
「そうよ。何回も死んだわ。アムロだって知っているでしょう? 貴方が世界をやり直すたびに、私はかなりの確率で死んでいるのよ?」
「俺が世界をやり直している…何故、そんなことを知っている? 君は…前生の記憶があるのか?」
「そうね…記憶があるというより、いろいろな世界で幾度も死んだ私の遺志が集って今の私を形作っている…そんな感じかしら。私はアムロのように選ばれていないし、ニュータイプの能力もわずかなものしかないわ。だから今まで死んだ大勢の私が集まって、どうにか貴方を呼び止められるだけの私になったの。待っていたのよ。ずっと、とても長い間」
「呼び止めようと待っていた?」
「貴方に話さなくてはならないことがあるからよ」
セイラはくるりと後方へ一回転しながら答えた。金髪の美少女はあちらへ飛び、こちらへ踊り、心の動くままに空間を舞いながらアムロに話しかけてくる。
「貴方が死んでまたタイムリープする前に…私が知ったこの世界の理を伝えたいと思って何度も呼びかけていたのよ。なのにアムロったら、まったく気がつかないでいつもすぐガンダムに乗ってしまって…本当に嫌な人」
くくく…とセイラはまた喉を鳴らす。
「じゃあ今回は何故、俺に話しかけることができたんだ?」
「さあ。貴方、今回はずっと遠くで死んだからこの因果地平にも長くとどまっていたのではないかしら。私にもわからないわ」
この因果地平とやらにいるセイラは、憑物でもついてるかのように無邪気で屈託がなくテンションも高い。ホワイトベースにいた時からでは考えられない、アムロの知らない顔ばかりを見せる。
「セイラさん…こんな訳の分からないところにいて…性格、変わったのかい?」
セイラは心底おかしそうに笑い出した。
「いやぁね、アムロ。本当の私はこんな女なのよ。貴方も知っているでしょう? ややこしい家庭環境に生まれて育ったから、なんだかすっかり難しい性格に育ってしまったの…ねえアムロ、此処はいいわ。だって、ずっと本当の私でいられるんですもの」
それは俺にとっては「キャラ崩壊」と言うんだがな、とアムロは心中呟いた。
気を取り直して、セイラに質問を続けることにする。
「さっき君は、自分は選ばれていないと言ったな。それはつまり、俺が選ばれているという意味なのか?」
「そうよ。そう、私はそういうことをあなたに伝えるために待っていたの」
「何を…俺に教えようとしているんだ?」
「あなたの知りたいこと」
「回りくどい言い方はやめてくれ」
「じゃあ、何から聞きたくて?」
アムロは諦めのため息をついた。
「…わかった。君が知っていること…俺に教えたいこと。それを一から話してくれ。長くなってもかまわない。此処はどんなに長い刻も一瞬なんだろう?」
「そうね。じゃあ順番に話しましょう。まずアムロ、貴方は選ばれたのよ」
「だから、誰にだ」
「この方たち」
セイラが軽く腕を広げてわずかに左右に視線を投げると、アムロは突然無数の意識に取り囲まれた。賑やかな魂たちは時に人の姿を取りまた光の粒になり、雑踏のようにアムロの周りを埋め尽くしている。アムロは溢れるほどの意志の奔流に自我をとろけさせないよう、必死で心を固くした。
「…誰なんだ、この人たちは?」
「この戦争の始まりに亡くなった人たち。」
セイラは静かに答えた。
「ジオン公国が使った毒ガスとスペースコロニー落とし…そして地球に起きた天変地異で亡くなった命たちよ。55億の命。」
言われて見つめる魂たちは、少年、赤子、老婆、夫婦、中年、教師、科学者、スポーツ選手、技師、耕夫、運転手、庭師、看護師、デザイナー、パイロット、金持ち、自由人、運送屋、アナウンサー、紳士、精肉業者、科学者、占い師、傭兵、バーテンダー、船乗り、犯罪者、壺職人、作家、コンピュータプログラマー、オペレーター、コック、木こり、音楽家、僧侶、女王、プロレスラー、社長、漁師、俳優、ヤンキー…同じ色同じ形がただ一つとしてない多くの命だった。その圧倒的な生命の量に、アムロはまた吞み込まれそうになる。
「アムロ。この方たちが求めていたものは二つ。一つは、アクシズが地球に堕ちないようにすること…コロニー落としで奪われた自分たちの命を無駄にさせないために、アクシズが堕ちて地球が死の星にならないように、それを防ぐことを貴方に託して過去に送り返しているのよ。死んだ者は何もしない。何もできない。だけど…55億もの命が貴方の言葉と行動に懸けたのよ」
「俺の、言葉…?」
『――たかが石ころ一つ! ガンダムで押し返してやる!』
アムロの中で、無我夢中の記憶がフラッシュバックした。
「死んだ人間の力なんてたかが知れたものよ。これだけの命が力を合わせても、できることは人ひとりの意識を少し過去に送り返すくらい…でも、それでも彼らは貴方に託した。地球を駄目にさせない奇跡を起こすことを」
「待ってくれ。俺が過去に戻ってシャアにアクシズ落としをやめさせることができたら、この人たちは生き返るのか?」
「過去を変えても現在が変わるわけではない…別の歴史…別の世界ができるだけ。刻はそういう風にできているの。アムロならわかるでしょう?」
「パラレルワールド…並行世界ができるってことか。だったらますます、何故この人たちは」
アムロは気づいた。死者たちの献身に。
「…自分たちは生き返れなくても…シャアに地球が滅ぼされない世界を創ろうってことか…」
「兄は鬼子よ。でも、そんな兄を貴方なら正すことができる。兄を…シャアを救世主にしようという点は私としては少し引っかかるのだけど…宇宙世紀の人々が一つにまとまって、ニュータイプの時代と世界が生まれる土台を創ること。それも、彼らが夢見た未来。二つ目の願いよ」
賑やかな魂たちが、静かにアムロを見つめていた。
アムロは背負わされていたものの重さを、今、理解する。
アムロは、先ほどまで生きていたアルファ・ケンタウリの新世界を思い出した。
すべての人間がニュータイプで、諍いの起こらない理解しあえた世界。
理想郷ではあったが、あそこは自分がゴールとしていい世界ではなかったことをアムロは悟った。
俺のこのループの先にあるべきゴールは、いつかあの世界を地球圏に創り出すその土壌を築くことだ。
それを知るために、俺は星の海と永い時を渡ったのではないだろうか?
目を伏せてすこし考えてから、アムロは赤みがかったくせ毛を軽くかき上げた。
「俺にとってもシャアとの因縁は宿命だ。やってみせるさ」
顔を上げ、セイラの瞳をまっすぐに見据えてアムロは言った。
どよめきが、無限の因果地平に広がっていく。
やがてそれは歓声になった。
「やあやあ、流石はファースト・ニュータイプ。私を殺した男だけのことはある」
突然、銀髪で口髭を蓄えた壮年の男が拍手しながら声をかけてきた。
アムロの知らない男だ。
いや、その気配はタイムリープして繰り返した人生の中で出会ったことがある。
「シャリア・ブル」
男を見据えたセイラがその名を呼ぶと、シャリア・ブルはウインクをしながら敬礼を返した。どうやら軍人であるらしい。
「アムロ、こちらシャリア・ブル大尉…此処で階級なんてどうでもよいことなのだけど、元ジオン公国のニュータイプよ。私たち、何度か戦ったことがあるのだけれど、わかるかしら」
「ああ…思い出した。有線式サイコミュの機体のパイロットか。有線式は気配が読みづらかったから咄嗟に思い出せなかったよ」
「ブラウ・ブロという機体です。私の棺桶にはいささか大きすぎましたがね」
そう言って一人で愉快そうに笑うシャリア・ブルに、セイラは少し困ったような表情を浮かべた。そんなセイラを横目で見つつ、アムロはシャリア・ブルと言う男に声を掛ける。
「こんなことを言うのもどうかと思うが…何度も貴方を殺して、すまなかった」
アムロがそう言うと、シャリア・ブルは子どものようにきょとんとした顔をして、再びかか…と笑い声をあげた。
「あの戦争で最強のニュータイプにそう言われるのは光栄です。私とて君を殺すつもりでかかっていたのだ。お互いさまということでしょう?」
「…いい友人になってくれる、と思っていいのか?」
右手を差し伸べるアムロにシャリア・ブルはにかりと笑みを浮かべ、今度はアムロにまでウインクを投げてきた。どういう男なのだろう、さすがのアムロも訝しむ。
「ごめんなさい、アムロ。彼も生きているときは柵が多くて…此処へ来て、少しはっちゃけているのよ。こんな人ですけど、実務家で役に立ってくださる方よ」
“彼も、か…”
シャリア・ブルをフォローするセイラに、彼女にも自分がはっちゃけてるという自覚はあったんだなぁ…とアムロはあらためて思ったりする。
「さぁ、アルテイシア様。話が脱線してしまいました。アムロ君の聞きたいことに答えて差し上げましょう。この世界の理を理解するには永遠だって短すぎますからな」
「そうね…アムロ、何処まで話したかしら」
気を取り直したセイラがアムロを見つめた。
「俺がタイムリープを繰り返す理由も、やらなくてはならない事もわかった。だが…俺が死ななくても過去に戻る理由。それがわからない。…何を言っているか、わかるか?」
セイラはこくりと頷いた。
「ア・バオア・クー。あの時で過去に戻ってしまう理由が知りたい…そうね、アムロ」
今度はアムロが頷いた。
セイラはシャリア・ブルと顔を見合わせる。
そして、セイラは言った。
「端的に言うとね、アムロ。そのときのその世界は、あの瞬間で終わっているの」